蟹瀬誠一の名言 一覧

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蟹瀬誠一のプロフィール

蟹瀬誠一、かにせ・せいいち。日本のジャーナリスト。東京出身。上智大学文学部新聞学科卒業後、海外通信社のAP通信、フランスAPF通信の記者、米国の雑誌TIME東京特派員、TBS「報道特集」キャスターなどの取材で世界中を飛び歩く。その後、明治大学文学部教授に就任。その他、明治大学国際日本学部長なども務めた。著書に『もっと早く受けてみたかった「国際政治の授業」』など。

年寄りになったから遊ばなくなるのではなく、遊ばなくなるから年寄りになる。年齢を重ねても老人になる必要はありません。


働くことと生きることのバランスをもっとしっかり考えるべきです。会社に長くいることが働くことだと思っているから、日本のホワイトカラーの生産性は先進国で最も低い。


インターネットは便利ですが、一次情報を一生懸命に取りに行く人が減ったように思います。でもジャーナリズムの原点は現場での取材にあります。


決断力を身につけるトレーニングのために、たとえばレストランで注文するような小さなことでも、メニューを見てサッと決めるようにしていました。


正しい判断力を身につけるには、まず自分の人生で何が大事かという価値基準を決めることと、正しい情報を集めることです。


何があっても命ある限り人生は続くのですから、結果を恐れることはありません。たとえ一時的に社内など周囲の人々といがみ合ったとしても、いつかはそれを忘れて前に進まなくてはならないのです。


普段から、自分にとって一番に優先すべきものは何か、二番目は何かといったプライオリティ(優先順位)をつけていないと、突発的なトラブルが起きたとき、迅速な行動がとれなくなってしまいます。


企業などの組織に属していても、仕事をバリバリこなしつつ、いざというときには仕事より家庭を優先することも構わないはずです。それなのに、日本のビジネスマンは常に会社に縛られているイメージが強いのはなぜでしょうか。他人からネガティブに見られることを過度に恐れている人が大半なのではないでしょうか。他人の目を気にして周りに合わせているのであれば、それは非常にもったいないことです。判断力が欠如しているととられても仕方がありません。


私は日本のテレビ局のキャスターとして行ったモスクワで取材中、銃撃戦に巻き込まれました。弾が頭上を飛び交う中、「俺はここで死ぬかもしれない」と覚悟しました。そのとき、周りの景色が急にスローモーションになり、家族の顔が目の前に浮かんだのです。ほんの一秒くらいのことなのですが、そのとき初めて、自分にとって何が大切かを自覚しました。やっぱり家族なんだなと。


「仕事と家庭のどちらを優先させるか」、これは家族を持つ男性にとってはなかなか難しい選択です。私は結婚当初から、同じようにフルタイムで働く妻と「家庭51%、仕事49%」の比率で最後のギリギリのところでは家庭を優先させることを決めていました。


重要なのは足るを知ることではないでしょうか。どの状態になれば満足するのかを自分で、あるいは夫婦で確認しておくといいでしょう。たとえ企業のトップに上り詰め、仕事で成功したとしても、その一方でストレスを過多に抱えていれば幸福とはいえません。


どんな人生を送ることが自分にとって幸せなのか。簡単なようで実はこれがとても難しいものです。経済的な豊かさを得ることで満足感を得ることはできても、人間には欲があるので次第に「まだ足りない、まだ足りない」と拝金的になる可能性もある。周りを見ると、年収5億円でも幸福感を味わえていない人は大勢います。おそらく物欲だけを満たしても、幸福な状態には到達できないでしょう。


たしかにお金は大切だが、まず「自分が人生の最後の日まで、どう歩もうとしているのか」をじっくり考える時間を持つことを提案したい。どんなライフスタイルを選ぶかで、かかるお金の額も変わってくるからだ。


発想を転換し、収入を得るための仕事にとらわれていた自分から、「したいことをする」自分へ軸足を置き換えていったらどうだろう。50代、60代近くになれば、結構やり残していることが具体的に浮かんでくるものだ。資産状況によっては、収入を得るために仕事を「しなければならない」かもしれないが、自分の資産に応じて「したいこと」を優先する。そうすることで人生はもっと楽しくなるし、お金が足りなければ必要の範囲で働くなど、おのずと働き方のスタイルも変わってくるだろう。


世の大金持ち他とを見ると、ほとんどが、いまなお現役の会社経営者であることが多い。仕事をしていないと退屈なのだと思う。やはり、人間は適度に働くべきなのかもしれない。だから定年=退職という発想にとらわれる必要はないと僕は考えている。


機器は、利用時にストレスがないことが必須条件。長く使い続けられるかどうかの決め手になる。


資料の管理については、「書類が机に積み上がっていったら負け」と決めています。整理整頓は必ずしも得意な方ではありませんが、これも自分なりの基準をつくっておかないと収拾がつきません。


まず求められるのが情報の取捨選択。私の場合、例えばネットでの情報収集は、朝の15分間、自分で絞り込んだ信頼できるサイトからだけ行う。量より質を追求することでノイズをコントロールしています。


あらゆる情報は、2種類に分けることができる。ひとつは受け手に何らかの気づきや価値を与えてくれるシグナル。もうひとつは価値を生まないだけでなく、シグナルが届くのを邪魔するノイズ。


経営者は自らが意識を変えて、名ばかりではない人事制度をきちんと整備していく必要があります。制度を作っておくことで大切な人材を失わずに済むし、優秀な若者を集めるアドバンテージにもなる。アイデアが生まれやすい社内の環境をつくることもできる。


いまや働く人の価値観はお金ではなくなっています。自己成長とか自己実現出来るかどうかということが、働くモチベーションになっている。企業もそうした方向にシフトしていかないと、優秀な人材を集めることはますます難しくなっていくでしょう。


50代は豊かさを実感する時期。自分で幸せを感じることにお金と時間を使うべきです。私が仕事の間口を広げたのも50代になったからです。


取材でいろんな現場に行くと、ベルリンの壁のようにそれまで絶対と思っていたものがあっという間に崩れることもある。「9・11」のように、突然何千人もの命が奪われることもある。そんな命のはかなさを知れば知るほど、今この瞬間を楽しく生きようという思いは強くなります。


ずっと硬派のジャーナリストとして過ごしてきましたが、50歳を機に間口を広げることにし、ゴルフにも関わるようになりました。堕落したと言う人もいましたが、自分の人生、自分で楽しまないと。


社会人になった時から、何の根拠もないけれど、1社3年までと決めていました。私の父は転勤が多く、だいたい2年か3年で勤務地が変わっていた。だから私も1カ所にとどまるのは得意じゃないようです。だけど、働く会社や場所は変わったかもしれないけれど、転職したことは一度もありません。道に迷うことなく、ずっとジャーナリストとして働いています。


何度か危ない目にも遭いました。ロシアでエリツィン派と議会派の対立を取材した時は、私たちを挟んで銃撃戦が始まりました。その瞬間、周りがスローモーションになり、空に家族の顔が浮かびました。この時はさすがに覚悟しましたね。カンボジアではデング熱にもかかりました。帰国して寝ていたら地震が起きた。でも実際はベッドがガタガタいうほど震えが止まらなかった。そこで病院にいったらデング熱だと診断され、1週間入院しました。でもそのお陰で、日本国内でデング熱が発生した時は、経験者として取材されました。やっぱり身をもって知るということは大切ですね(笑)。


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蟹瀬誠一の経歴・略歴

蟹瀬誠一、かにせ・せいいち。日本のジャーナリスト。東京出身。上智大学文学部新聞学科卒業後、海外通信社のAP通信、フランスAPF通信の記者、米国の雑誌TIME東京特派員、TBS「報道特集」キャスターなどの取材で世界中を飛び歩く。その後、明治大学文学部教授に就任。その他、明治大学国際日本学部長なども務めた。著書に『もっと早く受けてみたかった「国際政治の授業」』など。

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