中村貞裕の名言

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中村貞裕のプロフィール

中村貞裕、なかむら・さだひろ。日本のイベント・プランナー、経営者。「トランジットジェネラルオフィス」社長。東京出身。慶應義塾大学法学部卒業後、伊勢丹に入社。MD統括婦人営業部バイヤーを経験後、外苑前にカフェ「OFFICE」をオープン。その後、ケイタリング事業、ホテル「クラスカ」のマーケティング・マネジャーなどを務めた。レストランやカフェのプロデュース、カフェ起業セミナーの講師、各種イベントの主宰、そのほか様々な分野で活躍した。

情報のインプットとアウトプットを意識して続けていると、何が次にヒットするか。その「火種」みたいなものが分かってくるようになってくる。


僕がマーケティングで重視するのは、「ブーム」になりそうなものを探すことです。何もないゼロの状態から様々なことを考案し、ブームを生み出すことははっきり言って困難です。


海外や地方では既に流行っていても東京ではまだ流行っていないものを持ち込むことでもブームを作ることはできる。


ブームで終わらず、スタイルとして定着しそうなものを探すことが一番望ましい。


コンセプトは簡潔なものが理想。そうでなければ、従業員も理解ができませんし、お客が友人・知人に話しにくいのでクチコミも生まれにくくなってしまう。


「1×100=100×1」。ひとつの世界を100突き詰めるのがプロだが、自分のように広く浅く、1を100持てば同じではないか。


ゼロから1を作るより、1を沢山見つけて10にすることがブームを作る。その場所でゼロから1に見えればいい。


夢は自分の限界を決めてしまう。だから今できること全てを限界までやってしまいたい。やりたいことだらけ。


仕事のポリシーは得意なことを沢山やること。得意なことでないとワクワク感が伝わらない。


上場すると収益を上げ続けなければならなくなる。儲けることより、話題になることや面白いと思えることをやっていきたい。


仕事の企画で「この人とこの人をつなげれば面白い」、そんなキャスティングの発想も、人脈の中から生まれる気がします。


ブームを終わらせないために、ブームを大きなトレンドにしていく必要がある。日本人のライフスタイルに影響を与えるようなトレンドにすればブームが終わらない。


僕のブームの定義は、1番でなくて良いということ。2番目でも3番目でも、マラソンでいう1位集団に入っていればいいし、またそこの場所で初めてならOK。


インプットするだけではただの情報オタク。情報オタクとミーハーの違いは、アウトプットすること。良い情報が入るほど目利きになれる。


何が流行るかを探すにはきちんとマーケティングをすることが大切。まずはありとあらゆるメディアを見てインプットする。


どの仕事をとっても、100%満足するということはありません。しかし、求めるべきなのは、僕自身の満足ではなく、クライアントの満足です。


自分ができることよりも、「何ができないか」ということをよく考え、知っておくことが必要です。何ができないかさえ知っておけば、不足している部分を補うためにはどうすればいいのか、どのような人に補ってもらえばいいのか、ということを考えれば済みます。足りないところはプロに任せてしまう。人を巻き込んで仕事をしてしまう方が、よりスムーズに進むというケースはよくあることです。


人に仕事を頼んで引き受けてもらうためには、自分自身を信用してもらわなければなりません。僕は、独立してから3年くらいは、自分自身のブランド・イメージを高めるための努力をしました。それが、人に信用してもらったり、仕事を引き受けてもらうためには、重要なことだと考えたからです。


人材を口説くコツは、嘘をつかないということですね。「僕は何も知らないんです」ということを包み隠さずに話すこと。自分には知識や技術がない、でも、このゴールに到達するためには、あなたの能力がどうしても必要なんだということを説明し、説得するしかありません。その意味では、ゴールや目的意識を共有するということが、大事だと思います。


反対する人、理解を示してくれない人がいるとき、僕はゴールのイメージに近い場所や参考になる場所につれていってしまうんです。国内でも海外でも、ときには自腹で連れていきます。僕が目指している空間を見てもらい、肌で感じ、空気を吸ってもらう。言葉だけでなく、五感を使ってもらった方が、理解してもらいやすいですし、熱意も伝わりやすいですから。


一人で仕事をしないことが重要です。あとは、自分のできないことを見極め、そのことを認める。たとえば、会計の能力が必要だと感じたとき、まだ20代ならば、自分で勉強してもいいと思いますが、30代の僕が、いまからどんなに勉強しても時間の無駄です。ならば、会計が得意な人をチームに入れて、自分は得意な仕事をした方が、スピーディーに仕事ができるようになります。


あらかじめクライアントには、「今回のプロジェクトは何が目的なのか?何がゴールなのか?」ということを聞いておきます。僕の満足度が60%や70%であっても、クライアントが喜んでくれたり、クライアントの目的が達成できたのなら、僕も満足するようにしています。


どんな仕事についても言えることだと思うのですが、常に仕事がしやすい環境が保障されていることはないと思うんです。自分の意見に反対する人も、理解を示してくれない人もいる。そういった人々をどうやって巻き込むかということが、プロジェクトを素早く動かすために重要となってきます。


ブランディング・プロデューサーという職業の地位を築き上げるためにも、そしていろいろな人に知ってもらうためにも、たとえば雑誌などへの露出も大切な仕事でした。また、ノーギャラであっても、面白いと思った仕事や旬な人が出ているイベントであれば、迷わず参加しました。そのような仕事を積み重ね、自分の価値を上げるための努力をしてきたからこそ、今の仕事スタイルやプロデューサーとしての仕事ができているのだと思います。


プロデューサーの仕事は、戦力となる人を揃えてチームをつくり、ゴールに向かうための指揮をとる役割です。誰が必要なのか、誰が得意なのかということを見極め、適材を探しだし、起用することがプロデューサーの仕事です。自分一人でゴールを目指すよりも、適任者を起用したほうが早く到達できますから。


一人で仕事を抱え込まずに、その分野が得意な人に任せることが重要です。ホテルやマンションの仕事は、僕はブランディング・プロデューサーというポジションで携わらせていただきました。映画のプロデューサーと同じように、その空間に求められているイメージを実現するためには、誰のどの能力を生かすことができるのかということを考えて、その人をキャスティングするのです。


プロデューサーの仕事は、アーティストのような感覚的センスよりも、営業の人たちと同じように、数字をはじき出して、何が利益につながるのか、コストがかかりすぎて赤字にならないか、ということを計算することが必要とされます。そういった意味では営業の人と同じです。


伊勢丹に入社当時、まだ経験もない私の仕事は、裏の倉庫での在庫整理でした。人と関わるどころか、毎日が数字との戦いでした。「もう辞めようか」と悩んで藤巻(幸夫)さんに相談したら、「会社は余程のことじゃない限り、クビになんてならないから、好きなことをやれ」と言われました。「自分が好きなことってなんだろう」と考えたとき、人を集めてパーティーをやろうと思いついたんです。


オンタイムでもオフタイムでも、人脈を広げ、たくさんの人と接していると、自分の中にフックができます。すると、何かをプロデュースしたいと思ったとき、自分のフックにひっかかったものを掘り下げれば、それが昼の仕事にもつながります。


私のようなプロデュース的な仕事では、いまの世の中の動きを、できるだけ広くつかんでおく必要があります。たとえば、ヨガが一部の人気なのか、広がりを見せつつある人気なのかは、狭い世界だけでは判断ができません。だから、どんな業種の方でも分け隔てなく付き合える人脈って、すごく大切だなと思います。


私は人を集めて遊び場をつくるのが好きなんです。いまの会社では、カフェやホテルのプロデュース、ケイタリング・サービスなどを手掛けていますが、私にとっては全部遊び場の創造です。ですから、自分以外の人が何を考えているのか、いまのトレンドは何なのか、すごく興味があります。


私はパーティーを主催するとき、紹介役に徹します。紹介した人同士が仲良くなると、そこから次のビジネスやイベントが生まれたり、新しい人を紹介してくれます。人と人をマッチングさせることで、紹介された人同士も、紹介した僕もハッピーになれる。そうした関係が、楽しいんです。


僕は常時100くらいの「火種」が頭に入っています。ひとつひとつは小さな事柄ですが10、20とつながってくるとブームを生み出す要素になっていく。火種の数が多く、それが大きいほどブームは起こしやすい。


情報を集めて頭にインプットすることと同等かそれ以上に大切なのが人に伝えてアウトプットすること。そうすることで周囲に情報通であることが知られ、さらに良い情報も集まってくるようになる。


プロジェクトが始動する際に僕はキャッチコピーから考えることにしています。キャッチコピーは、雑誌で取り上げられるとしたら、どんな見出しで取り上げられるかを意識して、そこからの逆算で考えます。そうすることでメディアからも取材をされやすくなるからです。


具体的なプロジェクトの細部は、社内外のそれぞれの分野の専門家に任せてチームで仕事をすることが重要。自分にできないことは仲間に任せる。それもブームを生み出す大切な条件。


本当にうまくいくのか、メーンのお客となる女性の意見を聞くために、女性社員の意見は重視しています。また、当社のナンバー2である垂水謙児副社長には採算面を厳しくチェックしてもらっています。


雑誌、書籍、テレビの情報番組、そしてインターネットを通じて、ライフスタイルや流行などについて手当たり次第に情報を仕入れています。海外でも地方でも時間を作っては出掛けて、現地の人気飲食店などの情報を集めています。息を吸うような感覚で、時間があれば情報を集めたり、人に会ったりしています。


ブームと同時に意識しているのが「スタイル」です。「スタイル」とはブームとしては沈静化した後に、生活の一部として定着した状態のことです。ブームよりもスタイルになってからの方が商売としての引き合いが多くなります。


日本初上陸のGAPは、ZARA、H&Mも一緒に宣伝することで、ファストファッションというトレンドになった。僕らはさざ波とさざ波をくっつけて大きな波を作る。そうすればライフスタイルに入り込み大きな波となって継続する。


まずはネーミングを決める。店舗やプロジェクト名を決めたら、次はコンセプトを作り、キャッチフレーズを考える。次に店を因数分解し、お店を作っている要素を1つずつ書き出していく。次はキャスティング。これは具体名で、例えばインテリアデザインだったら片山正道さんとか。このキャスティングが大切。


アーティストや建築家は二番煎じを否定、ゼロから1を作る。だから事務所がストイックな雰囲気になる。トレンドを作るときはもっと活き活きとしていることが必要。だからゼロからではなく、1を沢山つくってそこから大きくするという発想が大切です。


僕は「カフェブームの立役者」と呼ばれていますが、最初のカフェ「OFFICE」を手掛ける前に影響を受けた素晴らしいカフェが都内にあり、僕はその後追いでカフェを始めたにすぎません。それでも僕が、カフェブームの立役者と呼ばれているのは、ブームを生み出した店として世間は、最初に取り組んだ店だけでなく、2番手と3番手の店までは認めてくれるからです。一方、なぜか4番手、5番手と見なされるとブームを生んだ店には該当しません。マスコミへの露出量や当社への評価も変わってきますから、2番手、3番手になれることを素早く見つけることが大切になります。


メディアが取り上げるような話題づくりで人気店を生む。最初のカフェ「OFFICE」をオープンし、後に「カフェブームの立役者」と呼ばれました。以来、ずっとその成功パターンを続けてきました。もともと、流行への関心が強く「スーパーミーハー」を自認する僕にとっては、モチベーションが最も生まれる戦略だからです。今ではカフェだけでなく、様々な飲食店やシェアオフィス、イベントなどの運営やプロデュースも手がけています。


中村貞裕の経歴・略歴

中村貞裕、なかむら・さだひろ。日本のイベント・プランナー、経営者。「トランジットジェネラルオフィス」社長。東京出身。慶應義塾大学法学部卒業後、伊勢丹に入社。MD統括婦人営業部バイヤーを経験後、外苑前にカフェ「OFFICE」をオープン。その後、ケイタリング事業、ホテル「クラスカ」のマーケティング・マネジャーなどを務めた。レストランやカフェのプロデュース、カフェ起業セミナーの講師、各種イベントの主宰、そのほか様々な分野で活躍した。

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