能力開発・自己啓発の名言

このページは「能力開発・自己啓発」に関する名言を集めたページです。仕事の能率、人生の質、資産状況を変えるアイデアのヒントが詰まっています。気に入った名言は、SNSにスクラップしたり、手帳などに書き写してみてはいかがでしょうか。

能力開発・自己啓発の名言 一覧

恐れがドアを叩いた。信念がドアを開けると、そこには誰もいなかった。あなたが恐れるものは存在しない。みずからがつねに作り出しているだけだ。

絶好のチャンスと思った時には、慣れ親しんだ場所を飛び出して自分自身の道を発見しなければならない。

捨て身になるんだ。きっとやり遂げられる。それが最初の一歩だ!

力はあなたの手の中にある。自分がいま持っているものを信じて。I believe!

すべてが同じ状況であるにもかかわらず、その心が天国にもするし、地獄にもする。物事を辛いな、いやだなと思えば、実際に嫌なものになってしまう。しかし、その中で自分自身が成長しているとか、誰かの喜びにつながっているという実感があれば天国になるわけだ。これはすべてに対して言えることである。

人間が進歩するためには、まず第一歩を踏み出すことである。長い目で見れば人生にはムダがない。

日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである。

行動だ。何もしないで、ある日突然潜在能力は現われはしない。【覚書き|潜在能力を引き出すにはどうすればいいですか?と問われた時の返答】

大多数の人間が失敗するのは、失敗した計画に勝る新しい計画をたてるだけの粘り強さに欠けるからである。

自由に開かれた心があれば、必ず地平線は開ける。

我々の行く手、未来に招く希望をさえぎっているのは、実は我々の想像力なのである。我々が明日花開くのにただひとつ足枷となるのは今日の疑念だろう。

あなたはどんな状況下でも、自分がどう影響されるかを自分で選択することができる。あなたに起きた出来事あるいは受けた刺激と、それに対するあなたの反応との間には、あなたの自由、すなわち反応を選択する能力が存在しているのだ。

主体的な人であるならば、状況や他人の行動が自分の視野を広げてくれるような経験を作り出してくれるまで待つ必要はない。自ら意識的にそういう経験を作り出すことができる。

アルコール依存症連合会という断酒団体があるが、その座右の銘はとても参考になる。「主よ、変えられることを変える強さを、そして変えられないことを受け入れる穏やかさを、さらにそれを見分ける知恵を与えたまえ」

資産を築くには、課税対象となる現金所得を最小限に抑え、含み益(現金を伴わない資産価値増加)を最大限にすべきだ。私たちの調査では、平均的億万長者の年収は資産額の7%以下であった。言い換えれば、所得税がかかるのは資産の7%以下、正確には6.7%となる。金を使うには、それだけ収入を増やさなければならない。しかし、収入が増えればその分所得税も多くなる。

小金持ちと超金持ちの違いは何か?資産額が多ければ多いほど、現金収入の占める割合が低くなる。超金持ちは現金収入の割合を最小限に抑える術をマスターしたからこそ、超金持ちになれたのだ。超金持ちはその富を保つだけでなく、毎年増加させていく。

世界中の人々は、自分たちの十分な可能性を実現させることができるための自由と安全を必要としているのです。

人間というものは信じた自分になることが多い。もし、自分にはそんなことはできないと思ってしまうと、それで本当にできなくなってしまう。しかし、もしできると信じたならば、たとえはじめはそのような能力がなかったとしても、それをなし遂げる力を得ることができるのです。

あなたが望む世界を見るためには、あなた自身が変わっていかなくてはならないのです。

人間はすべて例外なく、自分が気付いている以上の大きな力を持っている。

私たちはみんな最終的に、心が注意を向けているものになる。なんであれ、同じことを頻繁に繰り返していると、そのうちにそれを信じるようになるのだ。

テレビの奴隷になっては絶対にいけません。カウチポテト族と呼ばれる人たちは、現代人に特有のもっとも狡猾な悲しい方法で、知らず知らずのうちに自殺を図っているのです。【覚書き|カウチポテト族とはカウチ(ソファー)でジャガイモのようにゴロゴロし、テレビを延々と見ることを趣味とする人々のこと】

成功のカギは、潜在意識という私たちの神秘的なもう一つの心に、繰り返し適切な肯定的暗示を与えることである。

「独創的な自然が創造したさまざまに不思議な形がたくさん寄り集まっているのを見たいものだ」という熱い思いに衝かれて、うす暗い崖の周りをしばらくさまよっていると、大きな洞穴の入り口に出くわした。しばらく、呆然としてその前で立ち尽くしていた。こんなものが存在するとは知らなかった。背を丸め、かがみ込んで左手を右ひざに充てると、まぶたが下がり、閉じる。その中に、何かを見つけることができるかどうか見極めようと、何度もそんなふうにかがみ込んだ。そうして、しばらくそこにいると、私の中に恐怖と願いのふたつが浮かび上がってきた。恐ろしげな暗い洞穴の恐怖と、その中に不思議なものがあるかどうか見たいという願いだ。

脳科学者によれば、人の無意識のデータベースは1000万倍で、意識よりもはるかに大きい。このデータベースこそあなたの創造的潜在能力である。言い換えると、あなたの一部分は、いまのあなたよりもずっと賢いのだ。賢明な人々は、自分自身のその懸命な部分にいつも相談しているのだ。

かつて、不確かなことを受け入れる能力は、ダ・ヴィンチのような天才たちにだけ見られる性質だった。世界の加速度的な変化に伴って、ますます曖昧さは増大し、確実性という幻想を持ち続けることはいよいよ難しくなってきた。もはやあいまいさを受け入れて生きる能力は、私たちの日常生活に必要不可欠な能力になっている。

好奇心に目覚め、経験を積み、感覚を磨いていけばいくほど、それまで知らなかった事柄と直面するようになる。心を開いて未知のものに向き合うことが、秘められたあなたの創造力を解き放つ最も効果的なやり方だ。

望ましい結果を思い描く能力があなたの脳の中に築かれ、そして脳はそのイメージを実際の行為に重ね合わせることで、あなたの試みが上手くいくように仕向ける。五感のすべてを動員すればするほど、視覚化の能力は高まる。

視覚化すること(ビジュアライゼーション)は感覚を磨き、記憶力を良くし、人生の目的を達成するための優れた方法だ。あなたはゴルフや社交ダンスから、絵やプレゼンテーションまで、意識して心に描く練習をすることで上達できるようになる。心に描くのは、リラックスしているときが最も効果があるようだ。

感覚は快感や苦痛を伝える導火線であるだけでなく、知性の助産婦でもある。「鋭い」は「頭が良い」と同義語であり、「鈍い」は「頭が悪い」の同義語とも言える。どちらも感覚的な鋭敏さに関係している。

たいていの人は自己暗示をかけるときに「私は……だ」という肯定の言い方をする。たとえば、「私は我慢強い」「私はますます我慢強くなってきた」のように。「私は……だ」の自己暗示も効き目はあるが、それでは主として知的レベルの認識を誘いがちだ。もっと感情に訴え、心の奥に届くような方法で語りかければ、あなたのもっと深いところに自己暗示をかけることができる。

ダ・ヴィンチはたくさんの間違いを犯し、真実や美を追求していく中でひどい逆境を経験した。身に覚えのない責めを負い、権利を侵害され、追放され、自分の作品を理不尽にも破壊された。しかし、一番深刻な逆境は、時代の先を読みすぎたことからくる深い孤独感だったに違いない。

正しい判断は経験からもたらされるということを私たちは誰もが知っている。しかし、時には間違った判断を通して経験することがあるということも知っている。あなたは自分の間違いを活かしているだろうか?

ダ・ヴィンチは継続的学習が重要だと知っていた。絶えず学習し続けることが、ダ・ヴィンチ精神の原動力だ。ほとんどの人たちにとって、あらゆる知識を習得するのは不可能だとしても、新しいことを学ぶことによってダ・ヴィンチ精神をより深く身につけることができる。

優れた人物は、優れた質問をするものだ。常日頃「私たちが良く考えている」疑問というものは、私たちの人生の目的を反映し、またその人生の質に影響を与える。

現代において一番難しいことは、あらゆる方向からどんどんたまるストレスに直面しながらも、バランスのとれた充実した人生を送ることだろう。中世に生きた私たちの祖先は、まったく時間という概念を持たなかった。しかし、私たちは時計によって管理されるという恐怖がある。

人間のエネルギーや時間には限界があるから、できるだけ自分の得意な分野にそのエネルギーや時間には限界があるから、できるだけ自分の得意な分野にそのエネルギーや時間を振り向けた方が成果は上がりやすくなるはずである。不得意な分野だけど、この分野をどうしてもやりたいというものがあるなら話は別だが、そうでなければ自分の得意分野に情熱を振り向けた方が良い。

贅沢をしてみるというのも一つのチャレンジなのだ。消費という面でも、思い切ったチャレンジをしてみれば、人生はもっと楽しめるようになる。それは自分のこれまでの限界を超えるという意味になる。新しい自分が見えてくることも多い。不思議なことにもっと稼ぎたいという新たな欲望もわいてくる。その気持ちを前向きなことに結び付けていけばよい。

いろいろな人生投資の中で、自分自身への投資というのが一番投資効率が良かったのではないかと思っている。私の場合は、留学にお金を投資したわけだが、どんなことに自分の時間やお金やエネルギーを投資するかということは、その人の価値観によって変わると思う。

長い間楽しめて、歳をとっても実利が期待できるカウンセリングや精神分析は、大人の勉強の中ではおすすめのうちの一つであるのは確かなことだ。はじめる時期も若いうちである必要はない。アメリカでは50歳を過ぎて正式の分析家になるなどというケースはごまんとあるのだ。定年退職後に臨床心理を勉強しなおすというのも、十分考慮に値する選択だろう。

本を読んだり、先輩の話を聞いたり、自分自身が失敗したり、苦しい思いをしたりして、やっとそういう自分自身の考え方というものができてくると思う。いろいろな経験をしながら、その都度決断は自分の考え方でやるということを身につけなければ、就職してもミゼラブル(惨めで不幸)な状態になるだろうと思います。

世の中、平均的ないわゆる普通の人たちが8割とか9割います。そういう人たちの話を聞いていれば、めでたく普通の人にはなれるかもしれない。しかし、自分がこの世に生まれてきて、何かを成し遂げたという満足感を得ようとするならば、ごく普通の人の話を聞いていたのでは道を誤るということです。

僕は我慢は大切だと言っているし、やりたいことをやりたいんだったら、周りの人に喜ばれ、感謝されろとも言っています。これは好きなことをあるための基本中の基本。まわりに嫌われているような連中は、自分のやりたいことなんかできっこない。やりたいことをさせてもらえないし、そんなやつとは組みたくない。そこは好き嫌いの次元かもしれないけれど。

終戦時に満州から引き揚げる逃亡生活に入る前の晩まで、私は悪いことばかりしていたそうです。倉庫に入っては山積みになっていた角砂糖を盗んで食べていたらしいんですが、ある朝方突如、爆弾がドン、ドンといって落ちてきた。ソ連の侵攻です。5歳でしたがそのときから要所、要所において記憶があるんです。親父が商売をしていましたので、そう悪い生活でもなかったのですが、逃亡生活の翌日からはもう着の身着のままで、何も持たずにひたすら逃げた。幼少時に惨事を経験し、死の淵を見たというか、以来私はどこででも生きていけると人生を達観し、悟りの境地で物事に臨むようになりました。

チャレンジをした人は必ず失敗しているわけですから、逆に言えば、失敗した人はチャレンジした勇気のある人。だから、失敗を怖れずに、やり続けることです。「あのときああだったよな」って笑えるようになるまで頑張ること。粘り、しつこさ、根性。必要なのはこれだけだと僕は思うんです。

成功には「短期的成功」と「長期的成功」があります。成功を長期的に伸ばしていくことができる人はなかなかいないんです。短期的に成功すれば長期的にも成功できるんだと思いがちですが、実際には、短期的に成功した人が必ずしも長期的に成功するとは言えないんです。

100回やめようかと思いましたけど、101回思い直しているから今がある。最終的に高い志や信念を持ち、常に現状よりも次を見据えられる人でないと、成功はできないと思います。その一方で、常に先を見ているからこそ、目の前の物事に謙虚に対応していくということも大事だと僕は思います。

何もしていない人は、それが好きだから何もしていないんだと思うんです。人間は好きなことしかやれない動物である。これは私が絶対的に信じていることなんです。

人間は自分が好きなことしかやっていない。自分が思ったことしか言っていない。言ったことで自分が洗脳されている。この循環をどういうふうに自分で発見して、断って、違うところへ行くかということを意識しなくてはいけない。

いま話しているのと同じことを、私は明日違う人にも話すかもしれない。そうするとそれを二回聞いているのは私なので、一番洗脳されるのは自分自身なんです。絶対にやり遂げるんですと一回言って、その後二度と言わなければ私も忘れるかもしれません。100万回言っていると、私自身が確信していって、洗脳されていきます。ですから自分がなりたい姿だけをいつも口にしていれば、必ずそうなるということなんです。

人間は100万ある単語の中から、自分が使いやすい単語を頭の中で検索して使っています。何かに出くわしたときについて出る言葉、説明しようとするときに並べる語順、これは全部自分の過去の体験から、一番使いやすい頻繁に使う単語と、その組み合わせで話しているんです。これを入れ替えることによって、意識を変えられるわけです。

何気なく話している方が多いと思うんですが、自分がよく使う単語の意味、その単語をどうして使っているのか、なぜその順番で話をしているのか、ということを考えてみるといいと思います。それを紙に書き出してみて、どうしたらよくなるのかということを単語にして書き出して行くっていうのも一つの手です。

自分が今までに、これが得意だとかこれをやったら褒めてもらえたとか、そういうことを思い出したり見つけたりするということも、すごく重要なことです。ビジョンを見つけるっていうのはそこから始まるんです。みんな、ビジョンがないと思い込んでいるだけなんですよ。

成功したらこんな車に乗れるとか、こんな生活ができるということより、つらいことや苦しいことはたくさんあるけどこんな喜びがある、こんな感動があるということを僕はみんなに伝えたい。お金だけがメインになってしまったら、途中で挫折しちゃいますよね。

成功者を見て「自分には無理だ、あの人は特別だ」と思った時、気持ちを切り替えてほしい。成功者だって、ゼロの地点があったんですよ。最初から成功者じゃない。なんで成功できたのかと言うと、それは彼らが「成長者」だったから。ということは、自分だって成功できるわけです。極端な話、過去や未来なんてどうでもよくて、いま輝いていることが大事。未来はいまの連続なんだから、いま輝いていないと未来もダメなんですよ。

ストレスを感じないためには、自分でミッションを課すこと。苦しいこと、悲しいこと、つらいことも多いけれど、その先には素晴らしいことが待っているんだという想像の世界を作るんです。イマジネーションがすごく大切です。

好奇心のない人間は新しいものを生むことができないし、自分を成長させることもできない。当然、仕事も面白くはならないだろう。逆に、旺盛な好奇心を持ち、自分の頭で考えられる人間は、退屈な仕事を与えられても、それ自体をなんでだろうの対象にできる。決められたマニュアルがあるなら、その仕事にそのマニュアルが用意されている理由をなんでだろうと考えることができるわけだ。

やりたいことが見つからないと言う若者は、どこかに必ず自分にぴったりあった仕事があって、いつかそれに出会えるはずだと言う錯覚を持っているような気がしてならない。それは順番が逆だ。どこかに好きな仕事があるのではなく、目の前にある仕事を好きになれるかどうかが大事なのではないだろうか。

神様は不公平ではない。金持ち貧乏、頭が良い悪い、性格が良い悪い、足が長い短い、そんなことは人間の価値基準ではないのだ。そんなことを神様は何とも思っていない。人間とは、人間性を高めるために生きることが一番の幸せなのではないか。そうであれば、金や地位や名誉で相手を判断し、区別する見方ではなくて、すべてにおいて自分たちは平等な戦いをしているのではないかと思える。

勝負とは、必ず誰かが勝ち、必ず誰かが負けることになっている。そして、誰もが自分が勝ちたいと思うはずだ。では、どうすれば勝てるのか。その答えは、じつは簡単である。自分が勝つまで戦い続けることである。どんなに負けそうになっても、勝利をあきらめず戦い続けていれば、いつかは必ず勝つことができるのだ。負けとは、諦めである。どこかで諦めてしまったら、息もせずに戦い続け、自分の勝利を手にしてほしいと私は願っている。

失敗というのは明日のための経験なんです。成功へのプロセスなんです。計画変更のための一つの要因といってもいい。あきらめなければ、失敗にはならない。あきらめたときに、しっぱいになるわけであって、僕はいくつも失敗してきましたけど、全部いい経験だったと思っています。

私は「鈍」であれといいたい。鈍な奴は必ず成功している。人生はとにかく鈍でいこう。鈍とは鈍いということ。頭が悪くて、表現もうまくない。しかし、こういう鈍な人間が社会的に影響力を持っている。私くらいの歳になって、会社の中でも確固とした地位を持ってリストラにも無縁の奴は、「鋭にして鈍」「鈍にして鈍」な人間である。頭は良くてもよくなくても、一つのことをきちんとできる人間だから、人生がうまくいく。

技術屋ってのは、手でモノを作る商売なんで、しゃべったり、文章を書いたりするのは俺は苦手なんだよ。その俺にかしこまった人生訓だの家庭訓だなんて苦手だね。だいたい、おれにとって家庭訓が一番難しいってことは、世間様のほうがよく知っているよ。それでもまあ、自分の生き方を強いて言うなら「当たり前のことを当たり前にやる」ってことかな。こんなことは人生訓にゃならないかもしれないけど、俺はこれまで当たり前のことを当たり前にやってきたつもりだよ。

不自由をいとわず努力する者のみが、自由を得られるのです。だからこそ真の自由は尊いのです。自由の意味を取り違えてはなりません。私は五十有余年の企業再建人生の中で、人の交流のありがたさと、自由とは何かを身を持って知ったのだと思います。

人間は誰でも幸福になる権利があります。しかし、人を押しのけたり、足を引っ張ったりして自分だけ幸福になろうとしても、決して幸福にはなれない。親は子を、子は親を幸福にする。夫は妻を、妻は夫を幸福にする。兄弟姉妹を幸福にする。それから友人を、同僚を幸福にしていくと、いつのまにか幸福な人たちの中にいる自分も幸福になっているのです。

誰だって失敗はあります。人間である以上は失敗があるし、試行錯誤するから人間というものは成長する。失敗を土台にして螺旋状に進展していけばいいのです。それには、一期一会の精神で常日頃練習に打ち込んでいなければなりません。同時に無理をしたり背伸びをしてはいけません。

成功のあいうえお・カキクケコ
 あ(諦めない)
 い(威張らない)
 う(裏切らない)
 え(えこひいきしない)
 お(驕らない)
 カ(感謝を忘れるな)
 キ(協力者の立場を尊重せよ)
 ク(苦労は進んで担え)
 ケ(健康に注意せよ)
 コ(公共のために尽くせ)

この貴重な人生をいかに生きるべきか、企業という集団の中に対して何をすべきか、経営のトップはいかにその責務を果たすべきであるか、悩みは永遠に尽きない。したがって、死に至るまで学生(がくしょう)の身として研鑚に励むことになる。

私は困難にぶつかるたびに、一つの言葉を自分に言い聞かせてきました。「絶えず努力する者は救われる」これはゲーテのファウストに出てくる言葉です。若いときに出会ったこの言葉が経営者としての私と、人間としての私の心の支えでした。「最善の努力をしてみよう。その結果は努力しないよりもはるかに良い結果が得られるはずだ」と。

人間はだれでも人生における大きな転機がある。私の場合には、戦争でした。それと仕事を通じて知り合えた多くの人たち、なかでも土光敏夫さんとの巡り合いは私の人生を大きく変えました。戦争と土光さんとの出会いがなかったら、私の人生はいまとまったく異なるものだったでしょう。

自分でも運に恵まれていることは認めている。しかし、運は一人で占めるべきものではありません。また一人の努力のみによって開けるものでもありません。禍福はあざなえる縄のごとくやってくるものです。だから私は自戒の意味を込めて、座右の銘を仏果禅師の「福受けつくすべからず」としているのです。

私の好きな豊臣秀吉も努力の人である。彼は自分に与えられた仕事の中で、常に最善を尽くして一歩一歩のし上がり、ついには天下人にまでなった。現代のサラリーマンは、自分は何も努力せずに上司が認めてくれないと嘆く。あるいは、給料や待遇といった目先のことばかり考えている若い人も多い。自分本位の甘ったれなのだ。総じて現代人は賢くなったようだ。そつのない平均点人間が多すぎる。だから人生も平板で、ひとたび乱があると動揺して対処できなくなる。

出世しよう、重役になろう、社長になろう、金を儲けて家族を幸福にしよう。どんなことでもいいです。意欲を持ってやることです。同じ学歴、才能のある人間同士が同じような仕事をしていながら、最終的に差がついてしまうのは、意欲の持ち方の差である。

私にとって人生とは、自分自身を知るための日々なのだ。戦場で生き残り、天命によって生かされ、事業という第二の戦場で現在も戦い続けている私とはいったい何者なのか。自分の内面を見つめて、常に己を知ろうとしている。己は時には、対面する相手の言葉や表情にも表れる。自分が行っている仕事に対する周囲の反応から己が出てくる場合もある。

どのような危機の時も私はたじろがなかった。むろん解決に自信があったわけではない。どんなときも全身全力でぶつかってきた。私は信じていたのである。あの戦地の地獄の白骨街道を生き延びてきた自分には、52人の戦友の魂がついている。ここで倒れるわけにはいかない。また彼らが助けてくれぬはずがないと。

本当に大切なメンター(師)は30分しか時間の取れないような有名人じゃない。あなたの働く会社の偉い重役さんで、あなたのために隔週で一時間ずつとってくれる人でもない。そうであってもいいのだけど、その場合には他にも多くのメンターがいるのであればという条件がつく。仕事をしていく上で出会うすべての人、あなたの知らないことを知っているすべての人たちに何らかの形でメンターになってほしいと考えるべきだ。

最高のメンター(師)関係とは、会社が作る制度のような形式ばったものではない。社内の人間であろうとなかろうと、同じ仕事についていようがいまいが、そんなことにこだわらなくていい。関係は数週間のものかもしれないし、一生続くものかもしれない。友情に発展することもあれば、純粋に実用的で終わる場合もあるだろう。いずれにせよ、喜んで教えてくれる人からあらゆる機会を捕らえて学ぶこと。それこそが真のメンターとの関係だ。

『敗北』それがなんだと言うのでしょう。少しばかり勉強させてもらっただけであり、よりよいものへの第一歩に過ぎないのです。失敗しないのは、頭から何もしない人だけです。人は間違いや失敗を通して最高の教訓を得るのです。

失敗の最大の原因は、ほとんどの場合粘りが足りないことだ。

人々が皆幸せで、金も十分にあった時代など、かつてあっただろうか?

私が考える『クレイジーの定義』とは『わずかなお金を得るために嫌いな仕事を50年も続けた揚句、貧乏なまま死ぬこと』。

大勢の人々を教えてきて一つ発見したことがあります。人々に欠けているのは知識ではないということです。本当に欠けているのは勇気です。知識はいくらでも得ることができますが、行動に移す勇気がなければ何の役にも立ちません。いますぐやりましょう。

私たちは常に、自分がひそかに一番愛しているものに惹かれていく。人が努力の末に手に入れるのは、結局自分がもの求めるものではなく、自分そのものなのだ。

人生は『得手に帆あげて』生きるのが最上だと信じている。
【覚書き|得手に帆を上げて=風の流れ時流に沿って生きろ。順風の時はチャンスを逃さず最大限に活用しろという意味合い】

人生は「見たり」「聞いたり」「試したり」の3つの知恵でまとまっているが、多くの人は「見たり」「聞いたり」ばかりで一番重要な「試したり」をほとんどしない。ありふれたことだが失敗と成功は裏腹になっている。みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ない。

人間というものは、面白いものであり、不思議なものであり、必要のない人間というのはいないのである。

富は小さな努力が、大きな成果を生む時にもたらされる。
貧は大きな努力が、小さな結果しか生まない時にもたらされる。

偉大なリーダーは皆、ある共通な特徴を持っている。それは、その時代の人々の大きな不安に進んで真っ向から立ち向かう気持ちである。他でもなく、これがリーダーシップの要点なのだ。

昨日を捨てよ。自分が得意だと思っていることに溺れるな。物事の「本質」を鋭く透察する心を持て。

本物の変化とは人が行うことであり、流行とは人が言うことである。

学校は長くいればいるほど、自分で意志決定を行う機会が少なくなる。

成果をあげる人たちは気性や能力、職種や仕事のやり方、性格や知識や関心において千差万別である。共通点は、なすべきことを成し遂げる能力をもっていることだけである。

自らが自らに求めるものが少なければ成長しない。だが多くを求めるならば、何も成長しない者と同じ程度の努力で、巨人にまで成長する。

学ぶことのできない資質、習得することができず、もともと持っていなければならない資質がある。他から得ることができず、どうしても自ら身につけていなければならない資質がある。才能ではなく真摯さである。

作物を刈り取るには、まず種をまかなくてはならない。その後は、収穫の時期がくるのを忍耐強く待ちつづける必要がある。そして多くの場合、いちばん待ち望まれる果実ほど実を結ぶのはいちばん遅い。

必要こそが発明の母であり、困難こそが偉大な成果を生むための真の学校である。

真の人格者であるかどうかを計るものさしはたくさんある。中でもまちがいのない方法は、その人間が目下の者にどうふるまうかを見ることだ。真の礼節を知る人間は、他人の意見にもよく耳を傾ける。

鉄を熱いうちに打つだけでなく、鉄を熱くなるまで打ち続けなくてはいけないのである。

習慣は木の皮に文字を刻むようなもので、その木の長ずるにつれて文字を拡大する。

もしチャンスが来ないなら、自分でチャンスを作り出せ。

困難や災禍ほど人を鍛えてくれる。富や運は始め味方のようだがいつか最大の敵となる。

私は特別な人間ではない。しいて言えば普通の人よりちょっと努力しただけだ。

私は、自分が作り上げた莫大な財産の大部分を、多くの人々に分かち与えたいと思う。その財産とは、私が巨富を得ることを可能にさせた成功に関する哲学のことである。

すべての成功、すべての巨富は、まずアイデアから始まる。

「偉大なもの」のために「良いもの」を諦めることを恐れてはいけない。成功の秘訣は、あたりまえのことを、特別上手にすることだ。金を手にして得意がるのは愚か者だけだ。

快楽におぼれる人生ほどつまらない生活は思い当たらない。

もし、あなたが成功したいのなら、踏みならされ受け入れられた成功の道を行くのではなく、新たな道を切り開きなさい。

ブランソンの5つの成功法則

  1. 失敗から学んでそれを正す。
  2. リスクから逃げるのではなく、リスクを最小限に抑える工夫をする。
  3. 難しい決断を下すときには、時間をかけて冷静に、すべての選択肢を考える。
  4. リスクを心配しすぎないで、成功の可能性を見つめる。
  5. できない理由ばかりを言う人が多いが、多少の無理をするくらいでなければ、何事も前にすすまない。

努力は運を支配する。勝つ事のみ善である。
【覚え書き|宿澤氏の座右の銘】

失敗しても、それを人のせいにしたり弁解したりせず、常にそこから何かを学ぶようにすれば、あなたの知識の宝庫はどんどん豊かになる。もし金持ちになりたいという気が少しでもあるのなら、焦点を絞らなければ駄目だ。

あなたにとって最大の財産は、あなたの知識、「知っていること」だ。反対に最大のリスクは「知らないでいること」。どんな事にもリスクはつきものだ。だからこそ、それを避けるよりも上手く乗り越える方法を学ぶことが大切なのだ。

敗北によってやる気を奮いたたせるものが勝者となり、敗北によって打ち負かされるものが敗者となる。勝利の最大の鍵はここにある。だから負けることを恐れてはいけない。学ぶことに、もっと真剣になって耳をすませば、たくさんのことが学べる。

私たちが持っている本当の唯一の資産は私たちの頭脳だ。その人がどうなるかは、学んだことによって決まる。考えない人は負ける。自分の頭を使って考える。学問的教育、職業的教育、お金の教育。お金を稼ぐには学問的教育が一番必要ない。これが最も大事な教訓です。

私は明日を一度も見たことがない。私にあるのは今日だけだ。今日は勝者のための言葉で明日は敗者のための言葉だ。あなたの未来は、明日ではなく、今日あなたがすることによって作られるのです。

足に障害がある義姉が、我が家の2階まで上がってきた。私は聞いた「ここまで上がってくるのは大変だったでしょう?」義姉が答えた「大変なことなんてないわ。だってわたし、一歩ずつ進めば、どこへだって行けるもの!」

自分の限界を知る必要があるんだ。そして自分が一番得意なことをすることだ。私が犯した大きな誤りは、優秀なチームを集めなかったことだ。(多くの人の)最大の誤りは他人の意見を聞かないことだと思うよ。必ずしも人の意見を取り入れ、人の言うとおりに行動する必要はない。けれど、人の話にはつねに耳を傾けるべきだと思うよ。利用できるアドバイスもときにあるからね。

重要なことは、自分が最も学ぶ必要のあることを人に教えなさいということなんだ。「少なくともひとつの、たった一つのアイデアでいいから自分のものにしなさい」好きなアイデアからひとつ選んで、それを実践すればいい。そしてそれを他の誰かに教えれば、そのアイデアは自分のものになるんだよ。自分が必要としているものならどんなものでも、一割寄付をする必要があるんだよ。

ウパニシャッド、これはヒンズー教の聖書に相当するもので、その一行目にはこう書かれている。「潤沢より潤沢を取り去るも、潤沢は残存す」私が言いたいのは、豊かさというのは、すべての人に行き渡るほど十分にあるということ。どれだけ大きなパイの一切れを手に入れられるかということではなく、どれだけ大きなパイを作れるかということなんだよ。

自分自身の計画で空白を埋めなければ、他の誰かの計画に組み込まれるしかない。成功できない唯一の理由は、学ぶべき情報を取り入れ、それをただちに実践しないからなんだ。もちろん、一晩ですべてを変えることができない。だが、考え方や哲学を変えることで、それは可能なんだ。

自尊心をおおいに高めていくためには、何か小さなことをはじめるだけでいい。一度にすべてのことを改革する必要はない。新しい規律を持ち、いますぐ守り始めて欲しい。いまから1年後、あなたはこれまでの平凡な人間とは似ても似つかない人物になっているだろう。自分に関するあらゆる部分を変えることが可能だ。

世の中で最高に幸せな人にも不幸せな時がある。事実最高に幸せな人もみんなそれぞれに憂鬱や悩みや失敗を抱えている。幸せな人と不幸せな人の違いは、落ち込む回数や落ち込み度の深さではなく、その気分にどう対処するかで決まることが多い。

サミュエル・スマイルズは19世紀末に『自助論』というタイトルで最初の成功本を書きました。その中で「人は常に成功より失敗から多くを学ぶ」と述べています。人間はどうすればうまくいかなくなるかを知ることによって、うまくいく方法に気づくものです。そしてまったく失敗しない者は、一見損失に見える事態を利益に転じるときの心の高ぶりを永久に知ることがないのです。ゲームにしろ人生にしろ、チャンピオンの座を勝ち取るのは、逆境を乗り越える術を学んだ者なのです。

敵に怒りの炎を燃やすのは、ネズミを一匹退治するために家を焼くようなものです。誰もあなたが幸福になったり、全力を尽くしたりするのを邪魔することはできません。あなたが邪魔していいと許可を与えない限り。

目覚めたときに自分がみじめに感じられる朝は、日の光を入れて音楽のボリュームを上げたら、あとはただ朝刊を取り上げるだけでいいのです。朝早くは一面は見ないこと。さもないと枕の下に潜り込んで隠れたくなります。かわりに訃報が載ったページを開くのです。たとえあなたがいらだちや不信感や不安など、いろいろな問題を抱えていようとも、できるものなら喜んであなたと居場所を取り換えるに違いない人々の名がずらりと並んでいます。朝気分がはずまないときは、試してみてください。きっと私に感謝したくなります。

あなたは神の特別な創造物なのです。行いであれ、ものであれ、努力であれ、親切であれ、あなたが源となっている事柄には、何ごとも全力投球してください。お茶を濁すようなことがないよう。小さなことをおざなりにするのは、大成しない人や可もなく不可もない並みの人間だけです。

この人生という難しいゲームには、戦果が上がるようにプレーするためのルールがあります。しかし、それはあくまでゲームです。あまりまじめくさってやるものではないゲームであることを忘れないでください。

あなたの笑い声が聞かれない日くらいわびしいものはありません。朗らかな笑いはどこの家でも明るい日差しのようなものだから。例え多忙を極めていても、幸せな面を表にあらわさずに一日を送ることのないようこころがけたいものです。ほほ笑むたびに、そして笑うとなおさら人生に貴重なひとときが加わります。

誰であれ人に会ったら「夜中12時にはこの世を去る」そんなつもりになって、いままでとは違った態度で接する。それは極めて簡単である上に、それと引き換えに人生が永久に変わるのです。ぜひ試してください。

今日から出会う人は皆、友達も敵も、愛する人も見ず知らずの人も、夜中の12時までに死んでしまうものとして接しよう。どれほどわずかな接触しかなくても、一人一人に精いっぱい理解と愛情を示し、見返りは期待しない。相手はあなたの優しさにどう反応するでしょうか。あなたがこれまで他人から受けたことがないほど思いやりやいたわり、協力的な態度や愛情を示すはずです。あなたの人生はこれでもういままでと同じではなくなります。

明日という日があるのは愚か者の暦だけ。昨日の敗北は忘れ、明日の問題は無視します。今日こそ、最後の審判の日。あなたの持っているすべて。それを一年で最高の日にするのです。もう一度人生をやり直せたらという言葉ほどわびしいものはありません。今日はあなたの日です。

どうでもいい些細な仕事に明け暮れて、本当に挑戦すべき事柄に出会ったときそれに受けて立つ暇がない。そんなタイプの人をあなたはご存知かもしれません。あなた自身がそうかもしれません。彼らは見つけ出せる限りのありとあらゆるどうでもいい雑用や仕事に精力を使い果たすのです。この種の人が自分では気づくことなく行っているのは成功を避ける努力なのです。

一日一日が神からの特別な贈り物です。人生は常に公平というわけにはいかないかもしれません。しかし、醜い自己憐憫のマントをまとっていては絶対に勝てないし、泣きごとの不快な響きは成功のチャンスを必ず追い払います。そんなことはもうやめましょう。もっと良い生き方があるのです。

ひとたび何かしらの勝利をおさめると、自惚れという罠にはまりやすく、自分は並みの人間と違うんだと思いあがるようになります。そしてそうした思いが人と接するときに態度に出るようになると、前進が大きく阻まれる恐れがあります。高慢と思い上がりほど自分に害を及ぼすものはないのです。

前進を妨げる奢りや自惚れという恐ろしい罠に陥らないように注意する必要があります。今度自慢したくなったら、居丈高に振りかざした握りこぶしをふちまで水を張ったバケツに突っ込むこと。バケツから手を出した時に残った水の量を見れば自分が何ほどのものか思い知らされます。

古代ローマの賢者マルクス・アウレリウスは「ものの考え方がその人の人生を作る」と記しています。良い人生、悪い人生、みじめな人生、喜びに満ちた人生、輝かしい人生、絶望的な人生。それはあらゆる人生について言えることです。さらに仏陀は「現在の自分は自らの考えによってもたらされたものだ。心がすべてである。人間は自分が考えているようになる」と言っています。

1974年、ハンク・アーロンがベーブ・ルースのホームラン記録に近づいたある朝、私はアトランタブレーブスの広報課に電話しました。「ハンクのホームランが710本で、あと5本でベーブルースの記録を破ることは知っています。ところで、ハンクの三振はいままで何回ですか?」電話に出た青年は言った「1262回です」不世出のホームラン王でさえホームランを一本飛ばすために、倍近く三振を出さねばならないのです。

ひとたび明日から給料以上の働きをすると心に決めたら、人生に奇跡が起こり始めます。現在何で生計を立てているか、仕事のいかんにかかわらず、毎日給料以上の働きをすれば、生活はすぐさま向上しはじめます。費用は全くかからないのに効果は抜群で、このルールに従えば人生は永久に変わります。

私はカード売り場に陳列されたユーモラスなカードを見て回ることが何よりも楽しみです。前々から気に入っているのは、株券のように縁取りがある大型のカードで、枠の中に「金儲けの秘訣」という文句が浮き彫り風に印刷されています。カードを開くと中に鮮やかな蛍光色のオレンジ色で一言書かれています。いわく「働きにいけ!」

何ごとも期待される以上の仕事をするという秘訣を習得すれば、成功の勝利は半ば手に入れたも同然です。職場に欠かせない人材になるように、役に立つ人間になるのです。もう1マイル行く権利を行使して、それによってもたらされるさまざまな報酬を手に入れるのです。あなたはそうした報いを受ける価値があります。

カミュは「人間はみな、自分の苦しみや喜びを土台にして、もろもろのものを構築する」と述べています。60年以上にわたる苦楽の中で私が得た最大の教訓は、人生はゲームだというものです。それは精神的なものであり、謎に満ちたかけがえのないものではありますが、ゲームであることに変わりありません。そしてルールを知らなければいくらプレイしたところでゲームに勝つ見込みはない。問題は、あなたも私も大人になるまでにそうしたルールのを誰からも教わらなかったことです。

子供が大きくなったらというのを思い出してください。しかしそれはなんでしょう?大きくなった少年は言います。大人になったらと。大人になると結婚したらと言います。でも、結婚したからってそれがなんだというのでしょう?結婚すると考えが変わり、退職したらといいます。退職の時が来ると、自分の人生をつかみ損ねたことに気付きます。今日のこの日を楽しみなさい。明日は明日楽しめばいいのです。

全身全霊を注げば、問題解決の能力は驚異的に高まる。

支払われた分の仕事しかしないでいれば、収入は支払われた分だけである。

私たちは、大好きな仕事をしているとき、報酬以上の仕事をすることに少しの苦痛も感じない。自分が好きでやった仕事は決して無駄にはならないことを私は強調しておきたい。質や量の点において、報酬以上の仕事をした人には、遅かれ早かれ、仕事をしたい上の報いがあるということも。

逆境の中には、それと同じか、それ以上の成功の種が含まれている。

怠惰な人間はいない。怠惰に見える人間は、自分に合った仕事を見つけられないでいる不幸な人たちなのだ。

人を動かすには、相手の欲しがっているものを与えるのが、唯一の方法である。

すべての悪いできごとは、あなたがたどる平和と達成への道筋をほんの一瞬見えなくするものにすぎない。

成功するための唯一確かな方法は、どんな仕事であれ、期待されている以上のことをすることである。

あなたの能力がどの程度であろうと、これからいくらでも伸ばすことができる。

ひとつのことを一途に努めれば、だれでもみな優れた人になり、成功した人になり、成功した人はさらに成功する。

大きなステーキを要求する人には、必ず見返りとしてそれなりの努力を要求してくる。

競争相手がやっていれば、あなたの会社が廃業に追い込まれてしまうことはなんだろうか。それを先にやることだ。自分たちの手で、今のやり方を廃業に追い込むことだ。

アメリカより、中国より、広くて強い国。それはあなたの中のイマジニア【※イマジニア=イマジネーション・想像力の国】

敗者は『不安が解消されること』をし、勝者は『目標が達成されること』をする。

人生を最大限に生きよう。熱心に働けば働くほど生きることになるからである。行動をすればするほど、あなたの存在は大きくなり、あなたの松明(たいまつ)はそれだけ明るく燃えることになるのだ。

昨日は昨日で終わり、明日はまだ来ない。あなたにあるのは今日という日だけ。今日はあなたの新しい誕生日。

子供にものを教える秘訣は、難しいことを簡単に話すこと。大人にものを教える秘訣は、簡単なことを難しく話すこと。

「やってみる」はダメだ!どっちつかずの行動はあり得ない。「絶対やるんだ!」というマスト(絶対に●●しなければいけない)状況に追い込めば成功するのは簡単。

やる気のある社員がもっと欲しければ、成長と貢献の機会をもっと彼らに与えることだ。

いつもしていることをし続けていれば、いつも得ているものしか得られない。いま自分が得ているものが気に入らなければ、自分の行動を変えなければならない。

誰のための運動ですか? ボスのためですか? これをやり遂げなければ、人生まで諦めてしまいますよ。変わりたいという気持ちさえあれば、自分は変えられる。自分自身を諦めるな。君は心も意思も強い。最初の一歩を踏み出せば理想に近づけるんだ。苦しいときこそ頑張るんだ。カモーン、俺について来い!

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