伊藤直彦の名言

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伊藤直彦のプロフィール

伊藤直彦、いとう・なおひこ。日本の経営者。JR貨物社長。長野県出身。東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道(のちのJR)に入社。ワシントン州立大学ビジネススクール卒業。札幌鉄道管理局営業部長、札幌鉄道管理局総務部長、大阪鉄道管理局総務部長、職員局厚生課長、貨物局営業課長、貨物局貨物営業改革実施準備室次長、JR貨物関西支社長、営業本部副本部長・営業部長、取締役・総合企画本部副本部長、取締役・鉄道事業本部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役専務・総合企画本部長などを経て社長に就任。8年連続で赤字を出していたJR貨物を改革し黒字化させた。

日本の鉄道貨物輸送も昭和50年の8日間ストライキでお客様の信頼を失ってしまった。立て直すのは私の使命であると自分にムチを打ってきた。


偉人は大抵貧しい中で育ち、人一倍の努力をする。


この歳(70代)になっても「えっ!」と思う新しい発見があります。だから本を読むことが大事。


食べることのありがたさが心底わかるのは、ひもじい経験をしたからである。求めても簡単に手に入らない時代においては、手に入れた時の喜びは何倍にもなる。


災害大国日本。この言葉通り、災害にいつ遭遇するかわかりません。その時、沈着冷静に自己管理ができるかどうかが大変重要。


ケンカしたらダメ。ときに我慢することが大事。それが戦術というものです。


鉄道コンテナの輸送には非効率な手作業が数多く残っていました。コンテナひとつひとつに手書きの荷票を差し、手でコンテナ番号を拾い、機会に入力する。また、急ぎの荷物とそうでない物の振り分けも人手によっていたため、平日の人気列車からは荷物があふれる一方、土日の列車には空きが目立つ。大きな駅では、配達コンテナを見つけるのに数十分かかることもある。国鉄時代から何十年もこうした扱いをしてきて、それが当たり前のようになっていました。【覚書き:JR貨物に入った当初を振り返った発言】


勝者がいれば敗者がいる。ごく自然のことである。勝者は驕ることなく敗者をいたわり、敗者は次の機会を期して頑張る。そのようなことを覚えさせることが教育現場ではなかろか。


壊れかかっている日本及び日本人を取り戻すには、家庭、学校を含めた教育しかなかろう。世代をこえて壊されたものは、直すのに数世代かかるかもしれない。しかしやらなければならない。


伊藤直彦の経歴・略歴

伊藤直彦、いとう・なおひこ。日本の経営者。JR貨物社長。長野県出身。東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道(のちのJR)に入社。ワシントン州立大学ビジネススクール卒業。札幌鉄道管理局営業部長、札幌鉄道管理局総務部長、大阪鉄道管理局総務部長、職員局厚生課長、貨物局営業課長、貨物局貨物営業改革実施準備室次長、JR貨物関西支社長、営業本部副本部長・営業部長、取締役・総合企画本部副本部長、取締役・鉄道事業本部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役専務・総合企画本部長などを経て社長に就任。8年連続で赤字を出していたJR貨物を改革し黒字化させた。

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