山中伸弥の名言

山中伸弥のプロフィール

山中伸弥、やまなか・しんや。日本の医学博士。iPS細胞(人工多能性幹細胞)をつくりだした研究者。ノーベル医学生理学賞受賞。大阪出身。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大学院博士課程修了。米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所博士研究員、日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学医学部助手、奈良先端科学技術大学大学院大学遺伝子教育研究センター助教授・教授、京都大学再生医科学研究所教授などを経て、京都大学iPS細胞研究所所長に就任。


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山中伸弥の名言 一覧

「これをやってもムダだ」と思っていては、何もできない。やってみなければ分からない。


研究は長期戦。ペース配分が非常に大切。最初から飛ばしすぎると途中でバテてしまう。


チャレンジしないと、そこから先へは決して進めない。だからこそ、自ら進んで新しいことにチャレンジするようにしている。


ただ机上で頭を抱えて考えているだけでは、何も生まれない。


プレゼンの場では、一般の人に難しいことを言っても伝わらない。伝わらないと絶対にダメなわけです。伝えるためには、相手に寄り添ったプレゼン内容にする必要がある。


プレゼンの内容がどんなにいいものでも、見てもらえなければ意味がないのです。だからプレゼンの時は今でも、「オーディエンス(聴衆)はどんな人か」、常に気にかけています。


プレゼンの準備とも言える「スライド作り」が、結果の成否を決める。聞く人が眠らずに、興味を持って聞いてくれるスライドに仕上げねばならない。


しっかりしたビジョンがあれば、どんな仕事もとても楽になる。決断を迫られた時や悩み事がある時も、ビジョンに立ち戻ればいい。そこから自然と進むべき道が見えてくるはず。だからこそ若いうちに、しっかりとしたビジョンを持ってほしい。


研究者が自分の研究が本当に新しいか、誰かの真似になっていないかを常にチェックする必要があります。大阪市立大学大学院に在学中、助教授に言われた言葉が印象に残っています。それは、「阿倍野の犬実験になるな」です。日本の研究の多くは、「米国の犬がワンと鳴いたという論文があるが、日本の犬もワンと鳴いた」というものです。さらに日本の犬がワンと鳴いたという論文を見て、「阿倍野の犬もワンと鳴いた」と書く。研究者は油断すると、他人の方法論を真似て、阿倍野の犬のような論文を書いてしまう。こういう研究からイノベーションは生まれません。
【覚書き|阿倍野とは、大阪市立大学医学部がある大阪市阿倍野区のこと】


企業の研究所では、論文を発表する前に知財を押さえます。私たちもiPS細胞(人工多能性幹細胞)を発見したときは、論文を書きたくありませんでした。論文を書いたら、ライバルの研究者たちがこぞって追いかけてくるのがわかっていたからです。もし、企業の研究所に勤めていたら、iPS細胞の根幹に関わる部分を特許で盤石に固めるまで、何も発表しなかったかもしれません。


私は、本当に誰もやっていないことだったら、どんな研究でも価値があると思っています。だからこそ、若い研究者には、誰かの真似ではないか、繰り返しではないか意識してもらいたいのです。本当のイノベーションは未知の領域でしか見つからないのです。


研究者は役に立つかわからないものを研究すべきだし、科学研究費助成事業(科研費)のように、海のものとも山のものともつかない研究を支援する仕組みが、国全体の技術力を維持するうえで非常に大切です。


大きな課題は、研究者自身の中にある「稼ぐことへのアレルギー」でしょう。工学部のように、実用化できる技術を開発しようという意識が先生方の頭にある学部は良いのですが、理学部は対照的です。「研究の目的は真理の探究であって、実用化などとんでもない」という先生もいらっしゃる。


日本が生きていく大きな道のひとつは、科学技術立国だと考えています。研究者や技術者はみな、科学技術立国たる日本を背負っているのだと自負しています。若くて柔軟な人が次々と研究に従事するようになれば、もっと伸びていくでしょう。


研究は、最初から社会の役に立つようにしようと意識しすぎると、浅いものになりがちです。みんなが実用化間近の研究ばかりやりだすと、将来のイノベーションの芽が摘まれてしまいます。


研究者は知財を意識しておく必要があります。ただ、知財に関する専門知識を研究者が持つのは不可能に近い。知財の専門家を大学に抱えるべきです。良い技術が出てきたときに、実用化まで持っていくには、知財の専門知識があり、厚生労働省などの規制当局と早期から交渉できる人材が必要です。日本の大学の研究者がよい論文を発表しても、事業としての成果は米国企業に取られかねません。


特許が難しいのは、新しい知見を発見した当時は、将来化けるかどうか検討がつかないことです。特許申請には多少なりとも費用がかかるため、大学は厳選して申請するのが普通です。ただ、稼げる技術に育つ知見を選択して申請することは困難です。もしかすると、宝の卵をふるい落としてしまっているかもしれません。ですから、なるべく多くの特許を申請する必要があると考えています。


理系離れは深刻です。日本では研究者の地位があまりに低い。若い人たちに研究者が魅力的な仕事に見えていません。このままでは担い手がいなくなってしまうと懸念しています。米国は日本の逆です。研究者の社会的地位が高い。ハードワークなのは日米同じですが、ちゃんとした家に住んで、ホームパーティーを開いて、楽しく暮らしている人が多いのです。給料そのものも高く、ベンチャー企業とのつながりも強い。米国では研究者が憧れの職業なのです。


日本人の技術者は間違いなく世界一です。器用さ、勤勉さ、創意工夫、チームで取り組む努力など、研究者として重要な素養を備えています。現在は米国にも研究室を構えているのですが、日本人は素晴らしいと痛感しています。


初めて米国に行ったのは30歳ぐらいで、もうずいぶん昔になります。「昔取った杵柄」というわけにはなかなかいかず、英語には今も苦労しています。英語を勉強する時はジョギングしながら、NHKラジオの「ビジネス英語」を何度も聞いています。


寄付活動の一環としてマラソン大会に出場していることもあり、早朝か昼休みに30分間、ジョギングするのが日課です。「アイデアはいつ思い浮かぶのですか」とよく聞かれますが、私の場合、ジョギングが終わった後にシャワーを浴びている時などに、フッと思い浮かぶことがありますね。


ノーベル賞を受賞する前は、自宅のある大阪から京都への通勤は電車を使い、移動時間はメールの読み書きや英語の勉強に充てていました。受賞後はクルマでの移動が多くなりましたが、同じようにパソコンで仕事をしています。


やるかやらないかの選択を迫られた時に、「やらなくて後悔するくらいなら、やってから後悔しろ」とよく言われますが、私もこれを実践するよう心がけています。そもそも飽きっぽい性質なので、何かしていないとすぐ飽きてしまう、ということもある。


「ごちゃごちゃ考えてんと、手を動かせ」という言葉も、印象に残っている言葉の1つ。私が整形外科医だった時、上司だった先生から「考えるよりまず行動しろ」と、何度も怒鳴られた。考えてばかりいては、命の危機に瀕し、一刻を争う患者を救うことはできない。


スライド作りの基本は、「できるだけシンプルにする」こと。文字でなく、絵が主役と言っても過言ではない。私は、プレゼンは紙芝居だと思っています。見せるのはあくまで「絵」であって、「文字」ではありません。聞いている人がスライドの絵を見て、「何?」と思ったところで、その絵に合った話をする。


米国の研究者は、ビジョンを持つこと、そして世界中から人材を集め、チームを作ることが得意です。ビジョンはボスが提示し、ハードワークは多様な人材が行う。そうやってうまくいっているケースが、米国には多いように思います。


日本人は勤勉ですが、気がつくと、「ハードワーク」をすること自体に満足して、ビジョンを忘れがちになってしまう。遅くまで会社や研究所にいることが目標のようになり、「何のために」ハードワークをするのか分からなくなってしまう。しかしそこを忘れてしまっては、真のゴール・成功にはたどり着けない。


20代の頃からマラソンを走っていますが、5~10キロ走る走力で言えば、20代の頃の方がはるかに速い。しかし実はマラソンの記録は、今(50代)の方がいいのです。20代だった当時は20キロ地点くらいでバテてしまって、あとは這うようにゴールしていた。当時は自分をうまくコントロールできていなかったのだと思います。今はきちんとペースを作って走れるようになりました。


奈良先端科学技術大学院大学に行ったのはよかったのですが、またゼロからのスタートです。環境も変わり、研究にも時間がかかる。最初の3年くらいは、なかなか良い論文が書けませんでした。この間、非常にもがき苦しみました。そんな時、いろいろな本を読む中で出合ったのが、「高く跳ぶためには思い切り低くかがむ必要がある」という言葉だった。「そうか。今、自分はかがんでいるんだ。ジャンプするためにかがんでいる時期なんだ」と。その言葉に出合ったことで救われたし、明日への励みにもなりました。


米国に行くまでは、「研究者は実験して論文さえ書けばいい」と考えていました。当時の私をはじめ、日本人の中には「研究結果が良ければそれでいい」と考える人が少なくないのではと思います。「結果が良ければ、他人に分かってもらえなくていい」という考えが、頭のどこかにある気がする。ところが、米国はそうではありません。研究者だけでなく、寄付してくれる方にも、正確に、かつ分かりやすく、自分の研究内容を説明しなければならない。「誰にでも分かりやすく伝える」ことの重要性を、叩き込まれました。


座右の銘のひとつは「VW(ビジョン&ハードワーク)」。「目的・目標をはっきり持ち、それに向かって懸命に働く」こと。米サンフランシスコのグラッドストーン研究所の博士研究員となり、トレーニングを受けていた時、当時の所長ロバート・マーレー先生が、私たち若い研究者に教えてくれた言葉、それが「VW」でした。成功するためには、何のために研究をしているのかという長期目標をしっかり持つこと。そしてそれに向かって一生懸命に研究をすることが必要、ということです。これは研究者だけではなく、ビジネスパーソンにも当てはまると思います。


臨床医を辞めて研究を志した最大の理由は、当時担当した患者さん、そして父の命を救えなかったことが大きいと思います。父は、私が研修医として歩み始めた頃に亡くなりました。重病に苦しむ人々を何とか救いたかった。もちろん手術も1つの方法ですが、どんなに手術がうまい人でも、末期がんや脊髄損傷といった重病を根治させることは難しい。その時、「今は無理でも、20~30年後、病気を根本的に治せるとしたら、それは研究という手法しかない」。そう思いました。


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山中伸弥の経歴・略歴

山中伸弥、やまなか・しんや。日本の医学博士。iPS細胞(人工多能性幹細胞)をつくりだした研究者。ノーベル医学生理学賞受賞。大阪出身。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大学院博士課程修了。米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所博士研究員、日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学医学部助手、奈良先端科学技術大学大学院大学遺伝子教育研究センター助教授・教授、京都大学再生医科学研究所教授などを経て、京都大学iPS細胞研究所所長に就任。

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