古舘伊知郎の名言

古舘伊知郎のプロフィール

古舘伊知郎、ふるたち・いちろう。日本のアナウンサー。東京都出身。立教大学経済学部経営学科卒業後、全国朝日放送(のちのテレビ朝日)に入社。プロレス実況を経て様々な番組でアナウンサーとして活躍。


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古舘伊知郎の名言 一覧

人類史上、明日を経験した人は誰もいないんです。だって、実際に明日になれば、もう「今日」になるから。つまり、僕らには「今」しかない。人生は「今」「今」「今」の積み重ねです。なのに、誰もが先ばかりを考えすぎるんです。近未来を埋めた予定表を生きて、「今」を生きていない。


第一希望のやりたい仕事でなくても、失敗をくり返しても、苦労して汗水を垂らした時間は血肉になって残っていくはず。


今でこそ苦労は買ってでもやろうと勧めておりますが、中学の時には、マラソン大会を逃げようとした経験があります。当時、太っていた僕は「どうせビリになる。かっこ悪いし、女子の前で恥をかきたくない」と敵前逃亡を企んだのです。その僕に、親父は「絶対出ろ」とも「出なくていい」とも言わなかった。フンと鼻で笑って「まあ、アゴを上げるなよ」と言ったんです。アゴを上げるとは「音を上げる」って意味ですね。そう言われた僕は、バカにしやがって見下すなとイラッとしました。同時に、逃げようとしたこと自体を叱るでもなく、うまくかわしてくれたのがありがたいとも思いました。それ以来、「アゴを上げない」が、僕の信条になったんです。


もし、どうしても体や心が限界だと、いよいよ拒否反応を示したら、その時は辞めればいい。それまでは心身がキツくても、「いい副作用」があると思ってやり続けてたいですね。見切りをつけるのが3日目なのか3年目なのかで、自分に残るものが変わってきますから。


古代ギリシャの悲喜劇をベースにしたシェークスピアの作品が今の時代でも残り続けているでしょ。何千年も前に書かれた登場人物の感情に共感できるのは、欲望や苦悩など人間の心が変わってないからですよ。


思い返せば、僕の30~40代は欲深かったですね。もちろん、今もそうではありますが、今以上に仕事に貪欲でした。29歳でテレビ朝日を辞めて、フリーになりました。もっと売れたい。有名になりたい、モテたい。そんなことばかり考えてギラギラしていました。


最近、「60歳を超えたのに、まだやるの? そろそろカナダの山小屋にでも住んで、サーモンを釣りながら過ごせばいいじゃないですか」なんて言われます。そんな意見には耳を貸す気はありません。体が続く限り、現役でいたいという気持ちが、勝手ながら僕にはある!


今日取り組んだ仕事、今日降って湧いた喜び、今日のイヤなこと、全部含めて、人生で2度と同じ経験はできません。だから、一日一生だと、今日で最後だと思って完全燃焼するんです。今日を生ききろうと思えば、いいことや悪いことにこだわる必要もない。朝の情報番組で「今日の射手座はガッカリ」と占われても、なんでもいいやって一生懸命にやれる(笑)。その気持ちがあったから『報道ステーション』も12年間続けられたんです。


「報道ステーション」の12年間は決して平たんな道ではありませんでした。降板の記者会見で申し上げたように、批判、非難を多く頂戴しました。1日600本の抗議があったこともあります。僕自身が毎日、目を通し、正直へこんだときもあります。しかし、苦しくなった時は「アゴを上げちゃいけない」って自分に言い聞かせてました。


僕はF1実況を任された当初はモータースポーツに全然詳しくなかったんです。だから、ホンダエンジンのメカニックの方々、外国のチームのスタッフの方々を取材する場面でも、話についていけてなかったんですよ。用語も、車のメカニズムもチンプンカンプン……。悲しかったし、悔しかったけれども、辞めたいとは思いませんでした。これは新しいものに着手しているがゆえの苦労だし、最初は望んでいなくても自分がゼロから立ち上げている辛さでしたからね。F1に関して、必死で猛勉強して、少しずつ専門家の会話がわかるようになった喜びは忘れられません。ああいう苦労こそが、最終的には、その人の人生や仕事の基礎体力になっていくと僕は信じてやまないですよ。


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古舘伊知郎の経歴・略歴

古舘伊知郎、ふるたち・いちろう。日本のアナウンサー。東京都出身。立教大学経済学部経営学科卒業後、全国朝日放送(のちのテレビ朝日)に入社。プロレス実況を経て様々な番組でアナウンサーとして活躍。

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