上村愛子の名言

このエントリーをはてなブックマークに追加

上村愛子のプロフィール

上村愛子、うえむら・あいこ。日本のモーグル選手。兵庫県出身、長野県育ち。小学生時代にスキーを始める。中学2年生のときにカナダでモーグルスキーの大会を観戦したことをきっかけにモーグルを開始。高校生時代に全日本選手権3位入賞。オリンピック5大会連続入賞(長野7位、ソルトレイクシティ6位、トリノ5位、バンクーバー4位、ソチ5位)。世界選手権で金メダル2個、銅メダル2個獲得。

五輪の壁は厚かった。でも同時に、ぶつかるたびに心が強くなり、成長できることを五輪に教えてもらいました。


目標を見つけてがむしゃらに頑張りましたが、金メダルにはほど遠い順位だった。そこで初めて、「何が足りないのか」という思考が生まれた。


オリンピックでメダルは獲れなかったけど、すがすがしい気分。全力で滑れたことで点数見ずに泣いてました。


細かいところをあげていけばキリはありませんが、いままでのオリンピックで全力を出すことが難しかったので、全力で滑るというのは果たせて満足です。


メダル獲得の夢は果たせなかったけど、出場した5回の五輪は、すべて異なるアプローチで挑み、新たに取り組んだ技を完成させることができました。自分に課した目標を、すべて達成できたんです。この成功体験は、今後の人生を生きるうえで、大切な私の誇りであり宝です。


五輪に挑戦するたびに順位は上がるのに、またメダルには届かない。最初は全く分かりませんでした。「失敗って何だろう」と思ってしまうほど、努力と成果がイコールにならず、頑張れば夢がかなうわけではない現実に落ち込みました。結局私は、「プレッシャー」に負けたんだと思います。


技を完成させるために毎日ひたすら同じ練習をすると、少しずつ客観的な視点が失われ、自分がやっていることが本当に正しいのか不安になることもありました。そんな時は、先輩や後輩に「自信がないんだけど大丈夫かな」と相談しました。大抵「大丈夫だよ」という言葉が返ってきて、皆の言葉や存在のおかげで「もう少し前向きにやっていこうかな」と思えました。


これができなかったら金メダル争いには加われないし、競技者として終わりだという覚悟で取り組んだ。自信を持って五輪の舞台に立つためにも、女子選手が誰もやっていない技を完成させる必要があった。


メダルを獲れなかった原因の1つに、自分には加点になる武器がないことに気づきました。ターンが誰よりも美しいとか、スピードが誰よりも速いとか、ジャンプが誰よりも高いといったライバルより突出した武器です。そこで当時、男子でも確実に決められる選手が少なかった、「世界一のエア」と言われる技「3D」に挑戦しようと決めました。


(里谷)多英さんを勝手にライバル祝するようになり、負けたら1人で悔しがって、勝ったら喜びました(笑)。目の前に金メダリストという目標があったことはラッキーでした。以前なら選択しなかった辛い練習を積極的に選ぶようになり、コーチからの指示はすべて取り組み、自分を限界まで追い込めました。


1年かかって、やれる環境があるありがたみに気づいたんです。ケガはしていないし、競技を続けられる環境はあるし、応援してくれる人もいる。五輪を目指したくても目指せない人がいる中で、気持ち次第で挑める自分は、何て恵まれているんだろうと思えた。死ぬ間際になって、「あの時、挑戦しておけばよかった」という後悔もしたくなかった。
【覚え書き|バンクーバー五輪でメダルを逃した後、現役続行を決めた理由について】


上村愛子の経歴・略歴

上村愛子、うえむら・あいこ。日本のモーグル選手。兵庫県出身、長野県育ち。小学生時代にスキーを始める。中学2年生のときにカナダでモーグルスキーの大会を観戦したことをきっかけにモーグルを開始。高校生時代に全日本選手権3位入賞。オリンピック5大会連続入賞(長野7位、ソルトレイクシティ6位、トリノ5位、バンクーバー4位、ソチ5位)。世界選手権で金メダル2個、銅メダル2個獲得。

ページの先頭へ