小松俊明の名言 一覧

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小松俊明のプロフィール

小松俊明、こまつ・としあき。日本の人事コンサルタント。東京出身。慶應義塾大学法学部卒業後、住友商事に入社。同社で米国向け鋼管貿易を担当したのち、マレーシアで出版社を起業し求人情報誌を創刊。帰国後、外資系ヘッドハンティング会社ハドソン勤務を経て、グローバル企業の人材育成支援・採用支援のリクルーターズを設立。そのほか、東京海洋大学特任教授などを務めた。

小さなダンドリをしっかりこなせるかどうかを、周囲の人達は注目している。小さなことがキチンとできてこそ大きな仕事もこなせる。


28歳でできないことは、たぶん45歳になってもできません。その事実にできるだけ早く気づきましょう。


仕事のスピードと質の関係は、どちらか一方を取ったらもう一方を捨てなければいけないというものではない。一番理想的なのは、一定のクオリティは保ちながらも、スピードは「ちょっと速め」を心がけることだ。その結果、平均より正確だとか、平均より優れているという人は能力が高いし、どこの職場でも重用されるだろう。


拙速と巧遅のどちらがいいかという議論は、問題設定のしかたによって、まったく答えが変わってくる。「速い・遅い」も、「丁寧・雑」も、すべて程度の問題。何か突出して優れている部分があっても、突出してダメな部分があれば台なしになってしまう。


なぜ同じ組織に仕事が極端に遅い人や雑な人がいるかといえば、管理職が「ここまではOK、これ以上はNG」という規準をはっきり示さないからである。


仕事が遅いけれど丁寧な人は、「丁寧にやる」ということに対するこだわりが強すぎる。結局、スピードを出すかどうかは意欲の問題である。それをしないのは単にスピードアップしようという意欲がないだけだ。本当は走れば間に合う能力があるのに、点滅する黄信号を走って渡らないのは、走ったら疲れるし、息が切れるというだけの理由だ。たいていの場合、急げばスピードアップするのである。


上司が仕事の望ましい速さや丁寧さの規準を定め、それを繰り返し周知徹底することが必要だ。質を重視する職場であれば、「少しくらい期日に遅れてもなんとかなる。その代わり、絶対に他社に負けない素晴らしいものをつくれ」。スピードが命の部署なら、「ある程度のレベルを超えたらその時点で提出しろ」というように、わかりやすい規準を示すことである。


職場にはいろいろな人がいるし、自分にとって快適なリズムは人それぞれ違う。何も言わずに放っておけば、みんな好きなようにやるに決まっている。しかし、こと仕事に関しては、あまりにも極端なマイペースは直してもらう必要がある。ところがそれをせずに、仕事は丁寧だがいつも期限に間に合わない人や、仕事は速いがミスを連発する人を黙認し続けることは、組織全体に「質さえ高ければ(スピードさえ速ければ)、遅れても(雑でも)いいんだよ」というメッセージを送っていることにほかならない。これはあまりいい影響を与えないだろう。


「孫子」に「巧遅は拙速に如かず」という言葉がある。どんなに上手でも完成まで時間がかかりすぎるよりは、下手でも速いほうがいいという意味だ。現代のビジネスでは、スピードはますます重要性を増している。質がどうでもいいわけではないが、締め切りがある仕事においては、それを守れなければ何もしないのと同じであり、そして締め切りのない仕事などないといっていい。


職種や環境によって、求められる仕事の速さや質は異なる。管理職は常に最適な速さと質のさじ加減を見極め、そのうえで部下に仕事を振り、それを評価する必要があるだろう。


仕事が速いけれど雑なタイプは、一週間後でも間に合うものを、ろくに見直しもせずすぐに出してしまう。それは、「早く出すのが優れている」と勘違いしているからだ。こういうタイプは、質を高めるために粘るのが面倒で仕方がない。だから早く提出することでごまかそうとする。こういうタイプには、「いくらすぐに出てくる牛丼屋でも、ものすごくまずかったら客は入らないだろう。一定のクオリティを担保するためには、期日までたっぷり時間を使って、じっくりやれ」と言うしかない。


仕事が遅いけれど丁寧なタイプは「スピードを出すことに対する意欲の足りなさ」を、仕事の質の高さや正確さで補っているともいえる。しかしそれは決して褒められた話ではなく、そうするのが自分にとって一番楽だから、そのスタイルを貫いているだけだ。このような、遅くなったせいで周囲に迷惑をかけている自覚がないタイプには、上司がはっきりと、「いくら完成度が高くても、期日に間に合わなければ無意味だよ」と言わなければならない。


大切なのは好奇心と行動力。たとえばいま、都内の高級ホテルに「朝活」を行う人が多く訪れています。そのことをニュースだとか他人事と思って聞き流すのと、「どんな人が集まっているのだろう」と実際に足を運んで、体験してみるのでは、大きな違いです。


昔は営業部長とトップ営業マンのスキルは別物といわれていました。しかし自分は売れないのに、管理だけする管理職は、現在では生き残れません。


人材候補には失敗談を聞きます。興味があるのは失敗したエピソードではなく、それをどうリカバリーしたかです。どんな手を打ったか。その経験がいまにどう活きているのか。ピンチをチャンスに変えたプロセスを聞きたいのです。


どんな小さな仕事でも、準備段階からリサーチ、実務まで携われば、その人の成功ストーリーです。この成功体験が積み重なればオーナーシップが養われます。


ブログでもいいから、とにかく何かを書いてみる。自分の視点や考え方を正確に伝えることは、ビジネスにおいて重要なスキルのひとつ。書くことによって頭が整理され、状況を客観的に見ることができるようになります。


お勧めしたいのは自分より「デキる」友人を持つこと。そうでない人たちと集まっても、下を見て安心するだけ。いつの間にかその状況に甘んじてしまいます。優秀な人の周囲には、おのずと優秀な人が集まるものです。


本当に仕事がデキる人ほど、仕事のやり方にこだわりがあって、些細なことでもいろいろ試行錯誤ができる人だと思います。結果として、こういう人は自分のこだわりを仕事に投影できるようになり、他人から見て、それが思いのほか魅力的に映ることが多いのです。


自分をアピールするとき、良いところばかり取り上げるのは良くない。自分のどこに欠点があるのか、過去の失敗例を挙げながら、原因は何か、そしてそれをどうやって解決したのか、について具体的事項を入れながら説明することも、自分をアピールするひとつの方法。


ことあるごとに1年前の自分と比較することも大事。仕事のリズムや実績、人脈があまり変わっていないと思えば、この1年で足踏み状態になっている可能性があります。それはつまり、給与面においても足踏み状態になっていることを示しているはずです。


オーナーシップを持つ人ほど、自分のやるべき仕事をきちんと理解し、将来のビジネスプランまで考えています。その結果、「クライアントとはこう接した」「トラブル発生時にはこう対処した」など、自分の仕事を詳細に説明できるのです。


パフォーマンスの悪い部下を持ってしまったとき、効果があるのは丸投げをせず、なるべく具体的な指示をすること。具体的に指示すれば、部下もよりスピーディに動いてくれます。


部下になるべく速く動いてもらうには、どうしたらいいのか。まずは、優秀な部下を確保することに全力を尽くすことです。「部下は選べない」……それは本当でしょうか。短期的には選べないとしても、社内に欲しい人材がいるのなら、さまざまな機会を活用してそれらの人物と交流し、仕事のビジョンや目標を日頃から共有しておくことが大切です。部署を越えた連携をしたり、情報交換をするだけでも、仕事の幅が広がります。


誰かに任せるよりも自分でやったほうが速い、という中間管理職は多いと思います。ただ、個人で仕事をさばく能力には限界があります。チーム全体の力を最大限に使ったほうが、結局は目標達成までの時間は短くて済みます。


交渉しないのが交渉の一番の極意。先にこちらから解決策をアドバイスしてはいけない。相手はこちらに都合のいい方向に誘導されて、じわじわ追い詰められているように感じてしまう。一番いいのは、解決策に相手と自分が同時に気づくことです。


社内で仕事が集まってくる人は、外部環境の変化に対応できるように、情報収集に長けていたり、自ら勉強したりしている人。これは日本企業全般に言えることですが、従来のビジネスモデル、収益モデルが変わってきてしまっているからなんです。たとえば、出版業界を例にとれば、電子書籍という黒船がやってきたために、これまでのやり方が一切通用しなくなってしまった。そうなると当然、電子書籍に詳しかったり、人脈が豊富だったりする社員へと仕事が回っていくわけです。


企業が求める人材は、仕事を率先してやるという心構えがある人。つまりどんな仕事でも「やりたい。やります」とすぐに言える人ほど、必要とされる人材になるのです。だから仕事に対してオーナーシップを持ち、たとえ小さな仕事でも、企画から準備、実務まですべてひとりでこなせると自負できるだけの情熱をもってほしい。


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小松俊明の経歴・略歴

小松俊明、こまつ・としあき。日本の人事コンサルタント。東京出身。慶應義塾大学法学部卒業後、住友商事に入社。同社で米国向け鋼管貿易を担当したのち、マレーシアで出版社を起業し求人情報誌を創刊。帰国後、外資系ヘッドハンティング会社ハドソン勤務を経て、グローバル企業の人材育成支援・採用支援のリクルーターズを設立。そのほか、東京海洋大学特任教授などを務めた。

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