上手な叱り方の名言

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上手な叱り方の名言 一覧

努力しているが結果が出ずに仕事をしているように取り繕わざるをえなくなっている社員に対し、「何サボっている」と頭ごなしに叱るのは最悪です。本人にしてみれば「自分は頑張っているのに何も見えてくれない」と上司に対する不信感が募り、仕事へのモチベーションが落ちてしまうからです。こうした社員は、仕事の取組みの優先順位が間違っていることが多いので、上司は課題の進捗状況と今後どう取り組もうとしているのかを日々確認し、必要があれば修正します。これで結果が得るようになれば、仕事をしているフリもしなくなるでしょう。

ときには、仕事のできる部下を叱ったりして、周囲に優秀な部下を特別扱いしていないと思わせないと同時に、他の部下に対しては「自分もしっかりしなければいけない」と思わせることも大切です。

部下を怒ることもあります。しかし、それは仕事の成績が悪いといった理由ではありません。そして、自分の感情に任せて声を荒げたこともありません。叱責するのは怠慢に対してです。何度も同じミスをしたり、約束を破ったり。実際、そのような部下は少ないですが、そういった場合は机をたたいて怒ります。

部下を叱るときは、指導する側に、君に育ってほしいという「愛情」と「熱意」、そして、この人がここまで真剣に言ってくれるのだからと相手が納得するような「人格」が必要です。

最近の企業社会にはパワハラを気にしすぎて部下をあまり叱らない、注意もしないという風潮があるようですが、これは大きな問題だと思います。叱るべきときは厳しく叱り、修正すべき点ははっきり指摘しないと人は育ちません。私はそう考えています。

若い人を叱るときは、極端な思考に走らないよう、その後のフォローが重要です。私たち精神科医も治療後に「あくまで私が注意したのは問題点であって、それはあなたに期待しているからなんですよ」と患者さんにフォローを入れたりします。

部下を叱るとき感情そのものを消し去ることは非常に難しく、薬でも使わない限り、そんなことは不可能です。ではどうすればよいかというと、感情の背景にある自己の思考をコントロールするしかありません。相手が置かれている状況を冷静に情報収集しながらロジカル(論理的)に考えられれば、感情の暴走は最小限にとどめられます。また、感情が暴走しそうなときは、まず一呼吸置くことです。

上司のぶつける感情が受け取る側のヒットゾーンに入るかどうかで、部下の受け止め方は変わってきます。従って、計算された演出として強く叱るのはアリだと思いますが、感情に流されるまま叱りつけることは、とくにデリケートな人が相手の場合大問題です。

部下を叱るというコミュニケーションの場で起こりがちな問題は、そこに上司の感情が入りすぎてしまうことです。基本的に人は感情をぶつけられると苦しく感じるものです。ただし、受け取る側が理解し、コントロールできる範囲の感情であれば心地よく感じることもあります。体育会系で先輩に殴られても感謝しているような人はその極端な例でしょう。

管理職に就いている人であれば、部下を叱るというのは嫌なものだと思いますが、先延ばしにしてもその分ストレスをずっと抱えていなくてはならないし、部下のためにもなりません。嫌なことだからこそ、いついつに実行するというふうに時間を決めてきちんとやり遂げることです。やり遂げれば、誇りにもつながっていくものです。

私の教育は「叱って育てる」スタイルです。部下にメールを送るときも、褒めるよりも叱るケースが圧倒的に多いです。しかし、叱られるのは、その人が積極的にチャレンジしている証拠です。社内では「社長に叱られるほど偉い」というイメージが出来上がっています。

「感情的に部下を叱ってはいけない」と教える人がいるようですが、それはおかしい。感情がこもっているからこそ、こちらの熱意が伝わります。もちろん褒めるときも同じです。

「よくそんなことを思いつきましたね」と言われますが、僕は逆に「何で常識に従うんだ」と叱るんです。人と違うことをやろうと考えているんじゃなく、どうすればお客を喜ばせられるかを絶えず考える。すると常識を壊さなきゃいけなくなるってことなんです。

最近、子育てにおける父親の役割が語られることが多いが、私は父親と母親の役割は違うと考えている。父親は、子供が転んだら「もたもたするな!」と叱るのが役目だ。いずれ子供は社会と対峙し、生き抜いていかなければならないのだから、どうすれば転ばないのか、生きるための闘いの術や知恵を耐えるのが父親である。

「押し付けはいけない」という教師や親がいます。「子供の自主性を育むために強制ではなく支援すべきだ」というのです。でも、不良だった16歳の自分が「支援」なんてされていたら、もっとひどいことになったと思います。ぐれている子供は「そんなことをしてはダメだ!」と叱ってもらいたいのです。

改善への期待感を言葉の中に込めるのも重要です。たとえば改善を求めるときに、「君ならできるはずだ」、あるいは「もっとこうすればパフォーマンスがこれだけ良くなるはずだぞ」と一言付け加えるのです。部下を叱るときも、「何で君ほど優れた人間が、こんなこともできないのか」と期待感をにじませる叱り方をすれば、部下の心に改善へのモチベーションが生まれます。

部員が製品に何か品質問題を起こしたときも「何だッ、これは!」と怒鳴りつけることはできず、「一緒に考え、一緒に直そう」という姿勢を取ってきました。もちろん、上司と部下の関係なので形の上では叱ることになりますが、その中に「俺も若いときは同じような失敗をしたものだ」などという言葉を必ず加えたものです。

フィードバックの原則は「褒める・叱る・褒める」である。次に解決すべき課題を示す的確なレビュー(評価)こそ新人を伸ばす一番の糧となる。レビューについては、帰りの電車の中など、移動時間や空き時間を有効活用し、日々のコミュニケーションの中で行えばいい。

叱る基準はお客様。お客様が怒るようなことをしたら叱る。「叱るのは陰で、褒めるのはみんなの前で」なんて冗談じゃありません。逆です。あるとき、お客様の前で足を広げて、偉そうにしている奴がいたんですよ。だからその場でバチンとやった。そうしないとお客様がそのあとずっと不愉快でしょう。お客様は「わかった買うから」って買ってくださいました。

一方的な叱責や説教は、お互いの関係にヒビを入れるだけで、建設的な関係に発展することはありません。

叱る側は、お互いに問題が共有できているという前提で叱るのでしょうが、実際には、叱っている上司と叱られている部下とで、見えている問題の絵が違っているケースが多いのです。「現状を変えなくては」という課題があっても、上司と部下では変えたいと思っている中身がまったく違っているということです。そのギャップを解消するには、コミュニケーションを増やすよりほかにないでしょう。

信頼関係ができていない段階でいきなり叱っても、真意は伝わらず、それこそ、こんな会社辞めたいと思うだけなんじゃないでしょうか。

叱ることがプラスに転じるのは、お互いの信頼関係ができていればこそです。嫌なことを言われたとたん、心のシャッターを下ろす部下も確かにいます。もうこの上司とは話さないという。そうなると、上司のほうもどこまで踏み込んでいいのか、迷ってしまいます。そこで部下のシャッターを下ろさせないためには、日ごろから信頼関係を築いておくことしかないのです。

叱るより褒める方が教育上はるかに効果的だというのは、部下の育成全般についていえることです。

部下を叱るときの基本は、何を理由に叱られているのかをきちんと相手に納得させることです。どこが間違っていたのかを理解させて初めて、叱ることが意味を持つのです。そうすれば同じ轍を踏むことはありません。

教えるという気持ちを持つということは、その人を伸ばすということであり、その人に対する愛情なんです。叱る側は、そうした気持ちを持たなければなりません。そして叱り終えれば、さっぱりと気分を変えることです。

アルバイト・フェロー(従業員)を叱るときは真剣に叱りなさい。そのとき、なぜ叱ったのか理解してもらうために、徹底的に理由を説明してください。そして、何よりもまずアルバイトフェローを好きになること。彼らに成長してもらいたいと心から思うことが大切です。

ここに5個だけつくる製品サンプルの設計図があるとします。そこにちょっとしたミスでもあれば、私はそのミスを指摘して技術の担当者を徹底的に叱りつけます。こんなとき、たいてい本人は不満そうな顔をします。それでも、私はこんなことが2度とないようにしつこく厳重に注意を与えます。これで会社が損をしたとしても、たかが5万円程度のものでしょう。だからこそ、私はこれ以上がないほど叱るのです。

影響力を最大限に発揮するには、部下に信頼されていなければなりません。そのためには言動の軸がブレないことが前提となります。また、甘やかすだけでなく、部下のキャリアを考え愛情を込めて「怖い」と思われるくらい叱ることも忘れてはいけません。

上司が部下を気にかけ、「叱る」「褒める」の二つを適切に行っていれば、どんな会社でもお客様と末永い良好な関係を築く営業マンを育てることができると思います。

私は社員を「その場で叱る」「その場で褒める」よう心がけています。これがなされれば、社員は必ず伸びます。私はお客様の前であっても、他の部下の前であっても、その場で叱ります。あとで注意するのは駄目です。お客様がいるところで叱るのはお客様の迷惑になるという意見もあるでしょうが、叱っている内容がお客様目線であれば、お客様にも社員教育だと思ってもらえると信じています。

叱るときは遠回しな言い方をしないようにしています。駆け引きをするのは嫌ですし、回りくどいと、間違って伝わることもありますから。ただ、多少のフォローはしますよ。あとでネチネチ言わずに、その場で終わらせますし、叱ったあとはそのまま終わらずに、最後にちょっと笑いを入れたりします。

失敗に関してはあまり叱りませんが、道理の通らない行動はガツンと叱ります。たとえば、自分のミスを誤魔化したり、人のせいにしたりといった正義感のない行動ですね。怒鳴ることはしませんが、ストレートに言います。割とキツイ言い方をするかな。

若い人を鍛えたかったら、しっかりと怒ることが一番。それも1回や2回じゃ足りない。毎日しつこいくらいに怒ってナンボ。「あんまりしつこいと嫌われる」なんて遠慮する必要はない。いい加減に叱ると、「適当にやり過ごせば許してもらえる」と思われて、これまで起こったことが無駄になる。怒るときはこっちも真剣に辺り構わず怒鳴り散らしている。

部下を叱るときは、人格を否定するような言葉は使いません。感情的に怒られると、言葉を受ける方はずいぶん辛いものです。相手の成長を考えて、理性的に叱ることが大事です。

銀行の支店長時代、部下を叱るときは公憤なのか、私憤なのかを常に考えました。自分の腹立ちを満足させるために怒っているなら、それは私憤ですからやってはいけない。

一方的に話すだけではなく、聞くところからコミュニケーションは始まります。ですから上司は、悪い報告を受けた途端に「なんだ、それは!」などと頭ごなしに怒らないことです。中間管理職がやってしまいがちなことですが、わざと大げさに叱ってみせて「厳しい上司ぶり」を上役にアピールする人がいます。それは絶対にやってはいけないことです。また、トラブルの報告を受けたからには、上司は覚悟を決めて、命がけで解決にあたらなくてはいけません。

今でこそ苦労は買ってでもやろうと勧めておりますが、中学の時には、マラソン大会を逃げようとした経験があります。当時、太っていた僕は「どうせビリになる。かっこ悪いし、女子の前で恥をかきたくない」と敵前逃亡を企んだのです。その僕に、親父は「絶対出ろ」とも「出なくていい」とも言わなかった。フンと鼻で笑って「まあ、アゴを上げるなよ」と言ったんです。アゴを上げるとは「音を上げる」って意味ですね。そう言われた僕は、バカにしやがって見下すなとイラッとしました。同時に、逃げようとしたこと自体を叱るでもなく、うまくかわしてくれたのがありがたいとも思いました。それ以来、「アゴを上げない」が、僕の信条になったんです。

厳しい上司はパワハラだと訴えられてしまうから、厳しいことが言えない。いい上司がいなくなっていく。相手に対して「思い」がなかったら、厳しくなんかしないんですけどね。しっかりした親は、子どものことを考えるから叱るのです。そういう親を「パワハラ親」だとか「ブラック親」だなんて言いません。

野村(克也)監督は、ただ選手を感情的に叱り飛ばすのではなく、理詰めで「どうすべきだったか」まで含めて説教をされます。非難のされっ放しだと、選手としては「じゃあ、どうすればいいの?」という気持ちになりますが、根拠のある叱り方をしてくれるので納得ができるのです。

叱ると一時的には効果がある。しかし、本質的な解決にはならない。むしろ相手は活力を奪われ、ますます言うことを聞かなくなるだろう。

叱られたり褒められたりして育った人は、叱られたり褒められたりしないと行動しなくなる。そして、評価してくれない相手を敵だと思うようになる。

罰というのは、思いつきでいきなり与えるものではない。「このルールを破ったら徹底的に叩く」と、前もって明確化して伝えておき、実際に部下がそのルールから外れたなら罰すればいいのです。そうすれば、「部長は口だけじゃない」と率先してルールを守るし、罰せられても上司を恨むことはない。逆に「まあ、いいや」と叱ったり叱らなかったりすると部下は学習せず、間違いを繰り返します。さらに、明確化していないことを罰するのは、ただの理不尽。やめたほうが賢明です。

褒めるのも叱るのも対象の部下と二人だけのときにすべきです。みんなの前で褒めると、ほかの人は嫉妬や恨みを持つ。これを心理学用語で「暗黙の罰」といいますが、一人を褒めることは、暗にほかはダメと叱責しているのと同じですから。

加害行為は人々がそれをあまり味わわず、したがってあまり傷つけられないように一気に行われなければならず、これに対して恩恵は人々がそれより良く味わうように少しずつ与えられるべきである。

私は、選手一人ひとりの人生をあずかっているという気持ちで指導してきました。上司の方あるいは経営者であっても、目の前の部下や社員の人生をあずかっているという気持ちで向き合ってみてはいかがでしょうか。そうすれば、人間と人間の付き合いができます。部下を叱る時でも、その人を少しでもよくしたい、成長させたいという愛情を含んだ叱り方になると思います。

もし試合でいいパフォーマンスを出せずに落ち込んでいる選手に、「おまえ、あのプレーは何なんだ」といきなりダメ出ししてしまうと、その瞬間にどんなアドバイスも受け付けなくなる。でも、次の日の朝一番に、「昨日の試合のことを振り返ってみろ」と声を掛けたら、「ああ、監督は昨日の俺のことを気にしてくれていたんだ」と思うもの。そうなれば、自分からいろいろと話してくれるようになりますよ。

育てる上司たちは、指折りの良い上司にならなければいけない。そして上司は悪い点はちゃんと戒めて叱らなければなりません。叱ることをタブーにされたおかげで日本はここまで教育が崩壊したのです。私は当社に入ってくる社員を教育し直してきました。そのおかげか、お客様に評判の良い社員が増えております。

戦後の教育は叱ることをタブー視されていて、わがままな人間が育ちました。当社に入る社員には、私が先生代わりになって、倫理観や道徳、今でいうコンプライアンスを徹底的に叩き込みます。それが信用を作る基盤になるからです。

叱り8割、褒め2割。場合によっては9対1。褒めて育てるみたいな本を書いた人がいるけれど全部ウソ。僕は、震えるほど叱る。叱るけれど、厳しく叱ったら抱か(フォローし)ないといかん。子供はなぜ父親より母親の方が好きなのかというと、母親は怒る時はバシッと言うけれど、抱きもする。おやじは帰ってきて、ガタガタ言うだけで、抱かない。やっぱり抱かないといかんね。

お兄ちゃんを弟の前で叱ると、そこで兄弟関係に微妙な変化が生じます。子供はその辺にとても敏感です。奥さんの前くらいならば、まあ、いいのでしょうが、できれば二人きりになって、子供の言い分もしっかり聞いて、じっくりと言って聞かせましょう。

前提として互いの理解と信頼がなければ、いくら叱っても子供に真意は伝わりません。避けられるだけです。叱る以前に、子供に関心を持ち、夫婦で協力し、愛情を注ぎ、自ら手本となる生活をし、別人格として子供を尊重する……といった家庭、夫婦のコミュニケーションがしっかりしているかどうかが重要なのです。

父親がガツンと叱るというのは母親の都合に合わせた役割期待です。母親の手に負えないから父親というのもありなのですが、父親の役割がそれだけというのはイメージが貧困ではないでしょうか。父親の教育上の役割をきちんと夫婦で話し合うことが必要です。夫婦のコミュニケーションがうまくいっていれば子供は育つのです。

怒るのは感情ですが、叱るのは教育です。怒りの感情を込めてしまうと、子供は自分が嫌われている、親に憎まれている、自分は愛されていないと思い込んでしまいます。

私がお勧めするのは、叱る前に前置きをすること。「今日はちょっと嫌なことを話すかもしれないけど」「話しにくいことなんだけど、ちょっといいかな?」という柔らかいクッションフレーズで前置きをすると、自分もひと呼吸置くことができますし、部下も「上司が自分に気配りしてくれているのだな」と感じて、そのあとに続く言葉を受け入れる心構えができます。

部下を叱るときは、自分の感情を落ち着かせるために少し時間を置いたり、場所を変えたりするとよいでしょう。紙に書きながら話すのも効果的な方法です。話のポイントを書いて、相手に見せながら、「私はここが問題だと思うんだけど」と話すことで、冷静に話ができます。

大事なのは、部下の「人格」と「行動」をきちんと切り分けること。もっと積極的になってほしい部下がいても、「そんなに大人しいとリーダーは務まらないぞ」と人格を叱るのはNG。「君にこのプロジェクトを引っ張っていってほしいんだ」というように、あくまで「どのように行動してほしいのか」に置き換えて話すようにしてください。

上司が部下を注意するときについやってしまいがちなのが、自分の感情をむき出しにしてしまうこと。部下を「叱る」のではなく、「怒る」になってしまう上司が多いのです。前者は相手に適切な行動改善を促す行為ですが、後者は単に自分の感情を相手にぶつけているだけです。

叱るときは直接伝えるべきです。間接的に伝えようとすると、言葉だけが一人歩きして真意が伝わらないおそれがあります。直接なら表情や言葉遣いも含めて表現できるので、誤解が生じにくいはずです。

人を叱るときは、言い方にも細心の注意を払いたいところです。相手の人格を否定するような言い方をする人がいますが、あれは良くありません。結果が出なかったのは考え方や行動が間違っていただけで、人格は関係ありません。あるいは、根本的に会社の仕組みにも原因があるかもしれません。それらを考慮したうえで、考えや行動の間違ったところだけを指摘して、次のチャンスを与えればいい。

叱るときはアフターケアが重要です。まずは一旦は落ち込ませる、叩きのめす。それから今度は戻してやる。その繰り返しです。

叱るときは相手を見てやらないといけない。相手によって叱り方も変える。人の叱り方には1万種類あります。手段や場所も考える。面と向かってなのか、メールやメモでなのか、場所も会社でなのか飲み屋でなのか。ただメールは相手の顔が見えないから限度がありますね。

英語で「ドント・シュート・ザ・メッセンジャー(情報をもたらす人間を撃つな)」というんですが、現場の正確な情報が欲しかったら怒ってはいけない。怒られると分かっていたら社員は悪い話を上げません。

世の中にはミスをした部下に「反省しろ!」と怒鳴る上司がいたりしますが、あれはダメですね。「人の失敗を叱れるほど、おまえは偉いんか」と言いたい。部下がミスをしたら、「そうか、ミスしたか。次からどうする?」でいい。叱る行為そのものが、エネルギーと時間のムダです。

最近増えているのが「ちょっとしたことで傷つきやすい人」。部下がこのタイプだと、おちおち叱ることもできず、なかなかやっかいです。傷つきやすいのは、自信がなくて自己評価が低いためです。そこにさらに自己評価を落とすような言葉をぶつけてしまうと、深刻なダメージになり、こちらのいいたいことなど伝わらなくなってしまうのです。こういう人への対処法は、「評価」ととられないような言葉を使わないことです。「これからどうすればいいと思う?」といったフレーズで、自分で問題に気づかせるように促すのが効果的です。

叱るという行為は、人間の活動の中でももっともエネルギーを使う行為の一つです。新日本プロレスでも、プロレスラーの真壁刀義さんや他のコーチが若手を厳しく指導していますが、あれは「お前と一緒に歩いていくぞ」という覚悟がないとできません。

部下を叱るとき「ここがダメ」ではなく、「こうすればもっと良くなる」という前向きな表現を。これは「ネガポジ反転」と呼ばれる手法で、やる気を損なわずに欠点解消を促す効果があります。

叱るときこそ未来志向が不可欠。「なぜこんなことになったんだ」と詰問するのは叱りの定番ですが、過去のことをあれこれ言っても仕方ありません。「改善のために今後何をしたらいい?」と問いかけていくことが大切。

普段から声かけもしてないのに、いきなりミスをして叱りつけたら、自分が嫌われていると短絡的に思われてしまいます。日常の関わり方が大切です。

叱るべきときはきっちり叱りましょう。部下のためを思っての叱責なら避ける必要はありません。悪いのは、イライラや八つ当たりで叱り飛ばしてしまうこと。それは部下のモチベーションを下げる原因になります。

やはり人間は叱るだけではダメで、褒めることもしないといけません。

僕は初対面の子供でも平気で叱っているイメージがあるかもしれませんが、それは誤解です。相手のことをよく知らないうちから叱ることは絶対にありません。たとえばボーッとして話を聞いていないような子が、実はちゃんと聞いていたり、ご機嫌を取ろうとちゃんと聞いたフリをして実は聞いていない子もいる。相手をちゃんと知ったうえで、叱る・叱らないの判断をしています。

叱るべきときはきちんと叱ることが重要です。叱るとは感情的になって怒り散らすことではありません。僕が叱るというボタンを押すのは、褒める言葉や自信をつける言葉とワンセットにして、今叱ればその人が確実に成長できると判断したうえです。叱ることで何を気づかせるかを見据えたうえで叱るべきなのです。

効果的な叱り方は「ビジョンを示す」こと。「ミスをするな!」ではなく、「こうするとミスが減るね」と提案する。あるいは「どうすればミスが減るかなあ?」と質問し、部下の意見を引き出す。それが効果的な指導につながります。

「怒る」のではなく「叱る」ことが大切。具体的にできていないことを指摘するのが「叱る」です。それができず、ただ感情的に怒っている上司が世の中には多い。

上司として「こうすべきである」という信念や、「部下に成長してほしい」という思いがあるから、叱ることができる。信念と愛情を持って、一生懸命指導し、説得すれば、必ず通じる。

最近は、上司が部下を叱るのを避ける風潮があるようです。しかし、叱ることができないのは、信念も思いも希薄な証拠です。リーダーが叱らざるをえないときに叱らないと、組織は弱体化します。

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