運命の名言

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運命の名言 一覧

所詮、運命とは誰にとっても未知の存在。人生に挑戦することこそが重要。

石播(のちのIHI)も東芝も、それに経団連も、与えられた仕事に対して、それが自分の運命だと思って、ただ没頭してきただけだ。

不満を道連れにするか、運命を味方に変えるかは、心の持ちよう。

もう黒子の集合体では生き残っていけない。自分たちで自分の運命を決められるようになる必要がある。

夢中になって生きてきた。石播も東芝も、それに経団連も、与えられた仕事に対して、それが自分の運命だと思って、ただ没頭してきただけだ。

どれほど運命に翻弄されても、自分に無責任になってはいけない。

身銭を切り、相手先と自分の運命は一蓮托生という状況にまで追い込まれてこそ、はじめて経営の立て直しも可能。

この人なら喜んでついて行く。あるいは、あの人となら運命を共にしてもよい、と仲間から信頼される人こそが真のリーダー。

運命がカードを混ぜ、我々が勝負する。

わが鹿島組が向上し発展せんとするならば、露天商人のような運命観を捨てて、もっと深刻に考察し、合理的な制度を樹立しなければならない。

人間の運命は、その人柄がつくるもの。

万事に渡り、運命による定めがある。

人事異動を命じられたとき、その辞令を当たりだと思うのか、はずれだと思うのか。それによってその人の一年後、三年後の運命が決まってくる。

運命は選択できない。選択したとしても、それが良い結果につながるとは限らない。与えられた環境の中で、目の前の仕事に全力を尽くすことが大切。

大切なことは、いかによい人材を育てるか、言い換えればいかによい企業文化を創造するかが企業の運命を分ける。

生まれた時代や境遇は、天から与えられた運命。それを嘆いても仕方ない。むしろ感謝して、身命を惜しまずに精いっぱいやるほかない。

惨めな負け犬でいたくなかったら逆境に挑戦し、平凡な人生という最悪の運命を克服しなければならない。

夢あるところに行動がある。行動は習慣をつくり、習慣は人格をつくり、人格は運命をつくる。

運命の女神は、不運も人生の修行と思って努力を続ける人に、ちょっとだけ味方してくれるのではないだろうか。私はそう思っている。

人は誰でも、自分の未来を自分で決めることができる。運命は変わるのです。変えられるのです。

私たちすべては自由を欲し、個人として己の運命を決定する権利を求めているのだ。これが人間性というものである。

運命ってだいたい決まっているんじゃないですかね。自分が努力すれば、その先はもう決まっているんじゃないですか。そんな気がします。

運命というものは最後になってみなければわからない。

やれ運命がつまらないの、人生がつまらないのって人は、その考え方がつまらないんです。

悩みを解決できるということはニーズに直結しているということにほかならない。逆に言えば、何の悩みも解決できないベンチャーは、いずれ消えていく運命にあります。

宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える。
【覚書き|ある経営者に贈った色紙に書かれた言葉】

あなたが市場に新たな価値を創出し、その市場の立場をコントロールできなければ、あなたは誰かにコントロールされる運命。

価値を増やす人にならなければなりません。すでにある価値を市場から奪い、減らす人であれば、そのビジネスはやがて消滅の運命です。

ヤフーはインターネットサービスで最初に事業化された会社だから、最初に老化に直面する運命にある。脱皮しない蛇は死ぬので、あえて脱皮に挑戦しています。

いまは運よくいっているだけ。もし違う監督がやってきて、「若い選手を中心に走るサッカーをしたい」と言われたら、それで終わりでしょ?そうしたら、「これも運命か。引退かな」と受け入れるしかない。ただ1年1年を全力でやって、「ダメだったらダメ」という感じ。でも、できるだけ長くやりたいね。手術にしろ、ケガにしろ、実体験のあるほうが選手に伝えられるから。

右見れば繚乱たる花園があり、左見ればゴミや糞がごろごろと転がっている。転がっている方面ばかりが見えるというときに、右見てればいいじゃないか。右見てれば、目にうるわしい花が己をたのしませてくれるのに、左ばかり向いていて、なんてこの世は醜いもんだと考えてる奴があったら、その人間を褒めるかい? 自分が嫌な運命のなかに生きてる場合でも、注意がもっと良い運命の方に振り向けられていれば、たとえどんな運命のなかにいたってそれを気にしなくなる。

ビジネスの相手として、結局同志にならないとやっていけない。大建築物には何十億、何百億円のおカネが出るから、下手をすれば共倒れになる。運命共同体なのだ。相手のビジネスが失敗したら僕だってつらいし、僕が満足できなかったら相手だってつらい。共倒れの関係が根底にあれば、プロジェクトはうまく進むようになる。

自分をより良くコントロールする能力に応じて、人は賢明になり、優れた人物になり、どんな環境にいても、永遠の所有物のように幸せがつきまといます。自分をコントロールできなければ、感情に振り回され、環境にも運命にも翻弄されてしまうでしょう。環境やできごとに依存しているため、欲求が満たされないと不機嫌になり、憂篭に陥る状態を繰り返します。

ある老舗トップが、「私たちは好きで老舗経営にしがみついているのではないです。しかし駅伝経営の走者となった運命から逃れることはできません」と述懐していた。しかも老舗の駅伝競走は10区間10人で終わらない、永続すればするほど続く、ゴールのない駅伝で、競走が終わるのは閉店、廃業の時である。だから当事者である老舗トップのストレスは観客(顧客)や周辺の関係者(ステークホルダー)には想像だにできないものである。

運命の女神たちが人間の運命を決定するとき、そこには憐憫もなければ公平感もない。

人生航路において辱めを受けたり、運命に恵まれなかったり、因果に支配されても、すべて天命と受け止めよ。食うもの、衣(きる)もののない貧乏生活であっても、楽しみをその中に見出せ。

人間が浅はかで無力であると、いわゆる「宿命」になる。人間が本当に磨かれてくると「運命」になる。すなわち、自分で自分の「命」を創造することができるようになる。

少数の真剣な求道者のみが時制の運命を徹見(てっけん)し、社会を善導することができる。

事態を放置するか、あるいはこれに断固介入するか、それが問題だ。どちらが気高い生き方か、このまま心のうちに暴虐な運命が射掛ける石と矢をじっと耐えることか、それとも海のように押し寄せる苦難に武器をとって立ち向かい、敢然と戦ってこれに終止符を打つことか。

運命は私たちがつくるものだ。いまからでも遅くない。いまをどう生きるかで、未来が決まる。

すべてを運命のせいだと諦めてはいけない。これまでの努力を無駄にしないためにも。

忍耐によって運命を支配できることを学びなさい。忍耐をすればするほど、あなたに返ってくる報いが確かなものとなることを知りなさい。いかなる偉大な業績も、忍耐強く努力し、待ち続けた結果としてもたらされるのである。

道徳家が誰かをつかまえて、「君はかくかくであるべきだ」と言ったとしても、それは物笑いの種になるだけだ。個人は前から見ても、後ろから見ても、一個の運命であり、ひとつの必然である。その必然は万物と結びついており、個人に対して「変われ」と言うことは、万物に対して変われと要求すること、過去にさかのぼってすら変われと要求することに等しい。

文明人の運命は、どれだけ力のある道徳を生み出せるかにかかってきています。

どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。救いのない運命というものはない。災難に合わせて、どこか一方の扉を開けて、救いの道を残している。

運命の中に偶然はない。人間はある運命に出会う前に、自分がそれをつくっている。

運命占星学では、平穏無事な一生、可もなく不可もない人生が最高運になっています。たとえ一代で巨額な富をつかんだり、立身出世をしたとしても、その過程が波乱万丈の人生ですと、それは決して幸運、幸福とは言えません。

人は、運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命に出会う。

長く継続しているものは、やはりそれだけの価値があります。なぜなら世の中から必要とされていないものは、いずれ淘汰される運命にあるからです。

不可抗力には逆らわないことです。想定外のものには、運命として避けられない不可抗力的なものと、自分の力で回避可能な可抗力的なものがあります。気をつけたいのは、不可抗力と可抗力の線引きは変化しうるということです。自分の統制力を磨いていけば、運命の女神に委ねる部分を減らしていくことはできます。

人間として生まれてきた以上、恐怖感があるというのは、むしろ自然なことなのだ。これから文明がさらに発達するにつれて、恐怖感を持つ人はもっと増えてくると思う。恐怖感は自分一人でなく、これは人類全体の運命なんだと思って、取り組んでいけば、以外に救われるんじゃないか。

人生を真に貫こうとすれば、必ず、条件に挑まなければならない。いのちを賭けて運命と対決するのだ。そのとき、切実にぶつかるのは己自身だ。己が最大の味方であり、また敵なのだ。

人生に挑み、本当に生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれ変わって運命をひらくのだ。それには心身ともに無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋に膨らんでくる。いままでの自分なんか蹴トバシてやる。そのつもりで、ちょうどいい。

本格的な実業家デビューはもっと後になります。義理の兄と羽鳥総業という会社を立ち上げたんです。でも、そこは下請けでしたから、商売の面白さを味わうにはいろんな改善策が必要でした。とにかく、下請けだから儲からないんですよ。どれだけ夜遅くまで頑張ったとしても、自分の意志と力で売上を伸ばすことができないのが下請けの運命。やはり直接お客さんとつながるような商売の仕方をしないといけないということで、ひとまず懸架重量7トンのクレーン車を一台購入しました。で、朝5時に起きて、道という道をパトロールする。するとね、ガードレールにぶつかった車とか、田んぼに落ちてしまった車とか、手がつけられなくて困っている車があちこちにあったのです。それを拾い上げて、お客さんからクレーン代をいただいていたのですが、やがてはトラックなどのような大物の依頼も飛び込んでくるようになりました。最後には25トンまで対応可能なクレーンを入れて、重機を中心にクレーン業を広げていったほどですから。

運命は我々を幸福にも不幸にもしない。ただ、その材料と種子とを、我々に提供するだけだ。

運命は我々の行為の半分を支配し、後の半分を我々自身にゆだねている。

由来運命の神は女神である。だからこれを支配するためには、殴ったり、突いたりする必要がある。冷静に事を処する人よりも、どうも、女神はこうした人に最も良く従うものであるらしい。

執念深い男は運命を信じ、気まぐれな男は機会を信じる。

強い人間は自分の運命を嘆かない。

運命は、志のある者を導き、志のなき者を引きずっていく。

私たちが経験するものごとで、永遠に続く者はまずありません。すべてのことは、変化して朽ちていく運命にあるのだと。どんな悲しみや苦しみも、例外ではないのです。

思うに昭和2年の金融パニックは、第一次大戦後の日本経済のインフレ病を大正9年のパニック処理で完全に治療、回復させていなかったことに原因する。それ以降、依然として放漫な経営を続けた業者と銀行とが、いつかは徹底的な手術をしなければならない運命にあったわけだ。それを怠っていたところへ、さらに世間一般の不安と不信の真理に勢いがついてどうにも処理できなくなったのが、昭和2年の金融パニックの実態であろう。

川本(日出生)さんは戦前、ミシン部品工場を儲けさせた恩人だ。あんたの信用で2000万。前田(増三)君、君はミシン輸出で商社に信用がある。製品引渡しの約束で2000万手形で借りてきたまえ。僕は広告印刷業界で2000万円ぐらいの信用はある。3人合わせれば6000万円じゃないか。信用は金と効用においてちっとも変わりがない。3人の運命をかけた信用資本を食いつぶすまでに、なんとかこの会社を軌道に乗せるんだ!
【覚書き|終戦後、元蛇の目ミシン社員たちとリッカーミシンを立ち上げたときの発言。】

運命学者が言うように、人間には自分の努力によって開くことのできる「後天運」というものがある。人間には知恵があり、考える力があり、さらにいろいろの教えがある。道徳は人間生活の破たんを未然に防ぐためにあるし、精神の救いには宗教がある。人間はこうしたものによってある程度自分の運命を開くことができる。

私はどんな人でも、その生涯で一度や二度は大きな運命を決めるような最後の一線があると思う。そのときはまずハラを決めて、断固たる決意で立ち向かうことだ。物語の中でも悲劇の主人公は、たいがい優柔不断な人間と相場が決まっている。

巣鴨に収容されてから国際軍事法廷が開かれるころまでの半年間は、やはり自分の運命がどうなるかを考えると精神の動揺は避けられなかった。それが、秋風の吹くころから気持ちが落ち着き、健康もよくなってきて、50数年の人生を振り返る余裕ができた。留置生活はいままで過去を振り返ることのなかった私にとって人生行路を反省する天与の機会となった。
【覚書き|太平洋戦争終結後、A級戦犯として巣鴨プリズンに拘留されていた当時を振り返っての発言】

事業が順調に進んでいったとすると、おそらく私はシャープペンシル製造に生涯をかけて金属文具界で終始し、いまのように電気器具メーカーとして大阪に住むこともなかったと思われる。運命というものは全く予想を許さない。
【覚書き|関東大震災で工場が全壊。事業と家族を一度に失ってしまった当時を振り返っての発言】

よく人生観とか人生哲学とかいう言葉を耳にする。だが、学校を出てそのまま会社に入り、会社そのものには紆余曲折はあっても、私自身は一本調子でやってきて、やがて社長になり会長になった。したがって私には、これといった人生観も人生哲学もないし、また語る資格もないようだ。しいていえば、人の世のことはすべてこれ「運命」であり「縁」であって、私はただそれに従ってきたまでの話である。

帝国ホテル新館の開業披露の当日、大震災が発生するとは、なんたる運命の巡り合わせであろうか。すべては天なるかな、命なるかなである。しかし、この災厄は同時にこの建築の優秀さを実証する結果をもたらした。ホテルは倒壊もせず火災をも免れたのである。最初の激動の中で、私は建物の倒壊については何の不安も持たなかった。ホテルの窓ガラスはそれから続いた前後数十回の振動にも1枚だに破損しなかった。

まったく人間の運命というものはわからない。一寸先は闇である。幸いにこのとき、私は生き残るほうの運命に噛り付いたが、その運命をもたらしてくれたのが、じつはたった一片のこの電報命令だった。
【覚書き|関東大震災直前、高崎での鉄道省の講習会で講師をせよという電報を受け、高崎に向かったことで震災に巻き込まれずに済んだことを振り返っての発言】

私はおこがましくも、また高慢にも、自分の運命は己の意志、己の計画によって切り開いてきたと自負している。事実、私は中学に入る時代から、常に自分で考え処理してきた。私のこれまでの人生行路では、長上の人からとくに引き上げられたことがほとんどない。またとくに師事して直接指導を受けた人もいない。紆余曲折しながらも、大先輩の指導育成のもとに進んだ人と、結局は同じところまでたどり着いたと自負している。

10年の間、日活と運命を共にしてきたが、その日活を今日限りで辞めたい。やめてどういう目途もたたないが、とにかく自分の力でやれるところまでやってみたい。
【覚書き|日活をやめる決断をしたときの発言】

ある日、私が店先にいると、鈴久(相場師の鈴木久五郎)さんが黒の紋付に羽織袴で、指には何カラットという大きなダイヤの指輪をはめてやってきた。そのとき私は「鈴久という人は偉い人だ。この人も俺も同じ埼玉県の生まれだが、ずいぶん金を儲けた人なんだなぁ」と子供心に感心しながら見上げたものである。それから一週間で株の暴落とともに鈴久さんが転落の運命にあったとは、夢にも思わなかった。
【覚書き|株屋半田庸太郎商店の小僧になりたての当時を振り返っての発言】

「これは背水の陣を敷くことだ。製品の真価を知ってもらうために小売屋に無料で配ろう」と決心した。まず3人の外交員を雇い、資本の続く限り、大阪中の小売屋に2、3個のランプをおいて回り、うち一個はその際点火して「30時間以上もちます。品物に信用が置けるようになったら売ってください。その後安心が出来たら代金を払ってください」といって歩かせた。松下電器の運命をかけた販売だった。2、3か月すると小売屋から電話や葉書で注文が来るようになった。
【覚書き|自転車用電池ランプを販売したときを振り返っての発言。最初はまったく売れず、上記の営業法がきっかけで大量に売れるようになった】

肥料を生産している旭化学では、私は名誉組合長になっている。これも珍しいことだと思うが、この会社は工場をジェーン台風で徹底的に破壊されたことがある。そのときまず再起不能の運命だったが、ここでやめたらいままで一緒に働いてきた従業員を見捨てることになるというので、また暴風が来ると水浸しになるのを覚悟で再建した。それやこれやで、私はいま、名誉組合長というわけである。

ギリギリ追い詰められた状況では、「生まれてきたときから、すべてこうなると運命で決まっていた」と割り切ってしまいましょう。追い詰められた状況でも、気持ちが落ち着いて先手に回れるようになります。

私は「運命は積極的に引き受けよう!」という人生観を持っています。会社人生にしても、決して一本道ではありません。努力が実らないことだってあります。業績不振の子会社へ出向させられるような、左遷的仕打ちを受けることだってあるでしょう。しかし、それも運命です。

スポーツ新聞に「たけし、再起不能か?」なんて書かれた、あの原付バイクの事故からもう12年の歳月が過ぎている。あの事故を境にして、生きていることに、あまり興味がなくなった。あの事故でわかったことは、運命なんてものは、自分でどうにか動かせるものじゃないということ。どんな運命が待っていようと、それをそのまま受け入れるしかない。

人間だから一度の過ちは仕方がないことです。一回の悪手に動揺しても、そこで辛抱して冷静さを取り戻せるかどうかがその人の運命を左右します。

これまでの人生を振り返って思うのは、運命が私を政治の世界に引きずり込んだということです。「地域を変えたい」と思ってできる努力はしたけれども、チャンスや偶然がなければ町会議員から町長になることもなかったし、京都府議会議員、副知事になることもなかったでしょう。

自分の損得ばかりを考えて行動する利己主義者は、正直者を出し抜いて一時的には得をします。しかし、長い目で見れば必ず損をする運命にあります。

金融再生委員会委員や、経団連の金融制度委員長を務めているせいか、以前から金融問題に関心が強かったのかと聞かれますが、実際は違います。コマツの副社長時代に経団連で経済法規や税制問題を担当したのと並行して、旧大蔵省の証券取引審議会や、金融制度調査会に関わることになり、これも運命ならば、徹底的に勉強して産業界の立場で国ために発言していこうと思った結果なのです。

変えられないものはしょうがない。そう考えて甘受してしまうのも、嵐が過ぎるのを待つのも、考え方次第でしょう。しかし、自分が変わることで運命が変わってくることを自分の人生を振り返って強く感じています。

自分の利益を最優先に考えているようでは商売は上手くいくはずがない。顧客をないがしろにして、自利を追い求めているところはやがてジリ貧になっていく運命にある。質・量を落とさずに価格を下げる工夫をしなければいけないのに、まず先に質や量を落としてしまう。なんといっても手っ取り早い方法だから、そこから手を付けてしまうのだろうが、それは結果的にお客様に不利益をもたらすことになるだけだ。私は自分の会社が知らぬ間にそうした方向に流れることを恐れている。

私たち経営者に求められているのは、何ものにも負けない強い意志であり、正しい理念、高い理想、夢を抱いて成長を続けていこうという気概であろう。人間は探求心、向上心を持ち続けることによって常に成長を遂げることができる。逆に、それらを失った瞬間に成長は止まり、いつしか敗退していく運命にある。敗北者にならないためにも、こつこつと努力を続けて、勝ち続けていくしかない。

人類が自らの意図によってつくるもの以外に、人類の運命というものはない。それゆえに、人類が没落の道を最後までたどらねばならないとは信じない。

人は運命の矢から逃れることはできない。だから起こった出来事をあるがまま甘受することが唯一の盾になる。

人間にはそれぞれ運命があるにしても、人間を越した運命というものはない。

運命は偶然よりも必然である。運命は性格の中にあるという言葉は決して等閑に生まれたものではない。
【覚書き|等閑(とうかん)いいかげん】

人間は毅然として、現実の運命に耐えていくべきだ。そこに一切の真理がひそんでいる。

一人の人間にはその運命と人生とを決するようなときが生涯、一度は必ずあるものであり、それを乗り切った瞬間、彼の未来は全面的に変わるものだ。

運命とはチャンスの問題ではない。それは選択の問題である。運命とは待つものではなく、獲得するものなのだ。

運というものは、後になってみれば幸運・不運ということがいえるが、その時には「禍福はあざなえる縄のごとし」で、やはり運命に甘んずることなく、自分で自分の運命を切り開いていくという気持ちが大切だ。【覚書き:勲一等瑞宝章を受けた際に過去を振り返っての発言】

考えを蒔いて、行動を収穫する。
行動を蒔いて、習慣を収穫する。
習慣を蒔いて、人格を収穫する。
人格を蒔いて、運命を収穫する。

人間は共通点があると親近感が湧くものです。それが驚くような偶然だと、運命の出会いのようにも思ってしまいます。どんなことでもいいから早いタイミングで共通点を探しましょう。共通点は目に見えるものだけではありません。たとえば、「几帳面」「家族思い」「仕事で手抜きをしない」といった価値観を共有することも含みます。この視点を持っていると、他人との会話が楽しくなるし、共通点がないなどと簡単には思わなくなります。相手を多面的、立体的に見る習慣が身につきます。

ごく些細なことに、人間の運命をきめる最も重要なことがかかっているかもしれないのである。

人は誰でも「俺が、俺が」になりがち。人より余計にお金が欲しいし、いい服を着ていい車に乗りたい。だけど、社長業には「周りの人を第一に考えなきゃいけない」という鉄則があります。そこに気付いて、「ああ、そうだよな。運命共同体の社員も自分と一緒に満足して幸せにならなきゃいけない」と思えるかどうかが肝要なんです。

「親が悪いから」「パートナーが悪いから」「時代が悪いから」「こういう運命だから」
これらは責任転嫁の典型的な言い訳である。

私は決して特別な人間ではありません。MBAも持っていないし、語学が堪能でもない。世間には私より勉強している人がたくさんいるはずです。でも、会社の再生を請け負うという運命に遭遇し、「逃げず、折れず、想い続ける」を胸に頑張ってきたら、いつの間にかここまできていた。

人間は常に自分の運命を生きているのであり、苦しみも悲しみも一回限りの大事な人生の欠かせない一コマといえるのではないでしょうか。苦労や努力の結果がどうであれ、運命を素直に受けとめて、現在を精一杯生きることに人生の本当の価値があり、その積み重ねで結果的に人として成長して人生もよい方向に開けていくのだと思います。

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