志賀俊之の名言

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志賀俊之のプロフィール

志賀俊之、しが・としゆき。日本の経営者。日本自動車工業会会長。日産自動車COO(最高執行責任者)。和歌山出身。大阪府立大学経済学部卒業後、日産自動車に入社。企画室長、アライアンス推進室長、アジア大洋州営業部ジャカルタ事務所長・企画室長、アライアンス推進室長、常務執行役員などを経て、COOに就任。カルロス・ゴーン社長の下、日産リバイバルプランの立案実行に関わり、経営再建の一翼を担った。また、日本自動車工業会会長、産業革新機構会長を務めた。

経営危機に陥りルノーと資本提携した際、従来の日産的な考え方を変えなければ再生できない、いろいろな意見を聞くことが大切だと体感した。


企業はイノベーションで、あるいは付加価値を高めることで競争しなきゃ絶対にダメ。


企業は人で決まるのです、間違いなく。


1997年にNECや花王など異業種の人たちと、GEのジャック・ウェルチについての勉強会を持ちました。社外との交流は大変な刺激となり、その後経営者になる私を支えてくれました。


日産はダイバーシティ(多様な人が混ざり合った組織)をジェンダー(性別)から始めたわけですが、外国人や年齢、社歴など多様な人材が混ざった企業の社会を形成しています。多様な職場が変化に対応する柔軟な価値観を生み、グローバルに活躍できる人材が育ちます。


自分の意見だけを主張していたら、国内でも海外でも通用しません。相手を理解し、受け入れなければ、やっていけないのです。上手に波風を立ててイノベーションを起こす。そうした姿が日本人であろうが何だろうが、グローバルでも共感を呼び、人を動かすのです。


NECとのEV(電気自動車)用の電池開発の現場では侃々諤々やりあっています。「空気を読めない」ことを気にしていては、新しい発想は出てきません。変わるためにはKY(空気が読めない)が必要なのです。同質性の居心地の良さからは、新しい価値観は生まれないからです。


もし、旧来の日本人の価値観だけで考えていたら、日本でマーチをつくりたいという話になっていたことでしょう。フロンティアで新しいことをやっていこうとしたときには波風が必要です。


1990年代の経営陣はトヨタに追随する戦略が基本にあり、経営に自立した意思がありませんでした。しかし、現在の日産は、独自の価値観に基づいて活動しています。


ダイバーシティ(多様性)は、企業として推進すべきです。ダイバーシティを導入すると、波風が立ち、最初は心地よいものではありません。しかし最初のヤマを乗り越えれば、間違いなく企業文化は変わります。内向きな文化は消え、企業は活性化します。


グローバルと聞いただけで日本人は委縮しがちですが、何も急に「グローバル人材」に変身する必要はありません。多様性の時代において、まずは自分が持っている個性を大切にすることです。そのうえで自分に足りないもの、たとえばスピード感や相手を理解する力を補っていけば海外でもやっていけるはずです。


グローバルに活躍する人材は、3つの要素を持つことが大切だと思います。ひとつはスピード感、二つ目は異なる意見や違う考え方を受け入れる多様性、三つ目はチャレンジ精神です。


世界市場の変化はあまりにも早く、人材育成にスピードが求められています。かつての終身雇用と年功序列の日本企業のように、人が育つのを待っていたら、世界の中では間違いなく負けてしまうでしょう。当社では早期にグローバル人材を育てています。


自暴自棄にならずに済んだのは、思いがけない人からの励ましがあったからです。私をインドネシアに送り込んだ役員から、ある日、電話がかかってきた。「再起を期すんだろ。見ててやるからがんばれ」。うれしかった。決して忘れ去られたわけではない――。彼の言葉を支えに、気力を振り絞ってインドネシアでの事業展開やアジア戦略を考え続けました。


インドネシアで大きな木を植えようと思ったが、できなかった。でも私はあきらめない。まず土をたがやすところから始めます。
【覚え書き|再進出のためインドネシアに赴任したときの発言】


シリコンバレーに敵わないなんて悲観的にならず、次、あるいは次の次の世代の日本に産業を残したい。


最も大切なのは、産業の新陳代謝を高めること。日本には良い技術を持った企業がたくさんあるのに、企業の中でノンコアとして眠ったまま。それを早く外に出して他社と再編すれば、まだまだ世界と戦えるんです。


ノンコア事業を抱え込んでいることが経営者として正しいとは思いません。そうしたノンコア事業には人材も資金も十分割けないので、発展性がありません。その結果、会社全体が弱くなるケースが増えています。勇気ある経営者はノンコアを思い切って外に出し、他とくっつける。


企業を1つの箱とすると、企業の中には色々なモノ(事業)が入っています。その箱の中のモノを一旦外に出して、別の企業のモノとうまく組み合わせれば、事業を強くすることができます。


産業革新機構の役割は、個別の企業の再生や手助けではありません。周囲からは「革新機構案はシャープを切り売りする」とか「解体だ」とか言われていました。私たちが考えていたのは、産業と事業の再編です。産業再編を軸にした形で企業が再生して成長していくという絵は、今の日本に必要なことです。


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志賀俊之の経歴・略歴

志賀俊之、しが・としゆき。日本の経営者。日本自動車工業会会長。日産自動車COO(最高執行責任者)。和歌山出身。大阪府立大学経済学部卒業後、日産自動車に入社。企画室長、アライアンス推進室長、アジア大洋州営業部ジャカルタ事務所長・企画室長、アライアンス推進室長、常務執行役員などを経て、COOに就任。カルロス・ゴーン社長の下、日産リバイバルプランの立案実行に関わり、経営再建の一翼を担った。また、日本自動車工業会会長、産業革新機構会長を務めた。

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