浦沢直樹の名言 一覧

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浦沢直樹のプロフィール

浦沢直樹、うらさわ・なおき。日本の漫画家。東京出身。明星大学人文学部経済学科卒業。小学館の就職面接時に原稿を持って行ったことがきっかけになり漫画家デビュー。その後、数々のヒット漫画を生み出した。

できて形になったときに、自分でも「へーっ」てならないといけない。僕ら(作者)が「へーっ」てならないものには、読者も「へーっ」てならない。


つまんなくなっちゃうのよ、思い通りになっちゃうと。思い通りにならないというか、ドラマが勝手にアメーバのように動き出す方が、描いていて面白い。


昔ながらの「メジャー漫画はこうあるべき」というところをどんどん刷新していかないと、停滞になっちゃう。


できあがった作品がどういうムードで、どう思われるかということが重要であって、そこにおける手法はなんでもいい。


描いているときはものすごくテンション上がっているんですよ。クールじゃ作品なんて描けないですよ。


結局、読者っていうのは、誰がつくったものでもいいのかもしれない。面白いものが自分のところに届けば。


ヒーヒー言いながら描いている線っていうのが、実は個性になっていて、あまりに上手い線が達者に入っていると、そこには誰かわからな無記名な感じになってしまう。


(漫画を描くとき)往々にして迷い込むんですよ。だから迷い迷って右往左往しながらここ(完成)にたどり着いた。計算づくではないんですよね、全然ね。


毎回白紙から違う絵を描くから、なんか毎回初心者みたいな気持ちになりますよね。


物語を面白くするためにはどんな努力でもします。面白いと納得するまで妥協はしません。もともと仕事ではなく、遊びで始めた漫画です。遊びに妥協なんてありませんよ。


アイデアを熟成させるときはよく掃除をします。一見、まったく仕事をしているようには見えませんが、その間に漠然としたものが形になることがあります。


4、5歳から漫画を描いてきて、50年以上ずっと「もっと上手くなりたい」と思ってやってきた。


中学生の頃、『火の烏』を読んで漫画の力、それを描く手塚治虫という漫画家の壮大な創造力に心打たれ、僕の人生観のすべてが決まった。


絵を描いている人はずっと「絵が上手くなりたい」って、一生そう言って終わるんだよね、きっと。


漫画の成功なんて「雑誌に載った」ことなんですよ。で「何人かの人に見てもらった」という、まずそこに立ち返らないとね。


日々だよね。日々の暮らしの中に答えがある。人のシワとか、ホントに見てるもん、ずーっと。「ああ、二重あごのシワはそう入るのか」とかホント見てる。


漫画って恐ろしいですよね。やればやるほど執念が濃くなる。なぜそこまで人を引きずり込むのか、漫画というものはっていうね。


誰かが描いたものは、もう自分が描く意味がないので、せっかくこの白い紙に何かを描くんだったら、まだ誰も描いたことがないものを描きたいという願望はある。


ぐっとくる線の集合体かどうかというのがまず第一。それがずっと高まっているから絵として完成していく。


大きな嘘をついて、細かいところはものすごく現実を突き詰める。それが僕ら(漫画家)のあるべき姿のような気がする。


僕らが何でこんなにずっと描いているのかって、上手くなりたいだけなんですよ。


描き手が描きたいものがズバッと定まっているものは、訴求力がある。


「ただ絵を描くのが好き」っていう、そこにいつでも立ち戻らないと。それは、一番最初のモチベーションですよね。


すべてのコマで、自分が楽しむポイントをつくってやらないと、下手すると「お仕事」の絵になっちゃう。


「楽しいお絵描き」から仕事にすると大変ですよ。自分の好きだったものを仕事にするとなると、自分のアイデンティティをかけたことになるので、「一切妥協はない」ということにもなるからね。そこを「まあまあいいや」ってやっちゃったら自分の根幹が揺らいじゃうからね。


僕自身が誰かの影響を受けてこうなっていると考えると、それはやっぱり「次に渡さなきゃいけない」というのがあるじゃないですか。


(ネームのときに)アドリブを入れるんですよね。「ああ面白い」「それ面白い」というのを思いながら描かないと楽しくないので。「あっ、いいこと思いついた」とか。


もうね、清書って思った段階で、もうダメなんですよ。「いつものお絵描き」っていうふうにしていかないと、「ここ一発、いい顔描くぞ」なんて思った瞬間、清書になっちゃうでしょ。だいたいダメですよね、そうすると。


(物語は)ゼロから積み上げるんじゃないんですよ。7とか8とかのところを想像して、「それは一体どうしてそうなるんだろう」というのを想像する。ゼロから積み上げていくと、安定した積み木の積み上げ方になる。最初にどんっと(シーンのアイデアが)あるとすごくいびつなものがつくれる。


おばあちゃんにお小遣いをもらうんですよ、100円。で、その100円玉で普通おもちゃとかお菓子とか買うじゃないですか。僕、それで大学ノート買うんですよ。「これで漫画描き放題だ」って言って。僕は、子供のときからずっと暮らしていて生きている時間、全部漫画にならないかなって生きているような人だから。「これ使える」とか、そんなことばっかり考えていますよね。


「描くのが好きだ」っていうことに任せちゃうと、体がボロボロなのに気づかないときがある。でもまあ、思いっきり好きなことをやって寿命を縮めるっていうのも、そこそこ幸せな話なのかもしれないですけどね。


結局、何を描いてもいい、僕らの自由だから。その中での正解探しは、本当に大変ですよね。


「うわあ、にじんじゃった」とか、「あ、濃すぎた」とか、「うわー、大変大変!」っていいながらやっているんですよ。それを全部受け入れて、完成原稿に導くということだから、幾多のミステイクやら事故が、その完成原稿に生かされているっていうことなんじゃないかな。


白紙で描くたびに「なるほどね」なんて、だからずっと描いているんじゃないですかね。毎回毎回、まったく未知の体験だから、面白がってやっているのかもしれないですね。


「面白い」とは何かというのを自分で体得していく以外にない。何を吸収して、何を見て感動してとか、何を見て怒ったとか、どうなって嬉しかったとか、そういうようなことが全部総動員になって、「面白い」というものが出来上がる。


毎回毎回、毎ページ白い紙が来るじゃないですか。これ埋められなかったらどうしようとか、全然気に入った絵が入れられなかったらどうしようとか、新人が白い紙に向かうのも、ベテランが白い紙に向かうのも、基本同じみたいな気がする。


ネット通販のように「あなたはこれが好きでしょう」とレコメンドしてくる世界に危機感を覚えます。新たな世界と出合う可能性をどんどん狭めている気がするからです。


僕は中学生のときに、ボブ・ディランを聴いてそのよさがまったくわかりませんでした。ところが毎日修業のように聴いていたら、あるときに「わかった!」と稲妻がドーンと落ちたような衝撃が起きた。「知覚の扉」が開き、既成概念に縛られていた自分が解き放たれた瞬間です。すごく違和感のあるものでも、それを浴び続けていると、懐かしいものに変わります。


成長するためには、新しいことを吸収しなくてはいけない。自分のストライクゾーンなんて言っていては、何も変わらない。あえて悪球を取りにいき、それをつかんだとき自分のストライクゾーンが広くなる。初めはわからないものほど興味を持つべき。


絵ってフェティシズムの表明じゃないかと思うんですよ。「自分はここにグッときているんだ」とバーンって。とっても恥ずかしい作業。でもそれが強烈に表現されているものは、やっぱり人の心を打つんですよね。


僕自身、50代半ばまで、いまこうやってやれているのが不思議な感じがするんですけど。好きなことをやっているというのが、まずそこにある。


僕もモノローグ(独白)は一応禁止なんですよ。それは表情で描いて演技で知らせる。(キャラクターが)「なんかつらいわ」っていうふうに言っちゃダメっていうことですね。


僕らの若い頃って、描き手はみんなアート寄りなんですよ。だけど「そんなアート描いていないでもっと売れ線描けよ」って言われる。やっぱりそういうのと、売れ線みたいなのがせめぎ合いながら、混合して混ぜながら行く方が面白い感じがする。


あまり小ぎれいにやっちゃう(描いちゃう)とエモーションが下がる。こっちの感情をちょっと出す感じで、気持ちラフにやると直接(絵に感情が)出る。ここ一番のときには丁寧になりすぎないのを心がけています。


『MONSTER』のとき医学生が使うような資料写真とかいっぱい使っているときに、最初は「うわ、きついな」と思っていたけど、不思議なことにじーっと見ちゃうと平気になる。「ちらっ」と見えたものってすごい恐怖として残る。恐怖を克服するには一回じっと見ることなんだよね。恐怖というものは「ちらっ」と見えたもんだ。


自分が「いいな」って思ったものを、「ぐっとくる」というものを、ちゃんと線で捉えているか。それが「できますように」って念を込めないと、ともすれば逃してしまう。


読者を喜ばせたいとか、「うわっ」と言わせたいとか、ドキドキさせたいとか、「そのためだったら命をどのくらい削ってもいいわ」って、そういうことなんじゃないかなと思うんですよ。


イメージを捕まえるチャンスがあるじゃないですか。フッてすると逃げちゃっていなくなるじゃないですか。いま、頭の中にイメージがあるうちに描きとめなきゃという焦りみたいモノがありますよね。


まったく独学なんで、何にも教わったことはないんで、この間まで描けなかったことが、あっ描けるようになったとか、そういうのはいまだにたくさんありますね。描けないこともいっぱいあるしね、だからもっと上手に描けるようになりたいなって思いながら描いてるんですよね。


描いている本人が意表を突かれたりとか、気がつかされたりとか、そういうことを繰り返しているからこそ、面白い話になってくるんでね。最初からこうするんだって決めて、そこに向かってきっちり計算ずくで入っていく作品なんて、きっと読んだら面白くないんですよ。


「ここ描きたくない」とか「ここつまらない」となったら、それは絶対に読者もつまらないんだから。すべての絵を描きたい絵にすることで、読者もすべてのコマが楽しくなる。


「次に描くのが最高傑作のはずなんだよ」とやる以外ない。


絵文字のようにシンプルにニコッと笑っている人などいません。40歳の人であれば、40年間の人生を引きずった笑い方になるのです。喜怒哀楽の間には何百種類の感情が存在しています。そういう微妙な表情が人間の感情であるし、僕は漫画でそれを表現したい。だから、喜んでいるのか、怒っているのかがわからないような、複雑な表情を描いていきたい。読者はその何ともいえない表情から、登場人物の複雑な感情を感じとってくれていると思います。


一流の人と自分を比較し、焦りを感じる人も多いでしょう。そんなときは、彼らの新人時代を追体験してみることをおすすめします。たとえば、僕がやったのは黒澤明監督の全作品を一作目からたどること。デビュー作の『姿三四郎』は荒けずりだけど面白い若手監督が出てきたなと思い、二作目の『一番美しく』は戦争中で戦意高揚色が強い中、しっかりメッセージを入れているなとか、五作目の『わが青春に悔なし』は若くして彼の代表作になるかもとか……。彼らも試行錯誤しながら成長していったことを知れば、一流の人にも臆する気持ちがなくなります。


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浦沢直樹の経歴・略歴

浦沢直樹、うらさわ・なおき。日本の漫画家。東京出身。明星大学人文学部経済学科卒業。小学館の就職面接時に原稿を持って行ったことがきっかけになり漫画家デビュー。その後、数々のヒット漫画を生み出した。

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