渡辺久信の名言

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渡辺久信のプロフィール

渡辺久信、わたなべ・ひさのぶ。日本のプロ野球選手、監督。群馬県出身。前橋工業高校卒業後、ドラフト1位で西武ライオンズに入団。1年目から活躍し、入団3年目で最多勝、最多奪三振などを獲得するなど80年代中期の西武黄金時代の柱となって活躍した。その後、ヤクルトスワローズを経て、台湾大聯盟・嘉南勇士で選手兼コーチとなる。引退後、西武ライオンズ二軍の投手コーチなどで経験を積んだのち、西武ライオンズ一軍の監督に就任。同年、日本シリーズ優勝を果たした。

「選手たちが一番心地よい環境でプレーするにはどうしたらいいか」の追求こそ、監督に与えられた使命。


「井の中の蛙、大海を知らず」じゃないですけど、新しい環境に飛び込むことで、野球に対する見方も変わりました。
【覚え書き|コーチとして台湾に渡ったことについて】


損得なんて考えてたら台湾にも行ってないし、監督だって引き受けていなかった。僕にとってのポイントは、やり甲斐があるかどうか。その一点だけ。


若いチームって面白いもので、勝ち始めると勢いが止まらなくなっちゃうんだよね。


今日の試合でお前を使おうと思ったのは俺だから、責任は俺にある。


首脳陣に対して言いたいことを言えない、やりたいことをやれないようなコーチなんか、初めからやる気は無かった。


ずっと体育会系で育ってきていますが、若い選手は怒られ慣れていません。僕らのときとは違います。いいアドバイスをしたとしても、こっちが怒鳴ったりイラついていたりすると、言葉は相手に届きません。


全員が優れた能力をもってプロに入ってくるのに、いつのまにか差がついてしまうでしょう?それは結局、一軍のゲームで力が出せるかどうかなんです。能力の出し方が選手それぞれで違います。ならば選手が能力を発揮できるようにお膳立てしてやればいいのです。それはこっち(監督・コーチ)の仕事でしょう。


選手にのびのびと楽しくプレーさせなければならないし、失敗しても、明るく受け止めてやらなければいけない。いちいち失敗を恐れるようになれば、それこそ伸びる力も伸びなくなってしまう。


1年間に、監督の采配で勝つ試合というのは数試合だけで、監督、コーチが一番にやらなきゃいけないことは「選手がのびのびと力を発揮できる環境をつくってやること」。


とにかく、何をやるにしても、これまでの固定観念に縛られることなく、いいと思ったことは「なんでもやってみよう」というのが、昨年の西武の姿勢だったんです。「失うものはなにもないんだから」って。


現役時代に、自分の力で完封で勝ったときの喜びよりも、自分が育てた選手が活躍して勝ったときのほうが、はるかに気持ちいい。やめられませんよ、こんな楽しい仕事は(笑)。


周りから「わざわざ貧乏くじを引くこともないだろう」って言われても、僕は2軍のコーチ、監督として若手をはじめ、主力選手の大半を見てきたわけでしょう。「そうだ、いろんなことを進言してくれる人よりも、オレのほうがライオンズの選手のことを知っているじゃないか」と。
【覚え書き|西武ライオンズの監督就任要請を受けたときを振り返って】


渡辺久信の経歴・略歴

渡辺久信、わたなべ・ひさのぶ。日本のプロ野球選手、監督。群馬県出身。前橋工業高校卒業後、ドラフト1位で西武ライオンズに入団。1年目から活躍し、入団3年目で最多勝、最多奪三振などを獲得するなど80年代中期の西武黄金時代の柱となって活躍した。その後、ヤクルトスワローズを経て、台湾大聯盟・嘉南勇士で選手兼コーチとなる。引退後、西武ライオンズ二軍の投手コーチなどで経験を積んだのち、西武ライオンズ一軍の監督に就任。同年、日本シリーズ優勝を果たした。

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