テリー伊藤の名言

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テリー伊藤のプロフィール

テリー伊藤、てりー・いとう。日本の演出家、テレビプロデューサー、タレント、評論家。東京都築地出身。日本大学経済学部卒業後、寿司屋やアパレルメーカのアルバイトを経て、IVSテレビ制作に入社しテレビ番組制作に携わる。奇抜な企画を手掛け、徐々に頭角を現し、数多くのヒットバラエティ番組を生んだ。主なテレビ番組に『天才・たけしの元気が出るテレビ』『ねるとん紅鯨団』『浅草橋ヤング洋品店』『出動!ミニスカポリス』『まっ昼ま王』『純愛果実』『給与明細』など。そのほか、作家、テレビのコメンテーターとしても活躍した。

逆の意味の言葉をクロスさせる。すると、言葉に力が出る。


自分のできることや考えをしっかりと打ち出していくことは、あらゆるビジネスシーンで必要なこと。


考えるのはダダ。やってみたいと思うことは考え続けることが大事。ある日、急に動き出すこともあるから。


「他人に差をつける仕事の勉強方法」の大原則は、自分の得意を伸ばすこと。他人と見比べて差をつけようっていうのは初手から間違っているんですよ。


人間が本質的に抱えている不安を力に変えれば、力んだ決意がなくてもやれちゃうもんなんです。


知らないまま否定するのはもったいない。興味を持った時に動かないと人って一生興味を持てないままになっちゃうんだよ。


自分で自分の枠や限界線を決めちゃうと人はそれ以上伸びない。自分の可能性は図々しく持っていていい。


自分を追い込むこと。眠れないぐらい大きなモノを抱えることがすごく大切。仕事のパワーが出てくる。


逆転は座して待っているだけでは起こり得ない。当然、今こそやっておくべきことがある。それは逆転のための準備。花を咲かせるための準備だ。


遅咲きの人たちの共通点は、才能に勝る努力家であること。諦めないこと。そして「成功する自分」をイメージしていたこと。


年齢なんて気の持ちようでどうにでもなる。


ヒットの源流というのは、実は流行というよりも普遍性。


隣に引っ越してきてほしくない人ほどテレビに出せば面白い。


私が長年携わってきたテレビの演出という仕事は、出演者たちの良さを引き出すことに尽きる。


結局のところ、その相手がいい仕事をしてくれるようになればいいわけで、叱るか叱らないかの問題ではない。


その人を叱るよりも先に、その人の良さを引き出すためにはどうすればいいかをもっと考えてあげればいいんじゃないの?


強い個性や欠点が、あるとき、武器となって輝き始める。


叱るのが苦手という人は、叱る前に相手の良さを引きだそう。


誰かをもっともらしく叱るというのは、自分の感性を鈍らせること。


俺が「コラ、廊下を走るな」って叱ったら俺が廊下を走れなくなるじゃん。俺はいつだって廊下を走りたいんだよ。俺は怒るよりも怒られる人間でいたい。


「ああしろ、こうしろ」と言ったって、いいものは絶対に生まれないし、「あれをするな、これもするな」と禁止事項を並べていては伸びる人も伸びない。


頭がいい人や技術的な能力が高い人、才能が旺盛な人はいくらでもいる。しかし、そこで勝ち残っているのは、間違いなく肉体が強い人だ。


大切なのは、自分が置かれたポジションをどうポジティブに語れるかということ。


日常生活の楽しさを忘れてしまっては、楽しい番組作りなどおぼつかない。


シケた顔してるからダメなんだよ。「よっしゃ! これからガンガンいったるぞ!」って言ってると、本当にガンガンいけるようになるんだよ。


自分の中に眠っている魂を表に出すのが企画。


企画書は本数を重ねると上手くなるからいっぱい書いたほうがいい。そして、そこには自分だけのオリジナリティを入れることが大切。


オレは死ぬ日を自分で決めています。途中で死んだら仕方ないし、予定より長生きできたら儲けもの。人生、なめてかかってマジメに生きろと思ってるからね。


たまにはオリジナルの呪縛を離れて、アレンジと軽さで勝負してみるのもいいんじゃないかな。


常識にちょっとしたアレンジを加えるだけで、大きなアクセントになる。みんなが知っている常識にはしっかりとした軸があるから、崩しやすいんですよ。


よくさ、「上司を出せ!」っていうお客がいるでしょ。絶対出しちゃダメだよ。この仕事は私が仕切ってるんだから、私が責任を持ちますって気概、とても大事。仕事への情熱は客に伝わるからさ。


人生は白分だけが主人公じゃない。駅伝のひとりのランナーに過ぎない。自分のゴールで次の人にタスキを渡すんだってことを考えていれば、仕事の仕方も変わる。


大切なのは惜しまないこと。仕掛け続ける姿勢はいつか伝わる。うまく機会に乗っかっていくためには、「いつかは実現してやる」という情熱が欠かせない。


優秀な他人がいて非力な自分がいたら、追い抜くことより、自分の得意を確認して差をつけることを選ぶ。繊細な日本料理は作れないけど、うまい丼飯だったら出せるから。そういう生々しい企画を準備する。


本来は半年後も変わらぬポストがあるかどうかわからないもの。だからこそ、常に向上心のようなものを持っていないと。


『お笑い北朝鮮』を書いた時、絶対これを当ててやるんだって命がけだった。


「ライバルに恵まれると、その選手は伸びる」というのはスポーツ界の鉄則だ。もちろん、ほかの世界でもそれは同様である。しかし、誰が見てもわかるようなライバルだけでなく、意外なところにライバルを定めることが偉業を生むことがある。


人間、キャリアを重ねると冒険をしなくなる。それは若い人でも同じことだ。年数の長さに関わらず、実績とともに自分のスタイルができてくると、それをもとに考えたり、行動することしかできなくなる。それでは、何も新しいことを生み出せない。


凡人は昔の自慢話をする。しかし、天才は昔の自分に興味がない。


いま自分が優先すべきことは何か。それさえ間違わなければ、仕事も人生も上手くいきます。大事な分岐点に立たされたとき、有事のとき、ここ一番の勝負所、どんなときでも優先順位を的確に判断できる人間こそが、勝利を手にするのです。


自分が手に入れたものを捨てるというのは、確かに怖いことだ。しかし、捨てたときに何かを手につかまないでいるのは、もっと怖い。だから、必死で何かをつかもうとする。それでこそ、次の何かが手に入るのであって、この間の恐怖感が実は面白い。この面白さに一度気がつけばしめたもの。そうなると、捨てることへの恐れを振り払って、次のステップに踏み出していける。


自分が持っているものを捨てる。そうすることによって、はじめて新しいものを手に入れる。手にしたものを捨てられない人は、新しいものには出会えない。新しい女性に出会うためには、前の恋人と別れなければいけないのと同じように、昨日の自分を捨てなければならない。


昨日の自分を信じない。昨日の自分が好きじゃない。昨日の自分に興味がない。何かを成し遂げようというとき、これはとても大切なことだ。何かを成し遂げるためには、延々とその場で粘ることが大事だと思われがちだが、じつはそうではない。自分を成長させるためには、昨日の自分のままではいけないのだ。


「昨日の自分に興味がない」というのは天才の条件のひとつだ。天才は基本的に昨日の自分を信じていない。たとえ昨日、何を成し遂げようとも、昨日の自分をみんなが賛美しようとも、本人はすでに興味がない。もう「次」を見ているのだ。


「不満なことは、これとこれ。でも、幸せなことはこれとこれ」。その割合が「幸せ51:不満49」であれば、人間相当ハッピーだ。


批判ばかりしている人間は、いつも不平不満を言っている。仕事や上司や会社の愚痴を言って酒を飲んで暮らしている。それよりも、不満の優先順位を変えてみたらどうだろうか。つまり、「今日は嫌な仕事をやらされたけど、ちょうど今日の日当ぶんで可愛い子供の自転車が変えるぞ。なんて幸せなんだ」と。


デキる人間とデキない人間は、いったいどこが違うのか。その答えは時代によって変わってくる。そして、いまという時代の中で勝敗を分ける最も大きなポイントは「優先順位のつけ方」だと、私は思っている。つまり、「ものごとの優先順位を間違えない人間と、間違える人間の違い」である。


成功者や優秀な人を見て何かを学ぶときに大切なのは、「成功者はすごいな」とか、「あの人は優秀だな」という畏怖ではなく、「この人の良さはここだ」と感じ取ることなのである。


成功者には、必ず、成功の原因がある。ということは、その原因を知れば、他の人でも同じように成功できるはずだ。もちろん、人それぞれ才能や運や努力に差はあるが、そんなことを比較している暇があったら、成功者の勝因の中から自分が真似できることを見つけて、さっさと実践したほうがいいに決まっている。


芸能人もビジネスマンも、成功者たちは基本的にMだ。Mというのは向上心とセットなのだ。もっと自分を成長させたいと思ったら、Mになることだ。


自分を追い込んでくれる同僚や上司を見つけて、どんどん攻めてもらえばいい。無理難題な仕事や課題を与えてもらい、それをこなすことでパワーアップすることができます。


そもそも、成功者なんて、「恐れずに足らず」なのだ。たとえば、イチローは大成功者ではあるが、野球しかできない。もし学校だったら、「野球部ではヒーローだけど、それ以外は何もできないじゃん」と言われてしまう。プロになって、たまたま金を稼いでいるかもしれないが、それだけのことだ。だから、私たちはイチローの前で、何も緊張することなどない。恐れずに足らずなのである。


関根勤の最大の良さは、自分の弱さを隠さないことだ。芸能人は、自分の弱点を見せないようにして商品価値を高めようとする生き物だ。たとえお笑い芸人であっても、自分のドジ話はできるかもしれないが、本当の弱さをさらけ出すことはしない。しかし、関根勤は違う。自分の弱さを隠さずに見せることで、常に自分自身の力を倍化させていく。


イルミネーションを見て「いいなあ」と言うのか「さあ、クリスマスだ」と言うか、まずそこが大違い。うらやましがっているのではなく「よし、行くぞ、クリスマス!」という気持ちを失ってはいけない。


40歳になったとき、そこから先をどう進んで行くのか。それが、人生というマラソンレースの勝負を大きく左右する。


ひとりで死ぬことが「孤独死」で寂し過ぎるというのは本当? 本人は幸せかもしれないよ。勝手に不幸だと決めつけているんじゃないかな。死はどんな形でも、たかが死なんですよ。家族に見守られていても、人はひとりで死んでいく。看取られたから幸せなわけじゃない。


元気と勢いは大切。アイデアや企画を社内や社外へプレゼンする時、データを積み上げたり、根回しをしたり、通りやすくする準備っていろいろあるけど、最終的には提案者の熱量が物を言う。


たとえばさ、友達に自分の商品とかダメ出しされた時とかさ、「じゃあ、どんなのがよかった?」とか聞くでしょ。お客に対しても、基本はこんな姿勢でぶつかればいいんですよ。


まずは自分の取り柄を自覚することから始めて欲しい。なにが向いていて、どういう強みがあるのか。たぶんそれは仕事の延長線上に転がってると思うよ。その上で、世の中とチューニングする。


他人と差をつけるための勉強をしても挫折するだけ。自分の頭で考えてみる。まずはココから始めてみてよ! 気づいたら周りの人の発想レベルとは大きな差がついているはずだからさ。


自分の年収の10倍を稼いでくるのが一人前だと思っている。600万円から700万円の年収のあるヤツが、年間に稼いでくる額が150万円だったら雇っている意味がないんだよね。


自分の生活のコストをどこまで下げられるか。いま毎月入ってくるお金がなくなった時、どう生きていくかっていうシミュレーションは常に持っておかないとダメだと思う。


常に次のカードを用意しないと。オレ自身、そうやってきた。企画が通らない。演出だけをやっていたら食えないかもしれない。じゃあ、本を書いてひと勝負だぞ、って。その後、テレビに出だしてラジオもやらせてもらって。それでも不安だし、危機感は持っている。


芸能界には、遅咲きの芸能人がいる。彼らは、ただじっと咲くのを待っていたのではなく「今は咲いていないけど、逆転するための準備」をしていたのだ。ある日、突然、棚からボタ餅のように咲くことはない。


「その年齢になったらもう下降線」という話は生涯あり得ない。私自身、「長いこと、この業界でやってきたな」と思うときもあるが、私よりも大先輩が第一線で活躍しているのを見ると、「60代なんて、まだまだヒヨっ子だな」と思う。


「人間、50年」と言われた時代なら「40代か。もう歳だな」という感覚だったかもしれないが、80歳でもバリバリの現役の先輩たちがたくさんいる時代、40代はまだまだ「青年」なのである。


どんなスーパースターでも面白いときは褒めてほしいのだ。そうでなければ彼は孤独のまま、「俺って本当に面白いのか?」と不安になってしまう。そして、芸能人に限らず、人はみな褒めてほしいのだ。


テレビというのは檻の中のようなものだ。その檻の中に映っているのは、ライオンであれ怪獣であれ、絶対に檻からお茶の間には出てこない。だから、危なければ危ないほど面白いし、おっかなければおっかないほど観たくなる。ヘンテコリンなほど面白い。放送コードに耐えられるかぎり、変な人を出せば出すほど盛り上がる。


中間管理職的な立場にある人の共通の悩みのひとつは「叱り方がわからない」ということのようだが、そもそも「なぜ叱らなくちゃいけないのか」と問い直してみて欲しい。いったい、なんのために叱るのか? そこでその人を叱ることが本当にベストな指導法なのか?


監督が叱るか叱らないかが大事なのではなく、その選手が逆転ホームランを打ってくれたり完封してくれたりすれば、その監督は結果的に名監督になる。選手が緊張しようが伸び伸びしようがどっちでもいい。要は、ちゃんと戦力になってくれればいいのだ。


世間というのは面白いものである。最初は、面白おかしく「天才ディレクターのテリー伊藤」と自分で言いふらしていたら、ある日から世の中の人たちが「天才ディレクターのテリー伊藤」と言い始め、「テリー伊藤って天才ディレクターなんだ」というふうに定着していったのだ。これは、まぎれもなく自己演出である。自分で勝手に「天才」を名乗って、勝手に自分のポジションを上げてしまったのだ。


40代というのは、ここまでキャリアを重ねてきた自分のスタイルや価値観が武器でもある。それを大事にして、ここから先を切り開いていくということもできる。しかし、そのスタイルや価値観にこだわりすぎるあまり、停滞したり、伸び悩んだりということが40代特有の壁となる場合も少なくない。そんなとき、ここまでたどり着いた自分をちゃんと認めてあげる一方で、さらに遠くへ進んでいくためにはどうすればいいのか。そこで新たな自己演出をしてみることが、きっと新たな展開を生み出していくはずだ。


普段の自分のままでは、なかなか勇気を持って踏み出せない。でも、「何かになったつもり」になれば、思い切ったことができるかもしれない。だったら、いつもの自分とは違う「もう一つの自分」に変身してみたら、大胆なことができるんじゃないか。


40代の頃から「テリー伊藤」を名乗るようになった。テレビディレクターという裏方の仕事をしていた私が、コメンテーターとして表舞台にでたり、本や新聞に原稿を書いたりする仕事が舞い込むようになった頃のことだった。「どうせなら、ここでもう一発、パワーアップしていきたいな」そう思ったときに、昨日までの伊藤輝夫でいるよりも、リングネームみたいに別の名前をつけたほうが、思い切って暴れられるような気がした。


確かに部下が大きなミスをしたり、だらしなかったりすることはいくらでもある。しかし、私はそういうとき、怒るよりも先に「俺は彼の良さを引き出しているだろうか」と自問自答してみる。怒るよりも、彼が次にいい仕事をするために私が考えるべきことはいくらでもある。


俺から教わったり指示されたりっていうことは、お前の仕事の10のうち1つで十分。あとは自分で考えたり見つけたり、俺から勝手にパクッたりアレンジしてくれればいい。だって、お前は俺にない感性をいっぱい持ってるんだし、俺がしてない体験をしてきたわけだから。


私は部下たちと楽しい話しかしていない。若い彼らは、私とは違う音楽を聴いて育ち、違う映画や漫画を見て、違うファッションを楽しんできた世代だ。私が知らない素敵なことをたくさん知っている。そういう社員たちに私が何か正しいことを教えようとしたり説教をしたりするのではなく、逆に私に面白いことをたくさん教えてほしい。


男は男なんか見本にするな。オジサンよりもオバサンを見習え。オジサンは、オジサンから男の価値観で何かを学ぼうとするよりも、オバサンのマネをしたほうがよっぽどパワフルに生きられるはずだ。


私の周りにいる成功者と呼ばれるような人たちや日本の各分野を動かしてきた人たちを見ると、やはり、一様に40代で大きな転機を迎え、大きなチャンスをつかんでいる。


中年太りを諦めることは、人生を諦めること。体力がなければ自分の経験も活かせないと心得よ。


アメリカ先住民の言葉を集めた『今日は死ぬのにもってこいの日』という本を読んで、すごいポジティブだなと思ったの。それで、自分の死ぬ年齢を88歳と、勝手に決めてみた。そしたら、モヤモヤしていた「死」に対する意識がなくなって、残りの人生でやるべきことが組み立てられた。みんなも「死ぬ年齢をいつにしようかな」と考えてみるといいよ。


相手の気持ちを動かせるかどうかは、結局のところ、営業マンのモチベーションによって大きく左右されます。ある商品を売りに行ったとして、「原価計算上、この値段でこれだけ売ったらこれだけの利益になる」って打算は二の次なんですよ。それは誰しもが考えることで、成功する営業マンは誰よりも何よりも商品を信じていますよ。


最終的に営業マンの大前提って、なんの商品を売るかじゃないんです。どんな業種の営業をしていたとしても、自分の扱っている商品の向こう側にある「幸せ」を信じ続けることなの。クルマだったら、買ってくれた人がいかに幸せなカーライフを送るのかをイメージする。自分はそのお手伝いをしているんだって大義。それを持てた瞬間に、ためらわずにドアをノックする勇気が出てくると思うんです。


長い前置きから入ったら、まず通らない。聞いてる側は「で? なにが言いたいのよ」ってところで興味を失って、その日の晩飯のことでも考え始めますよ。結局、前置きが長い営業トークは自分の頭の中が整理できていない証拠なんだよね。喋りながら整理しようとしているから、前置き中に変な権威付けとか、ありがちな動機付けとか、余分なものが入り込んでしまう。


思うに、優秀な商品開発マンかどうかの差って、才能のあるなしじゃないんですよ。「これを言ったら笑われるかも」「つまんないと思われるかな」ってハードルを突き抜けられるかどうかなの。必ず面白いことを言わなくちゃいけないって思っちゃうとダメだよね。それって頭の中が固くなっていく。面白くないことでもなんでも出していく。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、かも(笑)。で、いいんですよ。


俺の場合、夜中にひとりで考えているんです。しりとり歌合戦とか、ダジャレ大会とか(笑)。止める人は誰もいないから考えていることはどんどんとんでもないことになっていく。マーケティングとか、視聴者アンケートとかを気にしていたら絶対にたどり着かない地点で、「これは!」ってタイトル案や企画のアイデアを思いつく。当然、全部が全部使えるわけじゃないし、一夜明けてみればボツにするしかないネタも多いよ。でもね、時には苦し紛れのダジャレ合戦の向こうにヒットの芽が生えていることもあるんだよね。


よく使う手法は一番遠い場所にあるはずの言葉をくっつけて、まずはタイトルを作っちゃうって作戦。「新しい本のタイトル案、そろそろお願いします」「うーーーん、『合コンでモテる年金問題』。どう?」とかね。一瞬、「なんだ、それ?」って思うじゃない。人って、言葉として両方とも知っているものを意外な組み合わせにされると、興味を持つんだよね。そんなふうにアレンジで攻めるのはいい方法。「ゼロから考えなくちゃ!」と自分を追い込むと袋小路に入っちゃいますよ。


将来を期待しているエリート社員こそ、最初にクレーム処理の現場を経験するべきなんですよ。企業にとってクレーム対応はユーザーの生の声に触れることができる最前線じゃない。それも提灯記事のアンケートみたいな内容じゃなく、ズバズバと問題点を言葉にしてくれるありがたいお客さんばかりですよ。そこで、仕事ができるっていうのはすごく大きな経験。その後、社内のどの部署に移ろうが、転職しようが、独立しようが、必ず積み重ねた時間は生きてきますよ。


話が通じないほど怒っている相手にはまず鎮火のためにリズムを変えること。聞く耳を持っている人には、共感性を大切にして自分の言葉で語りかけていくこと。この2段階の対処法を駆使すれば、クレームはお客さんとのコミュニケーションの入口に変わっていくはずですよ。その上で、自分たちの企業理念なりを伝えていけばいいんです。


つい昨日なんだけど、ひとつ人生の哲学に気づいたんだよ。俺はいままで人生をフルマラソンだと思っていたわけ。よく言うでしょう。人生は長い。マラソンにたとえるならば……って。でもね、それは違うんだな、と。人生は駅伝だったんですよ。マラソンは走り終わった後、ゴールすると、すべてを出し切って倒れ込んじゃうでしょう。そうじゃなく、タスキを渡すことが大切なのではないかなって。


ニュースに触れた時、何かに出くわした時にみんなはどこまで思いを巡らせるんだろうと想像し、だったら俺はその先の本質を……と考えていく。月曜日から日曜日まで。俺がテレビ、ラジオに出て、同じ事件やニュースについてそれぞれ違うコメントができるのは、いつもそうやって人間の本質なり、行動の本質を考えているからなんですよ。


めちゃめちゃできる人はいるわけですよ。そういう人たちと自分を比べた時、こっから俺が勉強しても追っつかねえや……、同じところで勝負して勝てる気がしないってね。でも、そのしょんぼり諦めそうなところでグッと踏み止まる。俺には俺のいいとこがあるんじゃない? と見直してみること。これが仕事の勉強を始めるにあたってすごく大事なポイントなんですよ。


テレビで見ている人は「テリー伊藤、なんて脳天気なんだろう」と思ってるかもしれないけど、自分では世界一の心配性だと自覚してますよ。だから、毎日いい仕事をさせてもらいながらも「明日、仕事があるんだろうか」「俺は飽きられてしまわないだろうか」って一つ一つに心配の種を抱えている。そういうものがあるから、もっと頑張ろう、もっと新しいことを学んでいこう、勉強しようっていうエネルギーが湧いてくる。


いままで使えた金が使えなくなると、自然とアイデアが出てくるんですよ。制作費がバンバン削られているテレビの世界でいうと、照明代の3万円、4万円を減らすために、屋内撮影が減っていく。じゃあ、それが悪いことかっていうと、そうでもないんだ。インタビューひとつにしろ、外でやったら風で髪の毛が撮れるでしょう。そこに女性が触れる。その動きはちょっとセクシーなんだよね。屋内なら撮れない画が撮れるわけ。向上心って大げさなことじゃなくて、そういう違いを生かせる知恵が持てるかどうかなんですよ。がんばって工夫していきましょうよ。


毎月毎月お金が入ってくると思ったら人間、努力はしなくなる。でも、お金を稼ぐことの原点はもっとかっこ悪くて、食らいつくような貪欲さにあると思うんだ。特にうちみたいな小さい会社にくるヤツは、一流企業に入れないでくすぶっている中で起死回生にならねぇかなって入ってくるわけじゃない。だったら、入っただけで安心するんじゃなくて、そっからどういうふうに自分を奮い立たせるか。そういうパワーがないと。それはいま、転職を考えている人やリストラにあってしまいそうな人にも伝えたい。


テリー伊藤の経歴・略歴

テリー伊藤、てりー・いとう。日本の演出家、テレビプロデューサー、タレント、評論家。東京都築地出身。日本大学経済学部卒業後、寿司屋やアパレルメーカのアルバイトを経て、IVSテレビ制作に入社しテレビ番組制作に携わる。奇抜な企画を手掛け、徐々に頭角を現し、数多くのヒットバラエティ番組を生んだ。主なテレビ番組に『天才・たけしの元気が出るテレビ』『ねるとん紅鯨団』『浅草橋ヤング洋品店』『出動!ミニスカポリス』『まっ昼ま王』『純愛果実』『給与明細』など。そのほか、作家、テレビのコメンテーターとしても活躍した。

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