松井道夫の名言

このエントリーをはてなブックマークに追加

松井道夫のプロフィール

松井道夫、まつい・みちお。日本の経営者。松井証券社長。長野県出身、東京育ち。一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。日興証券ロンドン支店を経て松井証券に入社。取締役法人部長、常務取締役営業本部長などを経て社長に就任。早くからネット証券事業に参入し、同社を大きく成長させた。証券業界の異端児と呼ばれた。

他人と同じことをやっても成功しないし、だからと言って意表を突いたことをやってもベースがしっかりしてなければ駄目。


世の中の大きな流れをつかんで、自分が信じることをやればいい。


冷静に考えれば、ビジネスモデルなんて時が経てばカビが生えコモディティー化して過当競争に陥っていくのは世の中の常識。


イノベーションというものは始めてすぐに成功するという類のものではない。インターネット取引だって、始めてから2~3年は大したことはなかった。


結局責任を唯一とれるリーダーが決断して実行させるしかない。責任をとれない者を社長とは呼びませんし、そういう者が決断なんて出来るはずもない。


胡坐をかいていたらいずれ失格の烙印を押されてしまう。


実質もう四半世紀も社長をやっていますが、まだまだひよっ子だなと思っています。成功など数えるほどしかなく、無数の失敗をしていますからね。


新しい需要を掘り起こすための知恵を絞ることが何よりも必要。


業界を取り巻く環境が加速度的に変化しており、それに対応できる企業だけが生き残れる。


ビジネスモデルが陳腐化すると、価格競争が激化しがち。安売りは業界全体の衰退を誘う。


不景気や政治のせいにするのではなく、自らを律しながら経営に邁進し、証券業のイノベーションを実現したい。


自ら立ち上げたインターネット証券というビジネスモデルをぶち壊す。ビジネスモデルの創造者だけがビジネスモデルを破壊できる。


新しい需要を掘り起こすには、新たな事業概念を確立することに尽きます。それが達成できれば、業界の覇者になることが可能でしょう。


自ら変化の幕を開け、変化をくぐり抜けてきた人間でないと、今後来る大変化は予測できない。


イノベーションにより企業は爆発的に発展します商売の本質とはイノベーションを日々の商売の中で探し求め、実行することだと思っています。私はそれをこれからもやりたい。


今ある不要なものを否定し排除してこそイノベーションは生まれます。不安と同居した強烈な危機感こそイノベーションを生む原動力になるのです。


歴史はどんな時代においても、若者が創っていくものである。


突破口は自分で創るという気概でやっていく。


これからの時代で成功するにはもっと若い人が何を考えて、どういう価値基準で行動しているかを物差しにしていかないといけない。


私は日本がもう終わりだとは思っていません。一番のカギを握るのは若者ですよ。これまでの歴史の中で年寄りが歴史を変えたなんて話、聞いたことがない。世の中に変化をもたらすのはいつの時代も若者です。


利益は明らかに先細っていますが、それを環境のせいになんかにしたくありません。智恵が不足しているからだと思っています。


自らも含めて成功という商売の醍醐味を会社の仲間たち全員に味わわせてやれるのがリーダーの生き甲斐。じゃなかったら社長なんてアホ臭くてやってられません。


利益を出してこその会社です。価格を上げられない、利益の出ない競争はやっても意味がない。もっと質の良い競争を自分はやりたい。


「人の行く 裏に道あり 花の山」という相場の格言がありますが、これは経営にも当てはまります。他人と同じことをやっていたら、たいした利益は上がらないんです。


ビジネスというのは新しい需要を創ることです。いまある需要に対して何かをやるのは、たいしたビジネスではないんです。


会社の文化というのは、やはり経営者がつくるものです。経営者次第で会社は浮かびもすれば沈みもする。


「あきらめる」は「執念がない」と同義語だと思います。執念のある人は絶対に他人のせいにしません。全部自分のこととして考える。だから、「できないはずはない」「考えれば何かできるだろ」と前向きになれるんです。


「たわ言」から、すべてが始まるんです。それをあえて唱えて、その実現に向けて悩み苦しむことが本来のビジネスなんです。


会社経営では利益ももちろん大事ですが、もっと大事なことがあります。「お天道様に恥じるようなことをしては絶対にダメだよ、お天道様はいつでも見ているよ」ということです。私は来年還暦を迎える、まだ経営者の端くれにすぎませんが、日本人なら誰しもが幼いころから教えられてきた、このことがすべてなのかなと思っています。


決断する立場に置かれて初めて、人は物事を苦しんで考えるのです。非常に平凡な言い方をすると、苦しんだことのない人間は、やっぱりダメです。


決断して出した指針なり方針は、複雑なものではダメです。削いで削いで削ぎ抜いて、子どもにも分かるような言葉で話せるシンプルなものでないといけない。いままでの経験からすると、いい決断とはそういうものだと思います。


重要なことを考えるときには、自分をだまさないことも大切です。自分に素直になるといったほうがいいかもしれません。


組織というのは、こだわりを結集して成り立つものだと最近では思っています。こだわりがない人間はやはりダメです。こだわりのない者を何十人、何百人と集めても単なる烏合の衆です。執念のある人間を何人集められるか。それが社長の仕事です。


当たり前の話ですが、利益を増やすのが会社の目的です。そして利益を一番大きくするには、時代に合ったことをやることだと考えています。


会社はでかけりゃいいってもんじゃないだろうと思います。単位当たりで大きいほうがいい。そういう会社のほうが、自分も含めてそこで働いている一人一人の価値が高くなるからです。


供給者主体の仕組みを温存しようという時代は終わったのです。僕がいくら口をすっぱくして言っても、そういう世界になったことを信じようとしない、なんとか昔の世界を守ろうとする人たちもいます。でも、時代の大きな変化の中で、変わらずにいることは不可能なんです。


私は、個人では何の力もないのに、組織をつくって、権力をかさにきて、うまい汁を吸っている人たちが許せない。いま、証券の世界で、その嫌悪感をぶつけているだけなんです。消費者を無視した、供給者側の都合で築き上げられたこの世界を、どんどん変えていきますよ。これからが、本当の競争の幕開けなのです。証券の世界はもっともっと変わりますよ。


私は、自分たちが経験した苦い思いを教訓にして、日本を変えるきっかけをつくりたい。そうじゃなかったら、自分たちが必死にやってきた努力は報われないですよ。私は官僚主義的な、供給者主体の社会構造に対して、ものすごく嫌悪感があるんです。


死後、評価される画家が多いように、成功した経営者の多くは、当初、周囲の理解を得られなかった。理屈で解釈できる経営に成功はない。論理で割り切れないところにチャンスがある。


結局、自己満足なんです。その意味で、絵画の創作と会社の経営は似ていますね。こうでなくちゃいけない、という正解はない。経営に必要なものは感性です。追求すればきりがない中で、決断を下す根拠となるのは自分の感性ですから。


会社勤めには向いていない性格だと、いまでも思います。よく言えば他人に影響されない。悪く言えば唯我独尊。やっぱり画家的なんですよ。


息抜きで絵は描けません。いつもキャンバスの前で頭をかきむしっています。絵を描くのはストレスの溜まる行為。でも、だからこそおもしろい。
【覚書き|趣味の絵画について語った言葉。松井氏は高校生時代にプロを目指し創作に励んでいた】


どう変わるのか、答えは誰も教えてくれません。しかし、シグナルはあります。自分の頭でしっかり考えて、それを信じて決断することです。少なくとも、この路線で行けば将来必ずこうなるという時代ではないことだけは認識している必要があります。


30年ほど前、私が社会に出た時には、時代に大きな変化はなく、過去の延長線上に未来があると信じることができました。しかし、当時大企業と言われていたところは、現在凄まじい競争の渦中にあり、のたうちまわっています。みんなが思い描いていた将来のイメージとは全然違い、予想もしなかった変化が起きているのです。


いまは革命期の真っ最中です。世の中の風景は、大きく変化しています。これに気付いている人と、気付いていない人とでは天と地ほどの差が出てきます。たしかに、過去の延長線上に歴史が続いているのは事実です。しかし、必ず100年か200年に一回、世の中の様相がガラッと変わるエポック・メーキングな時代があるんですね。いま私たちが立っているのは、まさにその地点です。


今後、会社の中でビジネスを担っていくには、自由な発想ができる人間じゃないとだめです。そうはいっても、松井証券でいえば、社員に「私の決断に従え」と言っておきながら、彼らに「自由な発想をしろ」と言うのは矛盾のように思われるでしょう。でも、これはいわば二律背反の関係です。私が決めるんじゃない。私が決めるのは方向性だけ。それを理解したうえで、あとは社員が自分たちでやる。そのためには今の常識を一回捨て、自由な発想をしてくれと言うことなのです。


そもそも経営とは会社の進む方向と、時代の潮流とのギャップを埋める作業だと思います。その上で社長の仕事は、社長室で座禅を組んで考えることです。つまり、世の中がどういうふうに変わるのか、何が本質なのか、とことん考え抜くことです。本当はいくら考えたって真実はわからないんです。でも、考えなくちゃいけない。社長が考えて世の中の流れを判断して、それを前提にビジネスをやるんです。


私はこんなに努力しています。一生懸命働いています。というのは本人の勝手な思い込みです。肝心なのは働いた結果として、どれだけ商売ができたのかということです。


私は社員に「給料をもらって働く人」は辞めてくださいと言っています。必要なのは「働いて給料をもらう人」だけです。両者には大きな違いがあります。江戸時代、魚河岸(うおがし)に魚を売る商人がいましたよね。彼らはいくら朝早くから魚を売り歩いて努力したとしても、結局魚が売れなければ何もしなかったことになります。商人とは本来そういうものなのです。


新しい日本を作るには、会社と個人の主従を逆転させればいいんです。個が自由に組織をつくればいいんです。私は社員みんなの「好き嫌い」で組織を作っていこうと思っています。いくら理屈を並べても、最後の最後に組織のベースになるのは、感情なんです。もっともらしい基準を設けて体裁を整えるのはやめてもっと人間的なことで評価しようと考えたのです。人間は結構本質を見抜くものです。松井証券は社員数が156人の会社です。感情を前提に作り上げた会社が一つくらいあってもいいじゃないでしょうか。


戦後日本の社会システムのもとで、サラリーマンは会社の成長とともに自分も大きくなったような幻想を抱きました。しかし実態はというと、成長がストップしたとたん会社は個人を切り捨てはじめた。組織が主で、個人が従という会社全体のシステムのもと、組織に裏切られ、個人が責任を取らされるケースまで生じています。組織に従属した個人というのがいかにないがしろされているか。彼らの気持ち、彼らの家族の気持ちを考えると、正直言ってたまらない気持になる。


動いているのは太陽ではなく地球なんです。すなわち、地動説です。中心に存在するのはあくまでお客さんです。顧客中心主義。顧客がすべてを決める。組織を大きくしてグループを作れば顧客を囲い込める時代ではないのです。これが情報革命のもたらしたパラダイムシフト(概念、枠組みの変化)なのです。


顧客第一主義という言葉があります。じつは、これは顧客を「集団」としてとらえた企業中心の考え方です。これでビジネスをやっていてはだめです。顧客一人一人を中心に置くことが重要なんです。お客さんは我々にお金を払ってくれる側。我々はお金をいただく側。そういう立場ですよ。我々商人というのは、選ばれるか選ばれないかという存在にすぎない。


利益を上げて経営状態が良くなってくると「うちの会社はいま何百人の社員がいる。将来は、何千人にするんだ」といって、買収を繰り返し、組織を拡大していく経営者がいます。つくづく疑問に思います。みんな規模を拡大しようとする。足し算の発想をするのです。しかし僕は、もう徹底的に引き算の発想をしようと思って、有無を言わさず本社を移転しました。余計なものを排除する。つまり、規模を捨てたんです。徹底的な引き算の発想を、社員に示したつもりです。


社員の首切りをしない一番いい方法は何かというと、人を増やさないことです。ある程度の新陳代謝は必要だけれど、もう組織を拡大するのはやめようということ。会社の利益はだれが作るのかというと、社員、すなわち会社の仲間たちです。であるならば、利益は株主と会社の仲間たちに分配するのが当たり前でしょう。だったら、人数は少ない方がいいに決まっている。


あの決定は間違っていた。ごめんなさい。”なし”にする。(覚書き|電話での証券取引事業の拡大を決断後、すぐにその決断を撤回したときの発言。そして松井証券はインターネット取引に全面方向転換する。この発言で多くの社員が辞めてしまったが松井証券の業績向上のターニングポイントとなった)


日本の空の下にこれだけボロ儲けできる業界があることを知って、正直言うと、極めて不愉快に感じた。(覚書き|証券業界に入ったとき、大蔵省と野村証券をトップとした護送船団方式を見て発した言葉。横並びと低競争でぼろもうけしていた当時の証券業界を批判した言葉。この後、顧客目線に立った松井証券改革に取り組む)


どうすれば自分が一所懸命やらなくても達成できるか、そういった仕組みを作るのが君の仕事だ。(覚書き|中間管理職に言った言葉)


新しいことは、批判精神からしか生まれない。一番大事なのは哲学するということ。自分の頭で考えること、自分を信じるということ。自分はエモーショナルな人間だと思っている。感性をベースに行動している。自分が問題意識を持ち、常に考えていれば、どんな人の話を聞いても必ず何か役に立つものである。


結局、最後はアナログに帰っていく。人間の感性とか、気が合うとか合わないとか、結局のところ人間の集まりである組織はそこへ戻っていく。エリートとは反逆児。自分が会社を創り上げるという意識が大切。組織を因数分解するとすべて「個」になる。「個」が何を創り上げるか、「個」の集積が組織なのだ。


顧客の求めて「いない」コストは、商売をするにあたって大変な足かせになる。囲い込まれたい顧客などいない。商人のできることは、自ら指をたてて「この指とまれ。」と呼びかけることであり、その指に止まるかどうかは顧客が決めることだ。


日本円は捨てられる。デフレの時代であれば、キャッシュは持っているだけでドンドン価値を生んできた。でもそれは日本政府の保証があるという「おカネ」。ヘタをすると、こんなにリスクのあるものはない。日本政府の信用をバックにしたものからはなるべく逃避した方がいい。日本円じゃないものに資産を 逃避させるという考え方がものすごく大事。日本国がベースになっているものは、とりあえずはずせ、ということ。国債なんて論外。日本円の紙幣を持つのもな るべく必要最小限にした方がよい。日本という国は信用しない方がいい…


私は常々、日本をだめにしているのは「かね」人種、つまり発言の語尾に、「~かね」、「~ではないか」、「いかがなものか」といった曖昧な表現を付けたがる人たちだと主張しています。日本のリーダーには、「かね」人種が多すぎる。アメリカに追いつき追い越せという時代であれば、そうしたリーダーでもよかったのですが、目標を見失った今の日本において、いつでも逃げられるような物言いしかしないリーダーが組織の進むべき方向性を示せる筈がないのです。今、日本に必要なのは曖昧な表現をしない、「だ」人種なのだと思います。


インターネットよくわかりません。そんなに興味もないしね。(覚書き|2006年の発言。松井証券は1998年にインターネットに本格参入している。インターネットはあくまで営業手段の一つであって、とらわれる必要はないという意味合いを持っているのかもしれません。)


個人向け国債?そんなハイリスクな商品、うちでは取り扱いません!
【覚書き|松井証券は第二次世界大戦まで多くの国債を購入していたが、敗戦でそれらが一気に紙くずになったことを経験している。その件について先代から当時の状況を克明に説明されたのかもしれない。また、一見リスクのないものこそリスクが隠れているという意味もあるのではないでしょうか】


日本の金融・証券業界に今求められていることは、コスト構造を変えることです。長い間規制に守られてきたこの業界では、「供給者の論理」を前提としたビジネスが行われ、「虚業」が育成されてきました。私の定義では、「虚業」とは「顧客が求めていないコストで成り立っている商売」を指します。コスト構造を変えるということは、こうした虚業を廃して、「実業」、すなわち「顧客が求めているコストを前提とした商売」に変えていくということです。


今や同業を全て敵に回したと思ってください。(覚書き|松井証券がインターネット事業に参入したとき敵はどこかと問われての発言。インターネット事業に特化する覚悟を語った言葉)


会社と顧客は信用市場で、同じように、リスクを負っている。掛け目0とは、そのリスクをすべて顧客に押し付けたことを意味している。業界では非常識すぎて話にならない。(覚書き|マネックス証券がライブドア株急落前にライブドアと関連会社の担保能力を予告なく掛け目ゼロにしたことについての発言。経営者としてはリスクを最小にするための決断であるが、顧客にとってはマイナス面があり賛否両論がある。顧客重視の松井証券にとっては受け入れられない経営判断のため出た批判コメント)


コーポレート・ガバナンスというのは、リーダーに強い権限を与える一方、失敗した場合にはそのリーダーをパージ(追放)する仕組みです。「あいつの言っていることを信じてやらせてみよう」、「そのかわり、判断ミスが明らかとなった場合には辞めさせる」という 2つの仕組みが揃わなければ、リーダーの思い込みに組織を委ねることなどできません。


おじいちゃん、おばあちゃんの頭になれよ。(覚書き|新聞広告で証券の専門用語をたくさん盛り込もうとした社員へのひと言。業界をまったく知らないおじいちゃんおばあちゃんにでもわかる平易な言葉で書けという戒め)


組織の中で意思決定を行う際、視点を変えれば様々な「解答」が出てくる訳で、どれが正しいかを延々と議論したところで水掛け論になります。最終的にリーダーが決断して方針を決めれば済む話です。リーダーが判断を誤ることも十分あり得ますが、とにかく動かないことには何も始まりません。


訳の分からない分割、地獄に堕ちろ。いずれ市場から数十倍、数百倍のしっぺ返しがある。(覚書き|株主利益を無視した経営者のエゴによる過度の株式分割を批判した言葉。名指しは避けたがライブドアへの批判だと見られる。この後ライブドアは証券取引法違反容疑で強制捜査され株価が急落。株式がただの紙同然になる)


学生や卒業したてで起業したいなどという人には、クソして寝てろと言いたいです。(覚書き|学校卒業後すぐ起業することを戒めた言葉。社会的な慣例や常識、人づきあいや働き方を学んでから起業せよという激励。卒業直後に起業するインターネットベンチャー社長に数多く会って、経営手法や考え方に危うさを感じた経験から出た言葉かもしれません)


これからは「個」の時代です。組織を構成する一人一人が主体性を持って行動できなければなりません。明治維新などの過去の「革命」の例を見ても、「個」が組織を利用して改革を成し遂げたのであり、今まさにそうした発想ができる人間が求められています。


空売り規制?馬鹿言うな。このオタンコナス!(覚書き|空売りを過度に規制しようとする投資について理解が薄い政府に対する批判)


将来どうなるかは誰にも分からないことです。ただし、産業の中で1つの機能が役目を終えると、また新しい機能が生まれるものです。時代の潮流を察知しながら、サービスを提供できる会社が伸びてくるに違いありません。


大手と同じ土俵で勝負するつもりは全くありません。企業によって、規模や事業内容、販売チャネルが大きく異なるのですから、自社の強みを生かすことに専心すべきでしょう。


規模だけが生き残りを左右するという単純な図式ではない。大手になれば、数千数万規模の従業員を抱えた大組織ですから、変化に対応することは至難の業です。


国際化とグローバル化は、似て非なるものだ。国際化は内と外を意識した概念であるが、グローバル化は、そんなことを意識せずに、国境などまたいで、自らの意思に基づいて、自由に舞台を選択していく行動様式だ。そこで繰り広げられるのは、良くも悪くも、ゲームに勝つために自分たちに有利なルールを作り、その舞台にいかに相手を引きずり込むかの駆け引きでもある。それは極めて弱肉強食的な世界だ。このようなドロドロした世界を「国際化」と同じ感覚で論じている時点で、有為な、特に次代を担う若い人材はどんどん国外に逃げていってしまうだろう。


「百聞は一見にしかず」の通り、情報化が進めば進むほどアナログによる情報の価値が増す。


これからは日々進化するロボットやコンピューターが人間の単純労働を代替していくだろう。さりとて、人間がいらなくなるわけではない。もっと高次の仕組み「創り」にその能力を発揮すればよい。人間本来の持つ、アナログ的能力が再び付加価値の源泉となるだろう。


松井証券では社員を120人に絞り、給料は会社からもらうのではなく、顧客から得た利益の中からもらうという意識を徹底させている。会社という組織の中で「給料をもらって働く」のではなく「自分が働いて給料をもらう」というのは至極当然の考え方である。


人の頭脳が資本となるホワイトカラー中心のビジネスでは、人数が多いからといって生産性が上がるとは限らない。売上をもっと増やそうと人を増やしても、最適な人数を超えてしまえば非効率な事業に人を投入せざるを得ないからだ。これにより、個々人が利益のため合理的に働いても組織全体では利益が上がらない、経済学で言うところの「合成の誤謬(ごびゅう)」が生じてしまう。


会社を大きくすることより社員1人当たりの利益を最大化する方が、結果的にプラスだと思う。


これからの時代、会社やグループの規模が大きいことに価値があるとは思えない。


ネット証券ビジネスを立ち上げ、業界に革新をもたらしました。しかし、10年以上経った現在、過当競争でビジネスモデルが陳腐化したため、創造的破壊により新しい事業概念を確立します。


経営の最大のコストは時代とのギャップ。人件費や研究開発費なんてそれに比べたら微々たるもの。時代とのギャップを拡大させるか縮小させるかは、社長の頭の中にかかっていると言っていい。時代とのギャップが大きい社長がいる会社はあっという間に廃れます。それを自覚したら退くべきです。


ありがたかったのは、義父は僕がやることに一切口を出さなかったこと。自分が築いてきたものを少しでも壊したら、普通は文句の1つも言うと思いますが、不思議なほど押し付けは一切なかった。


マイナスといわれているものをプラスに転じる発想をする。それくらいおめでたくないと経営者は務まらないですね(笑)。経営は絵と同じです。万人がいいとほめる絵なんて、たぶんつまらない絵です。


会議をやって、全会一致で「それはいいですね。ぜひやりましょう」ということになったら、むしろそれを理由にしてやめます。経営者はひねくれていないとダメなんです。意外性がないのとオリジナリティがないのとは同義です。


ソニーが初代ウォークマンを開発しようとしたとき、社員やお客さんが「録音機能がついていないものなど絶対に売れない」と言うのを聞いて、盛田(昭夫)さんだか井深(大)さんだか忘れましたが、「だったら、やろう」と決意されたそうですが、この話は私の中でストンと落ちました。「さすがだなあ」って。みんなが反対するからこそ、やる価値がある。だれもが賛成することはやる価値がない。やる前になるほどねというようなことをやってもしょうがない。


できない理由を一所懸命探して、できない、できるはずがないと自分に言い聞かせる人とは、私は一緒に仕事はしたくありません。「できるはずだ」と一緒になって悩み苦しむ人と仕事がしたい。どこかに乗り越えられる解があるのです。つじつまを合わせて、他人がやっているのと同じようなことをきれいに整理してやりましたと言われても、「そんなのつまらないよ」と言うしかありません。


私には、会社を大きくしたいという欲求はまったくありません。いま、松井証券の従業員は100人ちょっとですが、何千人、何万人という会社になりたいと思ったことはないのです。興味があるのは「一人当たり」だけです。


デフレの今はとにかく安いものがいいという考えでビジネスモデルをつくっているところがたくさんあるし、それはそれで儲かっていても、インフレに切り替わったとき、それらは一瞬にしてつぶれます。時代が変わるというのは、天地がひつくり返ることですが、同時に会社もひつくり返るのは、できれば御免こうむりたい。だから、インフレ時代にいったいどうなるのかを考えて、いまのうちから準備しておくのが商売ですよね。


デフレとインフレの時代では、商売のやり方は明らかに違います。日本は20年間デフレで来たので、みんなそういう発想が身についてしまっている。でも、ずっとデフレであるはずがなく、いつかインフレが来ます。すると180度やり方が変わる。


読みが間違っているようなら、どんどん軌道修正すればよい。臨機応変が何よりも大事です。そのためには身軽な組織でないとダメで、規模は極力小さくしたほうがいいに決まっています。当社のような装置産業ではないビジネスは、会社規模と売上が比例しません。だったらコストが少ない小規模のほうが、利益は相乗的に増えます。一人当たりに換算すれば、もっとすごいことになる。


他人の、しかもそのマジョリティ(多数派)がやっていることが、その時代に必ず合っているわけではありません。時代はどんどん動いているからです。頼るべきは、自分なりの時代観です。社会変化のベクトルを自分なりに探すのです。ベクトルとは、「方向」と、「動く大きさ」なり「スピード」です。それに商売を合わせれば、とてつもない利益が上がるんじゃないか、ということです。


組織をどのようにして束ねていくかが会社の浮沈にかかわりますから、組織論はとても大事です。たとえば、アメリカ陸軍の特殊部隊であるグリーンベレーの最小単位は十数人です。軍隊は互いに生死を賭けるわけですから、全員が情報を共有していないと高度な作戦など遂行できません。「あいつシャイだけど、やることは大胆なんだ」とか、「冷血なようで、結構涙もろいんだよな」とかいった類の人間心理も含めての情報共有です。要するに家族のような関係じゃなくては、作戦が高度になればなるほどリスクが高まります。だから、多くて十数人が限度でしょう。そこに指揮官がいる。そう考えると、会社の組織も同じだと思います。私が直接見られるのも、せいぜい十数人です。その十数人が層になって会社という組織になっているのです。


職人にはこだわりがあるんです。私も職人だから、「そんなにこだわること、ないじゃないか」と言われると、本当に腹が立つ。自分を否定されたような感じになるんです。職人とはそういうものであり、それくらいこだわりがなかったら、ビジネスなんてできません。


広告コピーは「てにをは」を変えるだけで、人に引っかかりを与えるようなフレーズ創りができます。絵も同じで、線の角度をちょっと変えるだけで、まったく印象が違ってくるんです。それをつまらないことだと思ったら、広告創りから外れたほうがいいと思います。人の感性というのは鋭いもので、つまらないものはすぐに見抜かれます。いいなと思うような広告を考え出すには、髪の毛をかきむしって悩まなくてはいけない。要するに思い入れなんです。もちろん、中身が一番大切で、そこには思い入れがぎっしり詰まっている。でも、そんなものに世の中の人はまったく興味がない。斬新さに注目が集まります。広告というのは、会社の魂の叫びなんですが、それを行間に隠して、さらっと、分かりやすく世に問う作業です。言葉選びは本当にむずかしいと、つくづく思います。


松井道夫の経歴・略歴

松井道夫、まつい・みちお。日本の経営者。松井証券社長。長野県出身、東京育ち。一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。日興証券ロンドン支店を経て松井証券に入社。取締役法人部長、常務取締役営業本部長などを経て社長に就任。早くからネット証券事業に参入し、同社を大きく成長させた。証券業界の異端児と呼ばれた。

ページの先頭へ