商人の名言

このエントリーをはてなブックマークに追加

商人の名言 一覧

いかに大をなすとも、一商人の志を忘れてはいけない。

大きな「商い」だけではなく、地道に数字を積み上げるのも立派なビジネス。

商人(あきんど)は表現者じゃなくて実行者。

プロとしてお客様のために最善を尽くす。それが商人の仕事。

商いはすべての人に仕えること。

商人はあくまでお客様の代理業。当面は自分が損するしかない。

一人ひとりが商人として、損益を計算できるようにする。

私には、商人の血が流れています。自分の作った服を売ることで、それを着た人が社会で活躍できるように願いを込め、「志のあるビジネスマンを応援する」と決意しました。

「商い」はお客様あってのこと。お客様から「美味しかった」と言ってもらえたり、感謝の言葉を言ってもらえることが商いの基本として大事なこと。

商いは言うまでもなく、あらゆることに心を込めて取り組むこと。

貿易とは人と己に利益をもたらすものである。人に損失を与えて、己に利益をもたらすものではない。ともに利益を受けるならば、たとえその利は小さくとも、得るものはかえって大きい。利益をともにしなければ、たとえ利が大きくとも、得るものはかえって小さい。ここでいう利益とは道義のことである。負欲な商人は五を求め、清廉な商人は三を求めるという。このことをよく考えよ。

一生を通じ、まめに体を動かすこと。商人なら三里や五里の道は歩け。

40歳まで贅沢をしてはならない。商売は人に負けぬよう儲けを第一に考えよ。賭けの遊びは無用。碁や将棋、謡いや舞いは40歳までしてはいけない。

総じて見切り悪しく見通し疎きものは商人の器にこれ無く、誠に危ふきことなり。

売った後に安売りし過ぎたかと悔やむほどならば、かえって、先々で利益を手にすることができる。売ったのちに悔やむこと、これが商人の極意であることを心に留めておけ。

たとえ天秤棒を担ぐ小商人であっても、自分のことばかりでなく、世の中の一員としての自覚を持つことが大切だ。不義理や迷惑をかけないように、絶えず周囲や世間の人のことを思いやり、労苦を厭わず懸命に働けば、立派に一人前の商人として認められる。やがて相当の資産を築くこともできるものである。

他国へ商いに出掛けるときには、その国の人々がみな気分よく、商品を買って使えるように心掛けること。自分のことばかり思うのではなく、損得は天道の恵み次第だと考えて、高い利益は望まず、その国の人々を大切にすること。こうした心掛けによって、心が安らかになり、健康を得ることができる。常々、神仏を厚く信心するとともに、他国へ入るときには、まず第一に、以上のことをよく心掛けるようにせよ。

近江商人の基本理念
しまつして、きばる。
【覚え書き|「しまつして」は「無駄を排して倹約してする」、「きばる」は「勤勉に頑張る」という意味】

伝統と革新は相反するものではありません。商いとは時代対応業。何より大切なのは、お客様の価値観を常につかんでいくことです。

私は商人だから誰にでも頭を下げるんだ。
【覚え書き|なぜいつも腰が低いのかと問われて】

良い言葉ではないのですが、我々はいわば「武器商人」なんです。企業の競争の中で、お客さまに最適の武器を提供していくことが使命なんです。武器商人が最新の武器を知らないということがあってはいけません。

相手の立場を考えるのが商人だ。そして感謝しながら、相手にこころを捧げていくことが繁盛への決め手になる。

すべて商人は、世間より一歩先に進む必要がある。ただし、ただ一歩だけでよい。何歩も先に進みすぎると、世間とあまり離れて予言者に近くなってしまう。商人が予言者になってしまってはいけない。

学問の道に入ったならば大いに学問すべきです。農業を志したなら豪農になりなさい。商人になるならば大商人になりなさい。学問をする者は、小さな安楽に満足してはなりません。

コスト削減と顧客満足度は二律背反で、生産性を上げれば顧客満足が下がるのが経済原理ですが、私は大阪商人の気概として両方追いたいと思ったのです。
【覚書き|ノーキー、ノーチェックアウトというホテルのビジネスモデルを考案した原点を語った言葉】

やはり商いは、お客様あってのこと。

伸びる人は競争心、負けず嫌いな人。それから商人(あきんど)の血が流れている、お客さんに自分たちは食べさせてもらっている、という感覚がある人。

商人などこそ利銭や利潤を第一に考えるのであるが、侍たる者は利銭や利潤などを心にかけてはならぬ。その年の知行や年貢を、来年の6、7月に払ったならば、その秋は1万石にかさむであろう。侍の本分は、武勇のある者を召し抱え置くにある。武勇の誉れさえあったならば、立身疑いなきものである。

誰のために仕事をしているかって大事だよ。多店舗展開に乗り出したら、利益は上がってお金は儲かるかもしれない。節税にもなるだろう。でも、一回規模を大きくしてしまえば、戻れない。職人としての仕事を究めるのはむずかしくなるんですよね。「商人に車は要らない。トラックがあればそれでいい」ってのは、近所の肉屋の親方がその息子に言っていたことだけど、料理の仕事も結局はそういうところがあります。目先の利益や成功は、職人には禁物なんです。

私は滋賀県の出身で近江商人の末裔なのですが、「運・鈍・根」というのを幼いころからよく祖母に聞かされました。一番大事なのが運。その運を開くには、鈍、つまりバカになる。近道をしない、要領よくやらない、小賢しいことをしない、ということです。そして、根、根気よく。鈍になって根になれば、運は開けてくるものだと。

幼いころ近江商人の「三方よし」という考えを教わったが、この意味が分かったのは40歳も過ぎたころです。まずは客に信頼される、次が社会または世間に信頼される、そして自分よし。川上にいる発想に立つと、まずは自分よしとなってしまう。そうではなく、よいかどうかを決めるのは客なのです。

経営の話でいえば、イメージトレーニングで数字を頭にインプットするんです。「前年比何パーセント」といった複雑な数字ではなく、何年後に年商いくら、という単純な数字をつねにイメージしておく。それを自分に言い聞かせる。それだけでは何も生まれませんが、心をポジティブに転じさせるには十分です。

商売人は自分が持っている力を振り絞って良いものをつくり、あるいは探してきてお客に提供してこそ商売人たり得るんです。

商人に恰好をつける余裕はない。お客様に満足してもらうために社員を鍛えないといけないし、そのためにはひたむきに怒り続けないといけない。それが商人に求められる謙虚さだ。

ここ(関西)の地方文化が我々の企業文化に影響していると思うし、新しい取り組みもこちらがだいたい多いですよね。東京は中央官庁のお膝元だから、みんな行儀よくて、横の関係を保ちながらやる。お上からの圧力もある。関西は「そんなの自分でやったらええねん」という世界で、役人が言ったって、「そんなのできまへん」という文化があります。江戸時代からそうです。ここは商人の町で、全部自分たちでやるんだという意識が強い。そういうところはDNAとして関西に残っていると思います。

商売の勉強をしようと思って商学部に進学したのですが、ケインズを読んでも実際の商いには何の役にも立たないことに、入学してから気がつきました。入学早々、五月病でしたよ(笑)。その後、イベントを企画している先輩と知り合い、行動を共にするようになりました。19歳のころに、その先輩が学生向けに運転免許合宿の斡旋をするビジネスを立ち上げたので、そのお手伝いをしていました。

消費者の嗜好が多様化、高度化する中、我々スーパーも自らの商いのコンセプトをより明確にしていかなければなりません。安さで勝負するのか、サービスを徹底させるのか、あるいは情報提供を充実させるのか。その店ならではの独自性を打ち出す必要があります。もはや「同質化競争」では生きていけません。

実業家は、信州商人のように、服装も地味に、商売のことをよく勉強し、経済のことだけ語るようにしないと大成しない。政治の話にうつつをぬかし、本業の商売は部下任せ。こんなことでは、信州商人に食われてしまうのは当たり前だ。

近江商人は伝統として主人は直接経営に携わらず、丁稚から叩き上げた有能な番頭に各地の店を任せてやらせるというしきたりであった。またそのために新しく入ってきた丁稚小僧を、将来の幹部、近江商人の伝統を引き継ぐ人間にするための人づくりを行ったものだ。給料も最初は低賃金。むろん最低の人件費に抑えるという考えもあったろうが、極度に質素な生活に耐え抜く意思の強固な人間をつくるという意味も加味されている。夜は習字、算盤、閑散期には礼儀作法から謡曲の稽古をさせ、将来立派な商人としての幹部を育成するという考えがその底には流れていた。

こう見えても、自分は独立した一個の商人だ。飢える気遣いははない青年だ。国の母や君に金をもらうケチな考えはない。
【覚書き|福沢桃介と福松商会を創業し金に苦労しているのを見た同郷人に「なぜ実家から金をもらわないのか。いま私が持っている金を置いていこうか」と聞かれたときの発言】

父の考えでは、人間は人の世話になると一生頭があがらない。世話にならずに済めばそれに越したことはない。無理をして学校に進まなくても、働き次第、努力次第で学校出に負けない立派な商人になることができる。それが我が家のためであり、また子供自身のためでもあると考えたようだ。

叔母さんの教育は「貧乏は駄目だ。とにかく出世しなければ」という思想だった。貧すれば鈍するということを身に徹して思い知らされているらしかった。「貧乏していたら、まず第一に誰にも頭が上がらないじゃないか」ともいっていた。それが近江商人の考え方で、私たちは朝から夜中まで、この思想でビシビシと鍛えられた。とにかく我武者羅に勉強させられ、将来の栄光のために現在の困苦に耐える鍛錬を積んだことは、のちの生涯のためにどれだけ役に立ったか計り知れないものがある。
【覚書き|旧制中学時代、5年間叔母の家で生活していたときを振り返っての発言】

石田、君は商人だぞ。商人なら金を儲けてくれ。儲けたら俺たちに回してくれ。そうしてこそ、はじめて研究ができるんだ。だいたい、世間の奴は研究家の実情を知らんな。
【覚書き|石田とはのちにトヨタ自動車の社長となる石田退三氏のこと。このとき石田氏は服部商店で繊維貿易の仕事をしていた】

渡辺崋山の商人訓のなかで、私の記憶にあるもうひとつの戒めは「近所に同業ができたら、よしみを厚くして相励め」ということである。これは実にいい言葉だと思う。同業は競争者ではないという精神である。この精神があるからこそ、大阪の道修町は町の端から端まで4、5丁の間、全部薬屋でやっているし、また本町といえば、昔から繊維業者ばかりが軒を並べている。ときに消長はあるにしろ、こうしてみんな何代、何十代と続けていくのは結局、よしみを厚くして相励んでいるからではなかろうか。

大阪には渡辺崋山の書いたという商人訓がある。その一番はじめに「召使より先に起きよ」とある。これは主人が使用人の生活を支えてやっているという考え方ではなく、使用人たちに自分の商売をしてもらっているのだ、だから主人は召使より先に起き「おはよう」というあいさつに、心から感謝をこめて、そして使用人を励まして働かせていくという心構えをいったものである。このごろのようにともすると重役は、朝はゆっくり11時ごろ出てくる。反対に従業員は8時からの出勤時間を1分遅れても、遅刻のハンコを押されるような風潮の逆を行くものである。

学校を卒業して商売人になろうとした卒業間際に、内池廉吉博士がこう言われた。「これから商人というものはなくなる」と。私はこれから商人になろうとしているのに、これには驚かされた。また、「ただし、ひとつだけ残るだろう。それは生産が非常に複雑になり、消費者も無論複雑になる。この複雑な生産者と消費者の間に介在して、双方の利益を図る配給者としての商人がひとつ残る。これは学理である」と。

昔の商人とお客さんは店先でおそらくいろんな話をしたでしょう。「今度お似合いのいい反物が入りましてね」とか、「この下駄の鼻緒、そろそろ替えどきかね」「いやいやまだ直して使いましょう」とか。その人にカスタマイズした商品とサービスを提供する。こうした失われた顧客との継続的なつながりが、再びインターネット上でできるようになりました。一人一人の好みをサーバー側で理解して、ネット上の膨大な情報の中からその人に向けたオーダー製品や専用サービスを届けることができます。

誠心誠意こそ商いの心だと痛感したのは、新潟製油所に配属された新入社員時代のことでした。ある日、お客様からクレームがきました。「おたくから仕入れたアスファルトが袋の破裂で中身が出てしまった」というのです。「おまえ、行け」と命じられた私は、簡単に回収できるだろうと考え、運転手と二人、トラックで現場に駆けつけました。40kg入りの袋が80個、袋が破裂して中身が道路に散乱しています。相手は怒り心頭、「持って帰れ!」とすごい剣幕です。リフトもないので私は仕方なく自力で一袋ずつトラックまで運ぶことにしました。運転手さんに荷台に立ってもらい手渡しです。夏の炎天下で3時間以上かかりました。着ていたスーツはグチャグチャ。お客様は可愛そうに思ったのか、最後はもういいわかったと笑顔で声をかけてくれました。その後従来に増してのお取引をさせていただきました。

熾烈な競争を生き残るためにはふたつの要素が不可欠だと思っています。

  1. 企業哲学をしっかり持つこと。企業が存続する限り、持ち続けるようなバックボーンを大切にすべき。
  2. 小売り各社が「何屋であるか」をハッキリさせること。消費者のニーズが刻々と変わる中で、自分たちが磨くべき腕前は何か。商いのコンセプトを明確にしないと、社員が努力する方向もわかならくなります。

商人にも徳はいります。大いにいります。一度失った信用は取り返すことのできないものですから。我々の国全体にいま必要なものは少欲知足です。

日本も豊かな時代を経て、黙っていてもお客様は来てくれるもの、商品は入れてくれるもの、銀行は貸してくれるもの、という感覚に慣れきってしまい、商いの本質を忘れてしまったような気がします。小売業でも、単品管理だとかCS(顧客満足)といったもっともらしい言葉は氾濫しているけれど、根本の問題がわからずに技術に走ってしまって駄目になっている。

私が商人としての心構えを学んだのは、小さな洋品店を切り盛りしていた母親からでした。はっきりとした話とか文章で伝授されたものではなく、あくまで日常の会話の中とか、その背中を見ながら自然に学びとったものです。

商売のことを「商い」と言います。商いは「飽きない」に通じます。売る人も買う人も「飽きない」ことで、商売が続いていくのです。客が飽きないとはどういうことでしょうか。次に期待を持たせることです。これを買ったけれど、もっといいもの、いいことがありそうだと思ってもらうことです。そう思わせて初めて、「またこの店に来てみよう」と客は思うわけです

私なども、たとえば商人としては絶対成功していなかっただろう。実際、何度かやってみたがダメだった。私は山師のような性分なので、毎日決まった給料をもらうようなサラリーマン的な生活は耐えられなかった。もちろん、私とは正反対に毎月安定した収入がなければ嫌だという人も世の中にはたくさんいる。自分に合わない仕事は避けたほうがいい。

商売人にとって重要なことは、機敏なことである。
【覚書き|長州戦争時に戦地で衣料品の需要が高まるだろうと考え、下関に命懸けで荷物を運ぶなど、スピードと行動力で伊藤忠は富を蓄積していった】

祖父からは商売について多くのことを教わった。いまにして思えば、それが帝王学だったのかもしれない。「商売は10年やったら3年は損する。5年はトントンで、儲かるのは2年。事業なんてそんなもんや」忘れられない祖父の口癖だ。経営者の心構えを説くいい言葉だ。その言葉はいつも私に、危機感と緊張感を与え続けてくれている。
【覚書き:町田氏の祖父は肥料の製造販売を行っていた商売人で、町田氏が小さいころから商売の現場を連れ歩いた】

企業ブランドイメージが高まったことによって面白い現象が起き始めた。久しく宣伝していなかった「白モノ家電」の新商品が売れ始めたのである。2000年以降、液晶以外の宣伝活動はほとんど行っていない。ところが、2004年には、冷蔵庫を購入するならどのメーカーの商品を購入しますかというマインドシェアが一位になった。

人にものを売る商売では、まず、もっとも敏感に反応する層をターゲットにするのが鉄則だ。そうした顧客にこちらからアプローチするか、向こうから来てくれるように動機を与える。そうしてから、彼らを引きつけた取引、互いが継続的に見返りを得られる持続的でリピート性のある関係を始めるきっかけとなる初回取引を成立させる。

適正な値段で仕事をすれば儲かるよ。だけど、自分だけ儲けようなんて狭い了見じゃいけない。仕事を持ち込んでくれた人、仕事がまとまるまでに尽力してくれた人、あらゆる関係者にしっかり利益を還元しなきゃ駄目だよ。商売の一番のポイントは、他人を儲けさせることだって俺は思う。お裁きは「三方一両損」の大岡越前流がいいのかもしれねえけど、商売に限っては「三方一両得」が極意なんだよ。俺のところも儲かる。間に入った人も儲かる。仕事を出した方も儲かる。そんな三方一両得をいつも考えなきゃ。

広告費の半分が金の無駄使いに終わっている事はわかっている。わからないのはどっちの半分が無駄なのかだ。

「困難なことは頭からするな、非常に成功の邪魔になる」という人がある。しかし、決してそうではない。人間というものは、困難なことに遭えば遭うほど、ますます新しい力が出てくるものだ。

命まで取られへん。駄目ならやり直せばいい。
【覚書き:陸軍の過酷な訓練を経験し、どんなつらい状況でも耐えられるようになったことについての発言】

得意先が現金を積み上げて店の前に行列を作った。しかし、父は昔からの取引先を最優先し、原価すれすれの値段で快く商品を渡していた。父は「戦後の混乱などアブクのようなものだ。そんなもんに目がくらんでは駄目だ」と周囲の声に耳を貸そうとしなかった。

どこよりも親切に。日本一気分よく買える店を目指す。最後は何と言っても人で決まる。

私はよく社員に「魚屋のおやじになれ」と言う。いつも新鮮で旬の商品をタイミングよく並べていれば、お客様は喜んで買ってくれる。技術の世界も同じだ。「鮮度」と「旬」と「マーケティング」が基本だ。
【覚書き:2000年の日本の半導体産業不況で各社減益した中、唯一最高益を更新したことについて語った言葉】

お客様は来てくださらないもの。お取引先は売ってくださらないもの。銀行は貸してくださらないもの。というのが商売の基本である。だからこそ、一番大切なのは信用であり、信用の担保はお金や物ではなく人間としての誠実さ、真面目さ、そして何より真摯さである。

小売業の鉄則は「商い」と「始末」の区別をはっきりさせ、それを守ること。
【覚書き:始末とは経理、商品管理、労務管理などのこと。売上を伸ばすと同時にそういったこともきちんとこなさないという趣旨の発言】

商売気を離れて油の用意をした。私のお客だけは油不足で仕事を休むようなことはなかった。他の事業会社では油が切れて事業を休んだところがたくさん出た。私はただお客のために油を用意しただけだ。しかし戦争が済んだら、油は出光に任せておけということになった。金は儲けなかったが、得意先を儲けたのだ。

商売は戦いなり。勝つことのみが善である。これが65年間、激動の時代を乗り越えた私の経営哲学である。

私は翁にくっついて、よく一緒に旅行した。車中で食事の時間が来ると駅弁を買って食べるのだが、弁当箱を開けると、外へこぼれない程度に静かにお茶をかけて、一粒の飯もおろそかにしないで食べ、残ったおかずも、きちんと包んで家に持って帰られた。
【覚書き:天竜川周辺の治山治水事業、北海道の開拓・植林事業に全財産を投じ、近代日本の発展に大きく寄与した金原明善氏の付き人をしていた時を振り返っての言葉。翁とは金原氏のこと】

売れるものに乗っかって売り上げを伸ばすのは、誰にでもできる。売れないものを売れるようにするのが、本当の商人ではないか。
【覚書き:バスクリンのヒットで得た資金を漢方研究に注いだことに対して、社内から批判を受けた時の発言。漢方の研究は父であるツムラ創業者のライフワークだった】

自信は成事の秘訣であるが、空想は敗事の源泉である。ゆえに事業は必成を期し得るものを選び、いったん始めたならば百難にたわまず勇往邁進して、必ずこれを大成しなければならぬ。

自分は生きている値打ちのない人間だとまで思った。思い悩んだ末に考え付いたのが「儲けようと考えたのがいけない」ということだった。自分は儲けなくてもいいから、この世のために少しでもできるだけのことをしようという奉仕の心だった。【覚書き|様々な商売に手を出すも、ことごとく失敗したのちの発言】

何でも時代のせいにしてれば、そりゃ楽だ。
【覚書き|ラジオのインタビューで「炭屋の片隅ではじめた本屋が日本一になるような時代はもう来ないでしょうね」と問われた時のコメント。経営者は経営不振を時代のせいにするなという趣旨の発言】

人格の修養などと言って、いきなりお釈迦様や孔子様の真似をしようと思うても、我々にはなかなか難しい。我々にとって一番早い話はお互いに親切であること、これが最上の人格であると心得て大きな間違いはない。

売掛金は半分に割り引きますから、現金で払ってください。そのかわり、新しい商品は全部以前の価格で届けましょう。【覚書き:関東大震災2カ月後の発言。震災のため掛け金を払えない取引先を思いやっての言葉。また、震災直後はモノ不足になり、不当な高価格で儲けようとした会社が多く、その点からも震災前価格を打ち出すことで取引先の助けとなった。】

商売人はとくに約束を厳守することが必要である。時間を偽ったり、約束を破るような人はすぐ信用を失ってしまうのである。

紛々たる世の毀誉褒貶を気にしていて何ができる。区々たる世評などに頓着せず、自ら信ずるところに邁進し、自ら好むところに直進し、思う存分の働きをなし、倒れてのちやむのがすなわち男子の本懐ではないか。
【覚書き:紛々、ふんぷん=まとまりがない様。毀誉褒貶、きほようへん=ほめる、けなすなどの世評。区々、くく=まとまりがない様】

いま野菜の価格がものすごく高いですね。不順な天候の中、苦労して作ったものですからこれくらいの価値は当たり前だと農業に携わる方は言いますが、あまりに高価なレタスは見向きもされず売れ残ってしまいます。余ったレタスはもう捨てるしかないわけです。そう考えますと、お客様が判断する商品の価値は、商品を作った側の苦労とは関係がないんです。それが商人の世界です。

日本の大企業の経営者のほとんどはサラリーマン経営者だから、失敗のリスクを100%背負わない。自分のお金で会社を動かすわけではないし、任期が終われば責任から解放される。だから、よほどせっぱつまらない限り、自分のしたことを否定しない。私は常に否定してこそ商売だと思うんです。

いつの間にか気づいたら、やっていたりすることがある。ポケットに手をつっこんで売り場を歩くことなど、頭を下げて商品を買ってもらっていた時代を完全に忘れてしまって、お客様の目線がわからなくなっている証拠でしょう。それから、腕組みをして商談するというものをよく見かける光景なのですが、こちらも頭を下げて商品を集めていた時代からすると、取引先が売りに来てくれるようになって、姿勢が高くなってしまったということです。そのどちらも商人の道にあるまじき姿勢だと思います。そして、その何気ない姿勢や態度にこそ、商売がつぶれていく火種があると思うのです。

恵まれた人はケチに徹し、その分を社会に還元しなければいけない。どケチはとても真面目な考えなんです。【覚書き:経営者にとってのケチの精神をユーモアを交えて語った言葉。】

高く買って安く売る。高く買ってやれば売り手は喜んで、いいものをどんどん売ってくれる。買う人は安い方がいいに決まっている。【覚書き:謙吉氏の父の言葉。氏自身もこの言葉に従い商売を行って成功を収めた。もちろん、買値と売値は差益で儲かるように設定する必要がある。その中でできるだけ高く買って、できるだけ安く売るという趣旨の発言】

「アンテナは高く、頭は低く」世の中の変化や技術革新に乗り遅れないために、政治家でもなく、評論家でもなく、常に商人のセンスで情報をできるだけ収集せよ。

一人商売のうまい人間がいれば、その周りの人間も商売はうまいんです。そういう環境に集まってきた人たちは、そこで吸収することがたくさんあって、成長していきますから。

知恵比べ 努力比べの 今の世に 欲しきは人の 勇気なりけり

住友家家訓

  1. 主務の権限を越え、専断の所為あるべからず。
  2. 職務により自己の利を図るべからず。
  3. 一時の機に投じ、目前の利に走り、危険の行為あるべからず。
  4. 職務上過誤、失策、怠慢、疎漏なきを要す。
  5. 職務上に係り許可を受けずして、他より金銭物品を受領し又は私借(ししゃく)すべからず。
  6. 名誉を害し、信用を傷つくるの挙動あるべからず。
  7. 私事に関する金銭の取引その他証書類には各店、各部の銘柄をもちうべからず。
  8. 廉恥を重んじ、貧汚(どんお)の所為あるべからず。
  9. 自他共同して他人の毀誉褒貶(きよほうへん)に関して私議すべからず。
  10. 機密の事を漏洩すべからず。
  11. わが営業は信用を重んじ、確実を旨とし、もって一家の強固隆盛を期す。
  12. わが営業は時勢の変遷・理財の得失をはかり、弛張興廃(ちかんこうはい)することあるべしといえども、いやしくも浮利に走り軽進すべからず。
  13. 予州別子銅山の鉱業は我が一家累代の財本にしてその業の深長は実に我が一家の隆衰に関す。よろしく旧来の事跡に徹して将来の便宜をはかり、ますます盛大ならしむべきものとす。

時は金なり
油断をするな
無駄をするな
天物を暴殄(ぼうてん=荒らす、滅ぼす)するな
信用を重んずべし。信用なき人は首なき人と同様なりと知るべし
何事も魂を込めて誠心誠意をもって働け
遊ぶも働くも月日は流る。奮闘に興味を持つべし
楽隠居の考えをやめ、勇気を鼓し、家のため、国のために努力するこそ人間の本分なり
他人が十時間働くなら、自分は十二時間働け、精神一到何事不成の心持ちをもってすれば、成功必ず疑いなし

単木は折れやすく、林木は折れ難い。汝ら相協力して家運の強固を図れ。

堅く奢侈(しゃし)を禁じる。厳に倹約を心掛けよ。

いにしえより勤むる人は功を遂げ、怠る人はその家国を失うに至る。機を見て動き、時を知りて行う人は、なにをしてかならざる。ゆえに身を起こすは、勤にあり。知行にあり。かくのごとくして成就し得ざるは、天なり、命なり。ただ謹慎知行にあずけて、死してのち止むべきなり。

海外戦略はどうなるかということになりますが、結局、だれでもできるものをつくっていてはだめだということです。だれでもつくれるものは、価格意識が強ければ価格競争に巻き込まれるのは決まっているわけです。だから、自分のところしか、出せないものがつくれたら最高です。しかも、それが大衆の懐勘定と折り合いがつき、しかも多くの人たちが初めて体験するような珍しさと楽しさとおもしろさを味わわすことができさえすれば、これは円高でも何でも戦えます。そういう新しい新製品の開発ができるかできないのかということが決め手になってきます。

3DO(米国3DO社が開発したゲーム端末。日本では松下電器が代理販売した)を見て、いかにもハード屋だなと痛切に思うんです。バーッとアドバルーンを打ち上げて、そしてソフト屋集まれと言うわけです。日本でもやりました。そして、いまソフト会社は100社申し込みが来た、これから続々参加すると言っているわけです。冗談じゃないよと言うんです。いま世界で いったい何百社のソフト屋がゲームソフトづくりをやっているかと。そして、ソフトも1000か、2000か、3000か知りませんけれども、それだけたく さんの種類が出て、その中でいったい売れるソフトは何点なのか。売れないソフトを作っている圧倒的多数のソフトメーカーが参加すると言って、それが100 社になろうと、500社になろうと、それは何なのですか。そんなものは絶対にユーザーを説得できない。

メーカーはソフトを一度売って利益を得た立場にあるわけで、それを買った人が転売しようと捨てようと、個人的にはその人の自由ではないかと思う。ソフト会社はユーザーがすぐ飽きて売らないような、長く持ってもらえるソフトを作ればよい。

私はいま、経営体制から離れていますし、これから先も私自身が経営に口出しすることはありません。そこで辞めるにあたって、ひとつ提案をしています。かつて人々が考えたことのないような発想の転換をして、そういうハードを作っていく。そしてそれに対応するハードを作っていくべきなのです。しかもそのソフトは、いま現在作っているソフトに比べて短い時間と低いコストで作れ、これまでのものとは明確に違うという認識をユーザーに持ってもらえるようなものです。話だけを聞いてもらえると、「そんなものが作れるのか?」と言われそうですけど、そういう挑戦をし続けるのが任天堂のビジネスですし、私が言い続けてきた「任天堂のソフト化路線」というのは、実はそういうことを志向することでありました。そんなことを、私からの提案として新経営陣に残しました。そのソフトが具体的にどんなものかは言えませんが、おそらく彼らは近い将来、少なくとも私が生きているうちに、市場に送りだしてくれるだろうと期待しています。

いまソニーが成功したと言われています。でもそれは、たまたまいま成功しているだけで、ついこの間までは失敗していました。この業界でいま、最も強いと言われているソニーでさえ、成功と失敗を繰り返しています。明日は失敗するかもしれません。

お金を儲けたい人達を組織してそこへ良い商品、良い情報を流せ。

商いの極意は、お客様から信用されることだと言われている。もちろん、信用は商売の基本だが、さらに信用の上に「徳」が求められ、お客様から尊敬されるという次元がある。尊敬まで達する、お客様との絶対的な関係を築くこと、それこそが真の商いではないだろうか。

良い商品と売れる商品は違う。衝撃的な商品は必ず売れる。それ自身がルートを開いていくからだ。独創性のない商品は競争に巻き込まれ、労多くして益は少ない。その商品には消費者が支払った対価以上の価値があるか。売れるかどうかはそこで決まる。大衆の声こそ神の声である。

値切るのは男の仕事である。安く買うのが目的ではない。駆け引きが楽しい。取引は取ったり引いたりするものである。取り過ぎて相手を殺してしまっては元も子もない。無駄なお金は一円たりとも使ってはいけない。生きたお金なら惜しみなく使いなさい。

ページの先頭へ