阿部正次の名言

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阿部正次のプロフィール

阿部正次、あべ・まさつぐ。安土桃山時代から江戸時代の武将。大坂の役で一番首を挙げるなど武功をあげ、豊臣家が廃された後、大坂城代に任命される。その後、死ぬまでの22年もの長期にわたり大坂城代として任務を行う

守兵が全滅を覚悟してかじりつかねば、どんな大城郭とて決して守り通せはしないのだ。


城をかように高く築いてあるものも、かほどに堀を広く設けてあるのも、みな戦争の備えなのだぞ。西国の敵がこの城を奪わんとしたときは、徳川の武人の屍が、この塁をもっと高め、戦士の血がこの池をなお深くするはずである。死を忌みごとと思う了見なら、最初から城など造らぬがよい。【覚書き|城代として勤めていた大坂城で病にかかったとき、息子の重次がやってきて正次を私宅に下がらせようとしたときの発言】


阿部正次の経歴・略歴

阿部正次、あべ・まさつぐ。安土桃山時代から江戸時代の武将。大坂の役で一番首を挙げるなど武功をあげ、豊臣家が廃された後、大坂城代に任命される。その後、死ぬまでの22年もの長期にわたり大坂城代として任務を行う

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