石破茂の名言

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石破茂のプロフィール

石破茂、いしば・しげる。日本の政治家。鳥取県出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、三井銀行を経て政治の道に進む。衆議院議員、地方創生担当大臣、農林水産大臣、防衛庁長官、防衛大臣などを務めた。

嘘を言ってまで当選するなら落ちたほうがいい。


今の政治に決定権のない次の世代に勝手にツケを回すなんて、そもそも許されていいはずがない。


テレビや雑誌で語ることも大事ですが、私の政治の基本は国民に直接向き合うこと。困難な政策であればあるほど、面と向かって話すことが大切。


予算委員会における歴代総理の答弁を、自分ならどう答えるかなと閣僚を務めている間は考えながらやってきた。


他人が自分を変えてくれる。少なくとも私の経験ではそうでした。


仕事前には、なにがあっても大丈夫なように準備しておかないと。そのためには早くかからないとダメ。あわてて間際にやると必ずボロが出る。


上司が嫌なヤツだと思っても、自分に非があるかもしれない。いつか見返してやろうと一生懸命やっていれば、案外認めてもらえるもの。


独りよがりになってはいけないけれど、本当のことを言う勇気と、それをわかってもらえる真心を持つべきだ。なかなか難しいけれど、私自身は政治家として、常にそうありたい。


ディベート番組によく出るので、討論好きと思われがちですが、事前に徹底的な準備を心がけています。議論する前には、予定時間の数倍の時間を準備に費やします。


私みたいにめちゃめちゃ悪い子でいる必要もないが、「本当かな、これ」ということを若い人が言わないでどうする。


失敗しても取り返しがきく。やらないで後悔するより、やって後悔したほうがいい。そういう人がいないと、世の中は変わらない。今さえよければいいのではない。


きれいごとだけで世の中が回るはずがない。菅(義偉)長官のすごさというのは一緒に仕事をしてみてよくわかります。


やはり共に日本を語るとか、政治を語る仲間を増やしていかないと。いくら偉そうなことを言っても、仲間を増やしていかないと、実現させるのは難しい。


高齢化率が極めて高いところ、人口減少率が著しく高いところほど、変化しつつあります。つまり危機感の違いでしょう。


ブランド化といっても、やはり地元で考え抜かなければダメ。


またいつ逆風が吹いてバタバタと(選挙で)落ちるかわからない。だからこそ、常に国民と近くなければいけない。数がいればいいのではなくて、逆風が吹いても、あるいは国民に受けが悪いことを言っても、選挙に通ってくる仲間を増やして、一緒にやりたい。


地方創生大臣をやって強く感じたのは、地域のことは霞が関でも永田町でもわからないということ。その地域の農業の生産性を上げるために、製造業の生産性を上げるために、移住者を増やすためにどうあるべきというのは、その地域で答えを見つけていくしかない。


私は、まったく知らない分野やビジョンが明確に持てない分野があるのは嫌なんです。そういうスタイルだから仕方がない。どこから問われても「基本的にはこう考えます」というところまでは自分で詰めていきたいと思っている。それがまず第一です。


政治家は常に選挙区に帰って地元の会合で「皆さんこうじゃないですか」と語り合うことが大事だと私は思う。何となく、最近は永田町と霞ヶ関とメディアの中だけで政治が完結しちゃっているような気がするんですよ。


銀行員時代は、私を1番変えてくれた時期でもあります。自分で言うのもなんですが、銀行に入ったときは、まあそれなりにエリート行員のつもりでした。ところが、初日からいきなり大ショック。配属店の新入行員10人の中で、私が1番ダメだったんです。お札を数えれば、床に落としてバラバラと散乱する。計算機をブラインドタッチで打てば、1番遅い上に間違っている。「就職先を間違えた!」と思いました。年下の女子行員から「大卒なんてなんの役にも立たないのね」とバカにされる有り様で、その日のうちに辞めようと決意しました。でも、なにもできないまま辞めるのはあまりにも悔しい。せめて、お札勘定と計算機だけは、なんとか身につけてから辞めようと思いましてね。来る日も来る日も、朝7時に出勤して、練習用のお札で勘定の練習をくり返し、計算機を叩く。そのおかげか6月の上達試験ではトップ。そのとき、不思議と辞める気はなくなっていましたね(笑)。


石破茂の経歴・略歴

石破茂、いしば・しげる。日本の政治家。鳥取県出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、三井銀行を経て政治の道に進む。衆議院議員、地方創生担当大臣、農林水産大臣、防衛庁長官、防衛大臣などを務めた。

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