別れの名言

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別れの名言 一覧

経営には一層の工夫が必要。工夫の決め手は自前主義からの決別と、外の良いものを取り入れる柔軟性。

死はグッバイではなく、シー・ユー・アゲインなのです。天国でまたお会いしましょう、というしばしのお別れです。

次も喜んで会ってもらえるような印象を残していくことも重要です。そのためには、いいところで話を中断させるのが効果的。これを「ツァイガルニク効果」といいます。「サッカーがお好きならもっとお話ししたかったです。次の機会にぜひ」といったひと言を最後に残すことによって、印象は大きく変わります。

父から学んだことは、年齢に関係なく、好きなことに熱中する姿ですね。白寿(99歳)でモンブランを滑ったあと、ホテルの部屋に戻ってシャワーを浴びてベッドにドンと腰かけて「いやあ、わしゃ今生の別れのつもりだった」と言うんです。要するに死んでもいい覚悟でやったと。その言葉を鮮明に覚えています。

心がけのよい人は、縁が尽きて別れるようなことがあっても、別によい縁が早く見つかるだろう。どこに住んでも、何事を行なっても、優しい人だといわれるような心こそ、最も望ましいことだ。そのような人には、神仏も御憐れみの心を垂れさせ給い、今生も後生もめでたく送ることができるのである。

私は商売人だから、これからいっしょにやるけれども、別れるときに損はしないよ。ただし、その損というのは、金ということではない。何が得られるかわからないけれども、何か得るものを持ってお別れするよ。だから、得るものを与えて欲しいとも思うし、また得るものを自分でつくりたいと思う。
【覚書き|本田宗一郎と一緒に仕事をすることを決めたときの発言】

先輩方に対して法的な追及をするという、大変厳しい決断でした。ただ、あのときを境に、過去と決別できたと思っています。リコール問題をすべて洗いざらいテーブルの上に乗せて、再発防止策をアナウンスし、組織も変えたことで、ようやく新しい再生計画がスタート地点に立てたんです。
【覚書き|元会長、元社長、元取締役、元執行役員に損害賠償請求を行った当時を振り返っての発言】

自分が持っているものを捨てる。そうすることによって、はじめて新しいものを手に入れる。手にしたものを捨てられない人は、新しいものには出会えない。新しい女性に出会うためには、前の恋人と別れなければいけないのと同じように、昨日の自分を捨てなければならない。

過去の悪弊を断ち切るためには、経営者が断固とした決意を示す必要があります。我々は昨年3月に過去の企業風土との決別をはっきりと宣言し、改善施策を公表しました。少しずつ社内は変わってきていると思います。

米国の方々の会社から招へいがあったが、江崎君と相談の上、江崎君の今後の研究を本当に生かす最善の方法としてIBMに移ることを決めた。世間では喧嘩別れをしたのと、どうのと大変やかましいことだったが、私はあくまで彼の才能を伸ばせるだけ伸ばすための処置だった。
【覚書き|ソニー社員だった江崎玲於奈氏がエサキダイオードのトンネル効果理論を発表した当時を振り返っての発言】

赤字続きの悪戦苦闘の中で、出資者たちは次々と私から離れていった。荒川(出資者の一人)など別れ際に私の来ているドテラや、布団まで取り上げていったものである。しかし私はかえって元気を出した。商売には浮気は禁物!あくまでやり遂げよう。私は独立独歩できるのを喜び、別れていった3人の出資者にも心から感謝をささげた。ちょうどそのころ、私が苦心して組み立てた機械とその製法が実用新案特許を出願して認可されたので、製品の名も「特許段ボール」として市場に出すことになった。

私は技術屋じゃないから、どっちが正しいか返事はできない。ただ、あなたは技術屋の本田になるのか、社長の本田になるのか聞きたい。こんなことを言うのは初めてだけど、私も言いだすと聞きませんから。そのときはお別れします。
【覚書き|本田宗一郎と若手技術者が、4輪車のエンジンを空冷にするか水冷にするか言い争っているのを見て言った言葉】

全国チェーンに生まれ変わるために、200年続いた岡田屋の名前を捨てる決断をしました。200年の歴史と決別したのは、ゼロから出発してまったく新しい会社になるという強い決意を社員一人ひとりに持ってもらう狙いがあったのです。

私が社長になったころから多角化路線とは決別し、当社の強みを生かせる事業に経営資源を集中させました。その結果、小型液晶ディスプレーやインクジェットプリンター、眼鏡用累進焦点レンズなど世界一の製品がいくつも生まれました。

現場主義を貫けたことと後継者に恵まれたことが何よりうれしい。会長退任のお別れ会で、私は社員にそう話しました。その日まで店の制服を着て、腕まくりで働き、その精神を継いでくれる人間にバトンを渡せたからです。浜島俊哉社長は18歳からアルバイトとして壱番屋で働きはじめ、当社を隅々まで知っている。彼が我々夫婦を追い越してくれたのだから、安心して退任できました。

顧客の至上性についての伝統的な考え方がかえって有害で、拒否すること、場合によっては決別することが賢明な策である状況がいくつかあります。

  1. 顧客の値引き要求がこちらの儲けをなくしてしまう場合。その要求を飲んだ場合、業界の価格設定に混乱を招く恐れがある場合。
  2. 顧客が一回限りの製品を要求し、しかもそれがこちらの研究開発グループを会社の戦略目標や財務目標から外れた脇道に追いやるような製品の場合。
  3. 顧客がこちらの社員に横柄な態度で対応する場合。
  • 世の道にそむくことなし
  • 身に楽しみをたくまず
  • よろづに依估(えこ=えこひいきすること、頼ること)の心なし
  • 身をあさく思い、世をふかく思う
  • 我ことにおいて後悔せず
  • 善悪に他をねたむ心なし
  • いづれの道にも、別れを悲しまず
  • 恋慕の思いによる心なし
  • わが身にとり、物を忌むことなし
  • 私宅において望む心なし
  • 一生の間、欲心思わず
  • こころ常に道を離れず
  • 身を捨てても名利は捨てず
  • 神仏を尊んで、神仏を頼まず

どこで働くかは社員にとって大切なことですから、できるかぎり希望に添うようにしています。当社の個別指導塾が初めて北海道に進出したのは、新入社員の希望がきっかけでした。よくよく聞いてみると「恋人と離れたくない」という理由だったようで、その社員も2年くらいで別れて「もうどこでもいいです」となりましたが(笑)。

イノベーションを起こすには、ただひたすら改善を繰り返すような態度とは決別し、この世界のあるべき姿を常に思い描き、場合によっては「クレイジー」な決断を行い、リソースを配分することが必要。

初代家元である祖父の蒼風は、型通りにいけるいけばなに疑問を持ち、華道家である父親と決別して草月流を創流した型破りな人。「建築が変われば空間が変わり、花も変わる。時代とともにいけばなも進化する。床の間だけで花をいけてはダメだ」というのは、創流当時からの教えです。

表面的な外見を磨くのは、第一印象を上げるためにすること。2人称の意識を持ち、別れ際の印象にまで気をつけて、第二印象を高めていく工夫を凝らしてください。

最後のひと踏ん張りが、大きな差を生む。実はそこが一番苦しくて、辛い。そんな苦しい状況から逃げ出さずに、最後までやり切れるかどうか。そこが勝負の別れ目。

箇条書きの文字で埋め尽くした複雑なスライドを使うプレゼンとは決別し、スティーブ・ジョブズのようなシンプルなプレゼンを行おう。

ウィークタイズ(弱い結びつき)は永遠に広げていくのでなく、いい出会いといい別れを繰り返す中で築かれていく。

最近は、新しいことに挑戦しようとしても、失敗を許容しない組織も多いようです。失敗は会社にとってリスクだと捉えるのか、それとも将来への投資だと捉えるのか。前者のような考え方をする組織では、残念ながら失敗のリスクを取った挑戦は難しいかもしれません。新たなことに挑戦するためには、乱暴な言い方かもしれませんが、そのような組織とは決別し、失敗を許容する会社へ転職するか、独立して自分で事業を興すのがいいでしょう。

まさか自分がソニーを辞めるとは想像もしていませんでした。しかし、いま思えば、ソニーを辞めなければグーグルと出うことはなかったし、グーグルを辞めなかったらいまの会社を創業することもなかったでしょう。

相手にいい印象を残し、また会いたいと思ってもらうには、その日の話のなかで感動したり記憶に残ったりしたことを、別れ際にリフレインしておくとよいだろう。時間があればもっとこの話をしたかった、と思えば、先送りせず「またお目にかかってお話をうかがいたい」とお願いする。

値上げにより既存顧客との別れもあり得ます。人間と同じで、会社も付き合う相手を変えることで自己実現できるということがあります。新しい仕事を請けるにもスキマが必要です。値上げを実現するために一番必要なのは「利益の出ない仕事は断る」という覚悟なのです。

人は年をとると感性が鈍るとともに、表情をつくる筋肉が硬くなり、笑わなくなってしまいます。仏頂面と決別するには、鏡を見て表情をつくること。歯磨きをするときに自分の顔を見て表情筋を鍛えてみてはどうでしょうか。

つまらないプライドや見栄と決別できたからこそ、誰もが難しいと思われた、アテネ五輪での3連覇につながったのは確かです。振り返れば、アテネへの挑戦を最後までやり遂げたことで、自分の人生観が大きく変わったと思います。

お勧めしたいのが「挨拶プラス一言」の習慣化。同じ社内にいる以上、部署は違っても、廊下やエレベーターなどで顔を合わせることはあるだろう。その時、笑顔で軽く挨拶するのは当然として、それだけで別れてはいけない。何か一言、つけ加えることを自らに義務づけてみよう。地道な努力が、やがて豊かな人脈となって実を結ぶはず。

部屋やデスクを埋め尽くしていたたくさんのモノと決別した結果、代わりに手に入れたのは「行動力」でした。モノの雑音がなくなったことで、自分がやりたいことに敏感になり、最小限のモノしか持っていないので、身軽に身ひとつで動けます。自分が行きたいイベントやライブに出かけたり、旅に出たり、会いたい人に会いに行ったり。モノに費やしていたお金やエネルギーが、そのまま経験に活かされるようになったのです。

有価証券で飯を食っていては、地域のための信組などとは言えません。そこで有価証券の売却を断行したのです。実現損が発生して赤字になることは明らかでしたが、過去と決別して生まれ変わるために、あえて赤字からのスタートを選んだのです。

交渉では最後に負けたフリをするのも大事ですね。「こんな厳しい案件はなかったです」「ここまでしっかりした人は初めてでした」と自分も傷を負ったような発言をして、向こうの自尊心を満たしてあげる。そうすれば相手も気分よく終わるから、握手で別れられます。

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