桑田真澄の名言

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桑田真澄のプロフィール

桑田真澄、くわた・ますみ。日本のプロ野球選手(投手)。大阪出身。PL高校野球部で清原和博とともにKKコンビと呼ばれ、1年生で甲子園にエースとして登板した。その後、巨人にドラフト1位指名を受け入団。沢村賞1回、最優秀選手賞1回、最優秀投手賞1回、最優秀防御率2回、ゴールデングラブ賞8回、オールスターゲーム出場8回、通算173勝・三振1980という記録を残した。

目標を達成できたから偉いわけでもなく、達成できなかったからダメでもない。目標を立ててそこへ向かっていくというのは人生の喜び。


時間は誰にでも平等に同じリズムで刻まれている。秒針がひとつ進む瞬間に対してベストを尽くす。それが何よりも大事なこと。


プラスの中にはマイナスがあるし、マイナスの中にはプラスがある。


人はいろんなことを言うかもしれないけど、僕の人生なんだからカッコ悪くてもいい。僕は野球しかできないし、とにかく野球が好きなんで、最後まで追い続けて、燃え尽きたらボールをそっと置きたいんだ。それを人にカッコ悪いと言われても、自分の人生、自分が納得できればそれでいい。


野球をやっていれば、スーパースターになりたいって気持ちになってしまうことってあると思う。でも、僕は巨人の二軍で練習していたときも、パイレーツでリハビリしていたときも、エースじゃなきゃやってられないっていうんじゃなくて、野球をやりたいと思っていたから、我慢できたんだ。


複雑な気持ちなんて全然ないよ。だって人間、いずれはそうなるわけじゃない。みんな同じだよ、時代は流れる。それは自然なことだからね。
【覚書き|松坂選手は若くしてメジャーデビューして大きな結果を残していた。一方桑田選手は39歳現役最後のチャレンジとして米国に渡りマイナーリーグでプレーしていた。そんな状況で松坂大輔選手と食事をしていたとき、松坂選手だけがサインを求められた。そのとき複雑な心境にならなかったかと尋ねられての発言】


毎日朝練があり、学校があり、放課後練習を終えて帰ると9時。最後に1時間ほど勉強して寝る。本当に毎日クタクタだったから、どうすれば無駄な時間がなくなるか常に考えることが習慣化されました。
【覚え書き|学生時代を振り返って】


プロだけではなく少年野球などを含めた球界全体をさらに発展させたい。それが最大かつ最後の目標。のために引退後は10年かけて勉強しようと決めていたんです。
【覚え書き|引退後、大学院に入学したことについて】


桑田真澄の経歴・略歴

桑田真澄、くわた・ますみ。日本のプロ野球選手(投手)。大阪出身。PL高校野球部で清原和博とともにKKコンビと呼ばれ、1年生で甲子園にエースとして登板した。その後、巨人にドラフト1位指名を受け入団。沢村賞1回、最優秀選手賞1回、最優秀投手賞1回、最優秀防御率2回、ゴールデングラブ賞8回、オールスターゲーム出場8回、通算173勝・三振1980という記録を残した。

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