経営者・社長・会社経営の名言

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経営者・社長・会社経営の名言 一覧

継続取引型の業種では社長が売りを抜きにして得意先を定期的にまわると、お客自身の情報と競争相手の情報の二つが同時に入ってくるのです。それには何度も通う必要があるとは思います。かつてレーニンは「自ら足を使わないで情報を集めようとする者を官僚と呼ぶ」と言いました。あなたは決して役人にならないように。

市場規模が小さな商品や市場規模が小さな地域でも、実際に一位になるには5から7年と長い間努力を続けなければなりません。どこの地域にも必ず競争相手がいます。しかもその中に手ごわい競争相手がいればもっと長い年月がかかるでしょう。

会社経営は長期の戦いですから、最終的には社長の実力通りの結果になってしまいます。

日産はよくもあんなに早く改革を進められたものだと驚く人がいますが、それは改革の計画が単に上からの号令や、勝手な宣言によって押し付けられたのではなく、下からの意見を吸収しながら、きわめて建設的で合理的な方法で練られたからです。

経営には絶対的なモデルなどありません。経営というのは、実際に仕事に取り組みながら、その場その場で一番いい方法を見つけていくものだからです。その意味で言うと、困難な状況に置かれたときこそ、経営者は鍛えられます。順調なときには、教科書で学んだとおりにやっていけば、おそらくそれで問題ないでしょうが、危機に陥ったら、根本からやり方を見直さざるを得ません。

よく、日本の経営者はなぜ行動しなければならないときに身をすくめているのかと不思議がる声を聞くことがあります。日本の経営者には行動するつもりがないのかと。私は決して行動するつもりがないわけではないと思います。ただ、どうやったらいいのかわからないのです。つまり、戦略的なヴィジョンが欠けている。

開かれた議論をすることによって、多くの人々が自分の考えを表明することができました。納得がいくまで議論を重ねたのです。解決策について自由に討論できたからこそ、ひとたび発表されれば、人々はもはや選択の余地がないと思うようになったのです。

リバイバルプラン前の日産の衰退原因

  1. 利益を大切にしていなかった。経営陣は数字も業績も知らなかった。部品の購買コストが高かった。
  2. 口で言うわりには、ユーザーやマーケットについて考えていなかった。
  3. 切迫感、緊張感がなかった。
  4. 社内のセクショナリズム(部門の縄張り主義)。部門横断的なやり方の欠如。
  5. 戦略のなさ、ヴィジョンのなさ。

私はルノーから来た人々が「徒党を組んでいる」と見られることだけは避けたかったのです。もし、私が「自分に一派を率いてやってきた」とみなされたら、あとは何をやっても通用しません。私はたちまち信用を失うことになります。

どういう形態をとろうとも、他社との提携には大変な労力がかかる。相手の規模が小さかろうが大きかろうが、苦労は同じだ。だからどうせ提携するなら望みを高くし、大きな企業を狙った方がいい。

ミシュランは将来の幹部候補生が一日でも早く会社の一員になれるように、非常に効果的で、独特のシステムを採用していました。SPスタージュという社員研修のシステムです。このシステムでは、インストラクターの指導の下に、幹部候補生は全員三カ月間の研修を受け、寝食を共にします。そして、この間に生産、営業、販売、財務、海外業務など様々な分野に関して、その部門を率いるトップの人々から講義を受けます。つまり、研修生は会社のことや、会社を動かしているトップの人々について知ることができるわけです。

小売業や飲食業のように大衆を相手にしている場合は、社長自身がお客をよく観察することが一番の情報収集です。もうひとつはクレーム。これは貴重な情報になります。クレームには会社の欠点のほかにお客の不満が入っています。逆に見ると将来情報にもなるのです。

強い商品や強い有料サービスをつくるには、自分の会社の経営規模と競争相手との力関係を考えたうえで、将来どの商品や有料サービスで一位を目指すか、中心となる重点商品をはっきり決める必要があります。商品の範囲もはっきり決めておかなければなりません。調子に乗って一見儲かりそうなものに手を出す癖のある人は、これとこれには絶対に手を出さないとはっきり決めておけば安心です。

会社は粗利益をエネルギー源にして生きていて、その粗利益はお客からしか生まれないということです。お客づくりと直接関係する大事なものがどれも負けていれば、利益性がよくなる根拠はまったくないわけです。

一万人に一人くらいは特別に優れた人がいるものです。こういう人をマンイチの人と呼びます。マンイチの人は、まったく体験しなくても物事の本質がパッと浮かんでくる人種ですから、自分独自の考えによる経営理念が簡単にできてしまいます。しかも考えた内容と行動が一致するので業績は黙っていてもよくなってしまいます。普通の人ではこうはいきません。

社長の守備範囲はとても広いので、これが狂うと組織の作り方はもちろん、従業員の役割分担まで大きく狂ってしまいます。経営全体に大きな無駄が出る。当然業績が悪くなります。組織の効率を高めて業績を良くするには、名誉上の役職と実質上の仕事内容をはっきり区別しなければならないのです。

会社の規模は直接競争力にはつながりません。会社の規模は成功の鍵にはなりませんが、何かあった時にそのリスクを和らげるクッションの役割を果たしてくれるのです。

経営をするなら、いま会社がどうなっているのか、そしてユーザーが何を求めているかを自分の肌で感じる必要があります。そうしなければ決断などできません。そこでは理解することと同様に、感じることが大切なのです。ですから、現場には足を運び続けるべきです。現場でこそ会社の実態がわかるのです。

企業が困難に直面するのは、いつでもその企業自身に原因があります。もちろん経済環境も無関係ではありませんが、問題の根源は常に企業自身にあるのです。日産の業績が傾いたのは日本の景気後退のせいでも、競争相手が強すぎたからでもありません。その原因は社内にあったのです。企業を弱体化させる因子は、必ずといっていいほど内部の構造にあります。

お互いに自分のアイデンティティを守り、相手のアイデンティティを尊重する。それがあるからこそ提携は前進するのです。この点はお互い意識して努めていかなければなりません。企業のアイデンティティがなくなってしまったら、企業としての価値は損なわれ、社員のモチベーションは大幅に失われてしまうからです。会社にとって大切なことのひとつは、社員のモチベーションを維持して、会社に対する帰属意識を高めることです。

終身雇用と年功序列と同列に論じることはできません。私は、年功序列制度は企業の業績に悪影響を与えると思っています。しかし、終身雇用制度のほうは、働く人々に対して企業が誠意を示すという意味で、決して悪いことだとは思っていません。私たちは、なるべく終身雇用が実現できるよう努力していきたいと思います。

ヴィジョンというものは、別に理論的なものではなく、ただ方向性を示すだけのものでもかまわないのですが、ともかく、それをもとに、物事をはっきりさせ、単純化し、優先順位を与えてやって、みんなが合意するような計画を作ってやらなければならない。

抵抗の動きが出なかったということは、主として議論の進め方によるものだと思います。私は、これはこうなるべきだ!と言ったことは一度もありません。目標をしっかりと定めたうえで、そこに到達する方法については、私はいつでも喜んで議論に応じました。目標とスケジュールについては譲ることはできませんでしたが、実施方法に関しては、議論は非常に開かれていたのです。

会社の再建というものは、ある意味でエンジニアの仕事に似ています。あるいは、家を建てるのに似ているといってもいいかもしれません。つまり、そこには何を優先して、どんなやり方で、どの程度のレベルのものにするかといった発想が必要なのです。また、家を建てることの比喩でいえば、それと同じように基礎工事が必要ですし、スケジュールや予算の作成、そして、期限や価格についての取り決めもしておかなければなりません。

正直言って、日産がどうしてこうなってしまったのか、きちんと分析して説明できる人に、社内で一度も会ったことがありませんでした。何が問題なのか、重要な順番に仕分けしてみせてくれる人は一人もいませんでした。経営に関しては混とんそのものが日産を支配していました。会社に様々な問題が起こってくるのは、それが根本の原因であるわけです。経営が方向を見失っていたら、まだ業績が悪化していないとしても、遠からずそうなることは当たり前のことだからです。

あなたは自分の会社が中小企業だから利益性が悪いと思っていませんか。そうではありません。経営の大事なところに一位が一つもないから、結果としてそうなっているのです。
あなたは自分の会社が中小企業だから経営の大事なところに一位が作れないと思っていませんか。そうではありません。あなたが一位づくりを目標にした経営をしていないから、結果として一位が一つもないだけです。あなたに何としても一位をつくってみせるという熱意がないから、結果として弱者に甘んじているのです。

トヨタに参謀型の経営者などいなかった。
【覚書き|ここでの参謀型経営者とは、現場に出ず机上の計算で作戦立案をする経営者のことを指している】

いくら働いても疲れない会社にしたい。

会社経営は自分の力がすべて。従業員も収入は自分で稼ぐもの。
【覚書き:アマダが学歴無用の実力主義を採っていることについて語った言葉】

会社の責任者として自分にしかできないことをやりたい。人に任せられることは任せていきたい。
【覚書き:創業者の父からリョービの経営を引き継いだときに語った言葉】

会社は全社員が力を合わせて作りこんでいく壮大な作品だ。

従流 志不変
【覚書き:世の中の流れに沿って変化しても、根っこである志だけは変えてはいけないという意味の言葉。大徳寺の立花大亀老師から受け取り、井植氏が座右の銘にした言葉。言葉をもらった当時、井植氏は父が起業した時代遅れとなったフェリー会社(淡路フェリーボート)の整理に四苦八苦していた】

発展途上国を含めた世界の市場に目を向ければ、繊維産業はものすごく成長性の高い産業である。
【覚書き:他社が脱繊維を目指す中、東レだけが本業の繊維を強化する方向に進んだことについての発言】

苦しい時には誰よりも経営者が会社の未来を信じ、決断する姿を見せた心意気は現場にも伝わった。

他国の手本となる素晴らしい高齢化社会を実現することは、最大の貢献でしょう。
【覚書き:高齢化社会は暗いことばかりではないという見通しを語った時の言葉】

混迷の時代には、基本に戻る構想力が必要。

改革を成すには冷静な判断と勇気ある決断が求められる。
【覚書き:上記は日商岩井社長時の発言】

しっかりした志を持って事に当たり、柔軟な思考と創意工夫を凝らして懸命の努力をすれば、必ず事は成就する。

企業理念の確立は、トップ・マネジメントの仕事。
【覚書き:社長は企業文化を作ることに腐心しなければいけないという自信の経営哲学を語った言葉】

技術には歴史がある。しかし、技術者には過去はない。ただ創造あるのみ。
【覚書き:ファナックの研究開発の基本理念を語った言葉】

仕事というものは、たとえて言うなら運動会のリレーである。次のランナーにいかにうまくつなぐかが重要なのだ。

社長は戦国時代の大名と一緒で、すべて背水の陣でものを考えている。その都度、その都度、私自身、自分の決心に時間をかけたことはない。
【覚書き:自身の経営哲学を語った言葉】

自分で考え仕掛けた仕事について、先輩や上司と議論していけば、社内の風通しも良くなる。
【覚書き:社内の風通しを良くするにはどうすればいいかと問われた時の発言。社員に仕事を任せ、議論させることで社内が活性化するという趣旨の発言】

厳しい状況にあるからこそ、社内が団結し、新社長の色が出せる。花道(はなみち)論などナンセンス。
【覚書き:プラザ合意後の円高での厳しい状況下で次の社長へ交代することに対し「いま退いては社長の花道を飾れないのではないか」と問われた時の返答。自分の経歴よりも社を優先させるべきという趣旨の発言】

これは俺が苦労して育てたんだと言える仕事を、一つは残してもらいたい。
【覚書き:三菱商事会長時の発言】

ハードが基礎にあって、それでソフトができる。ソフトだけやってればいいとなると、何か危ない感じがする。

あまりに予断を持ちすぎて、頭の中だけで人事制度や組織をいじっても、結果は必ずしも芳しいものとは言えない。

ツキが落ちても悲観するな。

私は一人の従業員も解雇しない。誰も犠牲者にしない。
【覚書き:オイルショック後の賃上げ交渉の場での発言】

職場はもちろん、家庭もしかり。あらゆるところ、道場と思う心が大切だ。その心構えさえ持てば酒場も立派な道場ということになる。

世の中の変化に応ずることも大切だが、変化の中で不変のものもあるということだ。
【覚書き:長年の経営者経験から堅実さがいかに大切か語った言葉】

どん底からの出発で、むしろ自分に「ワンマンであれ」と言い聞かせてきた。

人を用いるに過失をもってこれを棄(す)つるなかれ。よろしくその自身を許すべし。

「人間万事、塞翁が馬」ということわざは、「人間なんてなるようにしかならない。あくせくしたってはじまらない」というような意味に使われることがある。私はこれは間違いだと思う。私は「なるようにしかならない」人生ではなく「なるようになる」人生を作るために努力することの方が大事であろうと思う。

格好よく言えば、私は女性を美しくすることに生涯をささげてきた。まことに幸せな人生というべきだ。

大阪梅田を皮切りにステーションビルをあちこちに展開した。「民業圧迫だ」と批判を受けたこともあったが、「皆さんの方が官業圧迫だ」と突っぱねた。
【覚書き:総裁として国鉄の経営再建にあたった時を振り返っての発言。多角化して収益回復しなければいけない時期にあった】

長い人類の歴史の中で過去と未来のつなぎ目に自分が生きているという認識を持つことがまず大切だ。そのために、歴史を学び、それが自分を知り人間を知ることになる。

日本株の国際化に大きな役割を果たしたと思う。欧州市場にも上場して、ソニーを世界的基盤に立つ企業にしたい。
【覚書き:ソニーを日本企業で初めて、ニューヨーク証券取引所に上場させたときの言葉】

お客様の求めるままに学習し進化する。
【覚書き:小売店の販売網が邪魔をして改革が進んでいなかった文具流通を改革し、アスクルの立上げを行った。さらにオフィス用品の通販から、オフィス工事、医療通販など業務を広げたことについて語った言葉】

SPA(製造型小売業)は調整しやすい。全部のリスクをウチが負っているので、情報が正確かつ迅速に集まってくる。従って、生産・販売・調整ができる。

一度は死ぬのだから、とにかく前を向いて死ねばいい。後ろを振り返って心配する暇があったら、前に進む。それで死んだら仕方ない。
【覚書き:22歳で帰郷し、苦境に陥っていた林原の再建に取り組んだ時の言葉】

組織の上に立つ者が、まず頭を切り替えなければ、競争に勝てる戦略は生まれてこない。
【覚書き:オイルショック後、利益を維持するために商品の価格をあげたことが裏目に出て、他者にシェアを奪われたことに対しての反省の言葉】

早く育てようと年中肥料をやれば、根は傷む。毎日一定の時間に水をやっても、過湿で根は腐ってしまう。丹念に面倒を見ればよく育つわけでもない。蘭には蘭の生活リズムがあり、それに人間の方が合わせなければ、最良の状態にはならないのである。【覚書き|部下の育成法を自身の趣味のラン栽培に例えて語った言葉】

経営には「果決」が必要。果物を間引いて一つだけ残す決断の難しさをいうのだが、多くの需要のなかから一つを育て上げる選択が難しい。
【覚書き:オイルショック後に商品の選択集中とリストラを行った時を振り返っての発言】

日本人は円とドルだけですべてを語ろうとするが、世界にはいくつもの通貨がある。輸出の基本は、安い通貨圏から高い通貨圏へ売ることだ。
【覚書き:円高が進んで日本の多くの経営者がひるんでいた時期の発言】

学問の深さで、よい製品作りができるわけではない。

私が社長らしくない社長になって、大切なことには積極的に首を突っ込み、現場主義で行こうと考えたのは、当時からキヤノンにも大企業病のきらいが少し表れていたからだ。

人減らしのなかでも、採用は続けるべきだった。
【覚書き:オイルショック後の不況で、ユニチカの経営再建で人員整理と新卒採用見送りを同時に行った。その時を振り返っての発言】

設備が同じでも、もっと効率的に作れないのか。それと、腕を磨くことには無限の可能性がある。
【覚書き:太平洋戦争終結10年後にドイツのフォルクスワーゲン社の工場を訪問した時、最新の設備に驚かされ、生産技術向上に力を入れることを決意したときの言葉】

子供にあんな思いをさせている自分が経営者として情けない。
【覚書き:ホンダの社内運動会で、社員の子供たちがツギの当たったズボンをはいているのを見た時の言葉。会社の業績をもっと伸ばし、社員にもっと給料を払ってやれれば、社員の子供たちもツギの当たったズボンをはかなくてよくなると、社員の給料に対しても自分の問題としてとらえた言葉】

現場を知らない企画屋ほど、やっかいなものはない。
【覚書き:統計データだけを見るだけでは駄目で、現場を肌で感じ、なぜそんなデータになっているのか背景を見なければいけないという趣旨の発言】

学校では教えてくれない人生で役に立つ11のルール

  1. 人生は公平ではない。それに慣れよ。
  2. 世界は君の自尊心を気にかけてはくれない。君の気分に関係なく世界は君が仕事を終わらせることを期待している。
  3. 高校を出てすぐ6万ドルの年収を稼ぎはしない。携帯電話(当時は高かった)を持った副社長にもならない。自分で両方を稼ぎ出すまでは。
  4. 先生が厳しすぎると思うなら、上司を持ってみろ。
  5. ハンバーガーを引っくり返すということは沽券(こけん)にかかわることではない。君たちの祖父母はハンバーガーを引っくり返すことを別の表現を使った。それはチャンスと呼ばれた。
  6. 君が失敗したらそれは両親のせいではない。文句を言わずに学べ。
  7. 君らが生まれる前は、君らの両親は今のように退屈な人たちではなかった。そんな風になったのは、君らのために支払いをし、服を洗い、君らがどんなにいけてるか、という自慢を聞いているうちにそうなったのだ。親の時代から生存する寄生虫から森を守る前に、自分の洋服ダンスのダニ駆除から始めよう。
  8. 学校は勝者・敗者を決めなくなったかもしれないが、人生は違う。学校によっては君が落ちこぼれないようにしてくれたり、正しい答えが導き出せるまで、何度でも機会をくれる。実際の人生とは全く似ても似つかない。
  9. 人生は学期ごとに分けられていない。夏休みは無いし、ほとんどの雇用主は君が自分を見出すことに興味を持たない。それは自分の時間にやれ。
  10. テレビは本当の人生ではない。 現実では、人は喫茶店にいつまでもいられるわけはなく、仕事に行かなくてはいけないのだ。
  11. オタクには親切にしよう。彼らの下で働く可能性が高い。

【覚書き|上記はビル・ゲイツの創作ではなく、チャールズ・J・サイクスの著書「Dumbing Down Our Kids」から一部を引用したものと言われている。】

企業戦略は世の中を一歩先取りしないといけない。そして、経営者は学者では務まらない。会社の体力、自らのリーダーシップの限界を知ったうえで、世の中で「これは」というものを信じて追い求めればよい。あとは決断であり、大切なのは勘と度胸である。

滅私奉公を旨とする日本の「法人社会主義」が、頻発する企業不祥事の一因です。
【覚書き:会社のために法令違反をするビジネスマンたちに対する戒めの言葉。法令を順守し社会倫理をしっかりと持てという趣旨の発言】

ここはいま、日本で最低の撮影所だ。しかし、私が来たからには大改革をして日本一の撮影所にしたい。みなが賛成してくれるなら、日本一に必ずできる。同じ夢を見ようじゃないか。
【覚書き:赤字の東京撮影所の経営再建にあたった当時の言葉】

毅然として歩むには、誇りを持たなければならない。誇りを持つことは、相手を見下すことではない。常に礼儀を忘れてはならない。礼儀正しくということは、卑屈になることではない。その意味で、日本は誇りを失いかけてはいないか。

TQC(総合的品質管理)はバタ臭くてとっつきにくいというのなら、やらなくて結構。ただし、若い人の取り組みを妨げないでください。
【覚書き:鹿島建設でTQCを導入しようとしたとき、あまり乗り気でない他の重役たちに対しての発言】

プラザ合意後の円高時代にも内外価格差はあった。あの時期にやろうと思えばやれたことを我々はやらなかった。まず怠惰でしたと消費者に謝るべきで、今年になって半分にできましたというのはおかしい。
【覚書き:ライバル会社の価格破壊宣言に対しての発言】

人生がやりたいことと違う方向に向くことはよくある。私はビジネスマンになるつもりはなかったが、井深さんと盛田さんの大きな力で誘導されてしまった。しかし、興味がなければ長続きはしない。また、そこに成功がなければ成り立たない。その意味で、私に後悔はない。
【覚書き:バリトン歌手として活動する選択肢を捨て、ビジネスの世界に入ったことを振り返っての発言】

百貨店の価値は何かと問われたら、ライフスタイルのコーディネイト能力だと答えます。
【覚書き:伊勢丹新宿本館一階に新進気鋭の無名デザイナーの商品を取り扱う解放区を設けたことについて語った言葉】

売れているからといって、いつまでも喜んでいると、持っていることがかえってマイナスになります。
【覚書き:大ヒット商品も頻繁に大きな改良を行った】

加点主義をモットーに、前向きの失敗であれば一切処罰しないし、降格もしない。

経営トップは何よりも、新事業の育成にリーダーシップを発揮すべきだ。
【覚書き:デジタルカメラ事業の成功後、未知のデジタルカメラ分野に挑んだことについて語った言葉】

どんなに強いブランド力を誇っていても、それが永遠に続くことなどありえません。
【覚書き:発泡酒への参入を決意した時の言葉。当時、「ラガービール」は長期的に不振が続き、「一番搾り」もなかなか売り上げが伸びない状況で新たな道に進むことを決断した言葉】

大企業病は生活習慣病。健康体に戻るには、組織や事業の構造改革も必要だが、まずは社員の意識改革が欠かせない。

従来は商品を集めてくる問屋と付き合えばよかった。しかし、いまは自身でリスクをはってつくるデザイン力のある問屋、デザインメーカーでなければ取引する意味がない。

サービスとは「無事故、安全運転」以外の何ものでもない。サービスとは決して奇をてらった車両をつくることではない。
【覚書き:国鉄の総裁として国鉄改革を行ったことを振り返っての発言】

あんな覚書は、飛行機に乗る前に破り捨てちゃいますよ。
【覚書き:東京ディズニーランド建設の任に当たった時、米国ディズニーとの契約締結直前に、親会社三井不動産から厳しい制約条件の覚書きを渡されたことに対しての発言】

自動車は一度損をし始めたら、たちどころに泥沼に入り込んでしまう。逆に今がピークだと思ったら終わりだ。企業が発展し続けるには、少なくとも自己増殖できるだけの利益は、絶対に確保しなければならない。

売り手も買い手も対等であり、お互いにフェアに付き合うべきだ。
【覚書き:ゼネコンや政治家の圧力で不利な立場に立たされていたセメント業界を引っ張ってきた経験を語った時の言葉】

経営者は自らがトップの座にすわったとき、得手不得手を離れて、いかに会社の状況を客観的に把握できるかだ。
【覚書き:富士銀行頭取時代の発言。経営トップは自分の専門分野・得意分野から離れて会社全体の状況をしっかりと見極めろという趣旨の発言】

これからは建設業もソフトで勝負の時代だ。
【覚書き:建物を建てるハード面だけでなく、お客さんのニーズを聞いたり、それに対して技術・資金計画も含めて提案するようなソフト面が今後重要になってくるという趣旨の発言】

本心から部下を信頼して仕事を任せてきた。
【覚書き:銀座本社ビルの売却、生産品目削減など厳しい事業合理化を実施し、合理化をなし遂げた時を振り返っての発言】

会社再建も難病の治療のようなもので、どんな薬を与えても効かなかったのが、峠を越すと、めきめき解放に向かう。
【覚書き:石川県の大手タクシー会社石川交通再建時を振り返っての発言】

ルールは基本的に法規によるべきで、企業が自分たちの立場で話し合って作るのでは世間に通用しない。
【覚書き:公正取引委員会委員長として企業の談合カルテル体質を批判しての発言】

人生は「節」があるからいい。悩む中から何かを勉強してつかみとって行く。そこに人間的な成長もある。
【覚書き:人生の「節」を自覚せよという人生哲学について語った言葉】

社風というのは平穏なときにはわからない。緊急、異常時に出てくるものだ。
【覚書き:伊勢湾台風直後の社葬の時を振り返っての言葉。準備期間が取れなかったのにもかかわらず社員が力を合わせ社葬を執り行った】

社長業は全力投球すれば体力、気力から6年くらいがちょうど良いところではなかろうか。自分の方針を社内に徹底して実現することも、6年あれば十分であろう。

商品とだけ付き合わず、会社と付き合え。
【覚書き:ビジネスマンは自社製品の知識だけでなく、会社全体の方向性も考えたうえで開発や営業をしなければならないという趣旨の発言。社員に口酸っぱく伝えた】

朝、会社の玄関に入るときに、下腹にエイッと力を入れて、ここからが修羅場だぞと自分に言い聞かせた。
【覚書き:オイルショック後の海運造船不況の中に船舶部長を務めたころを振り返った時の発言】

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