斎藤緑雨の名言

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斎藤緑雨のプロフィール

斎藤緑雨、さいとう・りょくう。明治時代の小説家、評論家。明治法律学校(現:明治大学)に進学するも、家庭の経済的事情で退学せざるを得なくなり中退。その後、仮名垣魯文に学び小説を書きはじめ、辛口評論家としても名を成した。肺結核にてこの世を去る。享年36。樋口一葉のよき理解者として死ぬまで交流を続けた

遊びというものの味が真正にわかったなら、遊びは面白いことではなくて怖いことである。怖いことを知って遊ぶ者に過ちはないけれども、それまでに一度面白いことを経ねばならぬので、過ちはそのときにおいて多く発生する。


いにしえの学者は不透明体なり、今のは透明体なり。さらにその説くところによって判ずれば、いにしえのは個体、今のは気体なり。


斎藤緑雨の経歴・略歴

斎藤緑雨、さいとう・りょくう。明治時代の小説家、評論家。明治法律学校(現:明治大学)に進学するも、家庭の経済的事情で退学せざるを得なくなり中退。その後、仮名垣魯文に学び小説を書きはじめ、辛口評論家としても名を成した。肺結核にてこの世を去る。享年36。樋口一葉のよき理解者として死ぬまで交流を続けた

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