森下洋一の名言

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森下洋一のプロフィール

森下洋一、もりした・よういち。日本の経営者。松下電器産業(のちのパナソニック)会長。兵庫県出身。関西学院大学商学部卒業後、松下電器産業に入社。電機事業部大阪電機営業所長、近畿電機営業所長、中国特機営業所長、特機営業本部長、取締役、常務取締役、専務取締役、副社長などを経て第五代社長に就任。そのほか、学校法人関西学院理事長、関西経済連合会副会長、JEITA(電子情報技術産業協会)会長、日本電機工業会会長、郵政行政審議会会長などを務めた経営者。

聞く姿勢というのが、衆知の集まる源。


経営理念は、いろいろな立場、レベルの責任者に力を与えてくれるもの。


天命を悟って、その上で、みずからの人事を尽くすことが大事。


公の立場になればなるほど、決断の強さが出てくる。


利益は「社会へのお役立ち料」。事業が社会の求めに応じていたら、それに見合った利益をいただけるはず。


めまぐるしい変化の中で、我々は役立ち方を変えていかなくてはならない。我々には事業を社会のニーズにぴたりと合わせていく使命がある。


人望を備える人間でなければ、職務を全うできない。人望のない人が長につくと、その組織が腐ってしまう。


尽くす相手はまわりの人だけでなく、自分自身にも尽くさなければならない。自分に尽くすとは、志に嘘をつかないこと。人に尽くし、自分に尽くす、その繰り返しが知らず知らずのうちに徳を呼ぶ。


仕事を任すのは人を育てるため。いざ任すとなると想像以上の勇気が要る。しかし、部下の成長を心から楽しみにして、ぐっと我慢しながら見守っていかなければならない。


部下だけではなく、お得意先からも意見をもらいました。相手に存分に話してもらうと、「よく問いてくれた」と溜飲を下げられる方もいる。聞く努力は本当にプラスになります。


所長だからと偉そうにしていたら、誰も話をしにきてくれません。皆の衆知を集めようと思ったら、リーダーが本当に聞く姿勢を持っているかどうかが問われます。


リーダーは挑戦に怯んではいけません。勝負に出るのですから、うじうじせず、誰にも負けない気迫と、失敗してもかまわないと言えるくらいの腹の太さで挑んでいく。そのような器の大きな人間にならなければいけない。


取締役になった頃には、松下創業者の経営理念については、「知っている」というレベルでは理解できていたと思います。ただし後半に入るにつれて、ただ知っているだけではなく、経験や責任の大きさから、理念の理解の仕方も次第に変わっていったと思います。取締役になった頃と、専務になった頃とでは、理解が違ってくるのです。


昭和4年に松下幸之助によって制定された「綱領」には、「産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上をはかり、世界文化の進展に寄輿せんことを期す」とあります。その実践のためには、人が最大の課題になります。松下は創業当初から、人が基本であると考え、人を大切にした経営を進めてきました。しかし、個人の適性や能力を最大限に発揮してもらうにはどうしたらいいかを考えた時、いまのシステムは壁にぶち当たってしまったんです。その意味で、誤解を招くことああるのですが、退職金を前払いする「全額給与支払い型社員制度」の実施は、あくまでも個人の能力の発揮に向けて行ったことであり、終身雇用制度を打ち破るために実施したものではないということです。


高度成長時代は、縦割り組織による部分最適とでも申すべき自己完結型が通用したのですが、経済成長が安定型に移行し、構造変化が起こってきたことによって、事業部制の壁を低くし、関連事業部を有機的に結合させ、うまく全体最適にする必要が生じてきたのです。これまでの事業部制を有機的に結合させ、うまく全体最適にする必要が生じてきたのです。これまでの事業部制、あるいは事業本部制と大きく違うのは、全体最適に切り替えた点であるということができます。


スローガンは「創造と挑戦」です。これは、私の一番好きな考え方であり、一番好きな言葉でもあります。会社も個人も、絶えずクリエイティブでなければいけないし、発想を変えながら未来に向かって挑戦していくべきです。松下幸之助哲学でいうと、それは人間に与えられた天分だと言えます。創造することによってチャレンジ精神が生まれ、チャレンジすることによって成長する。つまり、創造と挑戦の繰り返しによって成長するのが人間なのです。


47歳の時に中国特機営業所長として広島に転勤したことは大きな転機となりました。ほとんどが初めての業界です。専門用語がわからず、まるで新入社員のような感じで、まさに広島は別世界でした。自分の知らないことばかりでも、責任者です。一年くらいかけて業界のことを順番に勉強していきました。そして「なるほど、転勤とはこんなにも人を育てるものなのか」と思ったのです。


「人望」とは公平公正を貫くこと。上司におもねることなどせず、言うべきことをはっきり言う。部下にも戒めるべき点をきちんと戒める。確固たる志を軸にして、ぐらつかず、偏りのない姿勢で、上にも下にも誠実に接する。そして率先垂範、みずから先頭に立って手も足も動かしていく。そうした気持ちと行動が貫かれるところに「人望」が芽生える。


社長になってからの重圧、重責はそれまでの次元とは全く異なるものです。365日、寝ても覚めても経営上の問題が頭から離れない。創業者が言われる「血の小便が出るまでやったか」という状況です。経営者は本来そこまで求められるもので、経営理念や会社の存在を背負う厳しさをひしひしと感じました。だから楽しかったということよりも、重圧ばかりが強かった。私はもう天命なのだと覚悟していました。


私の入社当時から松下電器では小さな事業単位でも、P/L(損益計算言)がきちんと管理されていて、毎月の決算で成果がわかるようになっています。当時からいい成績が出ると、互いに「がんばったなあ」と喜び合い、悪いと次はチーム内でカバーし合って目標を超えようと励んでいました。そうした仕組みのおかげで、組織には一体感がありました。だから早くから全員経営を体得しやすかったのだと思います。


私は常々、リーダーとして組織を率いていく立場の人には「人間力」が必要だと言ってきました。私の考える「人間力」は基礎と柱から成り立ちます。それは、ちょうど家を建てるようなものだと私はとらえています。まず基礎となるのが、率いる集団の誰よりも高い志、誰よりも強い使命感です。この基礎がしっかりしていないと家は建ちません。そして、この基礎の上に、「人望」「人徳」「器量」という三つの柱を築いていくのです。


森下洋一の経歴・略歴

森下洋一、もりした・よういち。日本の経営者。松下電器産業(のちのパナソニック)会長。兵庫県出身。関西学院大学商学部卒業後、松下電器産業に入社。電機事業部大阪電機営業所長、近畿電機営業所長、中国特機営業所長、特機営業本部長、取締役、常務取締役、専務取締役、副社長などを経て第五代社長に就任。そのほか、学校法人関西学院理事長、関西経済連合会副会長、JEITA(電子情報技術産業協会)会長、日本電機工業会会長、郵政行政審議会会長などを務めた経営者。

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