山本昌(山本昌広)の名言 一覧

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山本昌(山本昌広)のプロフィール

山本昌、やまもと・まさ。日本のプロ野球選手(投手)。小学3年生から本格的に野球を開始。高校時代に甲子園に出場。高校卒業後、中日ドラゴンズにドラフト5位で入団。その後、同チームで活躍し、数々のタイトルを獲得した。

わかり切っている基礎を何度も何度も、しつこいまでに教わっているうちに僕の野球に対する取り組みも日に日に変わっていった。
【覚え書き|ドジャースの1A時代を振り返って】


僕にとってやって当然のことは頑張ることには入りません。たとえば、日々の練習は毎日やって当然のこと。そこからどう頑張るかが重要なんです。


「このままでは終われない」、そう決心すると、腹の底からやる気が湧き上がってきた。


個人の記録も嬉しいですが、それよりもチームに貢献できたことのほうが嬉しい。


これくらいでいいやと自分に妥協すると、そこで止まってしまう。


厳しい世界ということはわかっていました。だから入団当初はとにかく一生懸命に頑張ることだけでした。


悪いときに諦めないことが大切。僕も、「このままじゃ終われない」と思ってやってきました。僕、しつこいんですよ。


マイナスな状況の中でも頑張り続ければ何かが変わっていきます。ずっとトンネルばかりではないのです。


俺は野球の神様の信者なんだ。ダッシュでもたまには1本くらいサボりたくなるけど、そういうことは絶対に神様が見ていると思うんだ。野球に対して嘘をついたら、絶対に神様は見抜くよ。


野球選手に限らず、スポーツ選手にとって一番怖いものはケガ。野球の技術も大事ですが、ケガをしない運があるかないかも重要。


歴史書、とくに中国古典が好きでよく読むのですが、その中で出てきた「己を高める」という言葉が好きです。どんな状況であっても自分を高め、いつでも何が起きても対応できるようになりたい、そうあり続けたいと思っています。


後輩を見て「いいな」と思ったことは取り入れたりしています。長い間同じことを続けていると自分のやり方ができてくるものですが、頭を固くせず、柔軟に対応することが大切だと思います。


昔は後輩であってもライバルという意識が強くありました。最近は、何かあったときに答えられるように、後輩のプレーをきちんと見たり、勉強をしています。コーチには言えないけれど、先輩には言えるということもあるので。人によって最善の方法は違うので押しつけはしませんが、相談や質問されたときにアドバイスができるように準備しておこう、と自然と思うようになったんです。


昨年、二軍での調整が続いていて「もう引退か」と思っていた矢先、8月終わりに一軍に呼ばれ、ダメならもう引退という覚悟でマウンドに上がりました。そして勝利投手になったことで、「これはもう1年やれるんじゃないか」という欲が湧いてきた。こうやって自分を奮い立たせることが、今もこうしてプレーしていることにつながっています。


ここ数年は、6、7月になるとあえて「もう今年で引退か」と自分に言い聞かせます。そして、あと○日しかユニホームを着られないのかと思うとさらに闘志が湧いてくるのです。


頑張りを続けていくとだんだんとそれが当たり前になっていく。そうやって自分の頑張るラインを上げていくと、「普通にできること」が増えていきます。何を自分の「普通」に置くかがモチベーションを継続できるかの分岐点にもなります。「このくらいでいいや」と思わないことです。


僕は、自分の人生を奇跡だと思ってます。だって僕のような並の素質と才能しかない人間が、プロ野球選手になってね。いろんな人との出会いに助けられながら、200回も勝たせてもらったわけでしょう。奇跡としかいいようがないじゃないですか。


僕は子どものころから、どんなときでも「野球の神様が見ている」と思ってるんですよ。誰も見ていなくても、悪いことはしちゃいけないって。グラウンドではツバを吐いちゃいけないとか、「こんなところで練習をさぼったら、勝たせてもらえない」って。野球に関しては一途に取り組んできたので、神様も運をくださったんじゃないかな。


野茂(英雄)君がアメリカで引退を発表したとき、「悔いがある」って言ってたでしょう。わかるんです、あの気持ちが。いくら一生懸命やっていても、いざ引退となったら、悔いは残ると思うんですよ。その悔いを少しでも和らげるために、練習をはじめ、やれることだけはちゃんとやっていこうと。


小さいころから野球を始め、ここまで頑張ってこれたんですから、中途半端なことで辞めたくないじゃないですか。成績を残せば、いくら40歳を過ぎていようと、来年もまたやれる世界ですから。でも、まさか40歳までやれるとはね。


みなさん、僕のピッチング・フォームっていうのはずっと同じだと思っているでしょう。でも、毎年、変わるんですよ。端から見ている分には、同じように見えても、毎年微妙に違っているんです。背筋の伸び具合とか、グラブからボールを放すタイミングの違いなんか、僕にはすぐわかりますよ。「あ、これは93年のフォームだ、こっちは97年バージョンだな」って。


リハビリの最中には何度となく「もうダメなんじゃないか」と思ったりしましたよ。そんなときに出会ったのが、ラジコンコースで遊んでいる人たちだったんです。「マサさん、一緒にやりましょうよ」と言われるまま、マシーンの作り方を教わっているうち、みんな、レースで勝っても1円にもならないのに、日夜、コンマ1秒のために必死に研究しているということがわかり、思ったんです。「オレは1億円プレイヤーだというのに、彼らがラジコンのことを語るほど野球のことを熱く理詰めで語ることができるだろうか? もっと野球のことを突き詰めて勉強しよう」と。


正直いって、悩みましたよ。みんなが期待してくれているのに応えることが出来ないわけですから。頭の中には、絶えず引退の2文字があったし、辛いことばっかりの1年でしたけど、応援してくれる人もいっぱいいましたから、「ここで諦めるわけにはいかない」と。
【覚え書き|200勝達成の前年、スランプに陥ったことについて】


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山本昌(山本昌広)の経歴・略歴

山本昌、やまもと・まさ。日本のプロ野球選手(投手)。小学3年生から本格的に野球を開始。高校時代に甲子園に出場。高校卒業後、中日ドラゴンズにドラフト5位で入団。その後、同チームで活躍し、数々のタイトルを獲得した。

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