リーダー・管理職の名言

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リーダー・管理職の名言 一覧

世間並みの一万の兵と、宗茂配下の三千、五千の兵と何の差もありません。軍の備え方がよいというだけでなく、常に兵士に対してえこひいきせず、ひどい働きをさせず、慈悲を与え、少々の過失は見逃し、国法に外れた者は、その法によって対処するのみです。

家臣の俸禄も拙者の高(石高、収入)に応じて少しずつ与えたのですが、常に慈悲を第一にして愛情を与えますので、戦に挑むとみな一命を投げ打って力戦してくれ、それがみな拙者の功になります。そのほかに別に良い方法とてありません。

いつから将校が兵士より先に逃げていいことになったのかね!
【覚書き|ウクライナ戦線でドイツ軍がソ連軍に包囲され、兵士たちがこぞって逃げ出そうとしたとき発した言葉。この一喝でパニックは回避され、兵・将校ともに正気を取り戻し本来の持ち場に戻った】

お前たちが争いを起こすことがあれば、その場で軍服を脱がせるぞ。
【覚書き|ガダルカナル攻防戦の司令官に抜擢された時の言葉。当時ガダルカナルでの日本軍との戦闘は膠着していた。さらにアメリカ陸海軍の仲が悪く、失敗を擦り付け合うような状態になっていた。ハルゼーは陸軍海軍の責任者を呼び、上記の言葉を発した】

もし、私が意気消沈していれば、彼ら全員が臆病になる。もし、私が決然と敵に対して戦う準備を整え声をかければ、彼らは私を真似て行動し従う。

仕事中にひっきりなしにかかってくる電話には、出ないと決めてしまおう。そのかわりに、一日一回か二回、折り返し電話をする。一日に二回、たとえば午前11時30分から正午までの間と、午後4時から5時までの間だけ電話に応じることにしたら、他の時間帯には電話をつながないようアシスタントに言っておく。最低限の時間で連絡が終わる。

ある事業にとって何が本当に重要なものかを決めるのは、会社のトップにいる重役たちの務めだ。これは気の抜けない戦略のステップなのだ。今現在の利益を上げるために、将来への投資をやめたり、あるいはコスト削減のために顧客へのサービスを犠牲にしたりすると、いずれの場合もビジネスは終局を迎えることになる。

面白いことに、悪意とか努力不足が問題の原因であることはめったにない。多くの社員が、自分の直面している問題を扱う権限を持っていないからであることが多い。社員が克服できない、あるいはコントロールできそうもない問題のほとんどが、上司の処理能力にあるのだ。

変化を起こす一番効果的な方法は、すこしずつ、段階的に行うことだ。あまりに多くを一度に与え、メンバーに重荷を背負わせる必要はない。一度に一つの業務に取り組ませ、きちんと終えたかどうか確認するだけでたいていは十分である。

本来、弱い士卒という者はいない。もし弱い者がいれば、その人が悪いのではなく大将が励まさないことに罪がある。
【覚書き:鑑連は部下を育てるのが上手いと言われた武将。武功のない部下には期待し信頼していることを伝え、武功をあげた部下には小さいことでも大いに喜び褒めた】

家来が勇であるか怯(臆病)であるか、平時の目利きなどは二割は外れるものだ。体力も知力もあると見込んだ男十人のうち、一、二人は本番で大臆病であることが判明する。一方、体力も知力もないと見ていた男十人のうち、一、二人は実戦で比類なき働きをするものだ。

戦争ほど尊い人命を無駄にするものはない。たったこれだけの弾薬を使っただけで、一人の戦死者も出さずにすんだのだ。なんと安上がりなことか。
【覚書き:朝鮮戦争時に防衛のため大量の弾薬を使ったことについてアメリカ議会から使いすぎではないかと問われていった言葉。部下を死なせずに済むなら弾薬を大量に使っても安いものだという趣旨の発言】

いいか、自分の目指すところは剛を制する剛のチームだ。そのために君たちは、オールラウンドに世界一にならねばならない。君たちは小鳥だが、巨鳥になってもらいたい。君たちはこれまで勝ち続けているからといって、オリンピックでも負けないんだという気持ちがあったらとんでもないことだ。今日から巨鳥になるためのシゴキをやるが、自分を信じてついてきてもらいたい。

創業者は常に乱世に輩出する。乱世では組織とか機構とかいう表面的な問題は無視され、人の魅力とか、迫力とかが一番ものをいう。それだけに乱世ほど人間像がくっきりうかびあがる時代はないし、善にも悪にも極めて個性の強い独立不羈(どくりつふき)の人物が続々と生まれてくる。

合戦するとき、(兵力が)一万と三千は、その大将の考えで三千の方がたびたび勝つものである。そのわけは、小勢の方は(勝って生きるか、負けて死ぬか)二つに一つと兵士たちは覚悟しているからである。だから、大軍の大将は油断してはならない。

指揮官が勝利を目標にするのは当然である。また、強い意志で部下を指導するのも必要である。だが、ひたすら肉体を敵の銃弾の前に投げ出すことだけが勇気ではない。近代戦の指揮官にとって、まず心がけるべきは味方の損害の防止であり、個人的信条を部下に押し付けないことである。

諸君が指揮官になった時、部下に死を与えることを躊躇してはならない。死とは、ただ人間がこの世に入ってきたドアから、また出ていくだけだ。誰も、自分がどのドアから入ってきたかは知らず、それに文句をいう者もいない。

ただ一度の人生。その限りある生命の空間を飾って一点に全力を傾注することに、美しさに似たものを覚える。流通業に身を置く経営者として、何はさておいても流通の近代化と取り組んでいくのが、私にとっての永遠のテーマである。命ある限り、全力投球を続けたい。

軍人にとって最も不安なのは、敗北の予感に見舞われる時だ。そして、その予感を最も強く察知するのは、指揮官が弱っているのを見る時だ。心理的にも、肉体的にも、指揮官は弱みを部下に見せてはならず、その印象を与えぬ努力を欠いてはならない。

時節到来すれば家が崩るるものなり。その時崩すまじきとすれば、きたな崩しするなり。時節到来と思わば崩したるがごときなり。その時は抱きとどまることもあるものなり。【意訳:時が来れば家や組織は壊れるものだ。その時に往生際悪く壊さないようにすると、かえって見苦しく壊れる。それよりも、家や組織が壊れる時が来たと思ってさっさと壊してしまえば、かえって持ち直すこともある】

兵法に通じている者は兵の多少によらず、勢いに乗ずるものである。自分が歌を歌う声に和唱して進んで戦えば勝つ。

社員の中には知恵がある人間がたくさんいる。そういう人たちから自由さ、創造の喜びを奪ってはいけない。無鉄砲なくらいのチャレンジをさせなくては企業の若さは保てない。

人の仕事のうちで一番大切なことは、後継者を得ることと、後継者に仕事を引き継がしむる時期を選ぶことである。これがあらゆる仕事中の大仕事である。後継者が若いといって、譲ることを躊躇するのは、己が死ぬということを知らぬ者だ。

重役とは、未知への探求をする役である。重役が未知の探求をしないで後始末ばかりしている掃除屋であってはならない。

役員になれるか、なれないかは新入社員のときから決まっている。同じ新入社員でも、マイホーム主義の人、会社の仕事を優先する人と、人さまざまだが、仕事に対して貪欲なまでの意志がなければ、人の上には立てない。

懸命に働かずしてトップに立った人など、私は一人も知りません。それがトップに立つための秘訣です。必ずしもそれでトップになれるとは限りませんが、かなり近いところまでは行けるはずです。

リーダーシップを発揮するためには、主に右脳を活用することになる。それは技術というより芸術であり、科学というより哲学である。自らに対してリーダーシップを発揮するためには、自分自身の人生にとって最も大切な究極の問いかけをしなければならない。

ビジネスの世界では、市場の激しい変化に伴い、数年前のヒット商品がいまではまったく売れないというのが常である。敏感に環境の変化をとらえ、正しい方向に資源を注ぐためには、強力かつ主体的なリーダーシップを発揮しなければならない。

自然界において相乗効果はいたるところで見られる。2本の木材を重ねれば、一本一本で支えられる重量の和より、はるかに大きな重量を支えることができる。つまり、合計が各部分の和を上回っているということであり、1+1が3、あるいはそれ以上の結果になっているということだ。

完全なデレゲーション(仕事の委託・委任)は、手段ではなく結果に焦点を合わせている。手段を選択する自由を与え、結果を得るようにしなければならない。当初は、他の方法よりも時間がかかる。しかしこれは、のちに何倍もの利益を上げるための投資と考えるべきである。デレゲーションはやがて梃のように、あなたの力を大きなものへと変えてくれるはずだ。

リーダーとは、目的地に向かうジャングルの中で一番高い気にのぼり、全体を見渡し、下に向かって「このジャングルは違うぞ」と叫ぶ人である。しかし、仕事に追われて能力を重視する生産者やマネジャーたちがその声を耳にして示す反応とは「黙ってろ。順調に進んでいるんだから」というようなものである。

俺はそこで、もうだめだと思って大声で「自分が愚かで、教師の命令を用いなかったために諸君にまでこんな難儀をさせる。実に面目ない次第だ。自分の死ぬるのはまさにこのときだ」と叫んだところ、水兵どもはこの語に励まされ、一同全力を尽くして海岸の方へ(船を)寄せ付けた。【覚書き|長崎海軍伝習所時代の航海実習時に教官からあまり沖に出すぎるなと言われていたが、遠出してしまい、かつ嵐に会って沈没しそうになった時を振り返っての発言】

外国というものを、ドシドシ若手の連中に目撃させねばいかぬとと思ったから、大いに遊学生を奨励したが、その結果として榎本(武揚)などが、いよいよオランダに渡航することになった。これから講武所師範役となり、また海軍奉行などとなった。【覚書き|講武所砲術師範役時代を振り返っての発言】

西郷は実に漠然たる男だった。この難局を俺の肩に投げかけておいて行ってしまった。「どうかよろしくお頼み申します。後の処理は勝さんが何とかなさるだろう」と言って、江戸を去ってしまった。この漠然たる「だろう」には俺も閉口した。実に閉口したよ。西郷の天分が極めて高い所以は、実にここにあるのだよ。【覚書き|大政奉還直後、幕府から新政府へ政治が引き継がれる途中、一時的に無政府状態になったときの話。西郷隆盛は旧幕派の海舟に事後処理を任せ薩摩へ帰った。信頼した人物に仕事を一任するという、西郷の仕事のやり方を良くあらわしたエピソード】

一時の感情に制せられず、冷ややかな頭をもって国家の利害を考え、群議を排して自分の信ずるところを行うというには、必ず胸中に余裕がなくてはできないものだ。【覚書き|彦根藩家老の岡本黄石への言葉。彦根藩は井伊直弼が藩主だった。井伊が暗殺された時、黄石は冷静かつ粛々と藩政を執った】

放っておけ。それより書いてある内容が見たい。予のためになるものもあるだろう。【覚書き|天下統一をなし遂げた後、街中に体制批判をするビラがまかれたときの発言。他人の意見をよく聞いて自分の弱点を補った家康の人となりをよくあらわすエピソード】

真面目で、主君思いで、協調性もあり、勤勉な上に仕事もできる。そんな心と能力を持った人間はトップクラスの良臣だ。しかし、心ばえはそこまで良くなくても、何か優れた能力を持った者ならば採用すべきだ。

目的と方向性がない場合、努力と勇気だけでは不十分である。

我々は、決して、後戻りはしないのです!
【覚書き|フォークランド紛争終結後の発言】

私はコンセンサス(関係者の意見の一致をはかること)というものは、さほど重要なものであるとは思いません。あれは時間の浪費の原因のようなものですから。

私はケチだから麦飯を食べているわけではない。いま天下は乱れに乱れ、領民も安らかな日は一日もない。そんななか私一人が暖衣飽食などできるものか。私が麦飯を食っているのも、少しでも節約して軍資金に回すためなのだ。

1980年代の米国マネジメント協会の出版物によれば、最も成功する管理者とは、「不確かなことに耐える力が大きく、直感的な判断力を持っている人」だった。今では時代の変化の速度はもっと早くなっているから、不確かさに対する「耐性」だけでは十分ではない。不確かさを喜んで受け入れられなければならない。

知的好奇心が強い人は、性的好奇心も強いのは当たり前であり、事業欲や開発欲の強い人は金銭欲も名誉欲も強くて当たり前である。その中で、とびぬけて欲求が強い人が社会を引っ張るリーダー足りえるわけで、リーダーたちに禁欲を求めるのではなく、逆に欲望や好奇心に対して寛容にならないと社会全体が老け込んでしまうだろう。

人は信頼されて仕事を任されれば、未知の分野でもよくその任務をこなすものである。むしろ以前の職種より能力を発揮するケースだってある。要はその人の才能を見抜き、任せることだ。

上司にとって部下は大事な戦力です。それを「ダメ部下だ」と決めつけているようではいけません。「あいつはダメ」と切り捨ててしまうと、その部下に対しては出すべき指示も出さなくなり、仕事の分担からも外すことになってしまいます。それでは組織としての戦力はダウンです。

競争によってのみ会社は発展してきたとみるのは間違いではなかろうか。競争というのはモノを生産するよりも、むしろ奪い合うものだと思う。奪い合った結果は、破壊に落ち着かざるを得ない。反対に協調すれば生産は増えていく。

中途採用の人たちは経営実務のベテランとして期待したし、それなりの力もあったようだ。ただ、組織的な仕事の進め方から逸脱し、自分勝手な判断で仕事をするようになってしまった。ほかの社員にも悪影響が及び、僕ははなはだ困った。中核となる社員は若いうちから手塩にかけて育てなくてはいけない。そう肝に銘じた。

私が役員やミドルのリーダーを選ぶときの評価基準は次の4点。

  1. 人の心がわかる人。人の気持ちがわかる人でないと、人とのつながりが広がって行きません。
  2. 自分の気持ちをきちんと整理して相手に知らしめることのできる人。いい考えを持っているんだけどうまく表現できない人がいます。そういう人は役員にはなれない。
  3. リーダーシップのとれる人。親分肌的なところがなかったらできません。
  4. 頭が非常にやわらかい人。時代の感覚を受け入れることのできる頭の持ち主。これからは、感受性がある人でないとリーダーは務まりません。

私が入社した当時、ホンダは後発メーカーだからリソース(経営資源)が少なかった。研究所の体制にしてもそうです。国外にビッグスリー、国内には大手がいる中で、ホンダは本田宗一郎の指揮のもと、本社が一丸となってドーンとパワーを出した。1971年に発表した低公害のCVCCエンジンはまさにそういう結果から生まれた。

予見性がなければリーダーにはなれませんから、最先端のアップツーデート(最新)な情報を集めて検証していくことです。そのためには頻繁に現場に行くことだと思います。米国だろうがどこであろうが、必要なときには積極的に会いに行く。私はそれを実行しています。

リーダーはバランスよく全体を見ることです。全体を大きくとらえて小さく実行することが必要ではないでしょうか。それから長期的な視点で物事を動かすには、常にトップと付き合い、ネットワークをつくっていくといった言わば情報戦略が重要になります。

決裁すべきことは無数にあります。だから明日やるなんて言って、一つのことに時間をかけてぐずぐずしてはいられないんです。調べなければわからないものは別にして、90%以上、その場でどんどん決めます。うかつな判断をしてはいけないけれど、ほとんど間違いはないですね。即決即断です。

持って生まれた優れた長所を伸ばす教育をしなければ、リーダーは育たない。闘争心、競争心を潰すような教育をしてはいけません。たとえば小学校の運動会の徒競走で全員が一直線に並んでゴールのテープを切るような勝ち負けのない競争はおかしい。

決裁のためには日ごろから頭の中にレーダーを置いておくことです。レーダーを回しておくと、海の中であれば他船や岩礁とか何か障害物を感知してピカッと光るように、いまこういう問題があるなと頭の中にぱっと浮かぶわけです。つまり常に問題意識を持つということです。これは新しいことに取り組むときの心構えにも通じます。

部下には動機づけが大切です。それにはぐっと胸に来るような言葉を投げかけることです。「よし、この親分のためにひとつやってやろうじゃないか」と思わせるような言葉が吐けなければいけない。

質問をするときイエス・ノーで答えられるような質問をするようじゃだめだ。「どうしてできたの」と聞いて、「こういう背景でこうなりました」と答えたとします。その時、背景を聞くだけの質問を投げかけてはいけない。「いやじつはこうなんです」「いや本当はこういうことなんです」と言わせなければいけないんです。

企画書を7回やり直しを命じられ、半分ノイローゼ状態でした。そうなると、どこにいても、何をしていても、アイデアのヒントにならないかと思うようになるんです。トイレの中でも、お風呂に入っているときでも、絶え間なく「あんなのはどうだろう。こんなのはどうだろう」と考え続けていますから、寝る間際までアイデアが湧いてくる。あるときは布団の中でハッとひらめく。枕元にメモ用紙を置いていつアイデアが出ても即座に書き留められるようにしていました。

人を鍛えるという意味では、いまも厳しいですね。人を大事にするということはつまり鍛えるということなんです。厳しく鍛えると、諦めることをしなくなります。粘り強くなります。ある大阪のデパートの外商を担当した時のことですが、目標が達成できるまで戻ってくるなと言われて、夜になっても会社のドアを開けてもらえなかったことがありました。課長がドアの横についている小窓から目だけ覗かせて、「どうやった?目標行ったか?」と聞くんです。「あきませんでした」と言うと、「あかん。もう一回行って頑張ってこい」と送り出される。結局なかなか注文は取れなかったけど、そうやって上司に鍛えられたんです。

やみくもに「やればできる」というのではなく「これはいけるぞ」という経験則に基づいたある程度の確信があるからこそ、リーダーは「やるぞ!」と言って、強いリーダーシップを発揮して部下を牽引できる。そもそも「できるわけない」ところにこそ、ビジネスや成長のチャンスがあるんですから。

部下をやる気にさせる上司というのは、部下に対して「やるぞ!」と言えること。私自身サラリーマンになりたての技術者時代にそれを強く実感しました。リーダーが大きな目標を掲げるのは会社の中でこれだけのチャンスがあるんだと、社員に教えるためなんです。

私は上司と喧嘩をしたこともありましたが、やるべきことはちゃんとやって、その上で意見を言っていました。何もやらずに文句だけを言うのは一番駄目で、どうしようもないですね。私は失敗しても怒こらないけれど、やる気がない人に対しては怒ります。やる気というのはまわりの誰かがくれるものではない。自分自身の問題なんです。

おもてなしの感性を持ったプロが上司にいました。大阪の話ですが、ある日、高麗橋の吉兆に会合の下見に行くように言われました。心の中では「前の日にも接待で行っていたので、わざわざ下見に行かなくてもわかっている」と思いながらしぶしぶ出かけて帰って報告すると、「クーラーの風はどの方向に流れていた?」と聞かれたんです。ギョッとしましたね。「最初に言ってくれればいいのに」と思いましたが、いま振り返ればそれが教育なんですね。はじめからクーラーの風の向きを見てくるようにと指示してしまうと、それしか目に入らなくなってしまうわけです。ただ行って見て来いとしか言われなければ、自分で問題意識を持ちます。それが大切なんです。

現場のリーダーとして大切なのは、嘘をつかないこと。現場に入ること。それから若いころは俺がやっているんやと言いたくなったけれど、それは人が言うてくれることであって、人から見てああよくやっているなと思われればいい。

よく「部下のモチベーションを上げれば成果があがる、それこそが管理職の仕事だ」と思っている人がいますが、これは間違いです。仕事に対するやる気が高い人もいれば低い人もいるのは当たり前。それに、いくら上司が頑張れと言ったところで、上がらないものは上がらないのです。そうではなく、モチベーションが低い部下でも結果を出せる仕組みをつくる、これこそが上司の役目なのです。

上に立つ人の仕事は、自主性の発揮しやすい環境を作ることだと思います。僕は若いころからずいぶん任せてもらいました。当時の上司は我慢してくれたんだと思います。いま任せる立場になって、そのことがよくわかります。仮に部下の仕事に首を突っ込みガミガミ言えば、部下はもう言われたとおりにやろうと思う。仕事を任せてもらえなければいいものを作ろうという気持ちにならない。

上司が部下に向かって「あれしろ、これしろ」というのはやめたほうがいい。元来人間と言うのは、人から指示されるのは嫌いなはずです。本人が自発的に取り組んで初めていい仕事ができるし、やりがいも出てくる。人から与えられた仕事をいくらやっても、達成感はなかなか得られません。やりがいのある仕事ができるかどうかはすべて本人次第。

私は失敗を気にせず好きなことをどんどんやれと言っています。本来ならば失敗はあってはいけないことです。しかし、新しい技術に挑戦していくうえで、失敗は当たり前なんです。

社員に対する評価も三年待てと言っているんです。三年待てば何とかなるものがたくさんある。種をまいてから目が出るまでに時間がかかる商材はありましたが、そのうちのいくつかは今すごい成果を上げています。

100人中80人の人が他人の擦ったマッチで燃えられる人です。マッチを持ってもいないし、誰かが燃えても自分は燃えられない人が100人中17人くらいいます。マッチを持っている人はどんどんマッチを擦り、檄を飛ばし、人を燃えさせなければならない。せっかく手中にあるマッチも、ポケットに入れたままにしておいては、湿って使い物にならなくなってしまいます。

リーダーの条件とは厳しさの中に隠れた優しさだと思います。信頼がなくなれば、リーダーシップは瞬時に崩壊します。それはお客様との関係においても同じです。信頼とは、一度築き上げればそれで完成するものではありません。ときが経てば消耗するし、錆びてきます。常に磨きをかけ続け、機能障害を引き起こす前に新しいものにしなければいけないと思います。

現代は一人で何かをするとか、一人の個性で何かが動くという時代ではない。私の場合、みんなで同じ夢を持ってやってきた。仕事というのは仲間たちで夢を共有することでしか成功できないんじゃないでしょうか?それから、若い人にどんどん仕事をさせることが大切だと思います。

「仲よく喧嘩」をしないと妥協の産物が生まれかねない。進化もない。スピードも生まれない。「仲よく喧嘩」をするには、議論の接点を設けることです。その接点を高いレベルに設けるのか、低いレベルに設けるのか。レクサスでは「高級の本質」という高いレベルに接点を向けて、妥協せずにベストの選択をしてきました。

はじめて「緊プロ(緊急プロジェクトチーム制度)」が組織されたのは1977年です。緊プロは社長直轄下で一年から二年をめどに活動させ、集中して独自商品技術の開発を行い、終了後は解散してメンバーは元の部署に戻ります。緊プロのメンバーに任命されると役員と同じ金色の社内章を胸につけることが許されます。役員と同じ権限を与えるという意味が込められています。

人間を評価することはそんなに簡単なものではありません。私は「アソシエイト経営」と言っていますが、社員一人一人がアソシエイトとして「自立」と「自律」をもって、マネジメントの主役になってください。そして、社員同士が議論しあうことで、新しい価値を生み出していきましょうということです。【覚書き:アソシエイト=仲間。外資系企業では役職なしの基幹業務に従事する従業員のこと】

上に立つものは見識と判断力を養い、部下に将来への確かな筋道を見せてやる。同時に下意上達、つまり部下の意見をくみ上げる気配りを欠かさないことだ。そうすれば信望は自然と集まる。【覚書き:上記はトップが部下に影響力を持つにはどうすればいいかについて聞かれた時の答え】

業務上の組織は必要だが、それに属していても、人間としては上も下もないはずだ。したがってなるべく権限を部下に移譲し、若い社員にも大事な仕事を任せる。【覚書き:積水ハウスの成長の秘訣を問われての発言】

鼓腹撃壌の歌。十八史略にある逸話で、民衆が自由に行動すれば社会も実にうまく回る様を描いている。企業の理想もこうだ。若い人たちが勝手気ままに大きな仕事を成し遂げていくのが理想だ。

創業期には事業アイデアや営業力など、プレイングマネジャーみたいなところが必要なので、そういう資質のある人は、そのステージの会社に望ましいと言えるでしょう。また、ある程度会社も事業も形ができてきて、社員数も増えてくると、今度はその人間たちを組織としてマネージメントして動かしていくという、また別の資質も必要になってくると思います。

社員に社長の気持ちになれといっても、なかなかこれが通じない。ところが、一方で自分が報酬を払う立場になると、その気持ちがよくわかるわけですね。そういう意味で、フォーシーズに対するロイヤリティー意識も高まりました。教育の意味でもうまく行きました。【覚書|ピザーラにはピザーラ・サクセス・システム(PSS)という「社員が会社に勤めながら自分のフランチャイズ店を持つことができる制度」がある。上記はPSSがスタッフに及ぼした影響についての発言】

リーダーはまず、どういう言葉を選ぶのかということです。ネガティブな言葉を使うことによって、社員がやる気を失ってしまうことがあると思うんです。でも一方で、言葉は人をやる気にさせることもできるんです。その言葉から、みんなが5年後、10年後のビジョンを描いて、やる気を起こしてくれたら、みんなでそこへ行くことができると思うんです。

人材教育をしっかりとしておくということは、指揮命令系統を明確にしておくことが大切だと言われますが、それは間違いです。そんなことをすれば、その指揮命令系統が形骸化して役に立たなくなってしまう。重要なのは、優秀で賢くて誠実な人材を集めて、彼らを良い状態に保つように常に教育しておくことです。

「あながのやっていることはよくないからこうしなさい」って人に言うのは、本当に面倒ですよ。根気がいります。エネルギーもいります。自分でやった方がよっぽど楽ですね。だから、ほとんどの飲食店のオーナーは料理人を使わずにアルバイトを使うんですよ。

自分が若くして事業を始めたのでよくわかるんですが。若者にはステージとチャンスを与えて徹底的に期待すると、ものすごく伸びるんです。大人が若者にやるべきことは、背伸びをさせてあげることだと思っています。

リーダーに必要なのは有言実行ということです。目標に向かって自分がどこまで行動で示していけるかだと思うんです。お客様に最高のサービスを提供することに始まり、マネジメントの中にあるさまざまなカテゴリーに至るまで、きちんと目標を定め、それに向かって自分が先頭に立って貪欲に挑み結果を出すこと。これがリーダーには一番重要なことじゃないかと思います。このことを僕は自分の体でレクチャーしているつもりです。

まず、全社員を頻繁に集めて、その場で僕が語ったり、自分の言葉を入れて制作した映像を一緒に見ることです。そのほかには、自分で撮ったメッセージビデオをインターネットの動画配信で各自流したり、メールで伝えたりしています。また、T&G本という自分たちのビジョンについて書いた小冊子を配り、それを朝礼でみんなに読んでもらったりもしています。

少数精鋭という言葉がある。この言葉には二つの意味がある。一つは「精鋭を少数使う」ということである。そしてもう一つは「少数にすれば皆が精鋭になりうる」ということである。私は後者の意味を重視したい。前者だとすでに出来上がった精鋭を自分の手元に集めるということで、虫がよすぎるというものだ。後者では今自分の手元にいる玉石混交(ぎょくせきこんこう)の人々を、玉にはますます磨きをかけ、石にはトレーニングによって玉に変えていこうということで全員の能力を底上げすることを意図している。

我々は、一つの重要な分野で強みを持つ人が、その強みをもとに仕事を行えるよう、組織を作ることを学ばなければならない。仕事振りの向上は、人間の能力の飛躍的な増大ではなく、仕事の方法の改善によって図られなければならない。知識についても同じことが言える。優れた知識を大量に持つ人を大量に手に入れようとしても、そのために必要な費用が期待できる成果に比べて高すぎる。

知識労働者を直接、あるいは細かく監督することはできない。彼らには助力を与えることができるだけである。知識労働者は自らをマネジメントしなければならない。自らの仕事を業績や貢献に結び付けるべく、すなわち成果を上げるべく、自らをマネジメントしなければならない。

人が人に向かってとる態度には、四つの類型がある。(1)自分にも甘いし、相手にも甘い。(2)自分には甘いが、相手には厳しい。(3)自分には厳しいが、相手には甘い。(4)自分にも厳しいし、相手にも厳しい。ある心理学者によれば、職場における上司の自己評価は3、4に集中し、部下に上司を評価させると1、2に集中する。ここで言いたいのは、人に向かって厳しさに欠けることがあるのは、自分自身に厳しくなかった証拠だ。管理者が部下をよく管理するためには、まず自らを管理することが必要なのである。

上司へのリーダーシップをうまく取れない人が、どうして部下へのリーダーシップをうまくこなすことができようか。上へのリーダーシップといえば、奇矯というかもしれぬ。しかし我が国では、あまりにも上下の差別が強すぎると思う。たしかに、年齢や勤続年数や賃金では上下の差がある。だが一人一人が担う職能は、横に並んでいると考えたい。横に並んで切磋琢磨するのである。このように考えれば、リーダーシップは上へ向かっても発揮されなければならない。

私どもの東芝では、上位者ほど早く出勤するという習慣がすでに定着している。私に言わせれば、当然のことといえる。上位者ほど忙しいはずである。その日の準備段取りは、部下が来る前に済ませておかねばならぬはずである。格別の美談でもなんでもなく、先進国のエグゼクティブやマネジャーがとっくに実行していることなのだ。そんな上司の姿を見て部下たちも変わってきた。古い言葉だが率先垂範こそ、人が人に向かう基本原理だと信ずる。

従業員はビジョンを感得することによって、自分がその集団に所属する意味を見出す。私どものある工場に勤める女性から次のような要旨の手紙をもらったことがある。「私は今まで単純な作業に従いながら、来る日も来る日も無自覚に過ごしてきました。ある日上司から、長期計画の話を聞きました。この工場を世界一のモーター工場にするので、私にも参加してくれと言われました。自分の仕事がこんなに素晴らしいものだと感じたのは初めての経験でした」

石川島播磨重工の社長のとき、こんなことがあった。ある部長がきて「部下に何回もアドバイスしても仕事が思うようにはかどらない」と、ほとほとまいっていた。そこで僕は言ったんです。それじゃ君、息子さんに下駄をそろえろと言って、三べん言ったらそろえるか?と。自分の子供が洟(はな)を垂らしていたら洟をかむまで、100ぺんでも200ぺんでも注意するだろう。ところが自分の肉親とは違うからといって、社員に三べんいってもやらんからと、放り投げるのはおかしいじゃないか。その社員が仕事をやるまで忠告しろ。

「人はその長所のみとらば可なり。短所を知るを要せず」この荻生徂徠(おぎゅう・そらい)の言葉は誠に感銘深い。完全な人は存在しない。どんな人にも長所短所が必ずある。そこに人生の妙味があるはずである。ところが、人が人を見る場合、とかく長所は見たがらず、短所を見たがる。飲み屋でのサラリーマンの会話を聞いていると、そのことがよくわかる。職場でも短所をあげつらう減点主義が横行している。こんなマイナス評価は、人の心を腐食するばかりだ。短所を知るを要せず。

私が常日頃から強引なワンマン体制で下からの声を無視してきたならば、組合を作ろうとした社員たちを説得できなかっただろう。あの時点で労働組合が発足していたならば、山種証券は違った方向に歩き出していたかもしれない。何事も平素にあり。いつも必ず誰かが自分を見ている。日常の心がけが大切なのだ。私は生涯この言葉を肝に銘じていくであろう。

人間にとって何がつらいといって、自分が何の役にも立っていないと感じるほどつらいことはない。仕事の価値は収入の多寡で決まるわけではない。その仕事を通じて社会にコミットメントして、世のため人のために役に立っているという実感が得られたときに初めて、私たちは働く喜びや生きがいを持つことができるのである。

リーダーとしての責任を果たすためには、多少の遠回りは覚悟の上で、自分の頭で考えられる部下を育てなければいけない。あいつらに任せるより自分でやったほうが早いと短気を起こすと、結局は忙しくなって自分の首を絞めることにもなる。

リーダーが考えるべきは部下に仕事を任せることだろうと私は思う。全体的な方針や仕事の大枠はリーダーが決めたとしても、具体的な仕事の進め方は部下に任せる。ここはお前に任せると言われれば、誰だって自分で考えようとするだろう。「仕事を任される」と「自分の頭で考える」は表裏一体の関係にある。マニュアル人間が自分で何も考えようとしないのは、何一つ任されていないからだ。

働いている人間は、必ず自分の仕事に対する評価を求める。自分自身でよくやったと思えたとしても、それだけで満足できる人はまずいない。いい仕事をしたという手ごたえがあるときほど、他人にもいい仕事をしたと認められたいのだ。評価の程度や内容は仕事によってさまざまだが、それが次の仕事への意欲につながると言う点ではなんら違いはない。その評価が収入の増減に結びつくとなれば、なおさら本人にとって大問題だ。

部下に仕事を任せるのは非常に勇気のいることだ。安心して任せることのできる右腕的な部下がいればいいが、現実はそう甘くない。どの部下も頼りなく見えてしまい、つい自分ですべてをやってしまいたくなる人が大半だと思う。だが、それをやっていると、いつまでたっても部下は自分で考えるようにならない。気がつくと決められたことを黙々とこなすだけの人間ばかりが現場で働いていることになってしまう。

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