仕事・仕事術の名言

このページは「仕事・仕事術」に関する名言を集めたページです。仕事の能率、人生の質、資産状況を変えるアイデアのヒントが詰まっています。気に入った名言は、SNSにスクラップしたり、手帳などに書き写してみてはいかがでしょうか。

仕事・仕事術の名言 一覧

仕事の分野でも、二足のわらじを履く時代になりつつある。時代が過渡期に来ているからこれは当然だと思う。サラリーマンの副業を認める企業も出てきているし、世の中で活躍している人たちを見ても二足のわらじを履いた人が少しずつ増えてきている。もはや何かをやるために今やっていることを捨てる必要はまったくない時代なのだ。上手に二足も三足もわらじを履いた方が、人生は豊かになる。

やりがい、働きがいは、やってみてはじめて出てくる。やりもしない、働きもしないで、どうしてそのような喜びが得られるだろうか。生きがいにしてもそうだ。精一杯生きる努力をして、はじめて生きる喜びを知るのだ。

「仕事の報酬は仕事である」とは、藤原銀次郎さん(※)の言葉である。賃金と仕事の関わり合いについては、いろんな立場からの様々な議論があろう。けれどもそれらを超えていることは、人間の喜びは金だけからは買えないという一事である。賃金は不満を減らすことはできても、満足を増やすことはできない。満足を増やすことのできるのは、仕事そのものだといわねばならぬ。どんな仕事であろうと、それが自発的主体的に行動できるような仕事になってくれば、人々はそこから働きがいを感ずるようになるのだ。
【※藤原銀次郎:王子製紙社長。日本の製紙王と呼ばれた人物。戦前の三井財閥の中心人物】

棋士は無くてもいい商売だ。だからプロはファンにとって面白い将棋を指す義務がある。

なんとしても二階へ上がりたい。どうしても二階へ上がろう。この熱意がハシゴを思いつかせ、階段をつくり上げる。上がっても上がらなくてもと考えている人の頭からは、決してハシゴは生まれない。

一歩一歩、約束した以上の実績を積み上げていく。長い目で見れば、それが成功するための唯一の秘訣なのだ。

よりよく遊ぶ者は、よく仕事をする。

ええ恰好をするな。現実に足をつけ。自分の体で考えたこと以外は言うな。実践とは、自分で手を汚して最前線に出てはじめて分かる。

自分を磨くためには、大きな人に会うことです。対面すること、対面しようと努力することで、人間力は確実に強まるのですから。

男一匹、相手を殴るような気迫がなければいい仕事はできない。

会社で働くなら知恵を出せ。知恵のない者は汗を出せ。汗も出ない者は静かに去っていけ。

この世の中には、非常に深い経験を積み、その道では名人芸に達している人も多い。またいわゆる物知りとして、知らぬものはないほどに知識の豊富な人も幾多あるが、それでいてその人たちがあまり物の用に立たない場合がしばしばある。

一流の人の言葉は値千金です。一冊の本を読むよりはるかに少ない時間で、何倍もの有益な情報が得られます。

仕事は目的である。仕事をはっきりと目的と思ってやっている男には、結果は大した問題ではない。

読んだだけ、聞いただけがただ残っていくという意味の物知りがある。これは知恵というものにはならない。

株主価値だけが増大して、社会的に何の価値もないという企業であったら、それこそ存在価値がない。

バカと天才とは、この世に存在することはまれである。すべてが我々凡人の世界である。そのなかで半歩前に踏み出すことのできる勇気を持つことが大切である。

単純作業を繰り返す中で、高い問題意識を持ち、それをとことん究明する。それができるかどうかが仕事をするうえで大切なのだと思います。

仕事をするうえで心得ておくべきことは、一にも準備、二にも準備、三にも準備。徹底した準備が仕事を成功させる。そこは当然、お客様を思う心もある。準備と心が揃って、ようやく楽しい時間を過ごしてもらうことができるのだ。

仕事十訓

  1. 基本に忠実であれ。基本とは、困難に直面したとき、志を高く持ち初心を貫くこと、常に他人に対する思いやりの心を忘れないこと。
  2. 口先や頭の中で商売をするな。心で商売をせよ。
  3. 生きた金を使え。死に金を使うな。
  4. 約束は守れ。守れないことは約束するな。
  5. できることと、できないことをはっきりさせ、YES、NOを明確にせよ。
  6. 期限のつかない仕事は「仕事」ではない。
  7. 他人の悪口は言うな。他人の悪口が始まったら耳休みせよ。
  8. 毎日の仕事をこなしていくとき、いま何をすることが一番大事かということを常に考えよ。
  9. 最後までやりぬけるか否かは、最後の一歩をどう克服するかにかかっている。それは集中力をどれだけ発揮できるかによって決まる。
  10. 二人で同じ仕事をするな。お互いに相手がやってくれると思うから「抜け」ができる。一人であれば緊張感が高まり、集中力が生まれてよい仕事ができる。

できない理由を考える前に、できる方法を考えてくれ。

転職するうえで注意することは、自分のキャリアを伸ばしていくための転職をすることです。上司が嫌だとか、そういった逃避型の転職は絶対に成功しない。どんな会社に入っても誰だって問題は抱えるものです。それはどこにでも付きまとう組織の課題であって、よその会社に行けば解決するだろうと思うのは大間違い。人間関係や仕事の質は、会社に関係なく自分で変えていかなければならないものです。

私はよく「身体を張って仕事しろ、しかし命は懸けるな」と社員に言っています。「身体を張って仕事する」ということは「一生懸命やる」ということです。それで「これ以上やったら体を壊す」と思ったら休めばいいのです。生活の糧を得るための仕事は、せいぜい体調を崩すところまでがいいところだと思います。本来が生活の糧を得るためなのに「命を懸ける」というのは本末転倒です。

失敗だと判断したら即座に止めること。一度始めたことをやめる決断はトップにしかできないことです。ひとつのことに執着しすぎると、先見性が損なわれることが多いようです。さっさとやめれば次のことが見えてくる場合が少なくありません。

太陽が照っているうちに、干し草を作れ。

休息が長すぎると、カビが生える。

昨日の非は悔恨すべからず。明日、これを念慮すべし。

天才の特徴は、凡人がひいたレールの上に、自分の考えを乗せないことだ。

多忙は生気が欠乏する兆候である。そして、怠ける能力は大いなる嗜好欲と、強い個性の意識とを意味する。

「番組が放送される30分しか生きている気がしません」という手紙をいくつももらった。その子らにとっては、アニメーションだけが生の実態を得られる瞬間だったわけだ。僕はそんな子供たちに、カタルシスを与えることがこの仕事の社会的使命だと教わった。だが、それだけで本当にいいのだろうか、という思いも同時に抱えていた。

ほとんどの人は、才能などとは縁のない場所で一生を過ごすことになる。天才の身でない我々は、情熱を持ち続けることしか、この世を渡っていく術がないのだ。情熱さえあれば、貧乏も苦難も乗り越えられるだろう。金や名声を追っていけば、それが失われたとき人は堕落する。だが、自分の美学と情熱があれば、富と名誉に煩わされることなく生きていける。

世の中にあまた作られる映画を見まわしてみても、優れた表現を持つ映画は全体の5%といったところだろう。残りの95%は凡作だ。だが、その95%の凡作は不必要かというとそんなことはない。この世界は優秀な5%と残りの95%で構成されているが、その5%は95%に依拠して成り立っているからだ。

僕が少なくとも映画監督という立場を得て、人様の目に自分の作品を触れてもらえる機会を得たのはなぜか。それは僕が、映画というものに飽きなかったからだ。美しい言葉で言えば、映画に対する情熱を最後までなくさなかったからである。しかし、僕が他の人に対して優れた点はない。

映画監督は発表した映画がすべてだ。本来ならば、それ以上に発言する必要もないし、まして自慢したり、言い訳したりする必要もない。作品の評価が悪ければ、結局は全部自分のせい。黙って悪評に耐えるしかない。ブログで弁解する必要など、さらさらない。

僕は映画製作のシステムそのものに、大負けをしない仕掛けを組み込んだ。それは「他人と仕事をする」ということだ。他人という客観性を映画制作の現場に持ち込めば、独りよがりな作品に突っ走ることを彼らが防いでくれる。それに僕は優秀なやつとしか組まないから、僕がひとりで何もかも考えるよりずっと映画の質は高くなるのだ。

僕が空手を始めて体力をつけたのは、何も若返りたいからではなく、映画監督という体力勝負の商売をしている以上、気力体力が欠かせないからである。そして、会社勤めと違ってスーツを着る必要がないから、ジーンズにスニーカーを履いている。

聞き上手な人は、概して人たらしになりやすい。人の話を聞くこと自体が、相手にとっての報酬となるからである。私たちは自分の話を聞いてもらえると大変にうれしいのだ。相手の話を聞くときには、面倒でもメモを取ること。メモを取ってあげれば、あなたの話を聞き流しているわけではありません、大変に面白いお話ですという強烈なアピールができる。

上司の承認が本当に必要かどうかは別として、あらかじめ相談を持ちかけておく癖をつけよう。あらかじめ相談しておけば、会議のときにも、上司が賛成に回ってくれる可能性が高くなる。相談されたということによって「自分は頼りがいのある人物である」という気分になって気持ちがいいからだ。たとえ上司の意見など聞いておく必要がなくても、絶対に相談しておくべきである。

相手と別れるときのタイミングは会話が一番盛り上がったところが目安になる。会話が盛り上がって、少しずつ下がりはじめようとするくらいのタイミングが、あなたが辞去するのに最も適したタイミングなのだ。会話が盛り上がってきて、お互いに興奮、歓喜の感情が残っているときにお別れするようにすると、心地よい余韻がしばらく続き、あの人はなんて素晴らしいんだろうという評価が高まる。相手が退屈しているときに辞去すると退屈な人だったという評価を受けやすい。

相手に謝礼するのなら、相手が行動を起こす前の方がいい。どうせ謝礼を渡すなら、前もってあげてしまった方が説得のしやすさも違ってくるし、相手のやる気も違ってくる。部下に頼みごとをしようとして「あとで飯でも奢るからさ」と言う先輩と、きちんと食事を奢ってくれてから頼みごとをする先輩がいるとしたら、部下がやる気を出して言うことを聞いてくれるのは後者だ。

私たちは笑える話を聞かせてくれる相手を好む。こちらが大笑いできる冗談を言ってくれる人は、例外なく魅力的だ。会社では仕事に差し支えない程度に周囲の人たちを笑わせるように努力しよう。仕事中だから冗談を言ってはいけないなどと考えず、とにかく面白いことが頭に浮かんだら、すぐにそれを言ってみるのだ。そうすると会社の雰囲気が楽しくなってくる。

いかなる者も、模倣によって卓越した者はいない。

戦争において、いざ闘おうとするときに必要なのは、多少の熱い血と、勝つことよりも負けることの方が危険であるということを知ることである。

人間が賢くなるのは経験によるものではない。経験に対処する能力に応じて賢くなるのである。

昔は「巨大ロボットが出てくるアニメ」を作るのは嫌だ!と思っていたわけですが、仕事だからしょうがない。こんなロボットでもいいのかな?という思いで作ったものが何本かあり、これじゃいけないという思いで何本か作った後、出てきたのがガンダムだったのです。

データを集めるということ、もしくはデータが過多であることが、必ずしも学識を深めるものではなく、本当の意味での自己鍛錬を怠けさせる傾向があるように感じられます。安易に物をため込んでしまったために、人がものを考えたり感じたりする能力がひどく低下しているということに気がつく必要があります。

好きだというだけの理由で仕事を選ぶのは、かなり危険だと思います。好きなだけで就いた仕事は、その仕事を獲得した時点で満足を得てしまいますから、そこで働くことになってもそれ以上の努力はしません。その結果、人生的にはマイナスに作用してしまった人というのを僕は何十人も知っています。好きな職業に就いても幸せになるとは限らない。どんな仕事や境遇にも負けない素養をいまのうちに身につけよう。

いまの職場は自分に合っていないからビリッケツでいいんだという人は、実を言うとビリになることに慣れていますから、どこの業界に行ってもビリです。目の前のことをできない人が、何もわからない他の業界で成功するわけがありません。いまの自分のいるところでまず頑張ることが生きることだと思います。

いま自分はその職業の順位のどこにいるのか、意識してみてください。真ん中あたりにいる人は、転職した場合にはやはり真ん中の位置にくるか、それよりも間違いなく下の位置になります。一方、いまいる立場で誰もが日本一であると認める技術を持っている人なら、よっぽど不適格な職種に就かない限り、どこの業界でも成功するでしょう。

身体を動かすことなく日々を過ごすだけの状況では、いくら勉強の時間をつくっても、頭には入らないでしょう。集中できないまま、だらだらとテレビを見たりゲームをしたりということになってしまうのならば、一日に一時間は体を動かす時間を作ってください。とにかく外に出て汗を流す。考えるな!その前に体を動かせ!

若者に聞いてみなさい。彼らはすべてを知っていますよ。

我々の信用は、我々の財産のひとつである。

僕は年間に20本くらいしかライブができないんだけど、自分ができるギリギリのところを妥協して、たとえば40本50本のライブをやるようなことはやりたくない。いつも今日が最初で最後だという気持ちで一日一日のライブをやっている。

僕のステージを観てる人から「よくあんな辛いステージやってますね」とか言われるけど、僕にとっては全然辛くない。僕がやろうとしていることを、みんなが自分自身の中で感じてくれるのが楽しいから。ステージは僕の作品としてやっていることだから、辛いとは思わない。

富を持たない者は、働きがいを持たない。人間は財産に希望を持たなければ、けっして労働に駆り立てられないものである。

職業にあるものは多かれ少なかれ、分業の害悪をなめねばならない。彼は一生を通じて細かに切り刻まれた仕事に没頭して、一部分人としてしか成長し得ない危険に瀕する。

ルーティンワーク(毎日定期的に行う繰り返しの仕事)は、慣れて来ればいくらでも楽ができる。しかし、それではオンリーワンの商品は生まれない。流れ作業にならないよう、どんな仕事もこれでいいのか、これでいいのかと繰り返しチェックしてほしい。

ライバル会社も、隣の部門も、同期で入社した同僚も、誰もが同じように努力を重ね、同じように頑張っている。その中で現状に満足しない気持ち、すなわち「もうちょっとの心」を持って事にあたれば成果が差となって現れてくる。会社は社員一人一人の「もうちょっとの心」で進化してゆくものだ。

海外事業本部長時代に海外を出張で回った際に、ソニーブランドの凄さを見せつけられていた。そしてソニーブランドが教えてくれたのは、いったん強いブランドを確立すればなかなか崩れないということだった。極論すれば商品はブランドを高めるための道具であって、道具はやがて世代交代するが、ブランドはいつまでも財産として残り続ける。

ユーザーのニーズはめまぐるしく変わってゆく。その変化に取り残されないようにするためには、技術開発のスピードアップは絶対条件だ。もたついていては、お客様の意識変化に追いつくことはできない。他社が商品を出してくるときには、こちらはすでに半歩先の商品を出していかなければならない。

様々な分野の技術を融合させなければ、独創的な製品はできない。社員にはどんな場面にでも対応できる能力が要求される。専門分野を極めるのはもちろんだが、それに加えて、幅広い知識やスキルが身についた人間になるためにも好奇心が必要なのである。好奇心がなければ大成しない。

自分自身、好奇心はもともと強い方だと思っている。しかし、この好奇心こそが、仕事をやっていく上で本物のエネルギーになってくれるのだ。好奇心があれば、柔軟な頭であらゆることに興味が持て、限りない探究心と情熱を持ちつつ仕事に取り組むことができる。

優秀な君たちには、いまは同じレベルにあるが、5年目ぐらいから差がつきはじめて、10年後には決定的な差が出ます。この差はなんでしょうか?先頭に立つ人間というのは、必ず他人よりもほんのわずかずつでも継続して頑張ったからなのです。
【覚書き:シャープの入社式で新人を前にしてのスピーチ】

オンリーワン経営の要諦は「選択と集中」である。二兎を追う者は一兎をも得ずと言います。今後は選択と集中を徹底しなければ会社はやっていけません。小が大に勝つためには効果的な選択と集中をする必要があります。

お客さまの意見がいちばん重要です。商品を買ってくださるのが誰かを考えれば答えはすぐにわかります。自分の思想や経験だけでやると失敗する。我々が売ろうとしている商品で、我々が絶対に買わないような商品の場合には注意が必要でしょう。

頭に来たら何か言ったり、したりする前に十まで数えろ。それでも怒りがおさまらなかったら百まで数えろ。それでも駄目なら、千まで数えろ。

毎日家にいて、やることがなくって困ってますよ。仕事、本当に面白いのは仕事だけ。
【覚書き:引退しホンダの経営から退いたあと、隠居暮らしについて尋ねられたときの発言。】

富士フィルムが大きく変貌することに成功したのは、貿易自由化の危機の時期を経てなのです。自由化が進む中で、世界企業として生き残っていくにはどうしたらいいかと本気で考えた。あのとき、企業として生き残れるかどうかの瀬戸際で本当に真剣に考えた結果が、いま良い影響を及ぼしています。厳しいコスト削減とユニークな商品開発を大切にする問う発想は、貿易自由化に伴う競争の恩恵と言っていい。

学者になる学問は容易なるも、無学になる学問は困難なり。

鶏鳴に起きざれば、暮れに悔いあり。
【訳:にわとりが鳴くくらいの時間に起きて活動を開始しなければ、日暮れに悔むことになる】

およそ思慮は平生、黙座静思の際においてすべし。

私は、事業部長時代によく叩かれました。何をしても、何もしなくても言われる。どうせ言われるなら、自分の信念通りやったほうがいい。

いま自分のやっている仕事が、どういう時期にあるのか意識しておくことが大切です。一日に例えれば午前のビジネスでまだ準備段階なのか、あるいは夕暮れに差し掛かって儲けている時期なのかということを見極めておくことです。もし日が沈みそうであれば、すぐに次にやるべきことを用意して、再度太陽が昇るようにしないといけません。

事業部長として仕事をこなしながら、会社全体としてどうしたらいいか常に考えていました。それを一年に一回ぐらい、レポートにまとめるようにしていました。重要な判断をする場合は、かなり深く考えることが必要になります。そして、自分の考えというのは、まとめようと思わないとまとまらないものです。
【覚書き:事業部長時代を振り返っての発言】

サラリーマンをやりながら、一生ハッピーに過ごすということはありえないでしょう。サラリーマンというのはすぐ上の上司との関係が難しい。ずっと上の人とは別に問題はないんです。すぐ上とぶつかるわけで、どうしても批判してしまいがちです。会社にはルールメーカーとルールブレイカーがいますが、直属の上司というのは、ルール通りにやっていれば安心していますが、部下がルールブレイカーだと心配します。

まだ日が暮れない。働くのだ、飽くことなく。そのうち誰も働くことのできない死が来るのだから。

我々の犯す一つの大きな間違いは、原因を結果の間近にあると考えることにある。

蚕は紡ぎながらだんだん死に近づくとしても、糸を紡がずにはいられましょうか。

物事はひとりで判断してはいけない。必ずみんなで論議して判断しなさい。些細なことは、必ずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断を誤ることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理に適う結論が得られるだろう。

早くから出仕し、夕方遅くなってから退出しなさい。公務はうかうかできないものだ。一日中かけてもすべて終えてしまうことが難しい。したがって、遅く出仕したのでは緊急の用に間に合わないし、早く退出したのでは必ず仕事を残してしまう。

人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を濫用してはならない。賢明な人物が任にあるときは褒める声がおこる。邪な者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。

ビジネスで卓越した人物・企業になるための9ステップ

  1. 顧客の問題を解決し市場の信頼を勝ち取る。
  2. 自分の強みにマッチし市場と共鳴する人物像・キャラクターを確立する。
  3. 顧客や市場に関するビジョンを打ち立てる。
  4. あなた自身の来歴を物語る。
  5. 業界やライバルの悪い部分に対極的な立場をとる。
  6. 独自用語を開発する。
  7. ブログやニュースレターなど独自のコミュニケーションルートを使い、市場と独自につながる。
  8. 顧客にVIP待遇を味わわせる。
  9. メンター(師)に手伝ってもらう

卓越したビジネスとして素早い成功を収めるカギは、顧客と恋に落ちることだ。彼らの暮らしに利益、利点、豊かさ、保護、相互にとっていい関係をもたらすことを本当の目的に据えることができれば、すぐに卓越を達成することができる。

テスト!テスト!テスト!あなたのゴールはテストし続け、よりパフォーマンスの高いシステムと戦略を見つけることだ。

広告にレバレッジをかける7つの手法

  1. 見出しで瞬時に伝える。
  2. 明確な市場のニッチを狙い、他社との違いを打ち出す。
  3. 顧客の声や専門家のコメントで信用の裏付けをする。
  4. 保証を約束し顧客のリスクを軽くする。
  5. 行動を呼びかける。
  6. 特典をつける。
  7. オファー内容をおさらいする。

不確実なことは怖いかもしれない。恐怖をなくすには、自分に対して失敗を許すことだ。あなたは必ず何度も失敗するだろうから。残念なことに、ほとんどの経営者は、事業が行き詰まったとき、何か違うことができるとは考えない。自分が犯した失敗で先が見えなくなり、麻痺状態に陥る。あなたがその仲間でいる必要はもうない。もっと意味のある有望で効果的な方法で市場を動かそう。

ほとんどの経営者が他社と同じ収益獲得手段を使って会社を経営しようとしている。そんなことでうまくいくはずがない。他のみんながしていることをするというのは、差別化していないということだ。

必要性はないがあなたの得意な作業は、あなたにとって時間の浪費だ。ある作業に関してあなたに平均以下の能力しかない場合、あなたはその仕事の適任者ではない。他の誰かにやらせてその人を監視するか、抜き取り検査をした方がいい。

このエクササイズをつかえば、ToDoリストから永久に除外すべき仕事が判断できるようになり、それによって常に最大限の結果を生み出せる立場に立てる。

  1. あなたが会社で行っている最も重要な作業を3つ書き出す。
  2. その3つの作業をより細かい作業に分解する。通常7つくらいになる。
  3. それぞれを「必要、不必要」、「得意、苦手」、「情熱が持てる、情熱が持てない」の三つに基づき評価する。

必要性はないがあなたの得意な作業は、あなたにとって時間の浪費だ。

皮肉なことに、人は行き詰まりを感じれば感じるほど、残念な結果しか出ていないにも関わらず、現状や今のやり方から離れがたくなる。しかし、いまの仕事のやり方や考え方を変えてみる絶好のタイミングがあるとすれば、景気の厳しい時しかない。

ビジネスで成功するとは、人が気付いていないニーズやニーズの変化を見つけ、自分にしかない知恵や共感、理解の仕方でそれに応える、それだけのことだ。要するに、人が認識さえしていないかもしれない問題を解決することである。問題には三種類ある。自分自身の問題、競争相手の問題、そして市場の問題だ。

マーケティングという意味で、人があなたを知るようになるのは、あなたがコミュニケーションを通して描く「一貫した」役どころ、または人物像・キャラクターを通してしかない。残念ながらほとんどの経営者は、市場に対して何の人物像も描き出していない。あなたは人々に好まれる信頼できる人物像をつくらなくてはならない。これがうまくできればできるほど、人はあなたを知っていると感じ、あなたを信頼する可能性が高くなり、ビジネスは早く大きくなる。

「どうしたら顧客のために付加価値を増すことができるのか」そこにこそ莫大なレバレッジが存在している。私はこの考え方のおかげで、とても自由になった気がする。だからこそ仕事をこれほど楽しめるのだと思う。

他をすべて凌ぐ人になろう。すべてにおいて卓越を目指そう。考えてもみてほしい。知識や貢献で他をすべて凌ぐ人と、ごく平均的な人と、どちらと取引したいだろうか。まずは付加価値と共感的なつながりという意味で他を凌ぐ必要がある。人が競争相手の商品ではなく、あなたの商品に高いお金を払わずにはいられないのは、その二つが安心や快適を生んでいるからだ。

イノベーションとは既存の要素や、既知の事実を組み換えるだけのことだ。古い要素で新しい組み合わせを考えられるかどうかは、関係性に気付けるかどうかにかかっている。ある人にはただの個別情報でも、ある人には知識の連鎖の一環になる。

人に仕事を任せる最も良い方法は、あなたが仕事だと思っていることを「遊び」だと思う人にそれをやらせることだ。あなたが尻込みする仕事も、他の誰かにとってはもっとも楽しみに思える仕事かもしれない。あなたは自分が本当に必要で、上手くやれて、情熱があると思える仕事に集中できるようになる。

市場調査は退屈で時間のかかる仕事のように思うかもしれないが、ビジネスで成功したいなら欠かせないプロセスだ。顧客がどのようなものに興味をひかれるのかを知る一つの方法だと思ってほしい。顧客の行動を観察して気付いたことから結論を導き出すという方法、それは、成功したい経営者やマネジャーが答えねばならない質問に客観的な答えを見つけるための方法なのだ。

チャンスが二度、扉を叩くなどと考えてはいけない。

試してみることに失敗はない。人は試すことが大好きだ。みんな自分から進んで実験に参加するんだから!

なすべき仕事を多く持っている人でなければ、徹底的に怠惰を味わうことは不可能だ。

楽しんでやる苦労は、苦痛を癒すものだ。

雄弁が役に立たないときにも、純粋な、無邪気な沈黙が、かえって相手を説得することがある。

失敗の最たるものは、失敗を自覚していないことである。

この世における最後の福音は、「お前の仕事を知り、そしてそれを成せ」である。

小売業でブランドを確立するには、認知度を高め、好意的な関心を集める必要がある。つまり、流行にならなくてはいけない。商品を推奨してくれるオピニオンリーダーも必要だ。
流行の発信源であり全米各地の文化に強い影響力を持つロサンゼルスは、スターバックスにはおあつらえ向きの街だった。ハリウッド御用達のコーヒーにでもなれば、カリフォルニアの他の都市への進出が楽になるだけでなく、全国展開への出発点になる。
【覚書き:早くからロサンゼルスに出店した理由について語った言葉】

私は1982年に給料の良い一流会社を辞め、五店舗を構えるシアトルの小さなコーヒー小売会社、スターバックスに転職した。この会社の現状にではなく、将来性に惹かれたのだ。私はたちまちスターバックスの情熱と本物志向に心を奪われた。
【覚書き:家庭雑貨を扱うスェーデン企業ハマープラスト・アメリカ支社の副社長兼総支配人の地位を捨てスターバックスに入社した時を振り返っての発言】

頂点に立つ有能な人物と、より才能に恵まれていながら能力を発揮できない人物とは、どこが違うのだろうか。成功の要素にはタイミングとチャンスがある。しかし、本当は自分自身でチャンスを作り出し、他の人たちに見えない大きなチャンスが見えた時には、いつでも飛びつけるよう準備をしておくべきなのだ。

朝早く起きることは、家の栄える印なり。遅く起きることは、家の衰える基なり。

疑う余地のない純粋な悦びのひとつは、勤勉に働いた後の休息である。

沈黙を守っている知恵、あるいは発言する力なき知恵は無益である。知恵とは、求むべきもの及び、避けるべきものについての知識である。

困難が大きければ大きいほど、栄光は大きくなる。

人間はすべて誤るものなり。ただし、過失を固守するは愚者なり。

賢者は原因を検討し、愚者は原因を決めつける。

仕事で頭を使わないやつは伸びない。ただ真面目なだけじゃ駄目なんだ。どんなにいい腕を持ってても、それだけじゃ駄目。世渡り力がなきゃ仕事も人生も絶対にうまくいかないよ。薄っぺらい世渡り上手をすすめているんじゃないよ。人と情報のマネジメント力って意味だ。仕事の運命を決めるような決定的情報を入手するには、人と情報をどう使って、動かせばいいか、自分はどう動けばいいかといったことだ。

勝負は普段から人付き合いにどれくらいお金を使っているかだ。情報が欲しい時だけ「こんちは」と来るやつに、重要情報をくれる人間がいるか?その時とくに仕事がなくても、話をしに行ったり、一杯奢ったりする。情報網はそうやって作るしかないんだよ。

人付き合いを上手くこなせないようじゃ、信用だってもらえないし、可愛がってももらえない。あいつを呼んでも、ただいるだけでロクに話もしないし、もう呼ぶ意味がないなってことになったら、情報交換だってできなくなる。ほうぼうから声がかかるってことが大切なんだ。

人と同じようにすることが、世渡りのコツだなんて勘違いはするなよ。世渡りにとって変わってるってことは、これ以上ないアドバンテージなんだ。美徳と言ってもいいね。

俺は個人で特許を取って痛い思いをした。だけど、ああ痛えってだけじゃなく、頭を切り替えて、どうしたら痛い思いをしないで済むかを考えた。だから大企業と連名で取るって手法に行きついたんだ。大企業と連名なら、他の企業は手出しはできない。黙っていただいちゃおうなんて考えない。

誰が価値ある情報を持っているかをまず見極めなきゃ、いくら情報を集めたって役には立たねえよ。枯れ木は山のにぎわいくらいにはなるけど、ガセネタは束になるほど持ってたって絶対、それ以上のものにはならない。人と人との触れ合いの中で、さりげなく語られる情報は信用できる。

向こうから勝手に入ってくる情報がある。社内の回覧とか、いまならメルマガとか。それをありがたがってるようじゃ駄目だ。勝手に向こうから入ってくる情報は、たいがい当てにならねえもんだってことは、知っといたほうがいい。ホントに貴重な情報ってのは、あらたまった場で出てくることはまずない。打ち合わせをしましょうなんてときは、その話に終始するもんだから、情報のポロリはないんだ。酒でも飲んでワイワイガヤガヤやってるときに、「そういえばちょっと耳に挟んだけどさ…」なんて極上な情報が出てくるわけさ。

仕事を成功させたいんだったら、しゃべらなきゃ駄目なんだよ。技術の説明ひとつするんだって、下手なしゃべりじゃ、まどろっこしくて聞いてられない。相手に合わせてポイントをかいつまんで、ちゃっちゃと説明するから「こいつは使える!」ってことになるんだよ。

自分の仕事は安売りしちゃダメなんだ。そのためには、人にできないことをやらなきゃな。誰でもできることなんてのは、相手の言い値でやるしかなくなるんだよ。できないことだから、値段を自分でつけられるんだ。

ゼロを10だっていうのは嘘になるけど、1を100は嘘じゃない。大風呂敷ってやつだ。大風呂敷を広げとけば、皆の話題になる。自分をアピールできるんだ。嘘から出た誠じゃないけど、どんなに突飛な話でも、いつ現実になるかわからないんだ。遠慮なんかすることない。大風呂敷でも嘘でも、堂々と胸を張って吹いちまえ。

日本じゃ、口数は少ない方が人間として深みを感じさせるとか、やたら目立とうとするのは品がないなんていうだろ。冗談じゃねえってんだ。みんな自分をもっと認めてもらいたい、評価されたいと思ってるだろ。だったら、ドーンとアピールしなきゃ駄目だよ。わかってもらいたかったら、わかってもらえるようにちゃんとしゃべれ。認めてもらいたかったら、きちんと言葉を使って認めてもらえってんだよ。

調整役がいることで、仕事が上手く運んで、企業も儲かる、俺も儲かる、間に入っている調整役も儲かるって具合に、皆よくなりゃ、こんなにいいことないよ。お互い気分よく仕事を続けていくための保険みたいなもんだ。何%かの口銭を惜しんで、企業とぎくしゃくするなんてのは愚の骨頂だよ。

東京へ出る予定なのだが、その前に仕事部屋へ寄り、机に向かった。書いた原稿はわずか一枚だが、それでも毎日仕事を続ける感じをと、わが身に言い聞かせて。サイトウサンペイ氏に、「三日続けて仕事をしないと、頭の配線図が消えてしまう」との迫力ある言葉があるが、この道四十年の私も、とにかく配線図が消えてはならぬと、いまなお、おびえている。

無所属の身である以上、ふだんは話し相手もなければ、叱られたり、励まされたりすることもないので、絶えず自分で自分を監視し、自分に檄を飛ばし、自分に声をかける他はない。

経営における迅速さというのは、決定の迅速さではありません。行動の迅速さです。大切なのは、問題を発見してから、その問題が実質的に解決されるまでの速さなのです。

経営について言えば、私は事実から出発して理論へと考えを進めますが、決してその逆はしません。これは鉄則です。まずは仕事がどう行われているのかをよく見て、それから解決策を考えるのです。理論を現実に当てはめるのではなく、あくまでもまず事実関係を調べ、人々の生の声を聞き、そうやって現状を把握したうえで理論を構築するのです。

最終的には大きな改革が必要とされる分野でも、最初のうちは少しずつ、小さなところから変えていきました。同じ改革を行うにも、節度をもって挑んだわけです。私たちの目的は、上手くいっていない部分をすべて変えることではありませんでした。重要な部分だけを変えることでした。

具体的な方法というのは、突然思いつけるものではありません。具体的な方法を思いつくためには、状況をよく知って、分析する必要があるからです。要するに、一番大切なのは知ることなのです。

世の中は常に変化していて、新しい商品が出たり、新しい経営のやり方が考え出されたりしています。もし今までと同じ経営のやり方を続けていれば、経営効率が毎年数%ずつ低下していきます。利益もジリ貧になってしまうでしょう。毎年多くの会社が廃業していますが、その原因は改革が行われなかったことに一因があります。

決断力がなくて関係ないものを捨てきれないでいると、やるべき仕事が山のようにあるように思えて心にゆとりが持てなくなるものです。心にゆとりが持てなくなると、経営改善をするうえで大事なものと出会ったとしても、それが見抜けず見送ってしまうためチャンスを逃してしまうのです。決断力のない人は、必ずマンネリ経営に陥っています。

従業員一人あたりの年間純利益を業界の平均よりも2から3倍多くし、銀行から借り渋りができるような立派な会社にするには、お客をつくっていくときに直接の対象となる商品、営業地域、営業ルート、業界や客層において市場占有率で一位になるべき。

経営の本質は、まず経営の源になるお客を作り出し、次にそのお客を維持しながら、お客の数を多くしていくことになります。お客がいなければ、どんな会社も経営を維持することができないばかりか、どんな産業も成立しませんから、経営を考え計画を立てるときは、お客を出発点にしたお客起点の発想を基本に置くことが正しい手順となるのです。

本当に価値が高い仕事は外観で判断したものとはまったく逆になるケースもしばしばあります。一見すると労せずして儲かりそうに見える仕事は実は儲からず、一般的に面倒で儲かりそうにないやり方が本当は儲けが多くなるというようなものです。これは戦略実力の低い人では容易に判断が付きません。

私は「努力」という価値を、「結果」という価値に置き換えることにしました。たくさん働いたという事実が、結果を出したという事実より重要になってはいけません。いくら働いても結果を出せない人もいます。私の場合も、たとえ一日16時間働こうが、そんなことは関係ありません。私はオフィスで過ごした時間ではなく、出した結果で給料をもらっているのですから。

私たちは変化を目的として何かを変えるつもりはありませんでした。何かを変えるとしたら、それは業績を上げるためです。それ以外の点については、むしろあまり変えないよう細心の注意を払っていこうと考えていました。改革を行うのは、あくまでも最小限必要なことだけ。その最小限の改革で最大の成果を引き出すのです。

問題に気付くことが大切です。しかし、それができたからといって、それだけでは何にもなりません。その問題が起こった原因を分析し、その内容を人々が共有することが重要です。また、その分析結果をもとに具体的な計画を立てることがさらに重要です。

従業員は自分が身につけている能力を商品として会社に販売し、その代価として給料をもらっています。商品に相当する能力が100人中40番以下であるなら、その人は低級品を売り込んでいることになります。当然給料も安い。

中小企業で実際に成功したベンチャーを見ると、商品に革新を加えて成功したものより、売り方に革新を加えて成功したもののほうが10倍も多い。

会計の仕事からは一円の粗利益も生まれませんから、社歴10年未満の会社はもちろん、年商3億円以下の会社は経費全体に占める会計業務の経費を思い切って低く抑えるようにしてください。具体的には貸借対照表の科目と、損益計算書の科目で似たものは一つにまとめ、科目の行数を少なくすることです。行数の減少は経理作業のコストダウンにもつながりますから、年商一億円以下の会社にはお勧めです。

パレートの法則が使えない場合もあります。一つ目は、もっと他によいやり方がある場合です。二つ目は、将来に向けて打つ手にはデータがないために、どれが最も価値が高い仕事になるかまったくわからない場合です。ついでにもう一つ、今から独立しようとしている人にとっても、この法則は役に立ちません。商品、地域、客層の決定が大事なことは言うまでもありません。もしこれらの決め方が悪ければ、一年どころか半年もしないうちに行き詰ってしまうでしょう。

戦術は繰り返し何回もする仕事であるためにはっきりと見え、しかも仕事をした結果が受注の個数や売上高の金額によって明確にチェックできます。販売係は何人もいることが多いので、一人一人の働きぶりも比較できます。これらが原因となって販売戦術だけが営業であると強く信じ込んでいる人が多いのです。

創造というものは、現実を直視することによってはじめて可能になるものだ。

会社という組織体にとって欠かすことのできない粗利益は、どういうときに生まれるのでしょうか。それはお客が持っているお金と商品か有料のサービスを好感した時にのみ発生します。お客が持っているお金に手が触れた瞬間に、粗利益という分子がポンと飛び出します。お客のお金をもらったとき以外に粗利益が出るという仕事は何一つないのです。

テーラーが考えたマニュアルを作る方法と、マニュアルを使って教育と訓練をする本当の狙いは、仕事の内容を標準化することでした。その仕事に熟練していない人でも、早く平均的な技能を身につけさせ、平均的な仕事ができるようにすることでした。つまり、マニュアルは普通の人よりもズバ抜けてよい仕事をする名人や達人を育成するためのものではないのです。
【覚書き:テーラーとは、米国の生産性向上の専門家フレデリック・テーラーのこと】

報奨を受けるだけの功績がないのに称賛されるよりも、称賛を受けずに報奨を受けるだけの功績がある方がよい。

英知は苦難からもたらされる。

幸福は、その人が真の仕事をするところにある。

目的なしに行動するな。処世の立派な素晴らしき原則が命ずるよりほかの行為をするな。

失敗の大半は資本の欠乏よりも、エネルギーの欠如から起こる。

偉人たちが偉大なことを企てるのは、彼らが偉大だからである。しかるに、馬鹿者たちが偉大なことを企てるのは、それを容易だと思い込むからである。

革新するのがあまりにも難しい場合、革新が必要ないという証拠である。

靴屋は靴のほかに何も作れない。しかし、素晴らしい靴を作ることができる。

恐怖は常に、無知から生まれる。知識は恐怖の解毒剤である。

自分のところに人が来るのを待っていては、小さな問題しか目に入らない。自分が出かけていって、見つけるべきだ。そもそも大きな問題というのは、問題を抱えているのを自覚していない人たちのところにあるものだ。

物量を増やすなら、他人以上のことは簡単にできる。ハリウッド映画のように(ある作品が)50億円使ったら、次は100億円、次は200億円と。でも、それでは面白くはならないんです。量を増やすだけでは、密度は上がっていかない

働くということには、不平や不満がつきまとうように運命づけられている。その宿命に簡単に負けたのではおしまいである。自分を不幸にするだけだ。あえてその宿命に挑戦する気になったら、そして、それによって自分という人間の真の値打ちを知ろうと努力する気になったら暗闇の中に一条の光明を発見できるかもわからないのである。そのためには勇気が必要である。

仕事の上に誤りはつきものである。誰だって誤りをしない者があろうか。しかし、問題は誤りそのものよりも、それを早く気づき、除去することにある。その意味で、仕事に創造的主導性を発揮しないで、上からの指示だけに頼るような人間が、はたして良いと言えるか。

人はよく絶望するという。絶望とは何であるのか、それは彼の身辺にあまりすることが多すぎて、どれから手を付けてよいやらわからなくて、義務に責められることである。これを脱するには、まず手近のひとつから果たしていくがよい。

間違ったことの言い訳をするよりも、正しいことをするほうが時間がかからない。

会社経営は自分の力がすべて。従業員も収入は自分で稼ぐもの。
【覚書き:アマダが学歴無用の実力主義を採っていることについて語った言葉】

会社は全社員が力を合わせて作りこんでいく壮大な作品だ。

混迷の時代には、基本に戻る構想力が必要。

しっかりした志を持って事に当たり、柔軟な思考と創意工夫を凝らして懸命の努力をすれば、必ず事は成就する。

これは俺が苦労して育てたんだと言える仕事を、一つは残してもらいたい。
【覚書き:三菱商事会長時の発言】

将棋界には八百長はない。これは日本将棋連盟会長の私が断言する。米長哲学が浸透しているからである。「自分には消化試合であっても、相手にとっては一生を左右するほどの大勝負には全力投球すること。それができない者は、この世界では見放される」。この教えは、小中学生の頃にプロ志望している子どもたちにも、骨の髄まで浸透しきっている。

現場を知らない企画屋ほど、やっかいなものはない。
【覚書き:統計データだけを見るだけでは駄目で、現場を肌で感じ、なぜそんなデータになっているのか背景を見なければいけないという趣旨の発言】

あんな覚書は、飛行機に乗る前に破り捨てちゃいますよ。
【覚書き:東京ディズニーランド建設の任に当たった時、米国ディズニーとの契約締結直前に、親会社三井不動産から厳しい制約条件の覚書きを渡されたことに対しての発言】

良いと思うこと、正しいと思うことは最初からちゃんとやりなさい。他社がやったからと言うのはおかしいじゃないか。
【覚書き:最新式底吹き転炉を他社に先駆けて導入した時の発言】

商品とだけ付き合わず、会社と付き合え。
【覚書き:ビジネスマンは自社製品の知識だけでなく、会社全体の方向性も考えたうえで開発や営業をしなければならないという趣旨の発言。社員に口酸っぱく伝えた】

朝、会社の玄関に入るときに、下腹にエイッと力を入れて、ここからが修羅場だぞと自分に言い聞かせた。
【覚書き:オイルショック後の海運造船不況の中に船舶部長を務めたころを振り返った時の発言】

現状で満足しているわけではないが、電気事業に限っていっても、私が長い間考えていたことは、戦後になってだいたい実現した。敗戦という大きな動機があったとしても、世の中の動きというものである。
【覚書き:戦前に全国の中小電気会社を合併させ業界再編しようとするも受け入れられず、第二次世界大戦後に実現したことについて語った言葉】

我が国で成功している企業は、一から十まで西欧の模倣によるもので、日本独特のものはなんら進歩のあとが認められない。高等教育を受けた者はみなバタ臭い方向に行って、味噌、醤油をつくる仕事はいやしい仕事として敬遠されている。私はその不合理と不思議を心もとなく思った。

自分はこれまでただ自分のためにのみ働いてきた。そのためにロンドンに一人知己もなく、わびしいクリスマスを味わねばならなかったのだ。今後は可能な範囲で人のためにも働こう。
【覚書き:ロンドンでのホテルマン修業時、クリスマスで寂しい思いをしその後の人生哲学を確立したことを振り返っての発言。】

先見性や発想力があっても、努力の裏付けがなければ経営者にはなれない。

物産では駆け出しの若僧にも結構一切任せて大きな商売をやらせていく。ところがサラリーマンにすぎぬ。このままでは自分も知れたものだ。トコトン自分を追いつめて自分の運命を試してみたい。
【覚書き:三井物産を飛び出してインキ製造開発の道に進んだ時を振り返っての言葉】

反省し、直そうとするから改善があり、進歩がある。もし自分のやったことが正しいと思い込んだら、その人間の明日は来ない。

金貨一円になれと言いたい。紙幣の一円は日本国内だけしか通用しないが、金貨であれば世界中同じ一円の価値で通る。この金貨のようにどこでも通用する人間になれということだ。

一人前になるには50年はかかるんだ。功を焦るな。悲観するな。もっと根を深く張るんだ。根を深く張れ。

僕には不利だ、不可能だといわれるものに挑戦する性癖がある。全部が全部成功するわけではないけれどそれが新型になり、新手を生み、つまり将棋の進歩に繋がる。他の人は安全に先を考えるから先輩の模倣を選ぶ。

私は将棋は創作だと考えている。何はともあれ、一歩先に出た方が勝つ。もし一局ごとに新手を出す棋士があれば、彼は不敗の名人になれる。その差はたとえ1秒の何分の一でもいい。専門家というものは、日夜新しい手段を発見するまでに苦しまねばならぬ。

ビジネス上の競争でも、喧嘩でも、やる以上は勝たなきゃならない。ところが自前のパワーを考えると、どうしても勝てない奴ってのもいる。その見極めがポジショニングだ。俺は男だ、根性だというようなやり方、そんなのは駄目だ。しかし、負けそうだからやらないと言うんじゃなくて、どうやれば勝つかを考え、勝てるアイデアや戦力を備える。

産業に興味を持つ者にとって、役所における技術者の仕事にはおのずから限界があると感じた。
【覚書き|逓信省電気局から住友財閥に移籍した当時を振り返っての発言】

若いうちは重荷に感じられても、自分の手に余るような仕事に勇敢にぶつかっていくことが大切である。
【覚書き:20代で日本軍とリットン調査団の英語通訳として同行した時のことを振り返っての言葉。】

波渡りと同じく、仕事の上でもタイミングこそ絶対だ。早すぎてはならず、遅きに失しては無駄になる。
【覚書き:日本証券業協会会長時の発言】

新会社は設立当初から「スモール・スロウ・バット・ステディ(小さく遅くても堅実で行こう)」をモットーとしていた。
【覚書き:日商(現:双日)設立時のモットーを振り返った発言。日商は巨大コンツェルン鈴木商店の一部門が独立した会社。鈴木商店は大番頭金子直吉の放漫拡大経営と昭和大恐慌によって消滅した。その反省から上記のモットーが生まれた】

私の頭に浮かんだのは、無限と言ってもいいほど森林資源に恵まれた樺太のことだった。当時、東大の工科出身といえば、社内では一応エリートと目されていた。そんな俺が、何を好んで樺太くんだりまで行かなければならぬのかと思いもした。しかしいいじゃないか。誰も行かないところで思いきりやってみよう。たとえ地の果てでも男は仕事さえあればいい。そう思うと四肢に力がみなぎり、それまでの煩悶は消し飛んだ。

明日の朝にしようなどと言ってはならぬ。朝が仕事を仕上げて持ってきてくれるわけではない。

キザな言い方だが、講演するときもこのあと私はきっと死ぬのだと自分に言い聞かせることにしている。するとその講演に命をかける。二時間がまるで20分ぐらいの勢いでしゃべってしまう。講演の後は汗でびっしょりだ。けれども不思議なことにこの方が疲れない。思いっきりやったという私だけの満足感が疲れを忘れさせる。

仕事の先延ばし癖を退治する8つの鉄則

  1. 書類を読むのは一度で済ませる。
  2. 重要でない仕事を先に終わらせる。
  3. 問題は小さなうちに解決する。
  4. 仕事の邪魔になる原因となる業務を、真っ先に処理する。
  5. やり残したことを片付ける。
  6. 過去ではなく、未来を目指して仕事をはじめる。
  7. 「時間がかかるから」を先延ばしの言い訳にしない。
  8. 先延ばしから解放されれば、もっと元気になると理解する。

すべては新しい習慣をひとつ身につけることから始まる。行動を起こすという習慣だ。アイデアが頭をよぎったら、新しい仕事の手法を試すため、いますぐやること。アイデアがひらめいた時に、思い切っていつもと違う筋道で仕事をやってみよう。自分の習慣は、自分で思い通りになるものだ。

リストに優先順位を決めてしまうと、リストに上げた一つ一つに手が回らなくなることが多すぎる。「あまり重要でないこと」は、「もっと急ぎのこと」の登場で棚上げされてしまう。しまいに「あまり重要でないこと」は、棚の上で腐りはじめる。腐臭が漂うころには、それは最も優先すべき事柄になっている。

注意していただきたいことは「すぐやる」というのは、毎日毎日、欠かさず、徹底して「すぐやる」ことだ。そもそも、「すぐやらない」ことが、あなたをトラブルに巻き込む原因になっている。「保留事項」という言葉は、すぐにはできないことや、あなたの管理下にないことを指す。

決断する行為そのものが、その決断が正しいかより重要。一般に、成功を収めた人たちは、決断にほとんど時間をかけず、その決断を変える時は時間をかける。決断が怖いという人は多い。決断したらそこから生まれる結果と、運命を共にすることになるからだ。私は、決断力のある人たちが間違った決断を下すのを見てきた。面白いことにそういう人たちは、自分たちの決断の目的とするところを最後には実現してしまうのだ。

乱雑さとは、仕事の環境には不適切な、まるで整理のついていない、散らかった状態のことだ。オフィスとデスクまわりが乱雑なままでは、効果的に仕事をするのは難しい。最大の効果が上がるように仕事場を整理するだけで、どれほどの時間を節約できるか、きっと驚かされるに違いない。

電子メールを扱うときのルールは「すぐやる」そして「すぐに削除する」ことだ。メッセージを初めて読んだときに、片付けて返事を出す。読み終えたメッセージで受信箱を散らかすのはやめよう。デリートキーを多用すること。あえて保存したいというメッセージは適切なフォルダに収める。

目的にかなった仕事を手際よくやれば、能率も効果・生産性もさらに上がる。個人の生産性を高めるためには、簡単に言うと、さほど重要ではないことには最小の時間をかけ、重要なことに最大の時間を費やすのだ。何が重要か、まずはそれを決めよう。それから自分にとって重要と決めた仕事を、より能率よく、効果的にこなす方法を見つける。

情報管理のより良い方法は、情報が届く前に選別してしまうことだ。支援してくれるスタッフがいれば、なおいいだろう。理想的な解決法は、すべての情報の出所を分析し、重要でない情報は、配布元のリストから自分の名前を消させたり、購読をキャンセルしたりして、出所の段階で消してしまうことだ。

類似したコミュニケーション、類似した業務をまとめて処理し、無駄な動作を減らしてみよう。それぞれの業務をもっと効果的に終えることができるはずだ。仕事の多くは単純で機械的な作業に置き換えることができる。そういった仕事は、まとめるのもたやすい。この方法の効果は、計り知れないほど大きい。

一日に3・4回、電子メールを片付けるようにするといいだろう。電子メールを処理する時間を予定表に書き込もう。できれば時間制限を設けて、その時間内で処理を終えるようにする。できないなら、メッセージを減らす方法を見つける。強調したいのは「処理する」というのは、「目を通して、あとで返事を書くことに決める」ことではない。すぐに終わらせるという意味だ。

山積みの仕事を早く終わらせる3つの鉄則

  1. すぐやる!
    残務をすっかり片付けてしまえば、そこから発生する問題を扱わずにすむ。
  2. すぐに「正しく」やる!
    物事を完全に、正しくさばけばやり直しする機会を減らせる。
  3. すぐに「正しく」伝達する!
    メッセージを残すとききちんと情報を伝えれば、お互いに電話の行き違いで相手がつかまらないという事態も少なくなる。

計画の目的のひとつは、仕事を明確にし、長期はもちろん、一日の作業まで自分が何をするべきかを知ることだ。多くの人は、計画というものを特に自分自身の仕事についてほとんど立てていない。

自分の欲しいものを知る。それを手に入れるための計画を立てる。計画を実行に移す。実現するまで追いかける。あるいは、実現するように、新しい計画を練る。新しい計画に基づき、何度も何度も追いかけることで、自分が欲しいものに手が届く。どれだけうまくやれるかは、どれだけ準備を整えているかで決まる。

アルバート・アインシュタインは自宅の電話番号を覚えていなかったと言われる。その理由を尋ねられ、こう答えた。「必要がないからだよ。電話帳を見ればわかることだ」。予定事項リストの1番から1000番までを覚えておこうとするのは、現実的とは言えない。いっそのこと忘れるべきことはすべて忘れてしまうのだ。

大きな手帳をデスクで使うにしろ、ハンドバッグやスーツのポケットに入る簡便なものを使うにしろ、一週間分が一目で見えるものを選ぶこと。そうすれば、いやでも週単位で計画を立てるようになり、仕事の予定を組む点でも、仕事を達成する点でも成功率が高くなるからだ。

他人の支援を引き出すというのは、個人的にも仕事の上でも、広い意味での成功に達する唯一の方法なのだ。他人の支援を得ることによってのみ、多種多様なものが生み出せる。誰であっても、ひとりきりでは何かを生産する能力、時間、そして知識に限界がある。上手に人を使うのは、生産の可能性を無限に広げることに他ならない。

私自身は長いこと、間違いのない経験則に頼っている。何かを任せなければならない時は、「忙しい人間に任せろ」というものだ。怠け者は仕事を与えられても、怠け者のままでいることが多い。忙しい人間は、絶えず、休みなく働いているから忙しいのであり、任命するにはぴったりの人間だ。

仕事をしながら整理をする。仕事の手順の一環として整理をすれば、最初から最後まで、同時進行できる。良い習慣を身につけよう。整理を何も考えずに行う習慣にしてしまえば、成功への道につながる楽なステップであることがわかるだろう。

望ましい速さで行動できないのは、その業務が極端に難しいからではなく、むしろ、可能なときには必ず先延ばしをするのが習慣になっているからである。先延ばしという言葉が単一のものを指すことはまずない。たいていは、身にしみついた行動パターンのことである。

何をいつやるかは、あなたの信念と調和したところで決まる。あなたが信じるものとは、最高の真実であり、あなたは、個人の生産性を最も満足のいく形で手に入れ、最も納得できる形の自己評価を味わうこともできる。

頭の中にあるイメージが、人の行動を支配する。もしイメージがなければ、つまり、もし何が起きているのかが理解できなければ、行動はできない。イメージがぼんやりしていたり、混乱しているときは、ためらいながら行動することになるだろう。イメージがはっきりした精確な者であれば、心も決まり、効果のある行動を取ることができる。

体力に恵まれていますから、千五百局以上指していますが、一局も休んだことがありません。39年間皆勤賞ですが、これはすべていかに勝つかということだけに絞って生活しているからでしょう。酒もたばこもやめました。辛くても我慢には慣れています。

一事を成さんとしたら、本心一途にしたほうがよい。何ごとも血気に迷い、怖じればしそこなう。怖ずるは平常のこと、試合の場で怖じ気は許されぬ。溝を飛ぶときは、ずんと飛べ。危うしと思えば落ち込むぞ。

おれは、20代の前半、どうしても放送作家、劇作家、シナリオライターのいずれかになりたかった。自分の書いたものが、自分以外の誰かに認められたかった。それも、気心の知れあった仲間ではなく、まったく未知の、そしてプロの道を歩いている人に認められたかった。そのためには懸賞を狙うしかない。審査員の人たちはプロである。プロに認められなければ意味がないと考えた。そう考えた途端に燃えたものだ。睡眠不足も、燃えれば解消する。

プロを意識した途端に、すべての物事に対して貪欲になるはずだ。すべてを吸収しようとする。吸収するために、人は独自の工夫をするものである。

自分でやるのだ。恥ずかしい思いを何度でも体験し、その口惜しさを忘れるな。狂ったように精魂込めて一つのことに打ち込め。命を懸けるのだ。

自分の経験は、どんなに小さくても、百万の他人のした経験よりも価値のある財産である。

ただ一度の人生。その限りある生命の空間を飾って一点に全力を傾注することに、美しさに似たものを覚える。流通業に身を置く経営者として、何はさておいても流通の近代化と取り組んでいくのが、私にとっての永遠のテーマである。命ある限り、全力投球を続けたい。

我々の世代は「働く」の反対語は「休む」である。ワークの反対はレスト、これでは創造的ではない。ワークの反対はプレイ。そして、この二つが両立してこそ、新しい文化が花開く。ワークを一生懸命にやれば、プレイも命がけでする。それが若者ではないか。

自分自身の人生を、エキサイティングなものにしていかなければいけない。人間の能力にそんなに差はない。やる気さえあれば、だれでもたいていのことはできる。むしろ我々は、常に完全なことができるんだというひとつの信念を持つことが必要だ。

今日、よく耳にする言葉に「インテリの弱さ」ということがある。これは、インテリには、なまじっかな知識があるために、それにとらわれてしまい、それはできないとか、それはどう考えても無理だと思い込んでしまって、なかなか実行に移さないという一面を言った言葉だと思う。

一分間さえ休む暇のないときほど私にとって幸せなことはない。働くこと、これだけが私の生き甲斐である。

気にする必要もなく、忘れても良い小事で心を乱してはならない。小事にこだわる人生はあまりにも短い。

起こりうる最悪の事態を直視しろ。

物事を成就させる力は何か、その力の中にはむろん能力があろう。だが能力は必要な条件であっても十分な条件ではない。十分な条件とは、その能力に、機動力、粘着力、浸透力、持続力などを与える力である。そのような諸力を私は執念と呼びたい。

仕事が楽しみならば人生は楽園だ。仕事が義務ならば人生は地獄だ。

時間が多くのことを解決してくれる。あなたの今日の悩みも解決してくれるに違いない。

最善を尽くそう。そのあとは古傘をかざして、非難の雨が首筋から背中へ流れ落ちるのを防げばよい。

人間の一生には一度はまたとない好機が来る。

悲しむことはない。いまの状態で何ができるかを考えて、ベストを尽くすことだ。

すべて自分のことだと思って全力を尽くす。自分のことと思えば、どんなつらいことでも我慢できる。

一人だけオフィスに取り残された時、これからは俺が一国一城の主なんだ。世界を相手に暴れまわってやるぞと心の中で叫んだものだ。【覚書き|高畑氏の仕事熱心は有名で、朝から晩までオフィスに明かりがつき、24時間営業のような状況で世界中に取引の電話をしていた】

私はあらゆるトラブルに感謝している。ひとつのトラブルを克服したあと、より強くなり、これからやってくるものに、よりよく対処できるようになっていたからだ。

人よりほんの少し多くの苦労、人よりほんの少し多くの努力で、その結果は大きく違ってくる。

多少の間違いなんか忘れろ。失敗も忘れろ。自分がいま、これからしようとしていること以外は全部忘れてやろうじゃないか。

同じものでも考えひとつ。やる奴はやるように考えるし、へこたれる奴はへこたれる方へ考えてしまう。

行動してみる前に考えても無駄です。行動して修正すればいい。致命的にならない限り失敗してもいい。やってみないとわからない。

満足な仕事ができないと思ったときは、素直に自分のレベルに合った仕事を探しなさい。たとえそれが石割りであったとしてもである。

戦国時代の武将や、明治の志士たちは皆、10代で見事な働きをしているではないか。君はもう20歳を越えている。大丈夫。きっとできるよ。【覚書き:松下電器金沢出張所の開設を入社2年の20代前半の社員に任せた時の言葉。】

不平はエネルギーだ。人間は不平がなければ、働く意欲を失ってしまう。

機会は魚群と同じだ。はまったからといって網を作ろうとするのでは間に合わぬ。

経営とは数字である。同じく、仕事も数字である。
【覚書き|鈴木氏は大学卒業後、中央相互銀行(現:愛知銀行)に5年間勤務している。金融界での実務経験が氏の経営観に大きな影響を与えたと言われている】

この世に難関などない。難関というのは、あくまでも本人の主観の問題なのである。難関だと思っている自分があるだけだ。

「すること」を決めるのは簡単だ。難しいのは「しないこと」を決めることだ。

多くの仕事をしようとする人は、いますぐ一つの仕事に集中しなければならない。

この世の中には最初からうまくいくものなどほとんどない。成功へと至る道では、失敗、それも度重なる失敗が道しるべとなる。失敗したくなければ、何もせずじっとしているほかない。試行錯誤を重ねながら、成功を目指して一歩一歩前進していくことが大切だ。

進み続けなさい。期待していたことが、偶然にでもつかめるはずだ。座ったままで、偶然にチャンスを見つけたという話は聞いたことがない。

問題を手際よく表現すれば、問題は半ば解決されている。

人は考えたがりません。もし考えたならば、結論にたどり着かなくてはなりません。結論とは常に愉快なものであるとは限らないのです。

歳をとるにつれ、自分にとってのヒーローという存在を持つことが難しくなるが、多かれ少なかれそれは必要なことである。

ファッションデザイナーとして、私は常に自分がアーティストではないことを知っていた。なぜなら私は、人に売られ、市場でマーケティングされ、使われ、そして最終的には捨てられてしまうものを作っていたのだから。

悪の葉っぱに斧を向ける者は1000人いても、根っこに斧を向ける者は1人しかいない。

人間の生活においても、ある種の潮流がある。満ち潮に乗れば、幸運に導かれる。無視をすれば、人生の旅は苦しみの浅瀬に漂うだけとなる。私たちはいま、そういう海に浮かんでいる。だから、その潮流に乗らなければならない。さもなければ、賭けているものをすべて失くすことになるのだ。

自分の考え、経験、思いつき、学んだことなどを記録として日記につけることは知力の明瞭性、正確さなどを向上させるだろう。手紙を書くことも、自分の考えを明確に伝え、論理を展開し、相手により深く理解してもらう表現力を高めるのに役に立つことだろう。

問題の見方こそが問題なのである。「問題を一刻も早く解決してくれるような手っ取り早い解決方法はないだろうか」自らの問題に直面したとき、あなたはいつもこう思ってはいないだろうか。こうした即効性ばかりを求める問題の見方こそが問題なのである。

場当たり的な詰め込み主義で作業することの愚かさを考えたことがあるだろうか。春に種まきをせず、夏は遊びほうけて、秋になってから収穫を得ようと必死になって頑張る。そのようなことは到底不可能なことなのだ。蒔いたものしか刈り取ることはできない。そこに近道はないのである。

常に何かに対してNOと言える気構えを心にとどめておくべきである。一見重要に見える緊急事項に対してNOと言わなければ、もっと重要度の高い活動に着手することは、時間的にも不可能だろう。たとえその緊張なものが良いことであっても、それにYESと言ってしまえば、より重要度の高いあなたにしかできない貢献、あなたにとっての最良のことが実行できなくなるのだ。

人生で唯一最大の結果を生み出す投資は、自分自身に投資することだ。つまるところ、人生に立ち向かうため、そして貢献するために仕える道具は、自分自身しかないのであり、自らの業績はすべて、その道具を活用してつくり出すものである。

間違いを犯すことは一つの問題であるが、それを認めないのはもっと大きな問題である。人は間違いを許してくれる。なぜなら、間違いは往々にして判断を誤ったために発生するものだからである。しかし、人は心のあり方の間違いに対しては容易に許そうとはしない。不正な動機や最初の間違いを正当化しようとし、それを隠そうとする傲慢さはまったく違う次元の間違いなのである。

あのときの談判(江戸城開城時の交渉)は、実に骨だったよ。官軍に西郷がいなければ、話はとてもまとまらなかっただろうよ。その自分の形勢と言えば、品川から西郷などが来る。板橋からは伊地知(薩摩藩士伊地知正治)などが来る。また江戸の市中では、いまにも官軍が乗り込むと言って大騒ぎさ。しかし俺は他の官軍には頓着せず、ただ西郷一人を眼に置いた。

他人が車やボート、電化製品、現金を勝ち取るのを見るのが大好きな人間のなんと多いことか。クイズ番組で奨学金が賞品にならないのは、みんなすぐに使えるものを求めるからだ。キャンピングカーなら喜ばれるが、「夜間学校の授業料8年分!」というのはウケない。大学卒の学歴があれば、キャンピングカーなど何台も買えることを考えればおかしなことなのだが、それが大衆の心理なのである。

なぜ、アメリカにはこんなに金持ちが少ないのか。年収10万ドル以上稼いでいても、金持ちと言える世帯は少ない。アメリカ人の大半は、明日の金を今日使う。ローンに追われ、稼いでは使い、使っては稼ぐというように、コマネズミのように同じ輪の中をクルクルと走り回っている。ものをふんだんに持っていないと裕福ではないと思い込んでいる。

金持ちかどうかを見るのに純資産で見る方法がある。いわば、カウボーイハットの大きさではなく、牛を何頭持っているかで計る方法だ。純資産とは、現在の資産額から負債額を差し引いた価値を言う。

高学歴、高所得イコール経済的自立とは限らない。経済的に自立するには、計画性と自己犠牲が必要なのだ。もしあなたが経済的に自立したいと願うのなら、明日の自立に備えて今日の消費を犠牲にするよう計画を立てるべきだ。

自営業者に比べ、会社勤めの蓄財劣等生は外的な要因に影響を受けやすい。高額所得を得ていて億万長者でない蓄財劣等生の36%は職を失うことに不安感を抱いているが、蓄財優等生ではその比率が19%でしかない。高給取りは漠然とした不安を抱えているにも関わらず、消費志向の強い生活を改めようとはしない。

一般的に医者が蓄財に弱い傾向にあることは、私たちの調査にもあらわれている。高所得者を職業別に分析すると、蓄財レベルが一番低いのは医者になる。蓄財優等生と蓄財劣等生の比率は、医者だけで見ると1:2となる。なぜ医者は蓄財が下手なのか。いくつかの理由が考えられるのが、第一に挙げられるのは学歴だ。驚くかもしれないが、高所得者では学歴と資産レベルは反比例する。

蓄財優等生の億万長者には自分で会社を経営している人が多い。そのほうがサラリーンマンよりもなにかとコントロールがきくためである。近頃は仕事のできる社員でもリストラ、合理化の洗礼を受ける可能性が出てきた。高給取りであっても、サラリーマンが億万長者になるのはさらに難しくなってきている。

10万ドル前後の年収の会社員だったら、時間とエネルギーの大半は仕事に向けられているはずだ。それなのに、自分でどんな仕事をするか決めることができない。職場で資産運用のために時間を使うわけにもいかない。だが、自営業者、それも高額所得の自営業者の場合、経済的に自立することも仕事の目的の一つである。会社員の場合、経済状況は雇い主に左右されるところが大きい。だから資産を貯めようとして貯蓄計画を立てるといっても、なかなか思い通りにはならない。

蓄財劣等生、とくに高所得を得る劣等生は、使う金が欲しいから働く。次から次へと贅沢な生活を追いかけていくために働く。経済的に自立するために働くのではないのだ。蓄財優等生と劣等生では、どちらのほうが仕事を楽しみ、満足感を得ているだろうか?私たちの調査によれば、蓄財優等生は働くことに喜びを感じているのに対し、蓄財劣等生は金のかかる生活を支えるために働かざるを得ないと感じている。

人生においてすべての事柄を「好きなこと」と「やらなければならないこと」に分ける人を本当に可愛そうに思うよ。人生なんて短いんだ。好きになる方法を学ぼうよ。

私はコンセンサス(関係者の意見の一致をはかること)というものは、さほど重要なものであるとは思いません。あれは時間の浪費の原因のようなものですから。

大多数の決定が常に真実とは限らない。

お前も褒めてもらいたければ、自分で手柄を立てろ。
【覚書き:半兵衛は秀吉から感状をもらうたびに破ったり、燃やしたりしていた。半兵衛の息子が、なぜ破るのか?残しておけば後の代の役に立つのではないか?と質問した時の返答。他人の実績で箔をつけるより、自分で手柄を立てて出世しろという意味の発言】

●多くの人は、私を非案する正当な理由があると考えるだろう。判断力が未熟なために、権威ある人々の考えと私の見解が正反対であると断じ、私の仕事が単純で平易な経験から得られた問題提起だとは考えないのだ。
●私にとっては経験から生まれたのではない科学など、間違いだらけで無意味に思われる。はじまりから終わりまでが五感の一つによって直接感じられ、あらゆる確かさの母である経験によらない科学など。
●誰も他人のやり方を真似すべきではない。なぜなら、真似をすれば自然の子供ではなく、自然の孫でしかない。我々には自然の形態がたくさん与えられているのだから、直接自然に触れることが大事だ。

ここに集められたものは順不同に並んでいる。様々な論文からとったもので、あとで主題別に整理したいと思っている。それまでは、同じことを何度も繰り返すこともあるに違いない。読者よ、どうかそのことで私を責めないでいただきたい。【物理学に関する手記の序文】

●芸術家はたくさん仕事をするためには、時には描かずにいる必要がある。
●画家は孤独でなければならない。なぜなら、一人なら完全に自分自身になることができるからだ。たった一人の道連れでもいれば、半分しか自分ではなくなる。
●仕事から離れて、リラックスする時間を取ることは良いことだ。というのは、ふたたび仕事に戻ってきたときに、よりよい判断ができるからだ。

学び続ける組織や、全社的品質を創造しようとする動きは、職場にコネッシオーネ(関連、すべての物事がつながっているという哲学)の考え方を応用しようとする試みだ。あなたの組織の構造力学を表す図式を描いて実験してみよう。ようやくあなたの組織、または会社を、人体に例える質問の観点から見ることができる。

これから21世紀を迎える私たちは、とてつもない量の情報に圧倒されつつある。直感はかつてなかったほど重要になるだろう。不確かさを歓迎し、自分を信じること。これが私たちに必要な最低限のことだ。

経営学修士号というのは、経験から学ぶ能力を邪魔してしまうことがある。私たちが雇った多くのMBA(経営学修士号取得者)は、もともとが単純なのか、でなければビジネストレーニングの犠牲者だった。その結果、現実世界での学習障害者とでもいうか、人の気持ちを的確に読んだり、状況を把握したりすることができないのだ。そのうえ、間違った理解を積み上げる不思議なコツを身につけている。

修道院長はレオナルドに休まずに絵筆を持ち続けて仕事を完成させるように頼んだ。彼にしてみれば、レオナルドが時には半日も思索にふけったりするのが不思議に思えたのだ。彼は、レオナルドに庭を耕す労働者のように、絵筆を離さず仕事をしてもらいたかったに違いない。【覚書き:修道院長=ダ・ヴィンチに最後の晩餐を依頼したサンタマリア・デル・グラーツィエの修道院長。上記は最後の晩餐制作中のダ・ヴィンチが急に休みを取った時のエピソード】

ビジネス界では、重役クラスの人間が「自分の最悪の決定が失敗の主な原因である時、自分自身の経験に転化することができない」ということが圧倒的に多い。自分の経験に基づくより良い判断を、アナリストや弁護士、学会の権威に支配されすぎてしまうことが、ビジネス界の人々には非常によくある。

ビジネス上の発明は大抵、「もし、こうしたら……」という問いからヒントを得ている。シリコン・バレーの何千億ものビジネスは「コンピュータのチップを小さくしたらどうなるか」という問いから大きなヒントを得た。売り上げを伸ばすためにリベートを提供することが流行り出したのは、「買ってくれる顧客に報奨金を出してみたらどうだろう」という問いに端を発している。「●●したらどうなるか」という疑問が想像力をかきたて、展望を広げてくれる。

注意深く立てられた戦略でも、めったに計画通りには進まない。しかし、即興が上手な人は、単にふらふらと何かやるのではなく、よくできた計画からはじめ、状況に応じて優雅にその計画を変えていくのだ。あなたは自分と言う船の船長ではあるが、天候まで支配することはできない。航海はときには何事もなくスムーズにいくが、スコールやハリケーンや津波に会うこともある。

数年前、ヒラリー・クリントンは、エレノア・ルーズベルトと想像上の会話をするということで新聞にからかわれていた。しかし、空想の中で自分のお手本となる人物と話をすることは、ひらめきや自分と異なる視点を得るための昔ながらの効果的な方法だ。

ダ・ヴィンチの比類なき想像力の秘密は、異なる要素を関連付け、それを結び付けて一つの新しいパターンを作るという彼が生涯を通して行ったことにある。彼の多くの発明や設計は、自然界に存在する異なる形を想像力と遊び心で組み合わせて作ったものだ。彼が研究に寄せた真剣さや集中力は多大なものがあったが、同時に彼は冗談やなぞなぞが大好きで非常に遊び心が強かった。

音楽家は、音と音の間の沈黙が音楽を言気付かせると言う。彫刻家は、作品を取り巻く空間が彫像の力強さを生み出すという。同じように、あなたの意識的な努力と努力の間が、創造的人生や問題解決のカギとなる。この時間が、知覚したこと、アイデア、感情などの孵化を助ける。

あなたは奥さんやご主人、子供や友人、顧客、同僚、上司、部下から定期的に感想を求めることにより、好奇心を強化し、自己認識を深めることができる。次のように尋ねてみよう。私の弱点、自分では気が付かない短所、改善すべき点は何か。私の長所、美点は何か。その答えをノートに書き留めて、あとでじっくり考えるのだ。

この喧噪の時代に、沈思黙考することは時代遅れな技法となった。集中力が保てる時間はますます短くなり、魂は病んでいる。ウェブスター辞典の定義によると、沈思黙考するとは、「継続的に注意を払ってみること、深く瞑想すること」である。そこから「注意深く見つめる」という意味になった。沈思黙考は個人的な悩みや仕事上の問題を解決するには有効な方法だ。

成功体験がまだないという人は、自分は成功できないと諦めるのではなく、自分のやり方が悪いのかもしれないのだと考えて、やり方を変えてみるべきだ。まわりに成功している人がいたら、その人のノウハウを一つでも真似しよう。成功している人には必ず何かノウハウがあるはずだ。真似をすることは決して悪いことではない。成功体験は人を変える。だから人の真似をしてでも成功すべきだ。

サイドビジネスをはじめたいという場合でも、会社を辞める必要はない。就業規則がどうなっているかにもよるだろうが、副業をやっているからクビだとは言いにくい社会情勢になっていると思う。むしろ、会社側も職と給料を保証しきれなくなっているから、副業でもやって自分でお金を稼いでもらいたいというのが本音だろう。

私がこうして一般向けの本をたくさん書かせてもらうようになっても、精神科医や受験産業の経営を辞めないのは、保険でもあると考えているからだ。二足のわらじ、三足のわらじを履いた方が人生が豊かになると述べたが、実はそれはリスクヘッジにもつながる考え方だ。何かで失敗しても、別のものが残っていれば安心なのである。

外国を知ることは難しい。異論はあるだろうが、私はいくら書物を読んでも、人の話を聞いても、本物ではないと思う。一度でもその地を踏んでこそ、知識は生き生きしてくる。

YKKでは単に役員会の多数決で物事を決めるというやり方は採用していない。会議の多数決で決めると、ややもすると誰もが責任があるような、ないような状況の下で、安易に決められてしまうことが多い。全員の意見が一致した時には、実はその事業をはじめるのは遅いことが多い。

組織にはある程度秩序が必要で、その拘束性が嫌いであったり、ある分野に激しい情熱と自信をもったりする人は、画家や音楽家、学者、評論家などの道を選択すればよい。私のように独立独歩で生きる自信がなかった普通の人にとって、組織は人を鍛え、成長させ、多くのことを教えてもらえる啓発の場であった。

いまから考えるとずいぶんとひどい偽物をつかんだことも再々あって、そのたびに歯ぎしりして悔しがったものだが、それもどうやら度胸のようなものになって結局は信頼のおける道具屋の意見を用いるのが一等よいと悟ったものである。

人を非難する場合、「お前がこれこれするのは、はなはだ面白くない」という批評家はたくさんある。しかし「それならどうしたらよいか」という対策を用意して、親切に教え得る識者は千人に一人あるかないかである。

私が課長とか重役とかになってからも、人が案を持ってきたら「君はこの案についてどう考えているのか」と聞くようになりました。その場合に、「私はこの案について別にどうという意見はありません」と答えらえると「それは駄目だ」と言うのです。君はどう考えるかと聞いた時には、やはりその人から自分の意見を言ってもらいたいと思うことがたびたびあります。

技術は若さから生まれてくるものであり、創造的な活動をなしうるのは、学校を出てからの10年前後、技術によっては5年程度がクライマックスであろう。

私はこの履歴書を記すにあたって、若い読者に言っておきたいことがある。それはたった今から、収入の一割を貯金したまえ。ということだ。私の履歴書は、この種銭を残すことのできない人にはわからない話である。タネがなくては、芽も出てくるまい。【覚書き:履歴書=日経新聞の私の履歴書】

なにか一つをマスターすることが大切だ。技術屋なら製造技術とか設計技術とか、事務屋なら人事でも経理でも。その職種では社内はもちろん、業界全体でも「これならあの人」と評価されるくらい一つの職種を極めるべきだ。

何でもよいから自分のやりかかったことを小でも大でも、し遂げてしまう。小さいことをいくつも成功していく間に漸々(漸々、ぜんぜん=徐々に)と大きなことにも成功するようになる。

創造とは常に前に向かって進んでいくことです。嘆く時間があるなら、前に向かって走れと私は言っています。歩みを止めた途端、後ろから来た人に追いつかれ、追い越されてしまう。いまは急な坂道を登らなければならないつらい時期ではあるけれど、上がれないのなら負けるしかありません。

私は常々、愚直に地道に徹底的にがトヨタのテーマだと言っています。環境や安全に配慮した車作りに徹していけば、必ずお客様から受け入れられ、自ずと数字もついてくるはずです。順調に業績が伸びているからといって、浮かれている暇などありません。

課題は無数にあります。さらなる技術革新。コストの低減。開発から製品化までのリードタイムの短縮。そして販売・サービス網の拡充。つまり、やみくもに販売台数で世界一を目指すのではなく、地道に目の前の課題の克服を目指すことこそ、第一義だと思います。

他人に学ぶとは自分より上の人、自分よりすごい人を素直に尊敬すること。それには「いいものはいい、悪いものは悪い」という客観的な判断基準が自分の中になければいけない。僕らが成功した要因も、そこにあると思います。たとえばSPA(製造小売業)を学んで自分でもやってみようと思ったのは、「いいものはいい」と考えたからです。

駄目なのは注文された仕事だけをすることだと思う。みんないま食べていける注文が取れれば満足なんだろう。うちは違う。こういう技術がある、これだけすごいものができるという話をすると、そこから、じゃあこういうものも、ああいうものもと仕事が広がっていく。技術があればあとからあとから仕事がくるんだ。それに仕事が向こうからやってくるから、自分の技術を安売りすることもない。

60%で行けるなと思ったらGOです。そもそも、ノーリスクなんていう事業はありません。どちらのリスクを取るのかいずれにしても何らかのリスクは取るつもりで腹を据えなければ決断はできません。私は決断とは「一度やってみる仮説」だと思うんです。とにかくやってみて、駄目なところはどんどん変えていく。変えていくうちにパーフェクトに近づけばいいんです。

深く勉強しようと思ったら嫌になる。だから雑学でいいんです。雑学でいいから好奇心を持って、できるだけいろんな知識を頭の中に詰め込んでおくことが大切です。土に例えれば、肥沃な大地にはどんな種をまいても育ちやすいのと同じように、頭の中の下地を肥やしておけばおのずと人間関係の幅が広がり、考え方も肥沃になって新しいことに取り組みやすい素地ができるんです。

課長時代の上司には、すぐ上に副部長がいて、部長、副本部長、本部長、そしてその上に副社長がいました。社長とその副本部長が何週間も平気で書類をため込む人だったんです。そのたびに仕事が滞るので対抗策を考えて実行したんです。本部長の決裁が必要な書類をコピーして副社長と本部長以下、副本部長、部長、副部長に一斉に配ったんです。そうしたら副本部長が真っ赤な顔をして飛んできて「本部長に上げるかどうかは俺が判断するんだ。貴様の行為は越権行為だ。今すぐやめろ」って怒るんですよ。そもそもの原因は副本部長が書類を貯めるからでしょう。だから宛名はあなただ。あとは同時進行でもコピーであると一歩も譲りませんでした。同僚はビビッていましたけど、一年ぐらいしたら社内中の多くの課長が真似していましたね。

どうして「宵越しの書類は持たず」というような行動を身につけたのかと言うと、決済待ちで仕事が滞ることが不快であるのみならず、業務を不当に停滞させ不利益に通じるからです。

「宵越しの書類は持たず」という信念をいまでも守り続けています。イエス・ノーの判断はその日のうちに出すように心がけています。もちろん、即答できない案件もあります。その場合でも「何日までに」とか、「すこし考えさせてほしい」というようにある種の結論を相手に必ず伝えます。

何かをするときは命をかけろと言っています。命をかけなければ、いいものはできない。途中で妥協したら、ろくなものはできない。それからあの人の意見を聞き、この人の意見を聞きとやっていたら角が取れていく。角を取っては駄目なんです。徹底的に尖っていてもらいたい。むしろ角を付けて大きくなってほしい。三角形の角を取って丸くしたらどんどん小さくなってしまうではないですか。

会社として働きやすい仕組みや環境を整えて、社員をモチベートすることは重要です。しかし、プロのスポーツ選手が今日よりも明日を目指して自己研さんを積むように、自分で自分をモチベートするというのが基本になければいけない。

現場に行きますと若い人たちも含めて、社員がみんな燃えているのがよくわかります。人生のかなりの時間を会社の中で過ごすわけですから、仕事に対する意識がおのずと私的生活にも反映されるんです。だから、社員には日々集中して会社生活を送ってほしいと思っています。

勉強していくうちにどういう経理のやり方が会社にとって有益なのかがわかってきましたし、東芝本社との経理のやり方の違いなど、気付くことが多かった。あの時学んだことが私のビジネスマンとしての方向性を決めたと今でも思っています。【覚書き:あの時とは東芝イラン現地法人の社長補佐をしていた当時、経理を独学で学んだ時代のこと】

いまの若い人たちの鍛え方は、やわになっていますね。そもそも私の若いころは「仕事は先輩の技を盗んで覚えろ」という教育でしたから、新人研修などやってもらえませんでした。私は本来、研修のような受け身の姿勢では人は育たないと思うのです。職人さんは先輩から盗んで自ら学ぶから技が生まれる。人から教えられたのでは駄目なんです。いまの経営トップの人たちは実践で学び、自ら向上しようと研鑽を積んできた人ばかりです。

国よりも前に個があるというのはアメリカ流の考え方です。極端な例を言えば、自分がアメリカを嫌いになったら、日本人になればいいと考える。自分が国を選べる。一番大事なのは自分であり、自分の愛している人であり、自分のファミリーであるという個に基づく考え方をしないと、これからは社会に出てもうまくいかないのではないか。日本も景気はよくならないかもしれないけど、そういう社会になることだけはほぼ確実です。

仕事とは何か、会社で働く企業で働くとはどういうことなのか?私は女性とか男性とか、日本人とかアメリカ人とか、大人とか子供とか年寄りとかそういう分け方じゃなくて、これからは「個」、それぞれ持っている個、自我、自分というものが重要になる時代だと思います。若い人たちが社会に出て行く上で、個の認識が本当に大事なことになるんじゃないか。

企業の自立と同時に、個人も自立が求められているわけですが、自立には専門的な能力と主役になれる実力を備える必要があります。とはいっても、日本の十人のうち八人は皆と仲良く助け合いながら生活したいと考えているのではないかと思います。少しきつい言葉でいえば、もたれあいながら生きていきたいと。そういう人たちも含めて、今後どうやって人を幸せにしていくか。これは大きな問題だと思います。

おとっつぁん(本田宗一郎)は自主自立の考え方を一つの柱としていました。人には頼らない。人の真似もしない。真似をしたら、そこまでしかないけれど、自分で考えれば人のやったこととは違う視点がありうるからもっと高いところへ行ける。

会長の田中治夫さんから、入社した時「人にお世辞を言える人間になれ」と言われた。若い僕らにしてみると「何で人にお世辞を言わなきゃいけないんだ」と思うじゃないですか。同期の一人が「何なの?変なこと言うね」と言っていたんですが、僕は「ばかだな。人にお世辞を言うということは、相手をまず研究するということだ。そして徹底的に研究して、お世辞とわからないくらいギリギリのお世辞を言えと言っているんだ」といったのです。

いろいろ考えたのですが、「自己責任」に相当する英語はないんじゃないかと思うんです。レスポンサビリティというのもちょっと違うように思います。あるとすればセルフ・リスペクトあるいは、セルフ・リライアンスでしょうか。自己依存、他の人に頼らない、頼れるのは自分だけと言う意味です。このセルフ・リライアンスの精神の持ち主だけが、マーケットエコノミーのプレーヤーになれるわけです。

セルフ・リライアンスという言葉は、19世紀にアメリカのラルフ・エマーソンという人が論文で発表しています。その論文のタイトルもずばり「セルフ・リライアンス」でした。難解な論文なのですが、非常に高い評判をとりました。宗教家でもあり、哲学家でもあるエマーソンは、簡単に言うと「神のおぼしめしということで全部済まさないで、やはり全部自分で決めなければいけないよ」という当時としては非常に革命的なことを言っています。

間接情報から判断するのではなく、友達がそういっているらしいという情報を得たら、直接自分の手に取って確認することです。客観的な事実は存在しない。噂話による同質の誘惑に負けてはいけない。異質であること、つまり自分には異なる才能がある、自分は自分だということを戦略的に貫けば、あいつは変人だという噂は流れなくなります。

私は学生時代、先生からろくな人間にはならないと断言されていました。しかし、東証一部に上場した現在の私の姿を見て、当時の先生方は「彼は昔から光っていた」「彼は当時から抜きんでていた」と上手いこと表現してくれています。異端児だった私が、いま振り返るとそういう風に変わるんです。歴史は後で変えられます。みなさんもこれからは異端児として生きた方がいい。

私はサラリーマンを30何年やっておりますが、知らないことがたくさんあります。ぜひ謙虚になってみなさんの知らないことが世の中にたくさんあるということに気付いてほしい。社会人になれば今までと違った方に会うチャンスがあります。だから会った人から一つでも学び取ろうという謙虚さを持ち続ければ、必ず人間の能力は磨かれていくと思います。会う人みな師匠ということです。

スケジュール帳を机の上に置いて、誰でも見られるようにしています。みなさんこれを見て調整してくださいと。独立自尊の根源にあるのは、自分のことは自分で決めるということです。いたってシンプルです。

ある日突然、会社に出てくるのが嫌になる人がいますが、自分のペースが作れなくなった時にそういう精神状態に陥りやすいのではないでしょうか?僕は会社に行きたくないと感じたことは一度もありません。僕が忙しいスケジュールが苦にならないのは、自分でスケジュール管理をしているからだと思います。自分でペース配分せず、他人任せで仕事をぎっしり詰め込むと、たぶんバランスを崩してしまうと思います。

富士銀行は自由闊達が教育方針でしたから、「君はどういう問題意識を持っているのか」ということをよく上司から聞かれました。日中、仕事の場ではどんなに上役の上司でも新人の部下でも、誰もがみんな対等に議論をしました。しかし、いったん仕事を離れて飲みの世界に入ると、年功序列なんです。役席で一番下のものはラーメン一杯とお銚子一本だけ。一番上は飲み放題、食べ放題です。

私は向上心や好奇心のない人は駄目だと思うのです。それから大事なのは、素直さです。多少能力や知識があっても、学んだものをすぐに吸収して自分に活かすことができない人は伸びません。

長時間勤務をすれば仕事の生産性が上がるわけではありません。限られた時間内にどれだけの密度の濃い仕事ができるかが大切なんです。会社一色に染まらず、週末はきちんと休んで、自然に親しむとか、芸術や文化に触れるとか、たくさんのものに興味を持って、たくさんの人に出会うことです。

生きることは言ってみれば「仕事をすること」なんです。20歳そこそこで就職して、40年近く会社で一日十時間くらい働くわけでしょう?人生のほとんどが仕事です。もちろん趣味は持ってもいいですが、まず仕事が楽しくなくちゃいけない。「ホンダの三つの喜び」のなかに、つくる喜びが入っているのは、ホンダは滅私奉公じゃないんですよということなんです。仕事から喜びを感じよう。また、喜びを感じるためにいろいろなことをやりましょう。そうすれば、成果である商品も他社とは違ったものになる。

ホンダの基本理念には「人間尊重」と、「つくって喜び、売って喜び、買って喜ぶ」という三つの喜びがあります。私が考える人間尊重というのは、個性尊重です。人間にはオリジナリティがあって、それぞれ個性が異なります。ですから、人とは違う個性を活かして、目いっぱいやりたい仕事をやってくださいということです。三つの喜びはそのことを言っているのです。仕事をこなしているだけでは駄目で、仕事を楽しもうということです。

会社に入ったら会社のために働くことは当たり前です。会社はそのために給料を払っているわけですから。だけど、会社という場を使って、自分を人間として大きくしていくにはどうしたらいいだろうかということを考えることが大切だと思うんです。会社に入れば会社が自分を大きくしてくれると思っているのは間違いです。あなた自身の成長が会社を大きくしていくのです。

会社というのはある意味でいうと、人間がたくさんいる工場みたいなものでして、大変苦労することがあると思うんです。だけどその中で、自分を見失わないようにしていく。あるいは自分がほかの人と一緒であればいいかなというそんな甘い考えを持たないで、自分は自分なのだ、自分はこれをする使命があるのだ、自分はこれをしたいのだ、ということをはっきりしていけばいいんです。

仕事ができる人できない人の違いっていうのは、どれだけたくさんのことに気付くことができるかどうかだと思うのです。相手は何を考えているんやろうってことに気付ける人。いろんなことに気が回る人、気付きが多い人ほどいい仕事をする人だと思います。

私はこんなに努力しています。一生懸命働いています。というのは本人の勝手な思い込みです。肝心なのは働いた結果として、どれだけ商売ができたのかということです。

私は社員に「給料をもらって働く人」は辞めてくださいと言っています。必要なのは「働いて給料をもらう人」だけです。両者には大きな違いがあります。江戸時代、魚河岸(うおがし)に魚を売る商人がいましたよね。彼らはいくら朝早くから魚を売り歩いて努力したとしても、結局魚が売れなければ何もしなかったことになります。商人とは本来そういうものなのです。

何故私たちにできないものはないのかというと、要するにできるまでやるからです。今までの蓄積を体がすべて覚えているんです。だから一度覚えた技能は忘れることがない。苦労が多く、不良品がたくさん出るような難しい仕事もあります。でもやってできないものはないんです。

要所は先輩が教えてくれます。しかし、教えられたことをやっているだけでは駄目です。一を教わったら、十のことを自分で考えながら、自分で学ばなければいけません。金属は変幻自在の生き物です。それなのに、作業に使うのは単純な道具だけ。一回の作業に今まで自分が培ってきたノウハウのすべてを凝縮させるわけですから、自分で考えなければ仕事なんてできません。失敗したり、上手くいかない時もある。

私は「こんなつまらん会社」と思って、入社後一か月で辞表を出そうと思いました。親父に「辞めるよ」と言ったら、「てめぇ、石の上にも三年だ。三年たって辞めるというならオーケーする」と言われた。それで三年くらいたったら俄然面白くなった。

NUMMIにトヨタ生産システムを導入した時のことです。アメリカ人は問題が起きた時に機械で直そうとするんです。それに対し、トヨタ生産システムはやり方で直そうとするわけです。ここに明らかな文化の違いが出てくるんです。【覚え書き:NUMMIとはトヨタとGMの合弁自動車製造会社New United Motor Manufacturing, Inc.の略称。2009年でGMとの提携が終了し、NUMMIの工場施設は将来的にはトヨタの電気自動車製造の拠点になる見通しである。読みはヌーミ】

昨日までできなかったことを、今日は少しでもできるようにしよう。それが仕事です。昨日やったことの繰り返しは仕事ではありません。昨日できなかったことを明日はできるようにしよう。不可能を可能にしようというのが付加価値を生むんです。まずやらないのか、できないのかを問い直す。そしてイエスにするためにはどうすればいいかを考える。

25歳の時に「日影茶屋」に入って、なんでもやってきました。失敗すれば痛いし、成功すればうれしい。そうやって力をつけてきた。若い人がやれる環境をできるだけ作るべきですよね。【覚書き:日影茶屋とは神奈川県葉山の老舗日本料理店】

私は仕事のあらゆる場面で、社員にファイヤー(構える前に撃て)を求めているわけではありません。工場で実際に製品を組みたてる後工程の作業には、ファイヤーはむしろ害になることがあります。後工程に求められるのは確実さと効率ですから、マニュアルに書かれていないことにみんながチャレンジするとむしろ効果が低下してしまいます。

振り返ってみると、新しいものが生まれるときは異質な人たちのせめぎ合いの中から出てくることが多い。ブレイクスルーも異質のぶつかり合いの中から生まれることがほとんどだと思います。全員が同質、均質だったらブレイクは起こらないし、そこからは何も生まれない。

わが社は技術の着想は良いんだけど、それを事業化するのが遅い。それが時々イライラするんだ。上司に挑戦状を叩きつけるくらいのことができないとダメだね。僕はそんなことの繰り返しだったけど「社長、それは違いますよ」と言ってくれるのはいなかった。それはさびしいことです。

何をするにしてもペース管理が大切だと思っています。たとえば「会議は30分」と決めています。会議は何かを決めるのが目的ですから、論点が整備されていればそんなに時間は必要ありません。会議の場で論点整理するようでは、その分みんなを拘束することになり、時間の無駄です。他人の時間を邪魔しては駄目です。事前に資料を渡して質問があるならば、会議の前にすればいい。30分で決められないような議案はまだ会議にかける段階に至っていないということなんです。

私が育てられたと思う時期は、31歳で自動車業界に入ったころからのことです。当時、セールスウーマンはほとんど皆無の中で押しかけ入社をして、カバンをもってセールスに飛び出した。それこそ無手勝手流で訪問活動し、拒否されたり、受け入れてもらったりして、お客様の気持ちに直接触れながら、仕事を覚えていったんです。お客様に育てられたようなものです。

会社のためではなく、自分のために働かなければいけません。日本の社員はロイヤリティ(忠誠心)が高いと言われていますが、その社員を路頭に迷わせるような経営を企業はしているわけです。ですから、これまで日本型経営の優れた点とされてきたことを根本的に見直していく必要があると思います。

私は新入社員に4年ぐらい言い続けていることがあります。それは、この銀行に長くいる必要はないということです。ここにきて働く以上、毎日が自分にとってチャレンジであるようにと。新しいことを知り、知識を増やし、能力をつけなさい。その能力をもっと高く買ってくれるところがあたら、そこへ行ってもかまわないと。

完成品を外注に出すということは割とよくやるんですが、最初の段階では自分で失敗してもやることが大切なんです。それがトヨタのモノづくりの伝統だと思います。私自身、先輩によく言われたものです。「失敗を積み重ねて現在があるんだ。失敗してこそ次の方向が決まるんだ。失敗することなく、成功例だけを手にしても、方向性を定めることはできないぞ」と。そういう考え方がトヨタの遺伝子として受け継がれているんですよ。

自分の行動結果を客観的に分析評価できなければ、失敗を失敗と認めることはできません。しっかりした分析に基づかずに反省し、行動しても傷口は広がるばかりです。どんな時にも冷静かつ客観的に分析し、適切な判断のもとに行動しなければいけない。そのなかにこそ、革新の芽があるのだと思います。

私のサラリーマン生活は、3・3の法則で動いてきたと思います。サラリーマンにとっては、いろいろなポジションに動いていくということは非常に大事なことです。絶対にやらなければいけません。同じところに長くいたら、幅の狭い人間になってしまいます。変わることによってこそ、サラリーマンは磨かれるのです。【覚書き:出井氏はサラリーマン時代に3年ごとにセクションを移動していた】

作業工程の無駄を徹底的になくし、生産性を向上させるために、作業をすべて分解するところから始めました。たとえば、フロアモップがけという作業については、道具の運搬、人の移動、洗浄作業などの作業に分解し、ワークスケジュールの流れと組み合わせて、作業時間の短縮に取り組みました。

個人のソフトパワーが非常に重要になってきます。国や企業のソフトパワーと言っても、結局は個人のソフトパワーに依存するわけですから、個人がいかに自分の資質、能力、人格を高めていくか、いかに自分で選択して、自己責任を全うしていくかが求められます。

失敗した原因をさかのぼって追求し、新しい理論や技術を発見するのが肝要だ。いわば逆算からの出発である。【覚書き:21世紀の技術開発について語った言葉】

本を読まなかったので、自然自分で考えるようになった。本を読んでいたら仕事も人の後を追っかけているようなことが多い。考えて考えて考え抜くことが大事だ。【覚書き:知識も大切だが、考えることで生まれる知恵も大切だと説いた言葉】

「善の循環」を実践するうえで一番大切なのは貯金である。「貯金」とは何も貯金だけにとどまらない。人間が日々積み重ねる努力も、まさにこうした貯金なのである。

住友銀行時代、なぜか行きたくない部所ばかりに回されてきたような気がする。それでも結果的に気持ちよく仕事をしてこれたのは、会社のために頑張った人間を会社が殺すはずはないという確信が持てたからだ。【覚書き:アサヒビール会長時代の発言】

人間というものは、いつ、どういう仕事にぶつかるかもしれないものである。そのときに、その仕事を責任を持ってやれるだけの準備を平生しておくのは大事な心がけだと考える。それがいわゆる勉強であり修養である。

何よりもまず「ものの本質」をつかまなければいけない。議論をする場合でも、いまの議論の本質は何かということをなるべく早くつかんで、その本質に合わないことについてはあまり議論せず、本質に合うことについて話しを進めるようにする。自分の仕事についても、その本質、要点は何かということをできるだけ早くつかんで、それを達成するように努力する。枝葉のことにはあまり目をくれないようにする。それがことを成功させるゆえんでもあるし、また効果も多い。

私は銀行時代から専門バカにならないようにと、いろいろな分野の本を読むようにしています。軽いものから、堅いものまで、手当たり次第に読み、それもダラダラ読むのではなく、よほどの長編でもない限り、日に一冊完読。これくらい読まなきゃ頭が錆びちゃうと思いまして。

スーパードライが市場に出た時、業界の間では「あのつくり方は昔から理論的にはわかっていた」という声も聞かれました。しかし実際にやらなければ何の意味も持たない。スーパードライはまさしくコロンブスの卵だったわけです。前例がないから「やらない」のか、前例がないから「やる」のかここで大きな差が出たわけです。

社員にいつも言っているのは、会社を拡大するとき、いつ社長に抜擢されてもいいように、常に自己啓発をしておいてくれということです。これが最大のポイントですね。一流の人たちも、自分と同じ人間なんです。同じ人間なんだということを実感してほしいんです。自分もやればできるんだと思ってほしい。それを気付かせたいわけです。

自分でアンテナを立てて、一歩先のトレンドを肌で感じていないと仕事はできないと思います。とくに今の時代でセンスを要求される仕事をしている人は、遊んでいないと絶対にダメ。いろいろな情報も得られますし、海外には行けるだけ行った方がいいですね。内定の決まった学生には、暇のある今のうちに借金してでも行って来いと勧めています。必ずしも一流でなくてもそういう場所を自分の目で見てくる。肌で触れておくことは大切なことだと思います。

僕は自分自身で世の中がどう変わっていくのかを想像するようにしています。さまざまなカンファレンスに参加したり、海外の雑誌や専門誌を読んで情報を仕入れたり、ベンチャーキャピタルに持ち込まれる新しい発想を聞いたり、コンサルタントと意見交換をしたりして、世界的な視野で、世の中がどう動いているのかを見ることが重要です。

ただぼーっと、次に何をしようかな、何もビジョンがないな、というところでいくら情報を集めても、どれもピンとこない。すると判断が遅れるわけです。ですから、はっきりとしたビジョンを持っていることが、素早い意思決定には重要なんです。

何か面白そうなことが目の前に来たら、悩んでいないで素早く決断する。決めたらそれにしたがって行動する。そして最後までやり遂げる。チャンスをつかむためにはこの三つ「決断」「行動」「やり遂げる」が必要なんだと思います。

私は自分の頭の中に失敗と言うフォルダーを持っていないんです。ですから、失敗から学んだことにスポットライトを当てて、学びのフォルダーに入れています。いま学んでいる最中で、どうもしっくりといかないなという案件に関しては、保留中というフォルダーへ。かなりの楽天家で、自分でいいように物事を考えていますね。

私は人間は成長する動物であると思っています。スポーツ選手が日々トレーニングをして自己ベストを更新するように、社会人も毎日自己ベストを更新していると考えているんです。ですから、昨日の最高と今日の最高が私の中ではっきりと違っていなくてはならないし、違って当然だと思っているんです。

自分がそこそこのレベルで満足するのではなくて、本当の大舞台に立った時にも満足いくだけの能力や技量を身につけつけているかどうかを考えてみると、頭のストレッチ運動になるんです。自分の周りにいる人と比較していると、周りが縮んできたときには自分も縮んじゃうんです。そうじゃなくて一番高くて遠いところまで想像力を働かせれば、戻ってきても、さっきよりずっと自分の考え方が広くなっている。そういうことなんです。

たとえば、読みたい本のタイトルをメモに書いておくことはよくあると思うんですが、そのメモをなくしてしまったりするんですよね。それで、何の本だったっけ、とメモを探す。そうじゃなくて、あの本が読みたいと思ったら、いつ買うのか、いつ読むのかをその瞬間にスケジュール帳に入れてしまうんです。

手帳には人と会う時間のアポイントだけ書いてある人が多いんです。でも、重要なのは人と会っていない時間に、どれだけ効率よく理論的にモノを考え、何かを達成して仕上げて、それを次の行動に移していくかということ。ですから、その手帳の中に、モノを考える時間、企画する時間などを全部割り振っていくことにしているんです。なぜ時間管理をするかというと、やりたいことが短時間に最短距離でできるから。それはつまり、一番早くハッピーになれるということなんです。

毎日発見するんです。昨日と違って今日の自分が好きなことは何だろう?昨日できなかったことができた自分ってすごい。というふうに。毎日自己ベストを更新するんですから、今日できたことができないとダメ。昨日と今日が違っていなければおかしいですよね。

仕事をしていくうえで、一番重要なのは人を大切にすることです。じつはすべてを運んで来てくれるのは、人なんです。人を大切にして仲間を増やしていくというのは、起業する場合でも会社員でも同じなんですが、これがうまく楽しく仕事をしていくためのコツだと思います。

なるべく、好きな仕事を見つけてください。そして好きな仕事が見つかったら、それに情熱を注いでください。仕事は寡黙にやらないで、なるべく大騒ぎしてやりましょう。そうすれば、周りが動きます。賛同者やおせっかいな人も出てきます。よく人脈だとかコネクションづくりだとか言いますが、それよりも、売れる商品を作れば人脈はついてくるんです。なんだっていいんですよ。たとえばそれがパイナップルだとしたら、俺はこのパイナップルを売るんだと決めるんです。

親が作ってくれたものでも、学校が作ってくれたものでも、社会が作ってくれたものでも、その環境が自分にとって良くないと客観的に判断したら、そこを変えるべきです。親を変えるのは無理ですけど、友達や恋人を変えることはできる。そこからスタートしてみてください。必ず変わりますから。そのくらいのことをしないと、人間は変わらないんです。

言いふらすと情報が入ってくる。人材だけじゃなく、やりたいことの場合も同じで、本当にできてしまうものなんです。言わないとだめですね。言わなかったら誰も気づいてくれません。

飲食店としてでも、男としででもそうなんですけど、なんでこんなに仕事をするのかと考えてみると、自分のお金が欲しくてやっているわけじゃないしょみんな。すごい男だと言われたくて、自分の能力を試したくてやっているんじゃないですか。

「やる気」と「本気」の違いは、プロとアマチュアの違いと同じです。草野球とプロの違いは、お金が発生しているかいないかと言うこと。つまり、自分の人生がかかっているかいないかの違いです。社会人と言うのは、いってみればプロなんです。このプロとしての意識をしっかりと持つということが本気だと思うんです。

まず、物事を決めるとき、必ず自分で意思決定すること。人間は弱いからあなたはこれに向いているよって言われると、そうかなと思う。会社を選ぶときでも、この会社は大きいから大丈夫だとか、そういうふうに物事を見てしまうと、僕はだめだと思う。自分がやってみたいなと思うものを、自分で選択することが大切なんです。

とくに意識してやっていることはありませんが、新聞や雑誌は一通り目を通して、テレビや映画も見るようにはしています。忙しくてもなるべくいろいろなところに出かけるようにしています。これは子供のころから習慣になっていますね。いろいろ知りたいという気持ちは小さいころから強くある。そうやっていろいろなところに目を向けることによって、自然と何かが見えてくるのだと思います。

成果をあげる人の共通しているのは、自らの能力や存在を成果に結びつける上で、必要とされている習慣的な力である。企業や政府機関で働いていようと、病院の理事長や大学の学長であろうと、まったく同じである。私の知る限り、知能や勤勉さ、想像力や知識がいかに優れようと、そのような習慣的な力に欠ける人は成果をあげることができなかった。成果をあげることは一つの習慣である。習慣的な能力の蓄積である。習慣的な能力は、常に習得に努めることが必要である。習慣になるまで、いやになるほど反復しなければならない。

私は、成果をあげる人間のタイプなどというものは存在しないことをかなり前に気づいた。私が知っている成果をあげる人たちは、その気性や能力、仕事や仕事の方法、性格や知識や関心において千差万別だった。共通点は、なすべきことを成し遂げる能力を持っていたことだけだった。

どんな分野でも、普通の人であれば並みの能力は身につけられる。卓越することはできないかもしれない。卓越するには、特別の才能が必要だからである。だが、成果を上げるには、成果を上げるための並みの能力で十分である。

組織の活動や業績に実質的な貢献をなすべき知識労働者は、すべてエグゼクティブである。組織の活動や業績とは、企業の場合新製品を出すことであり、市場で大きなシェアを獲得することである。病院の場合は、患者に優れた医療サービスを提供することである。組織のそのような能力に実質的な影響を及ぼすために、知識労働者は意思決定をしなければならない。命令に従って行動すればよいというわけにはいかない。自らの貢献について責任を負わなければならない。

ものごとをなすべき者の仕事は、成果を上げることである。ものごとをなすということは、成果を上げるということである。企業、病院、政府機関、労働組合、軍隊のいずれにあろうとも、そこに働くものは常に、なすべきことをなすことを期待される。それにもかかわらず、ものごとをなすべき者のうち、大きな成果を上げている者は少ない。

知識労働は三種類ある。第一に仕事の成果が純粋に質の問題であるもの。第二に、質と量を共に成果とすべきもの。第三に仕事の成果が肉体労働と同類の仕事が多数あるもの。知識労働の生産性を高めるには、その仕事が成果に関して、いずれの範疇に属するかを知っておく必要がある。

知識労働の生産性の向上を図る場合にまず問うべきは、「何が目的か。何を実現しようとしているか。なぜそれを行うか」である。手っ取り早く、しかも、おそらく最も効果的に知識労働の生産性を向上させる方法は、仕事を定義しなおすことである。とくに、行う必要のない仕事をやめることである。

新しい組織社会では、知識を有するあらゆる者が、4・5年おきに新しい知識を仕入れなければならない。さもなければ時代遅れとなる。このことは、知識に対して最大の影響を与える変化が、その知識の領域で起こるようになっていることからも、重大な意味を持つ。新しい知識を生み、古い知識を陳腐化させるものは、科学や技術とは限らない。社会的なイノベーションのほうが大きな役割を果たすことが多い。

昔の人は言った。「夕食の客には教育ある人が良い。しかし砂漠では、教育のある人よりも何かのやり方を知っている人が必要だ。教育ある人間はいらない」。事実すでにアメリカの大学では、伝統的な教養人は、教育ある人間とさえ見なされなくなっている。そのような者は、趣味人として一段下に見られている。

知識労働者が貢献に焦点をあわせることは必須である。それなくして、彼らが貢献する術はない。知識労働者が生産するのは、物ではなくアイデアや情報やコンセプトである。知識労働者は、ほとんどが専門家である。事実彼らは、通常、ひとつのことだけを非常に良く行えるとき、すなわち専門化したときのみ大きな成果を上げる。それだけでは不毛である。専門家の産出物は、他の専門家の産出物と統合されて初めて成果となる。

大きな事業でも小さな仕事でも、一つの失敗がそれだけで命取りになることがある。その失敗にくじけ、しっぽを巻いてしまうからだ。一回限りの失敗は、実はまだ失敗とは限らぬ。肝心なことは、ところんまで失敗の原因を見極め、同じ失敗を二度と繰り返さないことだ。そうすると失敗は成功の母となる。

私は思考の大切さを否定するものではない。しかし行動となって現れないような思考は、ビジネスにとって無用であり、ときには有害でさえあると思う。行動を伴わない思考は、腐敗を生むからである。思考と行動は、むしろ両方が相互作用を積み重ねながら成熟してゆくとみるべきではないか。一つの思考を行動に移し、その行動を吟味しながら次の思考を生み出す。そんなスパイラルの中から行きたいアイデアが生まれてくる。

仕事がうまくいって成功した。これで完全だなどと思っては、それ以上の成長、発展はあり得ない。後は守るだけで、進歩の芽が育たなくなる。仮に完全無欠だと思っても、そこは大胆に切り捨てることが大切である。意識して切り捨てるのではなく、より完全無欠を目指して、試行錯誤を繰り返すことである。そのうちに、気付いてみたら初めのものはすっかり切り捨てて、まったく新しいものにすりかわっている。欠点を見つけては直しながら完全無欠を目指していくことが仕事であり、進歩への道でもある。

人間のやることに完全無欠はあり得ず、何をやってもどこかに欠点が残る者である。それに気づいて直すと、また欠点に気付いて直す。仕事とはこの繰り返しであり、この努力の積み重ねが成長、発展につながって初めて進歩する。

仕事には区切りがあるようでないものです。少なくとも、仕事をいとわず前向きに意欲を持って打ち込む仕事師であればあるほど、仕事には際限がなくなり多忙がついて回ることになります。長い間、新聞記者であった習性もあって、仕事とは決して他から与えられるものではなく、自らの手で見つけ出すものと信じているものにとっては、なおさらきりのないことで、さらに多忙を極めることになります。

自分に合った理想の仕事を探すのではなく、目の前にある仕事に惚れることが大事だ。最初は意に染まないと思っていた仕事でも、やっているうちにおもしろくなるということはいくらでもある。与えられた仕事に惚れようと思ったら、まずはその仕事と社会との接点に目を向けてみるのも一つの方法だと思う。

挨拶とは、人間が大きな声で人と接する行為である。この行為は、相手の心を聞かせるというとても大切な意味がある。挨拶とは、出会いから始まる人との交際のすべての始まりだ。だから挨拶のない子というのは世界が広がらない。挨拶のできない子は、幸せになることができない。挨拶が大きな声でできたら幸せになれるとは、昔からよく言われていることである。

一期一会の精神をわかりやすくいえば、今という瞬間に全力投球して生きなさいということです。自分の一生というものが、たとえば70年生きようが、あるいは80年生きようが、一瞬一瞬をどう生きるかが大切なのだということです。

どんな部署にいても、その時を大切に生きていく。これが大切だと思います。私は弓道をやっていますが、弓の昇段試合は二本の矢で勝負します。最初の一本を甲矢(はや)といい、後の矢を乙矢(おとや)といいます。甲矢で失敗して腐ってしまうと、乙矢まで失敗しがちです。甲矢を的から外したら、それはそれとして気持ちを切り替え、乙矢に勝負をかける。この乙矢が成功し、つまり一本だけ的に当たっただけで昇段するケースも時には出てきます。

大学を卒業し入社した旭ベンベルグ(旭化成の前身)では、面白くない仕事ばかり割り当てられました。毎日仕事と言ったら電報を打ったり、簡単な書類を作成するといったように、せっかく大学で学んだ学問が生かされるような部門でなかった。入社して三年ほどはこんな状態だから、毎日いつ辞めようかとしていました。しかし、こんなことをしていたら、自分が駄目になってしまうことがはっきりしていたので、特許とか税金といったものを勉強することにしました。それも社内でピカ一と言われるようなプロになることを目指しました。

大学を卒業する時、私は職業の選択に大いに迷いました。実業家の過程でしたから、運命的に私もそちらの方向へ行かざるを得ないとは思っていましたが、本心としては文学や哲学の方面に興味があったのです。そのころ私が考えていた実業家のイメージは、文化的な教養とは無関係な俗っぽい人間というものでした。しかし、ある有名な実業家から「そんなことはない。実業界に入ったからと言って、自分の心がけ次第ではいくらでも本も読めるし、教養を深めることもできる」と言われ、迷いから覚めました。

最近は仕事即人生ということで立ち向かおうとする人が多いですが、こういう人は案外挫折してしまうものです。人間というのはそんなに強いものではない。自分に割り当てられた時間をうまく配分して、逃げ込み場所にどう使うかということが大事なのです。私にとって、逃げ込み場所は画なのですが、登山でも、ゴルフでも、酒でも、何でもいいから逃げ込み場を作ることです。しかし、それらにのめり込み過ぎると、せっかくの逃げこみ場所がそうでなくなってしまう。そのへんは欲しくても我慢する克己心が必要になってくるということだと思います。

頭角を現す人は必ず人目につかないところで励んでいる。人生は努力の積み重ねてあり、その努力の源泉となるのは、常に進歩を求める心である。努力は必ず充実感へとつながってくる。日々平穏ではなく、日々充実感のある人生こそ本物ではないだろうか。そつのない平均点人間を今日の企業はもはや求めてはいないのである。

信念を持って仕事に向かい、失敗を恐れず実行するところに、人間としての前進や企業の発展が生まれる。皆の考えではない。これは自分の考えだと自信を持って言える仕事は必ず成功する。そしてそのような仕事こそ後世まで残るのである。

キャリアは長期的なものであり、予想できないものだと言うことだ。まっすぐ順調に進むことはまずない。ジグザグと回り道をし、立ち止まっては動き、あまたの思いもかけないことに出会う。まじめに働く姿勢や能力は重要だが、運が果たす役割も大きい。ともかくスタートを切ることだ。あなたのためにあると思わせるような天職はいずれやってくる。

つらい仕事に耐えたのに昇進させてもらえなくても、もうちょっと我慢したほうがいい。優良企業なら、そこにとどまっていれば新たなもっと良い上司を迎えることもあるし、あなたがどこか別の部署に移動して新しい機会にめぐり合える可能性だってある。なにはともあれキャリアを大切にしてほしい。楽しい思い出は仕事以外のところで探そう。【覚書|ウェルチはGEの生え抜き。大学卒業後からずっとGEで働きCEOまで登りつめた】

壁があると思えば、本当に壁が立ちふさがってしまう。

仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。

フランスベッドの営業訓

  1. 信念を持て。信念は心の糧。何ごとも打破する強力な武器である。
  2. 一秒を二秒に生かせ。時間は黄金にまさる。
  3. 無理な仕事でも一度はやれ。やらずして結論を出すのはもっとも危険である。
  4. 仕事に情熱を持て。失敗するか成功するかは人の能力よりも、情熱の度合いによって決まってくる。
  5. 創意工夫を忘れるな。アイデアの泉は尽きることなく、君と企業を繁栄に導いてくれる。

ユニデン管理職十訓

  1. 指示が正しくとも、それが正しく実行されないのは、指示の出し方が悪いということを自覚せよ。また、指示を出すからには必ず、最後の結果が出るまでフォローせよ。
  2. 自分で確かめることなく部下の言葉をうのみにし、それが失敗の原因となった場合は、部下を責めることなく自分の不注意を恥と思え。
  3. 部下に対し、過重な職責、またはタイトルを与え、それが失敗の原因となった場合は、部下の能力を責めることなく、自分の不明を恥じると同時に人事の重要性を知れ。
  4. 自分の部下の四分の一以上が平均点以下であれば、自分も管理職として失格と思え。ユニデンのモットーは小集団の大集団でありひとつひとつの部署が強力でなければならない。
  5. 素質のある部下に対しては年齢・経験にかかわりなく仮想重用地位を設定しそれに基づき鍛え上げよ。管理者は実務遂行責任者であると同時に、次の世代に対する教育係でもあり、これも管理職の最も重要な仕事のひとつである事を自覚せよ。ユニデンのモットーは「企業は人であり、人こそが企業である」。
  6. 部下の冠婚葬祭はもちろんのこと、個人的なことに関しても誠心誠意ことにあたり、面倒を見よ。とくに海外拠点の長は時に父親であり兄であれ。
  7. 部下の収入には十分に気を使うと同時に責任を持て。ユニデンモットーにあるように感情と勘定は仕事の両輪であり、とくに自分の部下の間で勘定に不公平またはアンバランスがあってはならない。正しい評価こそが部下との信頼関係を築く第一歩であることを認識せよ。
  8. 自分が忙しく、部下が暇な者は最低。部下が忙しく、自分が暇な者はまあまあ。自分も忙しく、部下がそれ以上に忙しいのが最高の管理職である。
  9. 事に当たるに際し、その成否が自分自身の生活に密着している事を自覚せよ。とくに取引の損得、現金の出入りについては自分の金ならこうする、会社の金だからああしたというのは管理職としてあまりにも無節操である。
  10. 「無事これ名馬」いかに優秀な者でも、病欠の多い者は管理職として不適格である。健康管理を充分に行い、常にベストな体調を持って仕事に臨め。

エスビー食品社訓

  1. 柱となり宝となれ。そこになくてはならぬ人となれ。君の希望も情熱もそのためにあるのだ。
  2. 仕事を創れ。仕事を追え。働く人に信頼が集まる。仕事が人一倍多くなったらそれだけ君の信頼が高まっているのだ。
  3. 工夫、研究。これを忘れたとき、君は後退に第一歩を踏み出しているのだ。
  4. 自己啓発に努めよ。これがないから君には迫力も展開も自信もない。
  5. 決定に対する責任を重んじよ。責任の回避は権利の放棄と直結している。
  6. 困難な仕事と取り組め。最後までやり通せ。ここにはじめて進歩と若さが生まれるのだ。
  7. 常に積極的であれ。そのための摩擦を恐れるな。でないと君は卑屈になる。
  8. 成すべき事をしないで。権利のみ要求してはならない。権利は正しい努力と積極から生まれる。
  9. 他人の立場になって考えよ。自分の考えが広ければそれだけ自分を大きくする。
  10. 先人の歩んだ茨の道を汚すな。君の働いている場所は輝かしい伝統に支えられているのだ。

リターンの小さい活動や雑用を他者に任せることで、ハイリターンの活動に集中できる時間を作りましょう。これなくして、素晴らしい成果は望めません。仕事を任せられる人がいない場合は、一日のどこか、または一週間のどこかに特定の時間帯を作って雑務などを振り分けましょう。エネルギーがダウンする時間帯に私は雑用を行います。

最も生産的に、エネルギーに満ちた状態になれる時間帯には、私は重要な仕事しかしません。重要な仕事は生産性の高い時間帯に、取るに足らない仕事は生産性の低い時間帯にまとめて行うということです。

時間管理、タイムマネジメントのための最良の道具は「NO」という言葉です。他人の仕事を引き受ける際には十分注意が必要です。NOという言葉を好きになりましょう。

未来を語る前に、今の現実を知らなければならない。現実からしかスタートできないからである。

未来に何かを起こすには、勇気を必要とする。努力を必要とする。信念を必要とする。決定のためには、いろいろな案がなくてはならない。ただし、可・否の二案だけでは不足だ。決定しないという決定もあることを忘れない方がいい。反対論がない場合には結論を出してはならない。勇気と勉強に不足があれば反対論は出ない。

専門性の進化と、異分野との接触のバランスを実現しなければならない。

知識労働とサービス労働は、何を行うかどのような技能によって行うかによって生産性が左右される。

未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ。未来を予測しようとすると罠にはまる。

生産性とは機械や道具や手法の問題ではなく、姿勢の問題である。換言するならば、生産性を決定するものは、働く人たちの動機である。

(大阪の)北の方に工場を持ってしかも自分の家を北に設けるとはアホなことだ。南に住め。そして大阪の街を見て通るようにしなければ時勢に遅れてしまう。

部下が企画を持ち込んできた時の対処法

  1. 提案されたらすぐに「すばらしい、やってみたら」と言う。
  2. しばらく経ってから「あの件はどうなっているの?」と聞いたり、メールを送る。
  3. このように、社員からのアイディアを聞いて覚えておく。
  4. 聞いたアイディアを結びつける。

効率的な会議をする4ステップ

  1. まず会議では「何が起きているのか?」とみんなに尋ねる。
  2. それから「私はこう思うけど?」といって反論や意見をしばらく待つ。
  3. 結果的に参加している人みんなを巻き込んだ議論に導く。
  4. 最後に彼の意見が正しいと思うか、否かを聞いて、その全体の意見に従う。

必ずメモをとれ。
【覚え書き|藤田氏は自他共に認めるメモ魔だった。自分の知らないことを人に聞いたら必ずメモし、さらに相手をよりしゃべらせるために知っていることもメモしていた】

『私はサラリーマンが嫌だ』という人は多い。その理由は疲れる割に自分の存在感が薄いことだろう。サラリーマンの醍醐味は『組織の長として自分の思うように組織を動かせる』事に尽きる。それを経験せずにサラリーマンを論ずることはできない。なんでストレスがあるかというと、負けてしまうから、仕事がうまくいかないからである。で、勝つためには、相当緻密に考えて、情報を集めて、戦略を伝達して実行させる必要が出てくる。

会社員にとって『自分がやりたい事』と『人事や周囲の人たちがやらせたい事』は往々にして違う。仮に違っても、それはそれでチャンスだと思う。

監督をやった頃は、銀行の了解を得なければならなかった。2年なり3年なりやらせてくれと。今は役員だから、仕事に影響がなければ報告をしておけばいい。銀行が必要ないと言えば、ラグビーに賭ける覚悟はある。ただ、両方やっていないと、価値がないんじゃないかと思う。

プレゼンテーションの際に重要なのは誰を説得するのかということです。例えば20人が出席している会議であっても、その中の意思決定権を持つ人が いた場合、その人に向かってプレゼンをする。たった1人説得すれば成功という場合に、そこに出席する全員に向けてプレゼンする必要はないわけです。

プレゼンテーションは、スライドが美しいから伝わりやすいとは限らない。汚くても伝わる場合もあるでしょうし、キレイで伝わらないこともある。いかに効果を上げるかが、プレゼンにとっては重要です。プレゼンは、情報を相手に伝えるもの。相手を説得するために、何が必要かを常に考えなければいけないでしょう。

どんな仕事であっても、プロの仕事と言うのはこうあるべきでしょう。仕事はやる以上は、決して好き嫌いどころか、濃淡さえも付けるべきではありません。それができなくなった瞬間に、プロの仕事ではなくなります。

それは十日間の仕事だ。そして、何かが壊れなければ5日で終わるだろう。

前もって立てた計画に従って過ごした充実した一日は、無計画に過ごした1週間に相当する。

直木賞にしてもなぜ僕がああまで粘着力を発揮できたかというと、仕事に惚れていたからでしょう。やはり20年30年とバカみたいにものに惚れてなきゃ駄目です。惚れてるやつは一種の共鳴板みたいなものを持っている気がする。好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、成功の最大の秘訣は自己の仕事に惚れぬくことでしょう。

職人の仕事はどんなものであれ、見よう見まねで体で覚えるのが一番。

やるべきことが決まったならば執念をもってとことんまで押し進めよ。問題は能力ではなく執念の欠如である。

優れたライターほどデータを捨てる技術にたけている。

目の前の仕事に集中せよ。太陽光線も一点に集中しなければ、発火しないのだから。

智恵ありといえども、勢いに乗ずるにしかず。(どんなに智恵があっても、時の勢いに乗る者には敵わない)

小さく砕いて、一つずつ解決すれば、解決できない問題はない。

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