孤独の名言

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このページは「孤独」に関する名言を集めたページです。仕事の能率、人生の質、資産状況を変えるアイデアのヒントが詰まっています。気に入った名言は、SNSにスクラップしたり、手帳などに書き写してみてはいかがでしょうか。

孤独の名言 一覧

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見栄を張るなどは寂しさの裏返し。


孤独は、優れた精神の持ち主の運命である。


一番大きな貧困は孤独であり、物質的なものではない。人生を他人と共有することが大事で、家族や考え方を同じくする人を大切にして欲しい。


孤独な者は、最も強い。


孤独を愛さない人間は、自由を愛さない人間になってしまう。なぜなら、孤独でいるときにのみ、人間は自由になれるからだ。


正直言って、社長とはこれほど孤独なものだとは思わなかった。私はずっと仲間と一緒に歩いてきたので、孤独はこたえます。


孤独は優れた精神の持ち主の運命である。



徒党というものは一面からいえば孤独に耐え得ざる精神の休憩所だ。


トップは孤独に耐えられなければ務まらない。


思い出って寂しいもの。現在の楽しい時間を継続させることを大切にしたい。


男性の脳と女性の脳は構造的に違います。たとえば言語のコミュニケーションに関係する上側頭回は、女性のほうが大きいという傾向があります。上側頭回が発達していると、人とコミュニケーションを取ることで満足を得られます。つまり女性は、意味のないことでもおしゃべりしていることが癒やしになるのです。一方、男性は感情を引きずりやすく、むしろ孤独になることで癒やしを得ます。


コミュニケーション力は年中必要。監督の些細なひと言で、選手は楽になったり、吹っ切れたりする。25年やっている自分でも、孤独を感じるときがありますから。


求められるままに仕事をしてきたらこうなった、という感じです。それは30代になっても変わらず、36歳のときにスタートした『孤独のグルメ』も、編集者からの依頼です。いまも考え方は変わりません。求められたことをひとつひとつこなしていくだけです。


孤独と向き合うことは、どの世界でも、トップに立つ者、先頭を走る者が直面するものなのかもしれない。


自己愛や自分への執着心の強さは、自分と他人を隔てる壁を厚くしているようなもの。壁を高くして安心を得ようとしたはずなのに、高くするほど孤独に陥ってしまいます。


「漫然と迎える未来」には孤独で貧困な人生が、「主体的に築く未来」には自由で創造的な人生が待ち受けています。


留学から帰ってくる頃、ドイツの恩師に、僕は言葉をくださいと言ってノートを出したことがありました。すると、先生が書いてくれたのはドイツ語で「人に頼るな」。これ、当時32歳の僕には「孤独に頑張れってことかな」としか思えなかった。でも、今ならこの言葉の意味がわかります。味のある言葉でね、これは「自分の中にしか結論はない」ということなんですよ。


好きな言葉は「炎天下蟻一匹」です。炎天下の中で孤独に頑張っている蟻のイメージが、なんとなく自分自身と重なるところがある。


決断するときはたった一人。上に行くほどリーダーには孤独と不安が付きまとう。


私はお前たちに私と同じ冒険を、あるいは冒険とは言わぬまでも同じ孤独を勧めるなどと思わぬがいい。なぜなら、自分自身の道を行く者は誰にも会わないからである。自分自身の道とはそうしたものである。誰もそこでは助けに来てくれない。危険、偶発、悪意、悪天候に遭遇したならば、自力で切り抜けねばならない。自分の道をまさに自分のために進んでいるのだから。



私はひとりでいることにすっかり慣れ親しんでいるので、決して自分を他人と比較するようなことはせず、静かな楽しい気分で自分との対話に打ち興じ、笑いさえ交えて孤独の生活を紡ぎ続ける。


愛の反対は憎しみではなく、無関心です。世界で一番恐ろしい病気は、孤独です。


「相手に興味を持つこと」が一番大切だと私は思います。表面的なテクニックを駆使しても相手に興味を持っていなければ、それは必ず伝わってしまいます。人は、相手が自分に興味を持っていないことがわかると孤独を感じるものです。相手をそんな気持ちにさせては、こちらに好感を持ってもらうのは難しくなります。


人間とはおかしなもので、みんなから好かれて順風満帆な人生を送っている人には共感を覚えません。欠点を抱えて敵も多くてちょっと不健康な人の方が好かれます。誰からも嫌われてしまう孤独なあなたに親しみを覚える人がいることを忘れないでほしい。


私はいま孤独の中に生きています。若者には苦痛ですが、成熟した人間にとっては、甘美な孤独の中に。


孤独には孤高の人という言葉もあるのです。孤独だからといって卑屈になったり、みじめに思い込む必要などさらさらありません。背後に何本もの「つっかえ棒」などなくても、自分一人の足だけで充分大地を踏みしめて、立っているという証拠なのですから。充実している証なのですから。


孤独には孤独の素晴らしい良さもあります。孤独とはみじめでも哀れでもなく、「自分一人だけで充分満ち足りている、充足しているんです。ほかの人のお助けには及びません」という、毅然とした、誇り高い姿なのです。堂々としていればよろしいのです。


読書とは、孤独と付き合うことです。人に慕われ、仕事に追われている人ほど一人孤独に読書をする時間を必要としています。


孤独を感じたとき、孤独を何かで埋めようとすることをまずはやめることです。孤独とは自分と向き合うチャンスです。自己を持たない羊の群れとしての相互依存は、心を不安定にしていきます。むしろ私たちに必要なのは、群れから離れて一人になることではないかと思います。一人になって自分と向き合い、揺るぎない軸を建てていく以外に、穏やかな心を手に入れる方法はありません。


現代人は皆、どこかに孤独感を抱えているものです。「自分のことを理解してほしい」「一人の人間として尊重してほしい」と思っています。その気持ちを汲み取ることが、コミュニケーション上手になる第一歩です。


マネジャーとなり評価される側から評価する側になり、評価権を持てば、孤独に耐えなくてはいけません。部下たちが居酒屋で、自分の欠点を愚痴りあっているかもしれないのです。


決断の場面においては、トップは常に孤独である。


私はいつも、70億人の人類みんなを兄弟姉妹だと思っています。私は行った先々で出会う人たちを「彼らは私たち人類の兄弟だ」と思うのです。私は、簡単に人に対して親密な感情を抱けます。いとも容易に、何の問題もなく。そう、みんな同じ人類だからです。ところが、「この人たちとは文化も違う、言語も違う、信仰も違う」と考えてしまうと、壁をつくってしまいます。すると、頻繁に孤独を感じるようになります。


お釈迦様は「この世は苦だ」とおっしゃいました。お釈迦様は国が戦争するのも、自分の国が滅ぼされるのも見ました。人間の嫌なところを見て、自分が可愛がっていた弟子がどんどん死んで孤独を味わいました。それでも、最後の遊行の旅に出られたとき「この世は美しい。人の命は甘美なるものだ」とおっしゃいました。この世に対する全肯定、人に対する全肯定です。お釈迦様がこうおっしゃったのだから、この世は美しく、人の命は甘美なのだと私は信じます。私たちはもっともっと楽観的に生きていい。私はそう思っています。


この世は変化するものだと思っていれば、どんな事態に直面しても度胸が据わります。孤独の問題も同じです。お釈迦様は人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいくとおっしゃいました。最初から人間は孤独だと思っていれば、たとえひとちぼっちになったとしても、うろたえることはありません。


暇のあるときほど暇のないときはなく、孤独であるときほど孤独でないときはない。


他の人と同じことをやっていれば安心できるし、将来自分たちがどうなるかもある程度わかりますが、それでは同じことしか起きません。ユニークなことや誰もやっていないことを始めるときは、やっぱり常に不安で孤独なものも確かです。でも、それは当たり前です。自分のしていることが正解かどうかは、ひとまず置いて、不安であることが当然だと考えながら今後も新しいサービスを考えていくつもりです。


仕事は一生懸命やるものだ。だが、人生それだけでは寂しい。休みのときは何もかも忘れて、ブチ切れて、人格が変わるぐらいの道楽をしないといけない。


同窓会で同級生に会ったとき、一番変化を感じるのは、容姿ではなく目力です。自分の限界を勝手に見つけてしまって諦めはじめると、どこか寂しげな目になってしまいます。苦労して痛々しさを感じさせる人もいますが、苦労したときに、それを乗り越える面白いきっかけが来たのだと思えるかどうかは大切だと思います。


いまの時代、人びとは必要以上に孤独を恐れているように見えます。私はむしろ、孤独こそが力を生むと思います。プロフェッショナル同士がある程度の距離感を持ってつながっていることで、いい仕事ができていくケースも多いと考えます。


論語に「これを知る者は、これを好む者にしかず、これを好む者は、これを楽しむ者にしかず」とあります。ものごとを知ることは大事ですが、知るよりも好きであること、好きであることよりも楽しむことがもっと重要だと説いています。「知る」や「好む」は孤独な作業ですが、「楽しむ」ことの延長には社会との接点があります。楽しそうにしていると「何やってるの?」と人が集まってくるんです。


私は短気で、思い立ったらすぐやらないと気が済まない。早急すぎて社内をザワつかせてしまった。間違いではなかったと思いますが、大勢が納得できる方法はあったはず。その辺の按配は年配の人の方がよく分かっているものです。もしその時、「目的は同じでも、こういう方法がある」ということを助言してくれる人がいれば、聞いていたでしょう。トップは孤独なものです。責任と決断の重みで、病気にすらなる。社員の中に、人格者で私利私欲のない人がいてくれたら、相談できて、やり方も違っていたと思います。
【覚書き|社長就任当時、改革を焦っていたときを振り返っての発言】


やり直しを発表した当日は、チーム全員が午後から帰ってしまった。まずい、明日来てくれなかったらどうしようと不安だった。
【覚書き|デザイナーたちが描いた何千万枚ものスケッチの中からデザインを選んだが、納得がいかずやりなおしを決断した当日について語った言葉】


こいつの言うことなら全面的に信頼できると上司に思わせる関係を築くことです。トップやリーダーは想像以上に孤独です。あいつといると気持ちがなごむし、仕事上も助かる。一緒にいたいという気持ちにさせればいいのです。それには、一緒に仕事をやっては成果を出すという積み重ねが必要で、一朝一夕には無理です。


私が「出世したほうがいい」とよく主張するのは、40歳前後で管理職になると、明らかに周りの景色が違って見えるからです。部長になればまた違った見え方をするでしょう。社長は孤独だなどといいますが、会社で一番やりがいを感じているのは社長です。そこを勘違いしてはいけません。


この10年間、日本の多くの企業経営者は「個の尊重」を新しい価値観として掲げてきました。社員一人一人の個性、考え方を尊重しようというものです。求められたのは、できるだけ相手の領域には踏み込まない。スマートな対人関係でした。胸襟を開いてお互いに本音をぶつけ合うのは「ダサい」「古臭い」ことだったのです。しかし、個の尊重を言いすぎた結果、日本の社会に何が起きたのでしょう。職場の中では精神的に孤立化し、孤独を感じる社員がかなり増えています。会社だけではありません。学校や家庭で暴力をふるう子供たちがいるのも、根は同じではないでしょうか。


プロ野球の監督というのは孤独な仕事です。ファンや選手が自分の一挙手一投足を注視する中で、冷静さを失わず、適切な指示を出して試合に勝たなきゃいけない。もちろん、人間ですから指示の内容や出すタイミングなど、いろいろなことで迷うときがあります。そんなとき、私はいつも正力さん(正力松太郎オーナー)ならどう考えるだろうか、と考えていました。


うちではCEO(最高経営責任者)は社長ですから、私(会長)は取締役会の議長だけ務めて、経営会議にも出ません。寂しい気持ちがまったくないと言ったら嘘になりますが、決断というものは、たとえ間違っていたとしても一人で下す方がいい。私も前任の片田(哲也)さんからそうさせてもらっていました。私の言うことを聞かない人が社長になってくれてよかったと本当に思っています。


ビジネスマンとしての気力・体力・知力のピークは45歳というのが私の持論です。きっかけは、米国企業との提携交渉でした。そのとき、痛感しました。向こうは、だいたい経営トップが一人で交渉に顔を出し、一人で孤独な決定を下す。しかも24時間、365日、頭を回転させている。体力はもちろん、何としても計画を達成しようという気力や会社の将来を構想する知力の点においても、ある程度若くなければ太刀打ちできない。自分を振り返ってみても、45歳くらいが一番脂がのっているのではないか。


ときに上司は、部下を一人の人間として見ることを忘れてしまう。それと同じように、部下が上司に人間を見るのは難しい。どうしても地位や肩書で見てしまう。地位が上の人は、確かに手にするものは大きいかもしれない。しかし梯子を登るごとに、同じ人間として話せる相手が減ってしまう。そして確実に孤独になっていく。


経営者は孤独なものです。どんなに優れた参謀をそろえたとしても、最後に頼れるのは自分自身だけです。前向きに、挑戦心を持って、自分の判断を信じる。10年後の自分に恥じることのない決断を重ねていくしかないのだと思います。


のがれよ、私の友よ、君の孤独の中へ。強壮な風の吹くところへ。蠅たたきになることは君の運命ではない。


大学の4年間を通じて、新聞紙上で大きく報じられる「欧州同盟(英仏蘭などを中心とした船舶会社の国際カルテル)」という強大な組織に孤独で果敢な戦いを挑んでいた三井船舶の記事を痛快な気持ちで見守り続けていた。就職するならこの会社しかないと思った。


創業のきっかけは、リクルートに勤めて2年目の終わりにeラーニングを受講したことです。一見して「これはつらい」と思いました。画面の中で、おじさんがカメラ目線で語り続けている(笑)。それだけの映像を延々と観せられるわけですから。これだけインターネットが発達していて、フェイスブックやツイッターで誰もが気軽にコミュニケーションを取る時代だというのに、ネットを利用した教育のサービスでは、一人で孤独に退屈な映像と向かい合わなければいけない。この問題を解決できれば面白いことになるはずだ。自分でももうちょっと良いサービスが作れるだろう。そう思った私は、次の日に会社に退職届を出し、退職金を資本金にして起業したのです。


トップに立つには、犠牲にするものが必ずある。米国で戦った30~39歳は遊びにも行かず、ホテルの部屋でスタッフに撮りためてもらったDVDを観る生活を続けていました。「何でこんな孤独なんだろう」と思っていた(笑)。


1990年代に米シティコープのリーダーだったジョン・リード氏は、経営者の資質があると思った若者をまずシティグループの子会社の社長に抜擢した。そしてナンバー1として孤独に耐え、きちんと1人で物事を決めることができるかどうかを見極め、初めてグループの幹部候補にした。日本の大企業や金融機関にもたくさん関連会社がある。選手として優秀な人間に関連会社の社長をさせ、素質があるかどうかテストしてみてはどうか。


経営者はみんな孤独だから、師匠はいたほうがいい。特に創業者の場合は大企業の社長とは違うし、不安や孤独を解消するためにも同じ経営者の師を持つ意味はある。


スタッフたちは孤独死や自殺の悲惨な現場を目の当たりにして、やり切れない思いをすることもありますが、依頼主からいただくお礼の言葉が新たなモチベーションにつながっています。


ぼくの机に「孤高に陥らず孤独を恐れず」と書いた紙を貼っています。端的にいえば「独りよがりになるな」ということと、「百万人といえどもわれ往かん」という気概。相矛盾するようだけれども、これは両方必要だと思います。


ひとりで死ぬことが「孤独死」で寂し過ぎるというのは本当? 本人は幸せかもしれないよ。勝手に不幸だと決めつけているんじゃないかな。死はどんな形でも、たかが死なんですよ。家族に見守られていても、人はひとりで死んでいく。看取られたから幸せなわけじゃない。


人間が不安を感じるのは、光が見えないとき。光や出口が見えなくなると人は不安になり怖くなる。私は昔からいつもリーダーとしてやっていくための事業案を考え、どんなときも光を見いだしてきました。絶えず、光が見えているから「孤独な状態」にならずに済んだ。


ときどき、私は自分にとって何が正しい道かを、心の声に耳を澄ませて決めている。それだからこそ、一般人やマスコミはいうに及ばず、家族や友人にまでその選択を疑問視され動機をあれこれ詮索されると、その決定には孤独感がつきまとう。


自分がイノベーションを起こせるならぜひ起こしてほしいが、起こせないなら起こそうとする人間を温かく見守って応援してほしい。わざわざ攻撃しなくても、イノベーションを起こす人はもともと少数派であり、孤独なのです。せめてそれぞれの世界での「イチロー選手」を応援してあげましょうよ。


僕にとっては、仕事も生活も「自由と自立」が一番の価値ですが、それゆえにずっと孤独でもある。その孤独を支えてくれるのが本です。


経営者は孤独です。夜も安眠できないほど苦しむこともあるかと思いますが、朝は必ず来ます。ですから、希望を絶対に捨てないでほしい。会社倒産という最悪の状態になっても、嘆かないでほしい。再起は可能です。


老年にとって、孤独とのつき合いが、一番勇気のいる仕事だと思います。今は家族といても、いつ一人暮らしになるかわからない。そういうこともあり得るのだと覚悟して、前もって備えなくてはなりません。


人間は一人で生まれてきて、一人で死ぬ。原則としては、あくまで生きることは一人である。それを思うと、よく生きよく暮らし、みごとに死ぬためには、限りなく自分らしくあらねばならない。それには他人の生き方を、同時に大切に認めなければならない。その苦しい孤独な戦いの一生が、生涯、というものなのである。


不登校の子だけが孤独というわけではないと思うんですよね。集団生活になじみ、楽しく生きている中にも、みんなそれぞれに複雑なものを抱えている。別に家で折檻されているとかではなくても、貧困や暴力にさらされていなくても、いろんなふうに感じるのが人なので。そこに寄り添うことが、映画であったり文学であったり、ということだと思うんです。


工場の生産方式をライン方式からセル生産へ変更したとき、抵抗は激しかったですね。40年以上続いていた生産方式を根本から変えるわけですから。事務屋に何が分かると悪口を言われました。生産のプロと議論してもかないませんが、時間をかけるわけにもいきません。頼むから信じてくれ、責任はすべて取る、と説得しました。代表取締役を私一人にして、全責任を負うという覚悟を形で表しました。正直、孤独で怖かったですが、なにしろ無我夢中でした。


リハビリは孤独な作業ですが、挫折や不安を感じたことは一度もありません。「人にはできない経験をしている」「ケガして投げられない時間が人生のすべてではない」と思えたから。


人はとても孤独で、自分しか自身を感じることができません。しかし他者との関係やコミュニケーションが自分の内面に働きかけるという面もあり、自分自身を成長させるには他人を鏡にして自分を鍛えていくしかありません。それはつまり「人のために何かをする」という行為が自分自身を改善していく行為になるのです。


どんなスーパースターでも面白いときは褒めてほしいのだ。そうでなければ彼は孤独のまま、「俺って本当に面白いのか?」と不安になってしまう。そして、芸能人に限らず、人はみな褒めてほしいのだ。


老年期になって孤独になるのは圧倒的に男性です。会社人間として生きてきた彼らの定年後、自分の居場所や社会との繋がりはほとんどありません。そこで、自分の存在が無視されたと感じてしまい、威信を回復させようといろんなことを言ったり行動に移すため、異世代の人たちとの関係性がさらにこじれてしまいます。もし身近にこういう人がいたら、敬遠するのではなく、生きた時代が異なり、価値観の違う世代なんだということをふまえたうえで、一旦は受け入れてみてください。彼らは自己肯定感が低くなっていることが多いので、それを実感してもらうためにあえて活躍の場をつくり、「お陰で助かりました!」と感謝の気持ちを伝えれば、少しは頑固な面が和らいだり、こちらに歩み寄ろうと、彼らなりに不器用に頑張るはずです。


ゴマスリは、独裁者がいる組織ほど現れます。独裁者は孤独です。なぜなら自分の決断一つで多くの人の運命を左右することになるから。だから、ゴマスリは状況が切迫しているほど効果があります。ゴマをする側の意図とは別に、結果的に独裁者を支え、良い効果をもたらすこともありうるので、一概に否定もしきれないと私は思っています。


朝起きたらツイッターで起床報告をしています。一緒に四時起きを実践している「ヨジラー」の仲間たちと、「#4ji」というハッシュタグを使って毎朝起床報告をしあっています。通常、早起きは孤独なものですが、一緒に起きる仲間がいると、それがいい意味でのプレッシャーになって起きられるんです。ツイッターはズルズルやると時間の無駄ですが、時間を決めてやれば、早起きの習慣化に役立つツールだと思います。


高い技術を持つ選手はいますが、それだけでは世界で結果を残せません。海外ツアーに参戦すればすべて、1人で考え、決めて、行動しなければならない。受け身の姿勢では通用しないし、自立し、決断し、孤独に打ち勝つ思考が求められる。言葉も通じずうまくいかないことも起きますから、諦めない強いマインドも必要でしょう。


トップは孤独感にさいなまれ、決して逃げることができない局面があります。実はそれだけの重荷を背負っていることに対する報われ方はそれほどでもない。地位に恋々とせず、やるべきことを切りのいいところまでやる。そうした爽快感あふれるさまを評価してもらうくらいの心持ちが肝要ではないでしょうか。


孤独はよいものです。自分自身と平和のうちに生き、何か達成すべきしっかりしたことがあれば。


嫉妬を買わないコツは、驕らず、偉ぶらないこと。それまで、自分の野心を隠して孤独に努力してきただけに、持ち上げられると素直に喜び、自慢気に語りたくなるのが人というもの。そこをグッと堪えて自分が語るのではなく、人の話を真筆に聞く。その態度が上の立場になってもなお、人に好かれ、人望を集め、自分の味方をつくることになります。


愛は身近な人、家族を気遣うところに始まります。私たちの夫、妻、子供たち、または親たちが、一緒に住んでいながら十分に愛されていないと感じ、孤独な生活をしているのではないかと反省してみましょう。


病気にはそれぞれ特効薬があります。ところが愛されないが故の寂しさだけは薬では癒されません。私たちがしている仕事を評価してくださっている方々にお願いしたいのは、どうぞ自分の周囲を見回して、愛に飢えている人々に喜んで愛を与え、その人たちに奉仕してくださいということです。


私は友達と話をしているときも誰かと新幹線に乗っているときも常に頭のどこかで仕事のことを考えています。他愛ない会話がヒントになって生まれたプランもたくさんあります。孤独にとらわれてジッと一人で考えるよりも、いつも誰かと一緒にいながら考える習慣を身につけたほうが、考え方が多様になるし、考える時間を自然に取れるようになる。


私は寂しがり屋で一人になるのがイヤだから、人の嫌がることをしません。子供のころを含めて、人をいじめた記憶もありません。だって、そんなことをしたら、その人は私から離れていくでしょ。一緒にいてほしいときにいてくれなくなる。私の場合、寂しい思いをしたくないから人間関係を大切にして生きてきた、といえるような気もします。


石油をやっていたころは何度も追い詰められたりはしたが、決して落ち込むということはなかった。なぜかというと、「オレには西側の世界にエネルギーを供給する責任があるんだ」という大きな目的と自負があったからだ。ナイジェリアのジャングルにいようが、どんな惨めな思いをしても、この自負があったから孤独感を感じたり、落ち込んだことはなかった。


不満があるというか、孤独なんです。大企業の中で、ちょっと変わったことをしようとすると異端児扱いされます。1人だとそういう空気に負けてしまいますが、仲間がいれば支え合える。つながりを求めて集まってきた人が多いと思います。
【覚え書き|パナソニックの若手有志団体One Panasonic立ち上げについて】


結局のところ、人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいく。だから老年は孤独と徹底してつき合って死ぬことになっているのだ、と考えたほうがいい。つまり老年の仕事は孤独に耐えることであり、孤独がもたらす時間の中で自分を発見する。自分はどんな人間で、どういうふうに生きて、それにどういう意味があったのか。それを発見して死ぬのが、人生の目的のような気もします。


孤独感を解消するためにお勧めしたいのが、自分の仕事のペースや、ビジネスのフォーム(=進め方)を確立すること。例えば、マラソンは孤独なスポーツですが、自分のペースとフォームをきちんとつかんでいる選手ほど、「自分で決め、そのやり方で実行することの楽しさ」を知っています。そして、やりがいが孤独感を上回るため、孤独感に負けることなく練習に取り組むことができるのです。


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