経営者・社長・会社経営の名言

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経営者・社長・会社経営の名言 一覧

いまの時代、企業はどのように情報を収集し、どう発信するかをきちんとコントロールする必要があります。だからこそ、トップが責任を持って決意を示し、その活用についてトップが旗を振らなければいけない。組織内で情報の温度差が生まれることは絶対に避けなければいけない。そのためにもITに関する基本的な考え方やコアの部分について責任を持って進める必要があると思う。

道元は「自分を習うことは、自分を忘れることだ」と言っています。なかなか自分を捨てることができないのが人間です。しかし、自分を捨てる覚悟がなければ社長は務まりません。住友生命には5万人の職員がいるわけですから、軽微なことまで含めれば、社内には常に何か問題が起こっているのです。禅の精神はそういう時に役に立ちます。

私が修羅場を生き抜いてこられた秘訣をひとつだけ挙げるとするなら、「自分を捨てる」ことです。修羅場では生命の危機だってあるかもしれない。そういう腹をくくって取りかからなければいけない場面に直面した時に、怖がって逃げずに立ち向かっていけるかどうか。北九州で苦情処理をしているときは私は生きて帰れるとは思っていませんでした。

今後、会社の中でビジネスを担っていくには、自由な発想ができる人間じゃないとだめです。そうはいっても、松井証券でいえば、社員に「私の決断に従え」と言っておきながら、彼らに「自由な発想をしろ」と言うのは矛盾のように思われるでしょう。でも、これはいわば二律背反の関係です。私が決めるんじゃない。私が決めるのは方向性だけ。それを理解したうえで、あとは社員が自分たちでやる。そのためには今の常識を一回捨て、自由な発想をしてくれと言うことなのです。

そもそも経営とは会社の進む方向と、時代の潮流とのギャップを埋める作業だと思います。その上で社長の仕事は、社長室で座禅を組んで考えることです。つまり、世の中がどういうふうに変わるのか、何が本質なのか、とことん考え抜くことです。本当はいくら考えたって真実はわからないんです。でも、考えなくちゃいけない。社長が考えて世の中の流れを判断して、それを前提にビジネスをやるんです。

自分の判断が少しでも間違っていると思ったら、すぐに修正しなければいけません。朝令暮改でいいんです。経営を取り巻く環境は時々刻々変化しています。周囲の事情が変わっているのに、自分の判断を変えないのはただの石頭です。

経営者に必要な資質は、「現状を正しく認識できる判断力」と、「将来の姿を洞察できる先見性」、「現状を将来の姿に導く執行能力」です。執行能力がなければ進む方向を間違えます。そして他人を陥れたり策略を弄することなく真正面から戦うことです。

課長時代に当時の永井社長の政策秘書を2年間勤めた経験があります。そのときに自分の次元を超えた大きな政策判断を目の当たりにし、政財界の付き合いに同行したことで思考回路の幅を広げてもらったと思っています。

人間は非合理的な感情を持った動物ですから、体系的な手法では解決できない非合理的な側面をたくさん持ち合わせている。できなければ恥ずかしいとか、負ければ悔しいといった人間の原初的な感情が強靭なバネとなって、物事に邁進する強い情熱を掻き立てるんです。目的を達成しようとする強い意志を備えた情熱が、事業を遂行し、競争を勝ち抜いていく力になるのだと思います。

父は「お前が全部の責任をもってするならええけども、それやったらわしはもう引退する。だからお金の調達からすべて自分の責任のもとにやるんやったら致し方ない」と決断してくれました。それで私は40歳の時に銀行に3000万円借金して300坪の店舗を建てたんです。

大きな店でないと十分な品揃えができないと思い、父に進言したら「本屋と屏風は広げたら倒れるで。広げることはわしは賛成でけん」と言われました。「25坪のところを50坪くらいの木造建てにするんならええけども、あんたがいうような300坪の店舗はいかん」と父は尻込みしたんですね。だけど私はそのくらいしとかんといかんと思った。

レースではシリーズチャンピオンや年間チャンピオンなどの大きな成功のみならず、予選の勝利など小さな成功をいくらでも体験できます。ですから若いエンジニアは、レース活動に参加することでそのような成功をいくつも味わい、感動を得ることによって、普段の数倍の力を発揮するようになるのです。

リーダーの理想は部下の積極的協力と参加を引っ張り出す力を持っていることです。こうした力を持つリーダーを各部署に配置すると企業は大きく伸びるんです。

私にも嫌な上司はいました。でも現在の私があるのは、その人から何かを学ぼうと思ったからです。せっかくこの仕事に就いたのだから、いずれ辞めるとしてもこの人から何かを学んで辞めようと思ったんです。そういう視点でその上司を見ると、彼にはビジネスマンとしての洞察力があることに気が付きました。ここを学ぼうと思った瞬間に、ものすごく気が楽になりました。

各国の若者に人生の目標は何かと質問した調査結果で日本の6割の若者が「人生を楽しみたい」と言って競争を放棄しているわけだから、ちょっと頑張ればすぐにトップになれる。世の中にないものを発想できる異端者も出やすい。そう考えるとこんなに明るい時代はない。

各国の若者に人生の目標は何かと質問した調査結果を見て、私は愕然としました。アメリカの若者は「高い地位を得たい」「偉くなりたい」を上位に上げているのに対して、日本の若者の6割が「人生を楽しみたい」をトップに挙げている。私たちが社会に出たころは、もっと競争心があったし、向上心もありました。しかし、悲観してばかりいないでこれをチャンスととらえることだと私は強調したい。

経理を学んで一番大きかったのは、事業というのは頑張れば利益が出るし、成長するものだという会社の根本的な原理を教えられたことです。実際、イランでは頑張った分だけ工場が拡大しましたし、売り上げもどんどん上がりました。たとえ市場が緩慢になったとしても、他社のシェアが減ったから、結果として自分たちのシェアが増えたというのでは駄目なんです。自らの力で成長して業績を上げなければいけないし、そもそもどんなビジネスでも頑張れば成長できるんです。そういう信念を持つようになりました。

私の原点はイランの現地法人時代です。社長補佐としてイランに行きましたので、何でも自分でやらなければならなかった。まず実感したのが数字が理解できなければ会社というのは何も理解できないということ。東芝本社で6カ月間研修を受けた後、イランに赴任したのですが、経営の実習は受けませんでしたし、そもそも東芝本社とイランでは経理のやり方が違った。これでは駄目だと思って、すぐ本屋に向かいました。財務の動きや原価計算など英語で書かれた経理関係の本を5冊買って、その日から通読しました。

会社というものは株主の投資によって資金をいただいておりますので、それに対して適切なリターンをお返ししなければいけない。これは当然のことですが、本当にそれだけで動いていていいのでしょうか?そういうことだけで動いている会社で、失敗している会社がいくつもある。そうじゃなくて昔から有名な会社で立派なお仕事もされて、経営もよくて、世の中に名前もよく知られていて、社会のためにいいことをしている。そういう会社もあるわけです。

あるところまでは生活水準の向上は絶対に必要です。だけどそこから先はお金だけじゃなくて、何ものかがないと心が豊かにならない。それは何かということをずっと考えていくと、結局は人間が作るもの、人間が考えるものであり、文化であるということに気が付く。

日本は経済成長の中で豊かな生活を実現してきました。どんどんお金を儲けて、どんどんいい家に住みたいと。その先に何があるかというと、もう自分は豊かになったのだけれど、なにか気持ちとして豊かではない。もっと豊かなものがあるはずじゃないかというふうに思い始めている人が出てきたというのが私の心の底にあるわけです。

自己顕示欲の強い、目立ちたがり屋になれと言っているんじゃないのです。そうじゃなくて、本当に本当に最後の大事なことは自分で決めなきゃいけない。自分の価値観じゃなきゃいけない。何が自分にとって一番大切なのかということを常に持っていなければいけない。

日本は世界第二位の経済国になっているにもかかわらず、いまだに個々の人が自分意見を持とうとせず、なんとなく流されて、しかもなんとなく個々の人が自分の主張を持つのはよくないという風潮がある。「チームプレーOK、スタンドプレーNO」という国だから、どうしても隣の人は何をしているのだろうと辺りを見回す。それでも自分の意見が決まらない。でも、これはどうしても変えなきゃいけない。

女性は男性に比べると完璧にキチキチキチと仕事をなさるんです。これは素晴らしい。しかし往々にして、森の中に入って木ばかりを見て森を見ないことが多い。これは男性もそうですけど、この辺はやっぱりきちんとせないかんと僕は思うんです。そうすると部分最適になってしまいますからね。

ある人に「本業をほったらかしで社員に申し訳ない」という話をしたら、「青木さん、立派に社長業してまっせ。おたくの社員かて社長がどこにおるんかみんなわかってる。それで十分やろ」と言われました。僕が外に行くことで「ああ、あのアオキですか」と言ってもらえるようになればいいのかなと思っています。

社員のモチベーションのバロメーターは、社員が自宅で会社の話をするかどうかだと思います。会社の話をすれば、家族も応援してくれるし、家族の力を借りんと何ができますか?それがモチベーションを上げ、現場力になっていくと思います。

いつも他人ばかり頼っていて、自主性というのがなくなった企業はやがて滅びる企業だとおとっつぁん(本田宗一郎)は言っていました。人真似をした者は、いつでも戦々恐々としていなければいけないってね。だからおとっつぁんはいつも頭を使えと言っていたし、そこに独創性が盛り込まれれば、企業は安泰だと言っていた。

僕は日本語の自己責任と言う言葉は曖昧で好きではありません。日本語の自己責任は何か事が起こった場合、その責任を自分で取るという狭い意味になってしまっています。マーケットエコノミーでいう自己責任は、日本語の自己責任と言う言葉では十分に言い表せないと思います。

マーケットエコノミーはすべて民が主導し、マーケットがすべてを決めていきます。したがってマーケットエコノミーには、どうしても次の二つのことが必要です。ひとつは自由競争です。競争がフェアで、ちゃんとした情報がディスクローズ(公開)されていて、誰もが同じような情報を手に入れることができて、はじめて自由な競争ができるということです。もうひとつは自己責任です。競争に勝っても負けてもその責任は個々の人にあることを知らなければならない。

失業者が出た場合、それを救済する責任は、むろん政府にありますが、IT時代においては民間が新しい産業を興し、つまりベンチャーですね。それによって新しい雇用を確保するべきだし失業者も自らのスキルを高めて、新しい労働市場に能力をかわれるようにしなければいけない。これがマーケットエコノミーであり、自己責任の原則です。

この自己責任と言うことは大変重要な問題です。たとえば、アメリカでは学生が学校を卒業して、どこかの企業に入った場合、マーケットエコノミーを意識させられる。マーケットエコノミー、市場経済と言うのは、マーケットがすべてを決めるエコノミーです。現在の日本経済は官主導の経済と言って、多くを国や官僚が決めていく経済です。民間の力で経済を再生しようとするのではなく、国家が予算を付けて経済再生をはかる戦後の経済復興と同じやり方です。

アメリカはまったく逆で、個人が個人の責任において何かをする。だから、ビジネスの場合では、個人が大きな仕事をゲットしてくれば、それに見合うような大きな報酬がある。そこに日本とアメリカのはっきりとした違いがあります。

日本とアメリカの会社の違いは、一言でいうと「個」の確立の問題と言ったらいいでしょうか。どうも日本では個人主義の隣に利己主義があって、セルフィッシュと言う受け取られ方になってくる。あるいは個人プレー、スタンドプレーはいけないことと考えていて、チームプレー、団体行動をとる。

異質の条件は自分の判断を貫き、他人の意見に左右されない自分のオリジナリティを持つことです。話し合いをしていると、みんなと同じ意見にしておこうかなとか、毎日いろんなところに普通になる誘惑がある。「普通」と「成功する異質」の違いは、第一にインプット情報のクオリティにある。

ヘテロジニアスと言うのは日本語にすると「異質」とか「異端」の意味です。私が親しくしている社長に、社長だからいいものの、一社員だったら彼を引き上げる上司はいるのかなと思うくらい、異常に近いというか、狂気の世界にいるという感じで非常にパワフルな人物がいます。異質であるとか、異端児と言う呼び名は褒め言葉だと思います。最後に勝ち残るのは、どんな失敗をしても成功するための執念やこだわりがある人、エネルギーが多い人なんです。

人に関心を持つことから仕事も人生もスタートするんです。すべての原点は人なんです。人と接することから生まれる勘当や感謝の気持ちが、ひいては人の心を動かすのだと思います。

安易な間違いはしないよう厳しく伝えてはいますが、必死に考えてもどうしようもない間違いはある。だから、思い切ってやってほしい。お客様に迷惑をかけなければ、会社に多少の損害があっても、それは将来のための投資だと思っています。

よく自分探しと言いますけど、あんまり自分探しに深くのめりこんじゃって、何が何だか分からなくなっちゃうような必要はぜんぜんない。自分は社会に対して何をしてあげられるのか。もしボランティアをしてそれが役に立てばそれでもいいじゃないですか。そのうち、さらに自分が何であるかということをもっと深く知るようになると思う。そうすると自分らしい自分を考えていく。そして人と付き合っていく。さらに社会の中で成長していく。そう考えることが大事だと思うんです。

人に教わるのではなく、何としてでも自分で解決していこうと一つ一つ一生懸命に取り組んできました。一つのハードルを越えると、目の前にさらに高いハードルが現れる。その繰り返しです。

汗水たらして働くことや世の中に役立つものを作ることを馬鹿にするような風潮がまかり通っていることは非常に残念です。汗をかかず涼しい顔をして、やすやすと金儲けをする人をスマートでかっこいいと評価する。そもそも汗と知恵を別物とする考えは間違っています。汗と知恵がそろってはじめて、本当の価値が生まれる。肥沃な大地をつくることに手をかけずに、おいしい実のなる木が育つわけがない。

気の合う人のところに行くのは簡単だから、気の合わない人のところに行って、その人を自分のものにするというのが最高ですね。

社員に言っているのは、嫌な人のところにまっさらな心で行けば理解してもらえるということです。普通の人は嫌な人のところに行くのは避けたがるじゃないですか。嫌な感じっていうのはわかる。お互いに気が合わないというのはわかりますよね。だけど、気が合わない人のところにこそ率先して出かけていく。

うちの社是は「おもしろおかしく」ですし、人と人とが接することが大事なんだと常に言っているんですが、結果的には組織的かつシステマティックに人を評価して正しくフィードバックするというのを意外とやってこなかった。日本人って「あなた、ここ悪いよ」と上司でもよう言わないですね。

十年くらい前からいろんなイノベーションをやっています。そのなかで、マインドイノベーションというのがあります。技術開発の人たちに「困っていることは何か」とアンケートを取った時に、一番の不満はベースアップでも、ボーナスの月数でもなく、誰に評価されているかということなんです。

私は、グループ会社の社長を集めて「もう身内主義は取らない」とはっきり宣言しました。親の傘の下で安穏としていられる時代は終わったのだから、グループ各社がそれぞれの役割や使命に応じた業務の仕組みを築き上げ、グループ全体の収益力、利益率向上を実現するマネジメントを実践しなければいけないと言いました。こうしたなかで、グループ会社内部でも意識改革が進み、自律的に新しい取り組みが始められています。

ほとんどの人は何かにチャレンジした結果を見てほしい、評価してほしいと思っています。そこにどう火をつけるか、それが経営の最も大切な仕事ではないでしょうか?

若手の成長が事業創業の大きな力になったのは確かです。民営化後に入ってきた社員は「何か変わるんじゃないか」「何か面白いことが起きるんじゃないか」という意識を持っていますから、自分もそこに飛び込んでやってみようと思ってくれたんじゃないでしょうか?そんな若い人たちを次々とグループ会社などに出向さえて、成長の機会を作りました。若手社員の成長は、旧国鉄時代からの中高年社員への大きな刺激になりました。

とくにマイナーなスポーツをやっている子は、学校を卒業すると環境を失うことになるんで可哀想なんですよ。それに、同じ会社に頑張っている選手がいると思えば、他の社員への勇気づけになります。彼らのモチベーションの高さや夢への一途さは、どんな訓示よりも心に響く。うちの選手がテレビに出ているとなれば、「仲間や」という気持ちが持てる。それに、共通の話題にもなるし、コミュニケーションも生まれます。

ある日、柔道全日本選手権で何連覇もした経歴を持つ女性が面接にやってきました。「柔道を続けたくはないの?」と聞くと、学校の先生に柔道の話はするな、したら採用してもらえないぞと言われているらしく、もじもじして、よういえへん。でもその目は柔道を続けたいと訴えているんです。「本当のことを言わなあかんで」といったら、「できたら続けたい。でも、仕事との両立は無理だと思います」と言う。「それなら午前中だけ働けばいい。昼からは練習したらいい」と言って入社させました。当時、女子柔道はまだオリンピックの種目にはありませんでしたが、僕は頑張っている若い人を応援したいんです。

偉い人たちは製造現場というのは、設備を買って、人を放り込んで、材料を渡したら次から次へとモノが出てくると思っているようですが、そうではなく、どれだけうまいやり方をするか、あるいは働く人がどれだけ心を合わせてやっていくか、歯を食いしばってやっていくか。その意味で今、モノづくりをめぐって企業の間では大きな差が出てきていると思います。

トヨタ生産システムは人の意識で成り立っているということです。だから人を大事にする。人を生かすという基本がなければ、トヨタ生産システムは生きてこないんです。それが人間尊重、すなわちトヨタウェイです。日本のものづくりのよさもそこにあります。人に生き生きと働いてもらうためには、人を大事にしなければいけない。そこにものづくりの強さが生まれてくるからです。

人間は3つのタイプに分かれていると思う。自分でマッチを擦って火をつけられる人。マッチは持っていないけれど、人が擦ったマッチで燃えられる人、マッチを擦られても燃えない人です。自分でマッチを持っていて自分で燃えることのできる人は100人中3人くらいしかいない。

お客様にじかに接しているのは営業職員ですから、彼らが感じたことはお客様の声でもあるわけです。その要望の中にマネジメントのヒントがあるのです。たとえば、この間(お客様に過去の病歴などを告知していただく書類)告知書を変えました。職員からの要望もあって文字を大きくし、内容も簡素にしたんです。

現場も頻繁にまわります。地方の小さい支社の営業職員の大会や懇親会にもよく出席します。第一線の営業職員とじかに話ができますから。トップは現場に近くないとだめです。現場の営業職員から聞いたことが、私のエネルギーになっている。だから私は彼らの要望を聞くんです。要望を聞くからには実行しなくてはいけません。現在も、何十という宿題を抱えています。

経営に対する私の信念は「衆知を活かす」ということです。役員ばかりと話をするのではなく、部長はもちろん、課長や一般の職員の中に入り込んでいって意見を聞く。私の部屋には毎日ひっきりなしに職員がやってきます。私が八時半に会社に着きますと、もう部屋の前で待っているんです。

何気ない日常生活には、人生を豊かにするサプライズが至る所に転がっています。個を執拗に押さえ込んでいると、それに気づけなくなってしまう。人と出会い、接することで、人は育成されるのです。

紙に書いてあることは単なる情報にすぎず、人の気持ちを動かすような強烈なインパクトや感情を与えないでしょう?人生の妙味とはサプライズです。思わぬ展開があるのが人生です。いちばん大事にしなければいけないのは、人の心の部分だと思います。知識ももちろん必要ですけど、人に関心を持つことから物事はすべてスタートするんです。

小さな挫折はありますよ。たとえ会社の業績は上がったとしても、女性差別や嫉妬の対象になったとか、苦い経験が山のようにあります。でもそういうことは、これまであえて語らずに生きてきました。生々しい人間の感情は、どんな世界にいても、常に付きまとうものです。だって、嫉妬心のない人なんていないでしょう?嫉妬心があるのは、人間として普通のことなんです。

ビジネスの現場では、個を出すことはあってはならないことだという暗黙のルールが出来上がっていると思うんです。でも、そうやって個を封じ込めることによって、本来、人間が兼ね備えているはずの潜在的なビジネスの能力まで押さえ込んでいるのではないかと考えます。どこまでがビジネスマンの自分で、どこからが個の自分か明確に線引きができればいいのですけれど、そんなことできるはずがないでしょう。私たちは皆、感情を持ったひとりの生きた人間ですから。

私はお顧客を「個客」という言葉で呼んでいるのですが、社員に対してもお客様に対しても「個」として向き合うことが大切だと思うんです。私自身、日々、笑ったり、泣いたり、悩んだり、一人の人間として人生を送っています。それは誰でも同じです。

間違いのないしっかりとしたモノづくりに対する現場の努力に常に気を遣い配慮して「ごくろうさん」「ありがとう」という言葉で報いることです。百万個をノーミスで作るのはすごいことです。その持続性に対して、ありがとうと言わなければならないと思います。所詮モノづくりの現場は地味ですし、光が当たらないことが多い。それに対して新製品開発などの部分はカッコいいし、注目を集めますよね。拍手を浴びることも多い。でも、けっして派手ではないモノづくりの現場にこそ、目を向けていかなければいけないと思うんです。

ミスは完全に防げません。だからミスが起きても小さく止めることです。もちろんノーミスを目指していますが、それでもミスがあったときは、いち早く手を上げて処置することです。我々が午前中に作って納入した部品は、午後には完成品となって自動車工場から出荷され、名古屋の埠頭から船に乗ってしまいます。いったん積載されたらもう手も足も出ません。サンフランシスコ、ニューヨーク、シドニーまで追いかけなければいけない。

きちんと反省し、現場のチェック体制などを見直していきたいと思います。基本の徹底ができているかどうか、採算改善を強く意識しすぎて現場が我慢しすぎている部分がないかどうか、それから、社外工の人たちに任せていい部分と、トレーニングを受けた社員がやらなければいけない部分とが混在していないかどうかなどです。そのあたりをしっかりと評価しなおさなければいけない。

モノづくりの現場力が低下していると言われています。日本は80年代の終わりまで「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われて、世界から見学者がいっぱいやってきた。そこでちょっと格好をつけちゃったんですかね。我々も、もう一度きちんと反省し、たとえば、現場のチェック体制などを見直していきたいと思います。

これからの企業は人の心を大切にする経営を考えなければいけないと思う。レイモンド・チャンドラーのハードボイルド・ミステリーの古典的作品「PLAYBACK」の中に「たくましくなければ生き残れない。優しくなければ生き残る値打ちがない」という有名なセリフがあります。企業もまた「ハード&ジェントル(たくましく、そして穏やかな人)」である必要があります。

若い社員が前向きに仕事に取り組む効果は大きい。会社全体の活気にもつながるし、何よりも新しい創造性が育まれる。多様性をもち、上意下達によらないフラットな組織になってこそ、日本の製造業の生命線である独創性が磨かれるのです。ニート問題を批判的にとらえるだけでは、時代の変化に合った経営はできない。むしろ彼らを取り込むような改革を考えるべきだろう。

一部の若者が仕事に就かないのは、やりがいを感じる会社が見つからないのも理由のひとつでしょう。個々の社員が得意分野で才能を発揮できるような企業が多くなれば、ニートやフリーターも前向きに働ける社会になるのではないでしょうか?私はその点で、日本の若い力を信じています。

「プラン(計画)、ドゥ(実行)、チェック(確認・検証)、アクション(検証を踏まえて再実行)」を任されれば人は総じて意欲的になるものです。勉強にしろ仕事にしろ、親や上司に強制されてやっているうちは本物ではない。本来は誰でも好きなジャンル、得意分野を持っているはずだ。

基本的にはっきりと評価制度を確立することだと思います。評価的インセンティブ(報奨)について言えば、それは人間の自己実現欲求の基礎になるものだと思います。評価が与えられることによって、ヒトは尊厳欲求を満たすことになるからです。そのためには、仕事の達成や組織の貢献に対し、満足感が得られる状況を作ることです。

万人がいれば、万人の力をいかに生かすかを考えていかなければならないと思うのですが、それにはさまざまな仕組みが必要です。実際、独創性を発揮できるような会社にするにはどうすればいいか、これはトップが最も頭を悩ます問題と言っていいのではないでしょうか。

米国でのスピーチの構想を立てる際、過去の様子を聞きました。すると、日本人の英語は聞きづらいというのです。ですから、スピーチを聞こうとしないんですね。スピーチはまず聞いてもらうことが重要です。そのためには、ビジネスプランの話はいっさいやめて、明るい話題とか、社員個人のベネフィット(利益)など、もっと身近で聞きたくなるような話をしなきゃいかんと思いました。

HAM(ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチュアリング。ホンダの米国生産子会社)では毎年1・2回、アソシエート(従業員)の代表1・2名がプレジデント(社長)と会話する機会があるんです。大勢の中から選ばれるのでしょう。嬉々としてやってくるんです。なにより話すことが大切なんです。彼らは私の思いが聞きたいのです。コミュニケーションも含め、信頼関係の大切さを実感しました。いくらいい話をしても、信頼してもらえなきゃ終わりですから。大切なのは、お互いの信頼関係だと思うんです。だから現場にもなるべく行きました。

年に二回の賞与時期の幹部会では、800人の幹部を一人一人壇上に上げて「ごくろうさん」といいながら握手をして、賞与を手渡しします。そのときに、ちょっとした会話をするのですが、心が通じ合うのを感じます。「顔色悪いけど大丈夫か?」「ちょっと風邪をひきまして」とか、「お世話になりました。定年なので最後になります」と言われれば感極まって思わず両手を握ってしまいます。目と目を合わせ、言葉を交わし、手を触れ合う。その数秒のことが信頼関係の土台になり、経営意思を受け入れてくれる信頼の土壌になると思うんです。

キヤノンでは毎朝一時間ほど役員たちが朝会を開いています。50年ほど前から続く伝統です。ざっくばらんな議論の中で、互いの考え方を知ることができます。お互いを知ることによって信頼関係も生まれます。海外の出張先から相談の電話がかかってきても、普段のコミュニケーションが土台にありますから、相手の考えや問題意識を即座に把握することができる。スピーディに意思疎通が図られ、答えを出すことができるんです。

5・6年前から、あえて不具合をホームページに出しています。とくに技術部門の人というのは、トラブルがあると自分で何とか解決策を見出したいと思って閉じこもることがあるんです。だからそうじゃないと。悪いことをみんなで共有しよう、外に開示しようということをやってきたわけです。

米スターバックスコーヒー会長のハワード・シュルツさんは、貧しい家庭で育ち、父は健康保険にも入れないような仕事をしていました。彼自身、惨めな思いもしたようです。その経験から、すべての従業員を尊重し、みんなで一生懸命に成功しようという哲学を持っている。それは私も同じでしたから、初めて会ったときに、この人とは波長が合うなと思いました。

攻めの経営への具体策はグループ社員が一丸となって新しい全日空を作ることに尽きます。言ってみれば、いまほど危機感を抱えているときはないわけで、みんな緊張していますから、一丸となって危機を乗り越えるチャンスだと言っています。「ピンチはチャンス」全員が企業家精神を持ち、危機に立ち向かって競争力をつけていかなければいけない。

日本企業はこれまで、仲よくやろうとか、和の精神が一番だとか、集団主義の象徴のようなスローガンを出していました。しかし、これからはもっと競争社会であることが意識され、その中で生き残って発展していくという意欲を示した理念でなければいけない。

経営環境が変わる中、信念を持って常識をはるかに超えるような目標を立てていくことです。それに向かって挑戦するんです。それから、世界の模型業界を背負っていくんだという自負でしょう。経営環境が激変する時代だからこそ、企業の実力が出る時代じゃないかなと感じています。試練を与えられるということは、勉強にもなりますから。

アメリカのプラモデルメーカーがなぜだめになったかというと、創業者が会社を売ってしまうからなんですね。新しい社長は新しい開発については知識があまりありませんから、アメリカのプラモデルメーカーは面白い製品ができないんです。私の場合、父親もそうでしたが、儲けは後からついてくるという考え方なんです。

経営とはいろいろな人が集まって、自分の一番の強みを活かすことだと考えています。うちの社員にもよく言っているのですが、いまできるとか、できないということではなく「自分としてこうありたい」「これがしたい」ということを思い描かなければいけない。人は高い目標があるほど頑張ろうと努力します。ですから、私の役割は目指すべき理想の会社とか、理想の商売を描くことだと考えています。

目標が定まったら、できるだけ早く目標に到達せよということです。研究開発のスピードは、遅れたら遅れた分だけ命取りになります。ファナックの研究所の玄関には「10倍速く回る時計」があります。商品化のタイミングや開発速度の重要性を研究者全員に意識させるため、創業者の名誉会長(工学博士 稲葉清右衛門)が社長時代に研究所にプレゼントしたものです。

ときには24時間体制で開発しなければいけないこともあるし、技術的なブレイクスルーを徹底して追求しなければならない場合もある。しかし、研究開発に携わる研究員の一人一人がゴールをわかっていれば、そんなに難しいことではないと思います。私はあれこれ考えずに目標に向かって一直線に進めと言っています。

目の前の利益を上げられないのに夢のような長期計画を語っても私は信用しません。しかし、どんな人でもみんな仕事に打ち込んでいれば、そこには雑念のない夢があります。

人間はそうとう高等動物です。だから本当のところ、成果主義では一生懸命働かないわけです。もう少し上位概念の意義が必要です。組織の中で自分は認められているんだという存在意義がないと、一生懸命に働くことはできません。給料、つまり数値で差は付くんですよ。しかし、これがすべてじゃない。もっと重要なことがあるということです。

新入社員が「志」を持っていると思うのは間違いで、そういう方向に会社が引っ張っていかないといけないのだと思います。そういうホンダの企業風土に馴染みながら、また新しい風土を作っていってほしいですね。

「志」というのは、社会貢献や地球環境など、自分の利害を超えた、もっと高い次元の目標だと思います。自分の利害は当然追い求めていいわけだけれど、それにとどまらずもうちょっと高い目標を持ってやろうというのが「志」なんですね。企業にも同じことが言えますが、そうすれば必ず社会やお客様に認められるし、選別してもらえると思います。

私が提唱する「志・技・質」とは、従業員一人一人が思い描いている志、持っている技術力、そして仕事の質ですね。この「志・技・質」を高めることを会社全体の目標にしています。「志・技・質」を軸として、ホンダブランドの中身を一層強化していきたい。そこに焦点を合わせて、会社の力をため込みたいと思っています。

企業文化を構築するには、社員の共感が不可欠です。オーナー経営じゃありませんから、想いを風にし、社内を盛り上げていくことが求められます。ですから、できるだけ多くの社員と共通体験を積み重ねていきたいと思っています。

外の風に吹かれて、未知の世界と出会ったり、異なる言葉、文化に触れたり、考え方の違う人と語り合う中でいろいろと考えさせられることが出てくる。そこから得ることは、お金には換えられない満足感だし、社員の一人一人がそうした満足感を得ることによってジョブ・サティスファクション(職務満足感)にもつながっていく。だから、毎月のお給料の中から、少しずつ積み立てをして、世界のイベントにみんなで行くんです。そして、人と人とが触れ合う中で生まれる熱い思いを共感しているんです。

お祭りに乗ることです。それを企業の文化にどうやって置き換えていくか、言ってみれば各種のスポーツイベントの主催や協賛は、社員はもとより生活者の方々、取引先の方々とさまざまな共感、共鳴を得るための一手段なんですね。私はリオのカーニバル、マスターズ、ワールドカップ、オリンピックなど、あらゆるイベントに顔を出しますが、それらのエネルギーを仕事に持ち込みたいと考えているんです。

私はいわゆるお祭りと言いますか、そういうものが大好きです。要は人間の情熱、魅力というのは1+1が2ではなくて、もっと大きいものだと思うんです。1+1がどこかで何乗かにならないと風が吹きません。一緒に働いている仲間が、よしこれをやろうと場を盛り上げてくれたり、こういう凄い人がいるんだけど一緒に仕事をしたら面白いと思うよと紹介してくれたりしたとき、わかったとばかりに共感、共鳴を持つことが大切だと思うんです。

ビジョンを全社員で共有し、社員一人一人がそのビジョン達成のために頑張ることです。ファイヤー(構える前に撃て)文化が社内に根付き、常にお客様からも新しい価値を提供し続ける企業として評価を受ける会社にならなければいけません。そうすれば、その企業の未来は決して暗くない。そのような企業が多く出てくれば、日本の未来もまた明るくなるはずです。

これからの日本企業はもっと前工程に力を注いでいくべきです。そして、この部分では行動第一のファイアー(構える前に撃て)文化に基づいたトライ・アンド・エラーを徹底しないといけない。また、より大きな視点から日本の再生を考えれば、まず現在置かれている環境をしっかりと認識し、それから今後どうしていくかという将来に対するしっかりしたビジョンを持つ必要があります。

まずとにかくやってみようじゃないかという姿勢が求められる。やればやっただけのリアクションがお客様から、あるいは開発の結果から必ず返ってくる。つまり、仮説を立てて検証していくトライ・アンド・エラーというやり方ですね。そういった行動様式を社員一人ひとりが身につけなければいけない。

ファイヤー(構える前に撃て)が求められるのは、前工程においてです。前工程は、技術開発やソフト開発あるいはマーケティング分野などです。つまり、新しい価値や技術を創造する分野です。新しい価値を生み出す、あるいは新しい技術を開発するためには、まだ誰もやっていないことをやる必要があります。そのためには行動が第一でまずとにかくやってみようじゃないかという姿勢が求められます。

新しい技術のもとに新しい価値が生まれる時代には、顧客が求める価値を見つけ、顧客に提案できるかどうかが重要な経営戦略になります。このことは、技術が先行していた時代とは大きく経営戦略が異なることを意味します。私がファイヤー(構える前に撃て)を提唱する理由は、まさにそこにあるわけです。お客様が気付いていない価値観を見出すためには、行動様式そのものを変える必要がある。それがまず行動してみようという意味のファイヤーです。

私が96年の社長就任後、真っ先に取り組んだのは「ファイヤー(FIRE)文化」をリコーに根付かせることでした。READY AIM FIRE(構え、狙い、撃つ)の順で取り組んでいては潜在ニーズは掘り起こせない。獲物がわからなくてもとにかく撃つ。そうすれば藪から雉子(キジ)が飛び出してくるかもしれません。

経営資源は「ヒト・モノ・カネ」だと言われています。しかし、人も物も金も持っていなかったIT業界がこれだけ躍進を遂げられたのは何故なのか。私はすべてのものの栄養素、根っこになければいけないものは夢だと思うんです。誰かの夢を聞きたいという人はたくさんいるけれど、夢を語る側に回れる人は少ない。夢は永遠のエネルギーだと思います。

副社長時代は「常に下方修正のコマツ」だったわけです。屈辱を味わいました。私は絶対に下方修正はしたくありませんでした。対外公表値は社長が自分の責任で決める数値です。部下が集計した結果を見て「ああこういう数字か」と確認して、そのまま公表する会社もある。でも、私は自分で数値を理解して、この辺りまでだったら多少リスクが出たとしても大丈夫だなということを織り込みながら数値目標を公開するようにしています。

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