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経営者・社長・会社経営の名言

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このページは「経営者・社長・会社経営」に関する名言を集めたページです。仕事の能率、人生の質、資産状況を変えるアイデアのヒントが詰まっています。気に入った名言は、SNSにスクラップしたり、手帳などに書き写してみてはいかがでしょうか。

経営者・社長・会社経営の名言 一覧

中野克彦(経営者)

これからの会社はMOT(技術経営、技術版のMBA)ですよ。技術経営ができなければ駄目です。したがって、研究所を変えたいと思いました。当時、うちの研究所はブラックボックスでした。技術の総帥が「研究のことは俺に任せておけ」というから、みんな任せるけど、一向にいいものが出てこないわけです。だから私は、社長に就任してから十年間、毎月、川崎の研究所にヒアリングに通い続けた。


桜井正光

技術屋さんのよいモノを作ろうとする世界一強いこだわりがあります。だから日本はもっと自信を持ってもらいたいと思うんです。新しい、いわゆる高付加価値商品を生み出す市場は日本そのものなんですから。


桜井正光

商品を評価する視線の厳しさは、日本人に共通するものです。そうした厳しい国内マーケットからの要望に対して、我々は改良を加えるなどして応え、新たな商品を提供していく。それによって前工程の技術開発は強くなる。


桜井正光

お客様の指摘にも二段階あります。新商品を最初に購入するのは、新しいものに敏感なお客様です。このお客様の興味は機能に集まります。それから、その商品がだんだんと一般の人々の間にも浸透し始めると、彼らからは新しいものに敏感なお客様層とは異質の要求が出てきます。一般のお客様はデザインなど外観的な要素や、どれだけ長持ちするかという信頼性にこだわる傾向がある。


桜井正光

前工程は間違いなく国内でしっかりできる。なぜかというと、日本は世界で一番厳しい市場だからです。日本ほど新しいもの好きの国民は、世界中を見渡しても他にいません。日本国民の厳しい視線が、日本製品の品質を鍛え、世界に冠するものに仕立て上げているのです。


桜井正光

モノづくりは日本では駄目だなんていう人がよくいるけれど、人件費の高さを考えると、確かに後工程である組み立て加工は駄目かもしれない。けれど、加工・組み立てはモノづくりの中の一部分でしかない。あとの部分、すなわち前工程の力をつけ、商品の高付加価値化でほかの国に勝っていかねばならない。研究開発や商品開発の前工程については絶対に譲ってはいけないのです。日本のメーカーはもっと前工程を大事にしなければいけない。


深谷紘一

パイプだけを作り続けていて、他には何もやっていないけれどパイプだったら世界を相手にしても負けない企業ってあるでしょう?そうした技術の深掘りをしている企業が今後、強さを発揮すると考えています。安さだけを求めて、きょろきょろしながら生産地を移していくようなモノづくりは長く続かないと思います。とくに自動車産業は高い品質が求められますし、常に新しい付加価値が求められますから、何かに特化し、深堀できる企業が強い。


深谷紘一

部品メーカーが生み出す付加価値に利益がつくのは確かです。部品メーカーが自動車産業を支えていると言われることもその通りだと言えます。このことは100人、200人規模の中小企業でも、この分野なら負けないという技術を持っていれば大企業と組んで大きなプロジェクトを動かせることを意味しています。


町田勝彦

他にはない独自のオンリーワン技術を磨いて、オンリーワン・デバイスをつくり、オンリーワン商品を作らなければいけない。そして、オンリーワンを積み重ねることで、ナンバーワンになれと言っています。技術や商品に限らない。コーポレートガバナンス(企業統治)も、販売の仕方でもオンリーワンを目指したい。あらゆるところで独自性を出していきたい。


町田勝彦

ナンバーワンになろうとして規模だけを追うのは簡単です。しかし、それでは利益が取れるだろうか。薄利は目に見えていますし、商品の特徴も生まれない。もちろん、企業の顔も見えない。しかも、利益を上げようとして開発投資を減らしながら、2番手製品を作っているのでは、いつかは中国などに飲み込まれてしまいます。


金川千尋

コストからいえば、生産能力の大きな生産拠点に一極集中した方が安くなります。しかし、ひとつのバスケットにすべての卵を入れたのでは、万一、バスケットを落とした時に卵はすべて割れてしまいます。だから、リスクは分散しなければいけない。コストは高くても、それは保険料です。大切なのは生産拠点を複数にして、いかにコストを最低限に保つかを考えることです。


金川千尋

たとえ、リスクを踏んででも時期が来たらいつでも取り掛かれる用意を常にしておき、普通なら一年半かかるところを半年で完成させる。そこに決定的な差が生まれるんです。立ち上げに一年半もかかっていてはブームは過ぎてしまう。


金川千尋

リスクには「踏んではいけないリスク」と「踏まざるを得ないリスク」の二つがある。カントリーリスクやPL(製造物責任)リスクを侵したら企業にとって致命的になります。しかし、リスクを恐れてタイミングを逸しては、勝てないビジネスがある。投資が大きいビジネスは、早く立ち上げたものだけが勝者になれる。


長谷川武彦

他社が左へ行くのなら、うちは右へ行って成功しようと考えるくらいの余裕がなければいけない。ビジネスモデルは一つではありません。みんなと同じ方向へ行けば、横並びから抜け切れないし、同じ軸の上で競争していては、最後は資本力の勝負になりますから、いくら本物を持っていても勝負することはできません。


長谷川武彦

中国でビジネスをするのであれば、現地の感覚や価値観を理解しなければいけない。彼らには彼らの考え方があることを勉強しました。コピーしてけしからんと繰り返していても仕方ないんです。市場が違えば、求められるニーズも異なる。他社が一斉に中国に進出したとしても、あわてる必要はない。


長谷川武彦

私は中国から学んだことがあります。彼らはバイクをコピーして半値以下で作ります。最初、私はこんな半値以下の製品はバイクとは呼べない、そのうち駄目になると思っていました。ところが一向に駄目にならないんですね。なぜか。我々が考えているCS(顧客満足)と中国のCSは異なるからです。安いコピーバイクは品質が良くないから簡単に壊れます。日本人だったら不良品だと文句を言うでしょう。ところが中国では最初から高品質の壊れないバイクなど期待していない。壊れたら直せばいいと考えている。


林原健

ソニーは井深大さんがモノを作り、盛田昭夫さんがそれを売って歩いたからうまくいった。ホンダも本田宗一郎と藤沢武夫のコンビで成功した。得意な分野は得意な人が手掛けた方が、両方が良くなるじゃないですか。


進藤晶弘

工場はもとより、場合によっては販売チャンネルを持つ必要もありません。アウトソーシングでできることはすべきです。最も大事なのは、市場にエントリーすることですから。土俵に上がらなければ、相撲も取れないということです。


進藤晶弘

「生産性を競う時代は終わった。これからは創造的な技術を競う時代である」と思ったんです。実際、米国では工場なんか持たなくても立派に会社を立ち上げている。国際的にもアライアンス(業務提携)を組み、お互いに補完しあいながら、一刻も早く市場にエントリーすることこそが、ベンチャー企業には大事ではないかと考えたんですね。


進藤晶弘

ベンチャー企業は大企業と違ってパッと集まって、すぐに意思決定ができます。これは強みなんです。つまり、無駄な人を経由しない。それから、いくらスピードだと言っても、独断に陥ってはいけません。みんなで必ず議論して、ものごとを決めることです。


進藤晶弘

ハイテク分野の何よりの武器はスピードです。大企業は人を育て、開発をし、生産して、販売やサービスをするというプロセスをすべて自分のところでやります。そうすると、たいへんなお金がかかる。事実、工場を持ったり、販売チャンネルをもったりすると、大量の人を抱えて大量の投資をすることになる。これは大変な負担です。


松井道夫

30年ほど前、私が社会に出た時には、時代に大きな変化はなく、過去の延長線上に未来があると信じることができました。しかし、当時大企業と言われていたところは、現在凄まじい競争の渦中にあり、のたうちまわっています。みんなが思い描いていた将来のイメージとは全然違い、予想もしなかった変化が起きているのです。


松井道夫

いまは革命期の真っ最中です。世の中の風景は、大きく変化しています。これに気付いている人と、気付いていない人とでは天と地ほどの差が出てきます。たしかに、過去の延長線上に歴史が続いているのは事実です。しかし、必ず100年か200年に一回、世の中の様相がガラッと変わるエポック・メーキングな時代があるんですね。いま私たちが立っているのは、まさにその地点です。


西田厚聰

事業に応じたスピード、経営の判断基準があるということです。現在進行している事業には、私の任期中には実を結ばない長期の事業もたくさんある。直近の事業も、もちろん力を入れて取り組みます。しかし、自分の任期中に成功させる事業だけを考えていては駄目なんです。自分の任期を超えて、事業を持続的に成長させなければいけない。5年先、10年先を常に考え、結論を導き出し、決断することができるのは社長以外にいませんから。


西田厚聰

リスクは冒します。でもビジネスは賭けではありませんから、決して無謀なことはしません。たとえば、長年やってきたパソコン事業について言えば、とくに半導体は三年で投資が回収できなければ成り立たない事業ですから、三年で間違いなく回収できるかどうかが決断の決め手になります。また、今回の米国原子力プラント大手ウェスチングハウス社の株式買収について、原子力は20年から30年のタイムスパンで収益性を考えなければいけない事業です。


西田厚聰

競争原理のもとでは、つねに一歩先を読み、先手を取らなければいけない。後ろ手に回った途端、コストは倍に膨らみます。ビジネスとは言ってみれば市場環境の変化など、時代が作り出す状況と相関関係にある関数です。時代の状況が変われば、経営の重要なポイントも変わってくるのです。状況が変われば事業の優劣関係もコロッと逆転するかもしれない。


西田厚聰

企業の成長にスピードとタイミングは必要の条件です。グローバリゼーションとは、日本から世界へ市場が広がったと同時に、日本市場にも世界の企業が参入することを意味します。つまり、グローバリゼーションによって市場の競争原理が導入され、日本の伝統的な組織の動かし方が通用しない時代が到来したということです。


諸井虔

経営トップは同業他社の動きが気になるものですから、ある企業に改革の成果が表れはじめた、などという記事が新聞に出れば、追随するに違いありません。これは、横並びを改革するための最後の横並びであると、私は思っているんです。


諸井虔

恐れる必要はありません。管理職集団の側も、自己否定をしなければ会社が生き残れないことがわかってきています。そこが大きな変化であり、チャンスです。経営トップが自分の職をかけて強いリーダーシップを発揮すれば、改革はできます。仮に業界のトップ企業の経営者が決断して改革を始めれば、同業他社にも改革の動きは広がっていくでしょう。


諸井虔

トップの決断次第です。日本企業のトップは管理集団の中から選ばれたエリート中のエリートですから、基本的に管理職と同じ体質なんですね。したがって、管理職集団のことを最も大切に思い、彼らの利益を優先して経営のかじ取りを行ってきた。言うなれば、管理職集団の代表のようなものです。逆に言えば、経営者にとって一番気になる存在は管理職集団なんです。


諸井虔

改革はボトムアップでは絶対に成功しません。トップダウンでやるしかない。トップみずからが腹を切る覚悟でやるしかありません。


水口弘一

リスクがないところには、チャンスがない。チャンスがあるところには、必ずリスクがあると言ってもいい。もちろん、リスクヘッジ(危機回避)について考えなければいけないのですが、いつも石橋を叩いてばかりいて渡らないのでは、展望は開けないのです。


水口弘一

旧野村財閥の創始者・野村徳七が昭和16年に日本で初めて投資信託を手がけた時も、役員会では全員が反対しました。そのとき、野村徳七は「新しい事業はみんなが賛成してはうまくいかない。少なくとも八割が反対するくらいの事業に価値がある。もし、元本保証ということが引っ掛かるのなら、私財を投じて保証する」と言い切って、投資信託に乗り出しました。この気概と度量が大切なのではないでしょうか。


町田勝彦

98年、私は社長に就任しました。当時はパソコンの市況に左右されて、なかなか利益が安定しない液晶事業を何とかしなければいけない状況にあり、そのためには液晶テレビに使って、社内需要のウェイトを高くする必要がありました。韓国、台湾、中国の各社も勢いを増していましたし、半導体や液晶は本格的なグローバル競争に突入し、強い危機感を持ったのです。そんな中、例の宣言をしたのです。それは「2005年までに国内で売るすべてのテレビを液晶に置き換える」というものです。


桑野幸徳

技術がわかっていることと経営がわかっていることとは、フェーズが異なると考えています。経営とは大きくて深くて、全人格的なものが要求される世界ではないか。技術の分かる人は、何も社長でなくてもいい。たとえば、副官のような立場の人でもいいと思う。社長と副官が絶えず議論ができる体制を作るなど、分業体制で技術を高めていくという方法もあるわけですから。


大賀典雄

私が望んでいるのは、ソニーが「スマートな会社だな」「お、やるじゃないか」と思われることです。英語にアドマイアー(感嘆する)という言葉があるのですが、見た人からアドマイアーされる、つまり認められ、称賛される会社になってほしい。これが私の究極の願いなのです。そのためにはどうしたらいいのか。私はずっとそのことだけを考え続けて、商品企画も、広告宣伝もしてきました。私の関わったすべてのデザインの根底にあるのは、この発想です。


荒川亨

ネットワークの時代には、みんなで知恵を出し合いながらモノを作っていくことが大切だと思います。その意味でゼロサム・ゲームではなく、プラスサム・ゲームでネットワーク時代にふさわしい実績を作っていきたいとそんなふうに考えているんです。【覚書き:プラスサム=全体が広がり、かつ各部分も広がっていく状態のこと】


柳井正

いまの若い人は豊かになったからか、他人に学ぶ心がないし、物事を多面的に見る力が欠けているように思います。モノの見方が教科書的だし、常識的なところも気になります。若い人にはもっと日本の先人たちに学んでほしいと思います。


柳井正

僕の好きな経営者は松下幸之助です。松下さんは経営に必要なことをほとんど経験し、そこから多くを学び、現代に通じる経営哲学を伝えています。どんなに技術が進歩しても経営の基本は松下さんの時代と変わることはありません。僕は松下幸之助や本田宗一郎の本をほとんど読んでいます。経営ってこういうことなのか、とずいぶん教えられました。


福井威夫

どうして世界に先駆けてCVCCのようなエンジンができたかと言うと、物事の本質を考え抜いたからだと思います。考えに考えて、ようやく最後に行きついたのです。とことん考えているから、これと決めたら後戻りしない。これが本質論です。


大塚陸毅

民になるということはすべてが自己責任になるということです。旧国鉄時代のように親方日の丸は許されないわけで、完全民営化と引き換えに重い責任が課せられたわけです。当然、一つ一つのビジネスにしろプロジェクトにしろオウン・リスク(自分のリスク)で進めなければいけない。リスクをどうとるか、失敗を恐れないでチャレンジする意識をどう身につけるか、それとともに収益を上げられる仕組みをつくらなければいけないわけです。


岡野雅行(岡野工業)

自動車を作るというのは大変なことだと思う。同じモノづくりでも、家電とは全く違う世界だ。なぜなら自動車は一度作り始めると、4年か5年は同じものを作り続けなければならないからね。試作して走らせて、問題点を改善していく作業には、ものすごい時間を要する。その余裕がなければ、自動車は作れないし、その実績のもとに、走る、止まる、曲がるという基本が蓄積される。そうでなきゃ100%安全な車は作れない。


岡野雅行(岡野工業)

「どこで失敗したのかすべて教えてくれ、図解して説明してくれ」と(トヨタは)言う。それを見てトヨタはここで失敗したのなら、次はああやってやろうとまた注文が入る。二度と同じ失敗はしないし、失敗はトヨタにとっての財産になる。ほかの会社はそうはいかない。失敗のリスクを取るのは俺たちで、儲けは自分たちだけで取る。


岡野雅行(岡野工業)

うちは「誰にもできない仕事をする」をモットーにしている。プレス加工のポイントになる深絞りという技術では抜きんでていると思う。深絞りは一枚の平らな金属の板をいくつもの工程を経ながら順に筒状に加工する技術だ。30年以上間にステンレスを深絞りで加工し、ライターケースを作ることに挑戦した。以来「誰にもできない仕事をする」という信念のもとに仕事をしている。


鈴木幸一(経営者)

日本のインターネットとアメリカのインターネットは、日本のフォークソングとボブ・デュランくらいの違いがある。アメリカはベトナム戦争の重荷の中で国としての存在基盤を作ろうという筋金入りのインターネットを作った。日本はそこまで大きな思いを持っていない。


安達稔

本当に世界で通用する経営、世界に通用する技術をどのように創造していくのか。そのことを次代を担う若者にしっかりと引き継がないことにはどうにもならない。それならばひとつ、自分自身の思いで会社を作ってみようと思ったのです。


安達稔

いまの日本はどうでしょう。松下幸之助、本田宗一郎、井深大、盛田昭夫といった志のある立志伝中の経営者はいなくなっている。中小企業のオーナー社長も、贅沢することに腐心して志を忘れてしまっている。管理職にしてもそうです。私が社会に出たころは「人の嫌がることでも進んでやれ」と父からよくハッパをかけられたものです。


安達稔

過去何度となく襲われた厳しい状況を乗り越えられてこられたのは、経営者に志があったからです。その志のもとに全社員が結集し、一丸となって難局を乗り切っていく。そうした機運が会社の中にみなぎっていましたし、日本の企業社会全体がそういう空気に満ちていました。


牛尾治朗

従来のトップはみんなが同じ楽器を演奏する、たとえばマンドリンクラブのプロデューサータイプでよかった。しかし、これからはオーケストラのプロデューサーでなければならない。異なった種類の楽器を演奏する団員をまとめるためのプロデューサーとしての素質が求められている。もっと言えば、会長がプロデューサー役、社長が演出家、そして主役は現場のトップであるといった組織が理想でしょう。


牛尾治朗

従業員が多様性を持つようになると、経営者のリーダーシップがますます必要になります。そのためには、やや遠めの10年後、15年後のビジョンを打ち立てることが求められる。さらに言えば、企業のキャラクターも問われる。いってみれば、ビジョンとそのビジョンを実現するための方法論が必要になります。


和地孝

私は社員に「人は財産だ」と訴えました。人の価値はバランスシートには直結しませんが、人の努力の結果は必ずバランスシート上の数字に表れます。社員の半分をクビにすればたしかに人件費は半分になるかもしれない。しかし、社員のモチベーションが上がれば2倍3倍の価値を生むんです。いってみれば人は固定費ではなく含み資産なんです。


和地孝

4200人の社員全員と直接対話をしました。社員が社長室の外に出ないで間接話法で話をしたのでは伝言ゲームのように、間違った内容が社員に伝わってしまいます。それに、私が直接現場に出向いた方が、改革に対する本気度が社員に伝わります。社員に私の話を「間違いなく、この社長が言っていることだ」と信じてもらうことが大切なんですね。


和地孝

テルモ再建にあたってやるべきことが山積みしている中で、まず着手した課題は企業風土改革でした。企業風土が悪いとどんなにいい戦略を立てても組織に浸透せず、経営改革は立ち行きません。企業風土を変えずにリストラだけして、前進させようとしても無理なんです。根本から変えなければ、テルモ再建はできないと思いました。


三好俊夫

情熱だけでは説得力は生まれません。様々な尺度や角度で自分を分析しながら、国際的か競争に負けない経営体質をつくり上げていくことも大切です。しかし、単に計算ずくで説明するだけの経営者は経営者ではない。ただの専門家にすぎない。


三好俊夫

経営者は専門分野で生き残るために、何が必要でないかを的確に見極めなければいけない。資源を集中しなければ世界大工業生産時代に生き残ることはできないからです。どの事業が収益性が高いのか、どの事業に対して投資を行うべきか、あるいはどの事業について撤退や縮小を考えるべきか。経営者は資源の投入の優先順位を判断し、より効率の高い経営資源の文お会いをしていくことです。


御手洗冨士夫

たまにうまく行動に移してくれていない場合がありますが、自分のポリシーに無理があったから受け入れられなかったと反省して、現場の人とどこに無理があったか、どういうふうに変えればよいかをとことん話し合います。


御手洗冨士夫

いまも自分のポリシーが現場に伝わっているか、現場で正しく実行に移されているかを確かめなければやはり不安です。それで現場に行くわけですが、行ってみると私のポリシーの上に現場の人が知恵を加えて期待以上によくやってくれている。それを見た時はうれしいです。だから現場では感謝しながら歩くわけです。


御手洗冨士夫

経営ポリシーとか経営戦略はトップが作るものだし、それはトップダウンで現場に下していくべきものです。仮にも間違っていたら集団を誤って導くことになりますから、その責任もまたトップが取らなければいけない。キヤノンの経営計画はもちろんディスカッションを重ねてリファインしながら作りますが、コアとなる考え方は自分で責任を持って作ります。


町田勝彦

私は商品がものすごく好きだから、四六時中、あの技術を使ったらこんな商品ができるのでは、などと考えています。大切なのは日々考えるということではないでしょうか。


町田勝彦

細かい技術まで知る必要はないけれど、技術の筋の良さを見分ける能力が必要です。それは技術の匂いをかぎ分ける能力と言っていいかもしれない。幸い、社長には社内の情報だけでなく国際情報や社会の動きなど多くの情報が上がってきますから、その中で社会的ニーズによる選別を行うことができる。


鈴木敏文

かつての売り手市場の時代であれば、ソニーの盛田さんが言う「おみこし経営」でよかった。しかし、いまはそういう状態ではない。これだけ変化対応を考えていかなければいけない時代には、トップダウンでないと物事を迅速に変えられないからです。ですから、企業が上手くいかないのはトップの責任であると考えています。


奥田碩

現在日本は第二の敗戦を迎えたといわれていますが、それならば経営者が本当にその責任をとったらいいのではないか。戦後、公職追放と言う形で多くの経営者がパージ(追放)を受けました。それによって経営陣が若返り、30代、40代の経営者が生まれて戦後の経済を支えていったのです。第二の公職追放をとまでは言いませんが、自ら取るべき責任をうやむやにしたまま、新しい経営体制を築くことには無理がある。


奥田碩

バブルの影響で消費が落ち込みましたが、それは経営者の責任で社員には責任はない。それなのにその反省はまるでされていません。逆に言えば経営者に責任を取るつもりがないからバブルになってしまったのです。経営者がもっと侍的な精神を持っていたら、自ら腹を切っているはずです。土光敏夫さんや石坂泰三さんの世代にはまだそうした責任感があったように思います。


平田耕也

私と言う人間は世界でただ一人です。他人より少し違ったところがあるはずだ。それを表現する方法はないかとずっと考え続けて事業をしただけです。リーダーシップとは何かといいますが、経営にはその人の生き方そのものが表れるのではないでしょうか?


平田耕也

うちはコンベア技術のほか、自動化技術を持っています。ロボット技術も持っています。コントローラーとか電子デバイスの技術もあります。ソフトウェアの能力もあります。こんな会社は世界にないでしょう。しかも、平田機工は日本より世界で有名ですから。


中野克彦(経営者)

私は経営のファンダメンタルズを大事にしようと思っています。一人一人の力は微々たるものだけれど、一人一人が知力、創造力、やる気を高めれば大きな力になる。それを可能にするのはグレート(偉大な)リーダーの存在です。グッドなリーダーじゃだめで、グレートリーダーであることです。組織の各層に部下の創造力と勇気ある行動を引き出せる優秀なリーダーがいるかいないかが、これからの企業の勝ち負けを左右すると思います。


西田厚聰

力をすべて出しきらず、来期に残したからといって、来期にその力を使うチャンスがあるかどうかわかりません。だから社内には、最後までギブアップせず、とにかく今期のことを頑張ってほしいと言っています。東芝にはそれだけの潜在力がある。それを引き出すのが私の仕事です。


西田厚聰

私の経営哲学は「余力を残してはいけない」ということです。競争が熾烈化を極めている中で、今期は標準並みの業績で利益も出たから残りの力は来年に残しておこう、という考え方では駄目なんです。


尾崎元規

いまの時代、企業はどのように情報を収集し、どう発信するかをきちんとコントロールする必要があります。だからこそ、トップが責任を持って決意を示し、その活用についてトップが旗を振らなければいけない。組織内で情報の温度差が生まれることは絶対に避けなければいけない。そのためにもITに関する基本的な考え方やコアの部分について責任を持って進める必要があると思う。


横山進一(経営者)

道元は「自分を習うことは、自分を忘れることだ」と言っています。なかなか自分を捨てることができないのが人間です。しかし、自分を捨てる覚悟がなければ社長は務まりません。住友生命には5万人の職員がいるわけですから、軽微なことまで含めれば、社内には常に何か問題が起こっているのです。禅の精神はそういう時に役に立ちます。


横山進一(経営者)

私が修羅場を生き抜いてこられた秘訣をひとつだけ挙げるとするなら、「自分を捨てる」ことです。修羅場では生命の危機だってあるかもしれない。そういう腹をくくって取りかからなければいけない場面に直面した時に、怖がって逃げずに立ち向かっていけるかどうか。北九州で苦情処理をしているときは私は生きて帰れるとは思っていませんでした。


松井道夫

今後、会社の中でビジネスを担っていくには、自由な発想ができる人間じゃないとだめです。そうはいっても、松井証券でいえば、社員に「私の決断に従え」と言っておきながら、彼らに「自由な発想をしろ」と言うのは矛盾のように思われるでしょう。でも、これはいわば二律背反の関係です。私が決めるんじゃない。私が決めるのは方向性だけ。それを理解したうえで、あとは社員が自分たちでやる。そのためには今の常識を一回捨て、自由な発想をしてくれと言うことなのです。


松井道夫

そもそも経営とは会社の進む方向と、時代の潮流とのギャップを埋める作業だと思います。その上で社長の仕事は、社長室で座禅を組んで考えることです。つまり、世の中がどういうふうに変わるのか、何が本質なのか、とことん考え抜くことです。本当はいくら考えたって真実はわからないんです。でも、考えなくちゃいけない。社長が考えて世の中の流れを判断して、それを前提にビジネスをやるんです。


金川千尋

自分の判断が少しでも間違っていると思ったら、すぐに修正しなければいけません。朝令暮改でいいんです。経営を取り巻く環境は時々刻々変化しています。周囲の事情が変わっているのに、自分の判断を変えないのはただの石頭です。


金川千尋

経営者に必要な資質は、「現状を正しく認識できる判断力」と、「将来の姿を洞察できる先見性」、「現状を将来の姿に導く執行能力」です。執行能力がなければ進む方向を間違えます。そして他人を陥れたり策略を弄することなく真正面から戦うことです。


生田正治

課長時代に当時の永井社長の政策秘書を2年間勤めた経験があります。そのときに自分の次元を超えた大きな政策判断を目の当たりにし、政財界の付き合いに同行したことで思考回路の幅を広げてもらったと思っています。


西田厚聰

人間は非合理的な感情を持った動物ですから、体系的な手法では解決できない非合理的な側面をたくさん持ち合わせている。できなければ恥ずかしいとか、負ければ悔しいといった人間の原初的な感情が強靭なバネとなって、物事に邁進する強い情熱を掻き立てるんです。目的を達成しようとする強い意志を備えた情熱が、事業を遂行し、競争を勝ち抜いていく力になるのだと思います。


宮脇富子

父は「お前が全部の責任をもってするならええけども、それやったらわしはもう引退する。だからお金の調達からすべて自分の責任のもとにやるんやったら致し方ない」と決断してくれました。それで私は40歳の時に銀行に3000万円借金して300坪の店舗を建てたんです。


宮脇富子

大きな店でないと十分な品揃えができないと思い、父に進言したら「本屋と屏風は広げたら倒れるで。広げることはわしは賛成でけん」と言われました。「25坪のところを50坪くらいの木造建てにするんならええけども、あんたがいうような300坪の店舗はいかん」と父は尻込みしたんですね。だけど私はそのくらいしとかんといかんと思った。


福井威夫

レースではシリーズチャンピオンや年間チャンピオンなどの大きな成功のみならず、予選の勝利など小さな成功をいくらでも体験できます。ですから若いエンジニアは、レース活動に参加することでそのような成功をいくつも味わい、感動を得ることによって、普段の数倍の力を発揮するようになるのです。


中野克彦(経営者)

リーダーの理想は部下の積極的協力と参加を引っ張り出す力を持っていることです。こうした力を持つリーダーを各部署に配置すると企業は大きく伸びるんです。


和地孝

私にも嫌な上司はいました。でも現在の私があるのは、その人から何かを学ぼうと思ったからです。せっかくこの仕事に就いたのだから、いずれ辞めるとしてもこの人から何かを学んで辞めようと思ったんです。そういう視点でその上司を見ると、彼にはビジネスマンとしての洞察力があることに気が付きました。ここを学ぼうと思った瞬間に、ものすごく気が楽になりました。


西田厚聰

経理を学んで一番大きかったのは、事業というのは頑張れば利益が出るし、成長するものだという会社の根本的な原理を教えられたことです。実際、イランでは頑張った分だけ工場が拡大しましたし、売り上げもどんどん上がりました。たとえ市場が緩慢になったとしても、他社のシェアが減ったから、結果として自分たちのシェアが増えたというのでは駄目なんです。自らの力で成長して業績を上げなければいけないし、そもそもどんなビジネスでも頑張れば成長できるんです。そういう信念を持つようになりました。


西田厚聰

私の原点はイランの現地法人時代です。社長補佐としてイランに行きましたので、何でも自分でやらなければならなかった。まず実感したのが数字が理解できなければ会社というのは何も理解できないということ。東芝本社で6カ月間研修を受けた後、イランに赴任したのですが、経営の実習は受けませんでしたし、そもそも東芝本社とイランでは経理のやり方が違った。これでは駄目だと思って、すぐ本屋に向かいました。財務の動きや原価計算など英語で書かれた経理関係の本を5冊買って、その日から通読しました。


福原義春

会社というものは株主の投資によって資金をいただいておりますので、それに対して適切なリターンをお返ししなければいけない。これは当然のことですが、本当にそれだけで動いていていいのでしょうか?そういうことだけで動いている会社で、失敗している会社がいくつもある。そうじゃなくて昔から有名な会社で立派なお仕事もされて、経営もよくて、世の中に名前もよく知られていて、社会のためにいいことをしている。そういう会社もあるわけです。


福原義春

あるところまでは生活水準の向上は絶対に必要です。だけどそこから先はお金だけじゃなくて、何ものかがないと心が豊かにならない。それは何かということをずっと考えていくと、結局は人間が作るもの、人間が考えるものであり、文化であるということに気が付く。


福原義春

日本は経済成長の中で豊かな生活を実現してきました。どんどんお金を儲けて、どんどんいい家に住みたいと。その先に何があるかというと、もう自分は豊かになったのだけれど、なにか気持ちとして豊かではない。もっと豊かなものがあるはずじゃないかというふうに思い始めている人が出てきたというのが私の心の底にあるわけです。


寺澤芳男

自己顕示欲の強い、目立ちたがり屋になれと言っているんじゃないのです。そうじゃなくて、本当に本当に最後の大事なことは自分で決めなきゃいけない。自分の価値観じゃなきゃいけない。何が自分にとって一番大切なのかということを常に持っていなければいけない。


寺澤芳男

日本は世界第二位の経済国になっているにもかかわらず、いまだに個々の人が自分意見を持とうとせず、なんとなく流されて、しかもなんとなく個々の人が自分の主張を持つのはよくないという風潮がある。「チームプレーOK、スタンドプレーNO」という国だから、どうしても隣の人は何をしているのだろうと辺りを見回す。それでも自分の意見が決まらない。でも、これはどうしても変えなきゃいけない。


森本昌義

女性は男性に比べると完璧にキチキチキチと仕事をなさるんです。これは素晴らしい。しかし往々にして、森の中に入って木ばかりを見て森を見ないことが多い。これは男性もそうですけど、この辺はやっぱりきちんとせないかんと僕は思うんです。そうすると部分最適になってしまいますからね。


青木豊彦

ある人に「本業をほったらかしで社員に申し訳ない」という話をしたら、「青木さん、立派に社長業してまっせ。おたくの社員かて社長がどこにおるんかみんなわかってる。それで十分やろ」と言われました。僕が外に行くことで「ああ、あのアオキですか」と言ってもらえるようになればいいのかなと思っています。


青木豊彦

社員のモチベーションのバロメーターは、社員が自宅で会社の話をするかどうかだと思います。会社の話をすれば、家族も応援してくれるし、家族の力を借りんと何ができますか?それがモチベーションを上げ、現場力になっていくと思います。


吉野浩行

いつも他人ばかり頼っていて、自主性というのがなくなった企業はやがて滅びる企業だとおとっつぁん(本田宗一郎)は言っていました。人真似をした者は、いつでも戦々恐々としていなければいけないってね。だからおとっつぁんはいつも頭を使えと言っていたし、そこに独創性が盛り込まれれば、企業は安泰だと言っていた。


寺澤芳男

僕は日本語の自己責任と言う言葉は曖昧で好きではありません。日本語の自己責任は何か事が起こった場合、その責任を自分で取るという狭い意味になってしまっています。マーケットエコノミーでいう自己責任は、日本語の自己責任と言う言葉では十分に言い表せないと思います。


寺澤芳男

マーケットエコノミーはすべて民が主導し、マーケットがすべてを決めていきます。したがってマーケットエコノミーには、どうしても次の二つのことが必要です。ひとつは自由競争です。競争がフェアで、ちゃんとした情報がディスクローズ(公開)されていて、誰もが同じような情報を手に入れることができて、はじめて自由な競争ができるということです。もうひとつは自己責任です。競争に勝っても負けてもその責任は個々の人にあることを知らなければならない。


寺澤芳男

失業者が出た場合、それを救済する責任は、むろん政府にありますが、IT時代においては民間が新しい産業を興し、つまりベンチャーですね。それによって新しい雇用を確保するべきだし失業者も自らのスキルを高めて、新しい労働市場に能力をかわれるようにしなければいけない。これがマーケットエコノミーであり、自己責任の原則です。


寺澤芳男

この自己責任と言うことは大変重要な問題です。たとえば、アメリカでは学生が学校を卒業して、どこかの企業に入った場合、マーケットエコノミーを意識させられる。マーケットエコノミー、市場経済と言うのは、マーケットがすべてを決めるエコノミーです。現在の日本経済は官主導の経済と言って、多くを国や官僚が決めていく経済です。民間の力で経済を再生しようとするのではなく、国家が予算を付けて経済再生をはかる戦後の経済復興と同じやり方です。


寺澤芳男

アメリカはまったく逆で、個人が個人の責任において何かをする。だから、ビジネスの場合では、個人が大きな仕事をゲットしてくれば、それに見合うような大きな報酬がある。そこに日本とアメリカのはっきりとした違いがあります。


寺澤芳男

日本とアメリカの会社の違いは、一言でいうと「個」の確立の問題と言ったらいいでしょうか。どうも日本では個人主義の隣に利己主義があって、セルフィッシュと言う受け取られ方になってくる。あるいは個人プレー、スタンドプレーはいけないことと考えていて、チームプレー、団体行動をとる。


金丸恭文

異質の条件は自分の判断を貫き、他人の意見に左右されない自分のオリジナリティを持つことです。話し合いをしていると、みんなと同じ意見にしておこうかなとか、毎日いろんなところに普通になる誘惑がある。「普通」と「成功する異質」の違いは、第一にインプット情報のクオリティにある。


金丸恭文

ヘテロジニアスと言うのは日本語にすると「異質」とか「異端」の意味です。私が親しくしている社長に、社長だからいいものの、一社員だったら彼を引き上げる上司はいるのかなと思うくらい、異常に近いというか、狂気の世界にいるという感じで非常にパワフルな人物がいます。異質であるとか、異端児と言う呼び名は褒め言葉だと思います。最後に勝ち残るのは、どんな失敗をしても成功するための執念やこだわりがある人、エネルギーが多い人なんです。


林文子

人に関心を持つことから仕事も人生もスタートするんです。すべての原点は人なんです。人と接することから生まれる勘当や感謝の気持ちが、ひいては人の心を動かすのだと思います。


福井威夫

安易な間違いはしないよう厳しく伝えてはいますが、必死に考えてもどうしようもない間違いはある。だから、思い切ってやってほしい。お客様に迷惑をかけなければ、会社に多少の損害があっても、それは将来のための投資だと思っています。


福原義春

よく自分探しと言いますけど、あんまり自分探しに深くのめりこんじゃって、何が何だか分からなくなっちゃうような必要はぜんぜんない。自分は社会に対して何をしてあげられるのか。もしボランティアをしてそれが役に立てばそれでもいいじゃないですか。そのうち、さらに自分が何であるかということをもっと深く知るようになると思う。そうすると自分らしい自分を考えていく。そして人と付き合っていく。さらに社会の中で成長していく。そう考えることが大事だと思うんです。


北嶋一甫

人に教わるのではなく、何としてでも自分で解決していこうと一つ一つ一生懸命に取り組んできました。一つのハードルを越えると、目の前にさらに高いハードルが現れる。その繰り返しです。


武内勇

汗水たらして働くことや世の中に役立つものを作ることを馬鹿にするような風潮がまかり通っていることは非常に残念です。汗をかかず涼しい顔をして、やすやすと金儲けをする人をスマートでかっこいいと評価する。そもそも汗と知恵を別物とする考えは間違っています。汗と知恵がそろってはじめて、本当の価値が生まれる。肥沃な大地をつくることに手をかけずに、おいしい実のなる木が育つわけがない。


坂井宏先

気の合う人のところに行くのは簡単だから、気の合わない人のところに行って、その人を自分のものにするというのが最高ですね。


坂井宏先

社員に言っているのは、嫌な人のところにまっさらな心で行けば理解してもらえるということです。普通の人は嫌な人のところに行くのは避けたがるじゃないですか。嫌な感じっていうのはわかる。お互いに気が合わないというのはわかりますよね。だけど、気が合わない人のところにこそ率先して出かけていく。


堀場厚

うちの社是は「おもしろおかしく」ですし、人と人とが接することが大事なんだと常に言っているんですが、結果的には組織的かつシステマティックに人を評価して正しくフィードバックするというのを意外とやってこなかった。日本人って「あなた、ここ悪いよ」と上司でもよう言わないですね。


堀場厚

十年くらい前からいろんなイノベーションをやっています。そのなかで、マインドイノベーションというのがあります。技術開発の人たちに「困っていることは何か」とアンケートを取った時に、一番の不満はベースアップでも、ボーナスの月数でもなく、誰に評価されているかということなんです。


大塚陸毅

私は、グループ会社の社長を集めて「もう身内主義は取らない」とはっきり宣言しました。親の傘の下で安穏としていられる時代は終わったのだから、グループ各社がそれぞれの役割や使命に応じた業務の仕組みを築き上げ、グループ全体の収益力、利益率向上を実現するマネジメントを実践しなければいけないと言いました。こうしたなかで、グループ会社内部でも意識改革が進み、自律的に新しい取り組みが始められています。


大塚陸毅

ほとんどの人は何かにチャレンジした結果を見てほしい、評価してほしいと思っています。そこにどう火をつけるか、それが経営の最も大切な仕事ではないでしょうか?


大塚陸毅

若手の成長が事業創業の大きな力になったのは確かです。民営化後に入ってきた社員は「何か変わるんじゃないか」「何か面白いことが起きるんじゃないか」という意識を持っていますから、自分もそこに飛び込んでやってみようと思ってくれたんじゃないでしょうか?そんな若い人たちを次々とグループ会社などに出向さえて、成長の機会を作りました。若手社員の成長は、旧国鉄時代からの中高年社員への大きな刺激になりました。


木村皓一

ある日、柔道全日本選手権で何連覇もした経歴を持つ女性が面接にやってきました。「柔道を続けたくはないの?」と聞くと、学校の先生に柔道の話はするな、したら採用してもらえないぞと言われているらしく、もじもじして、よういえへん。でもその目は柔道を続けたいと訴えているんです。「本当のことを言わなあかんで」といったら、「できたら続けたい。でも、仕事との両立は無理だと思います」と言う。「それなら午前中だけ働けばいい。昼からは練習したらいい」と言って入社させました。当時、女子柔道はまだオリンピックの種目にはありませんでしたが、僕は頑張っている若い人を応援したいんです。


張富士夫

偉い人たちは製造現場というのは、設備を買って、人を放り込んで、材料を渡したら次から次へとモノが出てくると思っているようですが、そうではなく、どれだけうまいやり方をするか、あるいは働く人がどれだけ心を合わせてやっていくか、歯を食いしばってやっていくか。その意味で今、モノづくりをめぐって企業の間では大きな差が出てきていると思います。


張富士夫

トヨタ生産システムは人の意識で成り立っているということです。だから人を大事にする。人を生かすという基本がなければ、トヨタ生産システムは生きてこないんです。それが人間尊重、すなわちトヨタウェイです。日本のものづくりのよさもそこにあります。人に生き生きと働いてもらうためには、人を大事にしなければいけない。そこにものづくりの強さが生まれてくるからです。


永守重信

人間は3つのタイプに分かれていると思う。自分でマッチを擦って火をつけられる人。マッチは持っていないけれど、人が擦ったマッチで燃えられる人、マッチを擦られても燃えない人です。自分でマッチを持っていて自分で燃えることのできる人は100人中3人くらいしかいない。


横山進一(経営者)

お客様にじかに接しているのは営業職員ですから、彼らが感じたことはお客様の声でもあるわけです。その要望の中にマネジメントのヒントがあるのです。たとえば、この間(お客様に過去の病歴などを告知していただく書類)告知書を変えました。職員からの要望もあって文字を大きくし、内容も簡素にしたんです。


横山進一(経営者)

現場も頻繁にまわります。地方の小さい支社の営業職員の大会や懇親会にもよく出席します。第一線の営業職員とじかに話ができますから。トップは現場に近くないとだめです。現場の営業職員から聞いたことが、私のエネルギーになっている。だから私は彼らの要望を聞くんです。要望を聞くからには実行しなくてはいけません。現在も、何十という宿題を抱えています。


横山進一(経営者)

経営に対する私の信念は「衆知を活かす」ということです。役員ばかりと話をするのではなく、部長はもちろん、課長や一般の職員の中に入り込んでいって意見を聞く。私の部屋には毎日ひっきりなしに職員がやってきます。私が八時半に会社に着きますと、もう部屋の前で待っているんです。


林文子

何気ない日常生活には、人生を豊かにするサプライズが至る所に転がっています。個を執拗に押さえ込んでいると、それに気づけなくなってしまう。人と出会い、接することで、人は育成されるのです。


林文子

紙に書いてあることは単なる情報にすぎず、人の気持ちを動かすような強烈なインパクトや感情を与えないでしょう?人生の妙味とはサプライズです。思わぬ展開があるのが人生です。いちばん大事にしなければいけないのは、人の心の部分だと思います。知識ももちろん必要ですけど、人に関心を持つことから物事はすべてスタートするんです。


林文子

小さな挫折はありますよ。たとえ会社の業績は上がったとしても、女性差別や嫉妬の対象になったとか、苦い経験が山のようにあります。でもそういうことは、これまであえて語らずに生きてきました。生々しい人間の感情は、どんな世界にいても、常に付きまとうものです。だって、嫉妬心のない人なんていないでしょう?嫉妬心があるのは、人間として普通のことなんです。


林文子

ビジネスの現場では、個を出すことはあってはならないことだという暗黙のルールが出来上がっていると思うんです。でも、そうやって個を封じ込めることによって、本来、人間が兼ね備えているはずの潜在的なビジネスの能力まで押さえ込んでいるのではないかと考えます。どこまでがビジネスマンの自分で、どこからが個の自分か明確に線引きができればいいのですけれど、そんなことできるはずがないでしょう。私たちは皆、感情を持ったひとりの生きた人間ですから。


林文子

私はお顧客を「個客」という言葉で呼んでいるのですが、社員に対してもお客様に対しても「個」として向き合うことが大切だと思うんです。私自身、日々、笑ったり、泣いたり、悩んだり、一人の人間として人生を送っています。それは誰でも同じです。


深谷紘一

間違いのないしっかりとしたモノづくりに対する現場の努力に常に気を遣い配慮して「ごくろうさん」「ありがとう」という言葉で報いることです。百万個をノーミスで作るのはすごいことです。その持続性に対して、ありがとうと言わなければならないと思います。所詮モノづくりの現場は地味ですし、光が当たらないことが多い。それに対して新製品開発などの部分はカッコいいし、注目を集めますよね。拍手を浴びることも多い。でも、けっして派手ではないモノづくりの現場にこそ、目を向けていかなければいけないと思うんです。


深谷紘一

ミスは完全に防げません。だからミスが起きても小さく止めることです。もちろんノーミスを目指していますが、それでもミスがあったときは、いち早く手を上げて処置することです。我々が午前中に作って納入した部品は、午後には完成品となって自動車工場から出荷され、名古屋の埠頭から船に乗ってしまいます。いったん積載されたらもう手も足も出ません。サンフランシスコ、ニューヨーク、シドニーまで追いかけなければいけない。


深谷紘一

きちんと反省し、現場のチェック体制などを見直していきたいと思います。基本の徹底ができているかどうか、採算改善を強く意識しすぎて現場が我慢しすぎている部分がないかどうか、それから、社外工の人たちに任せていい部分と、トレーニングを受けた社員がやらなければいけない部分とが混在していないかどうかなどです。そのあたりをしっかりと評価しなおさなければいけない。


深谷紘一

モノづくりの現場力が低下していると言われています。日本は80年代の終わりまで「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われて、世界から見学者がいっぱいやってきた。そこでちょっと格好をつけちゃったんですかね。我々も、もう一度きちんと反省し、たとえば、現場のチェック体制などを見直していきたいと思います。


牛尾治朗

これからの企業は人の心を大切にする経営を考えなければいけないと思う。レイモンド・チャンドラーのハードボイルド・ミステリーの古典的作品「PLAYBACK」の中に「たくましくなければ生き残れない。優しくなければ生き残る値打ちがない」という有名なセリフがあります。企業もまた「ハード&ジェントル(たくましく、そして穏やかな人)」である必要があります。


中村邦夫

若い社員が前向きに仕事に取り組む効果は大きい。会社全体の活気にもつながるし、何よりも新しい創造性が育まれる。多様性をもち、上意下達によらないフラットな組織になってこそ、日本の製造業の生命線である独創性が磨かれるのです。ニート問題を批判的にとらえるだけでは、時代の変化に合った経営はできない。むしろ彼らを取り込むような改革を考えるべきだろう。


中村邦夫

一部の若者が仕事に就かないのは、やりがいを感じる会社が見つからないのも理由のひとつでしょう。個々の社員が得意分野で才能を発揮できるような企業が多くなれば、ニートやフリーターも前向きに働ける社会になるのではないでしょうか?私はその点で、日本の若い力を信じています。


中村邦夫

「プラン(計画)、ドゥ(実行)、チェック(確認・検証)、アクション(検証を踏まえて再実行)」を任されれば人は総じて意欲的になるものです。勉強にしろ仕事にしろ、親や上司に強制されてやっているうちは本物ではない。本来は誰でも好きなジャンル、得意分野を持っているはずだ。


山本卓眞

基本的にはっきりと評価制度を確立することだと思います。評価的インセンティブ(報奨)について言えば、それは人間の自己実現欲求の基礎になるものだと思います。評価が与えられることによって、ヒトは尊厳欲求を満たすことになるからです。そのためには、仕事の達成や組織の貢献に対し、満足感が得られる状況を作ることです。


山本卓眞

万人がいれば、万人の力をいかに生かすかを考えていかなければならないと思うのですが、それにはさまざまな仕組みが必要です。実際、独創性を発揮できるような会社にするにはどうすればいいか、これはトップが最も頭を悩ます問題と言っていいのではないでしょうか。


福井威夫

米国でのスピーチの構想を立てる際、過去の様子を聞きました。すると、日本人の英語は聞きづらいというのです。ですから、スピーチを聞こうとしないんですね。スピーチはまず聞いてもらうことが重要です。そのためには、ビジネスプランの話はいっさいやめて、明るい話題とか、社員個人のベネフィット(利益)など、もっと身近で聞きたくなるような話をしなきゃいかんと思いました。


福井威夫

HAM(ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチュアリング。ホンダの米国生産子会社)では毎年1・2回、アソシエート(従業員)の代表1・2名がプレジデント(社長)と会話する機会があるんです。大勢の中から選ばれるのでしょう。嬉々としてやってくるんです。なにより話すことが大切なんです。彼らは私の思いが聞きたいのです。コミュニケーションも含め、信頼関係の大切さを実感しました。いくらいい話をしても、信頼してもらえなきゃ終わりですから。大切なのは、お互いの信頼関係だと思うんです。だから現場にもなるべく行きました。


御手洗冨士夫

年に二回の賞与時期の幹部会では、800人の幹部を一人一人壇上に上げて「ごくろうさん」といいながら握手をして、賞与を手渡しします。そのときに、ちょっとした会話をするのですが、心が通じ合うのを感じます。「顔色悪いけど大丈夫か?」「ちょっと風邪をひきまして」とか、「お世話になりました。定年なので最後になります」と言われれば感極まって思わず両手を握ってしまいます。目と目を合わせ、言葉を交わし、手を触れ合う。その数秒のことが信頼関係の土台になり、経営意思を受け入れてくれる信頼の土壌になると思うんです。


御手洗冨士夫

キヤノンでは毎朝一時間ほど役員たちが朝会を開いています。50年ほど前から続く伝統です。ざっくばらんな議論の中で、互いの考え方を知ることができます。お互いを知ることによって信頼関係も生まれます。海外の出張先から相談の電話がかかってきても、普段のコミュニケーションが土台にありますから、相手の考えや問題意識を即座に把握することができる。スピーディに意思疎通が図られ、答えを出すことができるんです。


兼子勲

5・6年前から、あえて不具合をホームページに出しています。とくに技術部門の人というのは、トラブルがあると自分で何とか解決策を見出したいと思って閉じこもることがあるんです。だからそうじゃないと。悪いことをみんなで共有しよう、外に開示しようということをやってきたわけです。


角田雄二

米スターバックスコーヒー会長のハワード・シュルツさんは、貧しい家庭で育ち、父は健康保険にも入れないような仕事をしていました。彼自身、惨めな思いもしたようです。その経験から、すべての従業員を尊重し、みんなで一生懸命に成功しようという哲学を持っている。それは私も同じでしたから、初めて会ったときに、この人とは波長が合うなと思いました。


大橋洋治

攻めの経営への具体策はグループ社員が一丸となって新しい全日空を作ることに尽きます。言ってみれば、いまほど危機感を抱えているときはないわけで、みんな緊張していますから、一丸となって危機を乗り越えるチャンスだと言っています。「ピンチはチャンス」全員が企業家精神を持ち、危機に立ち向かって競争力をつけていかなければいけない。


三好俊夫

日本企業はこれまで、仲よくやろうとか、和の精神が一番だとか、集団主義の象徴のようなスローガンを出していました。しかし、これからはもっと競争社会であることが意識され、その中で生き残って発展していくという意欲を示した理念でなければいけない。


田宮俊作

アメリカのプラモデルメーカーがなぜだめになったかというと、創業者が会社を売ってしまうからなんですね。新しい社長は新しい開発については知識があまりありませんから、アメリカのプラモデルメーカーは面白い製品ができないんです。私の場合、父親もそうでしたが、儲けは後からついてくるという考え方なんです。


福井威夫

人間はそうとう高等動物です。だから本当のところ、成果主義では一生懸命働かないわけです。もう少し上位概念の意義が必要です。組織の中で自分は認められているんだという存在意義がないと、一生懸命に働くことはできません。給料、つまり数値で差は付くんですよ。しかし、これがすべてじゃない。もっと重要なことがあるということです。


福井威夫

新入社員が「志」を持っていると思うのは間違いで、そういう方向に会社が引っ張っていかないといけないのだと思います。そういうホンダの企業風土に馴染みながら、また新しい風土を作っていってほしいですね。


秋沢志篤

企業文化を構築するには、社員の共感が不可欠です。オーナー経営じゃありませんから、想いを風にし、社内を盛り上げていくことが求められます。ですから、できるだけ多くの社員と共通体験を積み重ねていきたいと思っています。


秋沢志篤

外の風に吹かれて、未知の世界と出会ったり、異なる言葉、文化に触れたり、考え方の違う人と語り合う中でいろいろと考えさせられることが出てくる。そこから得ることは、お金には換えられない満足感だし、社員の一人一人がそうした満足感を得ることによってジョブ・サティスファクション(職務満足感)にもつながっていく。だから、毎月のお給料の中から、少しずつ積み立てをして、世界のイベントにみんなで行くんです。そして、人と人とが触れ合う中で生まれる熱い思いを共感しているんです。


秋沢志篤

お祭りに乗ることです。それを企業の文化にどうやって置き換えていくか、言ってみれば各種のスポーツイベントの主催や協賛は、社員はもとより生活者の方々、取引先の方々とさまざまな共感、共鳴を得るための一手段なんですね。私はリオのカーニバル、マスターズ、ワールドカップ、オリンピックなど、あらゆるイベントに顔を出しますが、それらのエネルギーを仕事に持ち込みたいと考えているんです。


秋沢志篤

私はいわゆるお祭りと言いますか、そういうものが大好きです。要は人間の情熱、魅力というのは1+1が2ではなくて、もっと大きいものだと思うんです。1+1がどこかで何乗かにならないと風が吹きません。一緒に働いている仲間が、よしこれをやろうと場を盛り上げてくれたり、こういう凄い人がいるんだけど一緒に仕事をしたら面白いと思うよと紹介してくれたりしたとき、わかったとばかりに共感、共鳴を持つことが大切だと思うんです。


桜井正光

ビジョンを全社員で共有し、社員一人一人がそのビジョン達成のために頑張ることです。ファイヤー(構える前に撃て)文化が社内に根付き、常にお客様からも新しい価値を提供し続ける企業として評価を受ける会社にならなければいけません。そうすれば、その企業の未来は決して暗くない。そのような企業が多く出てくれば、日本の未来もまた明るくなるはずです。


桜井正光

これからの日本企業はもっと前工程に力を注いでいくべきです。そして、この部分では行動第一のファイアー(構える前に撃て)文化に基づいたトライ・アンド・エラーを徹底しないといけない。また、より大きな視点から日本の再生を考えれば、まず現在置かれている環境をしっかりと認識し、それから今後どうしていくかという将来に対するしっかりしたビジョンを持つ必要があります。


桜井正光

まずとにかくやってみようじゃないかという姿勢が求められる。やればやっただけのリアクションがお客様から、あるいは開発の結果から必ず返ってくる。つまり、仮説を立てて検証していくトライ・アンド・エラーというやり方ですね。そういった行動様式を社員一人ひとりが身につけなければいけない。


桜井正光

ファイヤー(構える前に撃て)が求められるのは、前工程においてです。前工程は、技術開発やソフト開発あるいはマーケティング分野などです。つまり、新しい価値や技術を創造する分野です。新しい価値を生み出す、あるいは新しい技術を開発するためには、まだ誰もやっていないことをやる必要があります。そのためには行動が第一でまずとにかくやってみようじゃないかという姿勢が求められます。


桜井正光

新しい技術のもとに新しい価値が生まれる時代には、顧客が求める価値を見つけ、顧客に提案できるかどうかが重要な経営戦略になります。このことは、技術が先行していた時代とは大きく経営戦略が異なることを意味します。私がファイヤー(構える前に撃て)を提唱する理由は、まさにそこにあるわけです。お客様が気付いていない価値観を見出すためには、行動様式そのものを変える必要がある。それがまず行動してみようという意味のファイヤーです。


桜井正光

私が96年の社長就任後、真っ先に取り組んだのは「ファイヤー(FIRE)文化」をリコーに根付かせることでした。READY AIM FIRE(構え、狙い、撃つ)の順で取り組んでいては潜在ニーズは掘り起こせない。獲物がわからなくてもとにかく撃つ。そうすれば藪から雉子(キジ)が飛び出してくるかもしれません。


町田勝彦

社内には常時10チームくらいの「緊プロ(緊急プロジェクトチーム)」が動いています。技術者はしばしばI型人間と言われて、一つの技術には精通しているけれども専門技術以外のことを何も知らないと言われますが、緊プロの経験者は自然と専門分野を深めたうえで、さらに幅広い知識やスキルを身に着けたT型人間になります。


木村皓一

僕がいつも言っているのはファンづくりです。「あなたのアドバイスを受けて買いたい」と思われるようになろうということです。やさしさや親切、丁寧な心、そういうものを大事にしたい。それはマニュアルで管理できるものではありません。マニュアルにあるからするということであれば、むしろしないほうがいい。


木村皓一

サービス産業というのは人がすべてであり、人を管理するということは不可能だと思います。髪の色や長さなど、軽いルールはありますが、僕が言う必要はないんです。そういう表面的なことよりも、もっと大事なことがあると思います。重要なのは、内面、つまり心です。せっかく子供に関わる仕事をしているのですから内面を大事にしたいんです。仕事に関わらず、何でも一生懸命に心を込めてやれば気持ちは必ず伝わる。そんなに難しいことではないはずです。


前田晃伸

下から上にどれだけ自由にものが言えるか。それが自由闊達の尺度だと思う。上から下にモノを言うのは当たり前で、それは命令しているだけですから。実際、僕は若いころから部長会の席で、次長の立場でいろいろと意見を言うなど、ずいぶん積極的に発言してきました。でも、それに対し「お前、立場をわきまえずに何を言っているんだ」などと上司に自分の発言を抑えられた経験はありません。


齋藤正勝

社長室を使わないのは、牢屋じゃないんだから何で牢屋に入らなきゃいけないんだよという感じです。うちはお誕生日席も何もないんですよ。みんな机も椅子も同じ向きにしちゃいました。いやなんですよ。意味ないじゃないですか。だから、あっちこっちチョコチョコと動いています。落ち着きがないくらいに。


古川享

オーナーシップと言っているのですが、最終的な判断は担当者が下す。その意味で一番偉いのは担当者と言っていい。つまり、その瞬間にピラミッド構造は完全に崩れて、同じ目の高さで決断がされるんです。縦の構造の中、延々と会議をして決断をしていくのとはスピード感がまったく違います。電子メールやグループウェアなど組織を結合的に管理できるものを使うことによって、会社の組織がピラミッド構造を保ちながらも、効率の良い風通しが良いものになっていくわけです。


古川享

提案メールに対する応答は同時に返ってきます。大切なのは、帰ってきたメールは全部同じ目の高さ、同じ一票であるということです。普通だと、トップの人が発言すれば自分には出る幕はないと考えて、腰が引けてしまいます。うちではビル・ゲイツ会長に対して「その考えは間違っていると思います。」と直接言えます。現に「そうか、間違いかもしれないな」という返事が会長から返ってくる。


古川享

ビル・ゲイツ会長に何かを提案するため、企画書を作り、上司にハンコを押してもらっているようでは駄目なんです。重要な案件があったら同時に何人もの人にメールを出す。たとえ新入社員であっても、これは会社の生命線にかかわる情報だと分かり、この人まで耳に入れてもらう必要があると判断したら、ダーンとメールがそのレベルまで届く仕掛けになっています。その際、間に立っている人を一人としてスキップしてはいけないというルールがあります。


吉野浩行

ブレーンストーミングを大事にしています。立場や年齢の違いなどには構わず、闊達な議論を行う。もっとも、ホンダもそれなりに大きい組織なので経営的な面ではそうとう慎重にならざるを得ないです。しかし、技術分野などでは異質なもの同士のぶつかり合いが大切です。


大橋洋治

現場とのダイレクトメール(直接的なやり取り)を行っています。一人一人の社員と対話をし、コミュニケーションを図り、なぜ変えなければいけないのかを訴えている。新しいANAグループの骨子となる理念や行動指針、戦略の基本方針などを繰り返し語り、徹底してお客様にこだわることの大切さを説いています。本音を言えば同じことを何度も言うのは難しいし、骨の折れる仕事なんですが、言い続けなければいけない。


大橋洋治

社員の一人一人がお客様にこだわるとはどういうことかを考え、部門横断的に議論すれば、お客様の声やニーズを商品やサービスの改善につなげることができます。それは企業体質を変え、起業家精神あふれる企業風土を作ることになる。このことは、お客様に徹底的にこだわるANAブランドを確立するステップと言っていいと思います。


江口克彦

会社の仕事を公の仕事だと社員の訴え続け、理解してもらうことは経営者の極めて重要な責務です。会社が公のものであるならば、私たちは個人のためだけに仕事をするのではありません。社会の人々のため、社会の発展のため、人々の幸せのために仕事をするのだということになります。経営者がそのことを訴え続ければ、社員の人たちも自分たち自身のためだけではない、社会のために働いているのだと考えるようになるでしょう。いわば公に尽くす心意気というものが社員の中に生まれてくるのです。そのような会社であればこそ一段と発展するでしょうし、当然不正や不祥事など行わず、社会的な尊敬も得られることでしょう。


江口克彦

経営の基本であるヒト、モノ、カネ、情報、これはすべて公のものです。そうであるとすれば天下のヒト、モノ、カネ、情報をあずかって営む企業というものは、これまた天下のものと考えるのが当然ではないでしょうか?法律上は個人のものと言えるかもしれませんが、しかしその本質はとうてい個人のものとは言えません。公のものです。そうであるなら、企業は社会のため世間の人々の役に立つような働きをしなければならないのは自明のことです。


渡辺捷昭

デザインに欠陥があるなら設計部門に指摘する。製造方法に注文があるなら生産部門に掛け合う。サプライチェーンに問題があるならそこにも改善を求める。こうして企画段階から部品メーカーさんも交えて開発するスタイルは他社にはあまり見られないトヨタの強みだと思います。


渡辺捷昭

技術開発は日進月歩で進んでいるのだから、まず何よりもスピード化が大事です。リードタイム(作業着手から完了までの所要時間)を少しでも短くすることが不可欠となる。そのためには各部署がバラバラに動くのではやっていけません。開発、設計、生産技術、製造、サービスという各部署が結集してチームとしていかに機能させるかがマネジメント上最も重要になるでしょう。


金川千尋

組織は放っておくと、いつしかセクショナリズム(縄張り意識)が生まれ、工場や事業部が競い合って人を増やしたがるようになる。そうなってしまったら最悪です。私は日ごろから「仕事を作ったうえで、人を採るのがものの道理だろう」と言っています。今現在、仕事がないのに将来のために人材を採ってどうするのかということです。要はいらない組織は作らない。いらない人は採らないということです。徹底しなければいけないのは、このように単純なことなんです。


朝香聖一

経営は最後は人で決まります。従業員一人一人がやる気になり、レベルアップすることです。そういう会社は猛烈な底力を発揮すると思っています。それを地道に、愚直に、徹底的に、粘り強くやっていく。モノづくりは「ここまでやれば100%完成」ということはないんです。どこか視点を変えれば、もっといいアイデアや技術が生まれるかもしれません。


朝香聖一

同じようなスタイルで経営をやっていれば制度疲労は必ず生じます。90年間先輩たちが築きあげてきたものは尊重しなければいけません。しかし、時代の潮流に合わない部分は思い切って変えていく必要がある。


御手洗冨士夫

現場には自慢話をしてくれと言っているんです。だから私に自慢話をしようと、現場は私が来るのを待ち構えている。戦略を出し、仕組みを作り、何回もコミュニケーションをして、自分のやり方にも修正を加えながら、現場を指導していく。そして実行を確かめ、実行した人たちの苦労話を聞いて評価する。その繰り返しによって現場のモチベーションは格段に上がる。


御手洗冨士夫

大切なのは正しく評価するということです。私も工場にいたことがありますから、お題目を唱えるだけでは駄目なことはよくわかっています。わかるまで何度も説明し、お題目が実行されるような仕組みを作ることも大事です。


松井道夫

新しい日本を作るには、会社と個人の主従を逆転させればいいんです。個が自由に組織をつくればいいんです。私は社員みんなの「好き嫌い」で組織を作っていこうと思っています。いくら理屈を並べても、最後の最後に組織のベースになるのは、感情なんです。もっともらしい基準を設けて体裁を整えるのはやめてもっと人間的なことで評価しようと考えたのです。人間は結構本質を見抜くものです。松井証券は社員数が156人の会社です。感情を前提に作り上げた会社が一つくらいあってもいいじゃないでしょうか。


松井道夫

戦後日本の社会システムのもとで、サラリーマンは会社の成長とともに自分も大きくなったような幻想を抱きました。しかし実態はというと、成長がストップしたとたん会社は個人を切り捨てはじめた。組織が主で、個人が従という会社全体のシステムのもと、組織に裏切られ、個人が責任を取らされるケースまで生じています。組織に従属した個人というのがいかにないがしろされているか。彼らの気持ち、彼らの家族の気持ちを考えると、正直言ってたまらない気持になる。


柳井正

会社組織の進歩はコンピュータの進歩と同じだと考えています。かつては中央の汎用コンピュータにいくつもの端末がぶら下がっていましたが、今日ではパーソナルコンピュータがインターネットにつながり、世界中のコンピュータが同時に動く。インターネットは時間や距離を圧倒的に短縮しましたが、組織も同様に進化しなければいけない。


柳井正

大多数の日本企業は、いまだにクライアントサーバー型にとどまっていて、作業や仕事を同時進行し、同期化する感覚を持てずにいます。ですからリーダーについても柔軟に考えることができない。リーダーはその仕事にふさわしい人がなればいいし、これからは一人一人が全体最適を考えながら自立し、その力が有機的につながっている会社を目指すべきだと思います。


林原健

人と同じことをしなくてもいい環境が生まれている。かつては新製品が売れるようになるまでに5・6年かかっていましたが、いまはみんなが新しいものを探し求めていますから、新製品を出したとたんにワーッと売れる。売れるようになるまでの時間のリスクを省くことができるようになったんです。そのぶん独創にかけることができるわけです。


林原健

インフレの時代はモノが足りないわけですから、モノをつくれば売れました。仮に売れなくても、安くすれば売れました。ところがデフレの時代を迎えた今日は、良いものでなければ売れない。安くしても売れません。独創的でなければリスクの塊です。人真似ほどリスクの高いものはありません。


大塚陸毅

お客様がお寄せになるご意見は非常に有益なマーケティングのツールにもなるということです。ネガティブな要素から目をそらすのではなく、正面から受け止め、お客様のおっしゃることに一理あるなと思えば、それをどのように取り入れるか。そこにこそサービスの充実を図るヒントがあると思うんです。


木村皓一

1000円のものを1000円で買ったら、五分五分ですよね。でも、1000円のものを1000円で買って、いい接客をしてもらったなと思ってもらえれば6対4になる。それが8対2になればもう一回行こうかなと思うでしょう。相手に自分より多くわたるようにすれば次につながる関係が生まれてくる。五分五分では一回限りの関係しか成り立たず、あとには何も残りません。これは商売に限らず、人間関係でも同じです。


木村皓一

企業と顧客の関係性について、私は8:2の原則を打ち出しています。8がお客様に行き、自分の取り分は2でいいじゃないかと。


伊藤雅俊(イトーヨーカドー)

どれほど一生懸命に作られたものであっても、売れない物は売れないというのが商売の世界です。商いというのは自分たちが作ったもの、提供したものに対して、お客様が価値を認めてくれて初めて成り立つ。お客様が認めてくれなければパッとダメになってしまう。それが原点です。


小倉昌男

消費者の知恵とバイタリティが新しい需要を生み出し、市場が育っていく。そこで市場の変化についていけない会社はつぶれてしまっても仕方がない。会社を潰したくなければ、消費者の動向に常に敏感にならなければいけないし、逆にそうした行為が会社を成長させ、さらには日本経済の活性化につながっていく。そこにはもはや、護送船団方式などといった役所の論理が不要であるということはいうまでもありません。


小倉昌男

96年度に配送された郵便小包が4億個なのに対して、宅急便は7億300万個と郵便小包の約1.8倍ものご利用があった。正直なところ、なぜこんなにたくさんのお客様にご利用いただけたのか自分でも不思議でしょうがなかった。しかしよく調べてみると、わが社が提供するサービスを利用してお客様がありとあらゆる使い方をされているんです。


小倉昌男

旅行先の朝市で新鮮な魚を買ってすぐに市場からクール宅急便で自宅に送れば家に着いた時には新鮮なままの魚が食べられる。お客様の知恵とバイタリティがわが社のビジネスの幅をさらに広げてくれているわけです。これからもお客様の知恵とバイタリティに応えられるような新しいサービスを提供し続けなければ、競争の激しい市場の中では生き残っていけません。


浜田広

不足の時代は消費者のニーズが明確でしたから、いかにして安くてよいものを提供するかが競争力になりました。その上「もっと小さく」「もっと静かに」「もっと速く」というように、商品開発の方向性もはっきりしていました。ところが充足の時代を迎えると、欲しいものが何なのか、不足しているものが何なのか、消費者自身にも提供する側の我々にもわかりにくくなってきたんです。つまり充足の時代は市場から新しい不足を探し出し、それを満たすものをどれだけ提供できるかが競争力になるといっていいと思います。


浜田広

市場にはモノがあふれていますから、新たに何を改造して提供すれば買い替え需要が生まれるかを考える必要があります。たとえば、商品のレベルを上げたり、使いやすくしたりしていかにお客様の満足度を上げていくかを考えていくことです。さらに、イノベーションによって、新市場を開拓していくことも求められます。


浜田広

従来は「コピーのスピードが速い」「壊れにくい」などというハードの性能が競争力でしたが、デジタル化以降はソフトの性能が競争力となっています。デジタル化によって、どういう性能が発揮できるか。いわばソフト力がイノベーションを生み出し、新しい利益を創出するようになったのです。


卯木肇

サムシング・ニュー(何か新しいもの)、サムシング・ディファレント(何か他と違ったもの)がセールスの第一義なのです。これは、今流にいえばニッチです。ただ、トランジスタラジオのように最初はニッチ商品であっても、次第に大きく成長し、ニッチではなくなる商品もあります。


卯木肇

ソニーには自由闊達な空気が流れていて、常にサムシング・ニュー(何か新しいもの)、サムシング・ディファレント(何か他と違ったもの)を追求してきた歴史があります。自分なりの商売の王道に手を入れることができたのも、そうしたソニーの風土が大きく影響していると思うのです。


鈴木敏文

顧客の動きを見続けることです。なぜ市場が変わってきているのか、それを顧客はどう受け止めているのかを考えていかなければならない。ところが、人間はたいてい過去の成功事例で問題を解決しようとします。この際、過去の経験は捨てないといけない。


鈴木敏文

変化に対応するのは簡単ではない。例えば自動車を運転するとき、自分が先頭に立って運転するのは難しいことではありません。自分のペースで運転できるからです。けれども、後からついていくのは結構大変なんです。前の車が信号を通過したとたんに信号が赤に変わるかもしれないし、急に渋滞が始まるかもしれない。相当な技術が必要になります。


鈴木敏文

先手を打つという言葉があります。しかし、本当に先手なんて打てるのでしょうか?世の中が変わることがわかっていたら、誰もバブルなんか引っかからない。先手を打つことはばくちを打つのと同じ。世の中の変化を至近距離でとらえて対応していくしかないと思います。


鈴木敏文

価格訴求から価値訴求の時代への移行。バブル時代はお金がどんどん入ってきますから、使い捨ての時代が続き、モノが売れました。安売りが一種のファッションになり、一着5千円とか1万円のスーツが売れたのもこの時代です。しかし、バブルが崩壊して、「安さ」=「価値」ではなくなると、物の価値を意識するようになります。そうした消費者の変化に敏感にならなければいけないのです。消費者も変わり、売れる商品も変わっているということを知らなければいけない。


尾崎元規

情報提供と情報収集をダイレクトにやろうという発想のもとに販社制度をつくりました。そのとき、マーケティングをやっていた佐川という副社長がいました。彼は消費者とインテリジェンスを交換するという言い方をしていました。いわゆる情報ではなく、あえてインテリジェンスと言ったのは、書かれたものとか出てきた数字データに何を読み取るか、データに秘められた物事の本質を読み取らなければいけないと考えたからです。読み取った本質を処理して返す。このインテリジェンスの交換が非常に大切というわけです。


伊藤直彦

鉄道コンテナの輸送には非効率な手作業が数多く残っていました。コンテナひとつひとつに手書きの荷票を差し、手でコンテナ番号を拾い、機会に入力する。また、急ぎの荷物とそうでない物の振り分けも人手によっていたため、平日の人気列車からは荷物があふれる一方、土日の列車には空きが目立つ。大きな駅では、配達コンテナを見つけるのに数十分かかることもある。国鉄時代から何十年もこうした扱いをしてきて、それが当たり前のようになっていました。【覚書き:JR貨物に入った当初を振り返った発言】


水野明人

選手たちと話をすると、ここは残しながら、ここはこうしてほしいとかそういう話はしょっちゅうです。無理難題を克服すると、他との差別化できる一段階上の商品ができる。それは難しいことだけれど、いい商品を作るためには必要な部分です。


水野明人

二律背反の中にビジネスチャンスがあると思います。一つのことをクリアするというのであれば、ちまたにあふれている商品と同じものしかできない。これをやったらこっちが立たず、これを立てればこちらが立たずというものはたくさんある。とりわけ、スポーツ品にはそういうものがいっぱいある。


松井忠三

ご存知のように成熟化が進んでいますから、ものすごく心地いいとか、つけたら気持ちいいとか、肌ざわりがいいとか、同じシャツでもデザインを含めて素晴らしくお値打ち感があるねという時代になっちゃったでしょう?これは、心が満足しないとダメな時代になったんです。その心の満足を具体的な商品で表すとするとどうするか。これが今の時代のキーワードです。


松井忠三

無印良品のコンセプトが進化したのは、最初の6年か7年です。そこで終わっているんです。100円ショップができて、ユニクロができてというなかで、どちらかというと暴力的な安さのほうに動いて行った。僕らの「わけあって、安い。」というのは、百貨店のクオリティを七掛けでというコンセプトですから、今後はそれに合った商品にしなければいけない。


池田弘(経営者)

サッカーが不毛の県と言われた所で、一生懸命採算を合わせるべく、みなさんに応援してもらうべくやっているうちに、これだけの盛り上がりの結果が出たんだと思います。


池田弘(経営者)

コミュニティということがよく言われていますが、たとえば家族旅行に年に二回行っているのであれば、アルビレックスの試合に合わせて周辺の温泉を予約し、温泉を楽しみながら試合に来ていただく。みなさん湯布院に行って、別府の試合を見ているみたいなんです。おじいちゃんが「アルビレックスを応援に行こう」というと、孫が一緒に来てくれるみたいなこともある。あるいは町内会を通して申込書が回覧板で回ると「隣のおばあちゃんが行くんなら、私も行くわ」みたいな誘い合わせて来てくださるとか。家族をコアにして、町内が一緒に盛り上がる。勝った時は地元に戻って町内で酒盛りするとかね。


松井道夫

顧客第一主義という言葉があります。じつは、これは顧客を「集団」としてとらえた企業中心の考え方です。これでビジネスをやっていてはだめです。顧客一人一人を中心に置くことが重要なんです。お客さんは我々にお金を払ってくれる側。我々はお金をいただく側。そういう立場ですよ。我々商人というのは、選ばれるか選ばれないかという存在にすぎない。


松坂敬太郎

消費者には欲求があります。しかしその欲求は本人たちには言葉でも形でも説明ができません。でも、気持ちの中では必ず何かを欲しいと思っている。それを形にするのが、モノづくりの会社の使命なんです。


松坂敬太郎

私が「売れない物を作れ」と言っているのは、そっちの方が楽しいからです。売れているものはもうすでにあるものです。今あるものをいくら安く作っても、仕方がないでしょう。売れないものは、今は誰も売れると思っていないものです。今売れているものというのは、すなわち競争社会にある。これからは競争というものはあまり経済を活性化する要因ではないと思います。それは、競争は経済を無駄にする可能性があるからです。


松坂敬太郎

消費が伸びているときというのは、競争はよりいいものを作ったんです。しかし、消費が止まってしまったらどうなりますか?余りが出てしまったら、誰かが負担しなければならないでしょう。余分に作って赤字を作ったらどうなりますか?リストラをして、会社を再編しなければならなくなります。こういう安定成長の時には、競争ではなく、新しい価値を創造するモノづくりでなければいけないんです。


坂根正弘

何かを犠牲にしてでも、競争相手が5年は追いつけないような特色を織り込めと開発に言ったのです。原価を10%下げそのコストの余裕を商品価値アップに使うようにとも言いました。環境、安全、IT、それからコスト。4つのキーワードを挙げて、そのなかで何か特色を持った商品を作るようチャレンジさせる。そして出来上がったものがダントツ商品なのです。


坂根正弘

プロダクトアウトは駄目だ、マーケットインだと言われます。つまりお客様の声を聞くということです。そしてお客様の声を代弁しているのは「営業」ということになります。新商品を作って評価会を実施すると、参加している営業の連中が「競争相手にここが負けている。ここを改善しなければいけない」と指摘するわけです。そのような意見に従うと、なんとなく優等生な新商品が出来上がるんです。ところが、1・2年もたつと、もう競争相手はその上を作ってしまいます。こんな競争をしてはいけないと感じました。


金川千尋

製品のブームは株式の相場と同じで間違いなく崩れます。だから皆が有頂天になっているときに、ブームの質を第六感で感じ取り、景気が悪くなった時の手を打っておくことです。


柳井正

商売とは成功したと思った時点でダメになります。成功はマンネリ、保守化、形式化、慢心を生むからです。だから企業の存続発展のためには、小さい失敗をどんどんすべきだと思います。致命的な失敗をする前に、ちいさい失敗を何回もして、それを財産にとらえて次に生かすのです。失敗して、転んで、起き上がる。その繰り返しの中で学んでいかなければいけない。最悪なのは失敗を恐れて立ち止まったり、ためらって何もしないことです。


柳井正

私が撤退の決断を急ぐのはできるだけ早く失敗し、致命的な失敗に至る前に早く対処したいからです。ですから、エフアールフーズも、かすり傷程度の失敗で、骨折までには至っていない。ところが、多くの企業は失敗に気付かず、骨折をしてもまだ行けると思って突き進み、どんどん傷口を深くしてしまう。大切なのは、失敗で会社を潰さないことです。ですから私は、かすり傷の時点で撤退を決めます。【覚書き:エフアールフーズは高級野菜を販売する事業を展開したファーストリテイリングの子会社。ユニクロが野菜販売を始めたと当時話題になったが数年で撤退】


柳井正

自分のやっていることが間違っているのではないかと、いつも考えるべきです。経営、店舗、商品、人事などについて日頃から根本的に否定していくことです。ずっと自己肯定が続くと、時代とズレていき、ある日、気づいたら手遅れだったということになりかねない。昨年売れた商品が、今年も売れるという保証はない。もちろん、経営の本質的な部分は通用しますが、表面的な方法は変えなければなりません。


柳井正

2002年9月に設立したエフアール・フーズの撤退について一言でいうと、我々にとっては大きすぎる仕事でした。エフアール・フーズのトマトなどの農作物は、水や肥料をできるだけ与えずに農作物が持つ力を引き出して育てる永田農法で生産し、品質や味への高い評価をいただいたのですが、手間暇がかかるため残念ながら生産効率と販売効率が合わなかった。当時、フリース・ブームが終わり、何度目かの停滞期に入っていたことから、行き詰まり感を打破する意味でも、チャレンジを試みたのですが、慢心があったのかもしれません。


吉野浩行

誰もやったことがないからこそ意味がある。失敗を繰り返すなかで独創的な技術に至るものが出てきます。すぐに商業化にはつながらないけれど、非常に価値のあることなんです。


吉野浩行

ホンダの子会社の本田技術研究所は「Dプロジェクト」「Rプロジェクト」「基礎研究所」に三組織からなっています。「Dプロジェクト」はディベロップメント(開発)、つまり生産・販売の計画と密接したより市場に近い開発を行う。これは失敗しないでやってくれと言っています。「Rプロジェクト」はリサーチ(研究)で、天衣無縫に研究に取り組んでもらっています。失敗しても構わないからと。誰もやったことがない未知の部分に挑戦するのだから、それは失敗しますよ。


菊川剛

失敗といっても、さぼっていたわけではなく、一生懸命やった結果なんです。だからその過程を経営者が見ていて、これ以上続けてはだめだと思ったらスパッと止めるのは当然です。見極めを付けられないでいると、どんどん傷口は大きくなってしまう。あのとき、早く止めてよかったとつくづく思います。
【覚書き|第一営業部副部長時代、担当していたビデオ事業の撤退が決まったときを振り返っての発言】


菊川剛

これまでのビジネスマン生活でつらかった経験というと、日本でビデオ事業から撤退した時のことです。85年に日本に帰国して、第一営業部の副部長に就任後、ビデオ事業を担当したんです。ビデオ事業は他社からOEMを引き受ける形で行っており、オリンパスとしての付加価値がつけられず、差別化ができなかった。当然、価格競争にも勝てなかった。最後はもう、叩き売るしかなくなったんです。


菊川剛

社長以下常務の面々が顔をそろえる常務会議の席上、各部のビデオ事業担当者が順々に撤退理由を述べましたが「本当はやめたくない」「続けたい」という気持ちが捨てきれず、私は無念さと悔しさに涙しました。当時の下山社長に「泣くな。この経験は必ずあとから生きてくる」と言われました。でも、あの時にやめておけばよかったんです。止めるときはスパッと止めなければいけません。そこで情を入れたら駄目なんです。
【覚書き|第一営業部副部長時代、担当していたビデオ事業の撤退が決まったときを振り返っての発言】


菊川剛

大切なのは、苦い思いや失敗をしてもまた違う仕事に就くわけですから、経験を生かして新しい仕事で必ず頑張るということです。マイナスをバネに変えて、励みにする。そうすれば必ず機会は与えられる。次のチャンスに頑張ろう。リベンジしようという意識を持たなければいかんのです。


生田正治

失敗の解決策を上司に一緒に考えてもらうだけでは、ただの負け犬です。自分のミスは自分の責任で修復させる努力をして、勝ち組に入る努力をすべきです。私の場合120億円の損失でしたから、社長のところに出向いて「責任を取って身を引かせていただきます」といいました。そうしたら「何を言っているんだ。できるだけ早く修復することで責任をとれ」と言われました。失敗の当事者が修復の責任を持てということです。2年かかりましたが失敗したシステムを拡大修復して、現在の定期航路部門のシステムの基本となりました。


生田正治

何事につけ果敢にチャレンジすべきであり、もし失敗に気付けばすぐに失敗を認め、責任は回避しないでできるだけ多くの人から修復の知恵を借りることが必要です。当然、これは職責によって違います。課員が失敗しても、課長レベルだけで修復できることは山ほどあります。同じように課長レベルで取り返しがつかなくても、部長や取締役など、職責が上がれば比較的容易に修正できることもあります。自ら最善の努力をすると同時に、まず上司に事実を知ってもらって修正法を一緒に考えてもらうのです。


生田正治

取締役で北米部長のころに120億円の損失を出す大失敗をしたことがあります。北米航路のコンピュータシステムの開発を日本本社のシステム部に任せていたのですが、世界最先端のロジスティックス(物流)が必要とするシステムに対する理解が得られないし、間に合わないと思ったから、定期航路部門の部長である自分自身がやるって言ってしまったんです。アメリカ人のエキスパートを集結してアメリカに会社を作って、アメリカの最先端技術で北米航路のシステムを作ろうと考えたのです。ところがニューヨークで1000人以上の専門家が二年かけて最先端のシステムを完成したつもりだったのに、テストランしてみるとうまく動かない。結局元のシステムに戻す結果になってしまいました。


生田正治

後悔先の立たずですが、最先端の技術にチャレンジする際の事前の能力の検証に問題があったと反省しました。過度に信頼したのが原因でしょう。失敗だと思った瞬間に素直に失敗を認めました。【覚書き:北米部長時に北米航路のコンピュータシステム開発をした際の言葉。約120億の損失を出すこととなる】


御手洗冨士夫

終身雇用の良さは、社員が長期的に物事を考えられることです。こうした環境は、流動的でぷっつんぷっつんと切れるアメリカ型の環境より優れていると思います。日本のジャーナリズムは、日本のコアコンピタンス(競合他社に真似できない核となる能力)を古臭いと言ってけなすけれども、あまりに自虐的で嘆かわしいですね。もっと日本の企業風土の特徴を肯定し、誇りを持たなければいけないんじゃないですか。


御手洗冨士夫

新卒採用で入って長く会社にいるからこそ愛社精神が育つ。日本の愛社精神は、不正を防ぐコーポレートガバナンスの機能を果たしていると考えることもできます。ひとりが自分の家族を思うように会社を愛せば、ルールがなくても不正は自然となくなる。それから、役員と社員の距離が近いことも経営のチェック機能になる。流動性の高い社会ではありえないことです。


御手洗冨士夫

会社の理念こそが、コーポレートガバナンスだと思います。昭和17年、キヤノン初代社長に就任した御手洗 毅(叔父)は、従業員が安心して幸せに暮らせる会社を作りたいという思いで経営しました。今日まで、この理念をずっと通してきましたが、なんの不都合もありません。


御手洗冨士夫

いま、仮に社外役員を連れてきたら、逆に企業理念が理解できないために不都合が起きると思います。少なくとも、仕事の内容を教えなければいけないだろうし、自分が教えておいて「どうですか」なんて聞いてもしょうがないじゃないですか。会社について何も知らない人が来て、仮に報酬として600万円もらうこと自体が公平じゃないし、だいたい、そんな人に経営指南を受けなければならない会社は、そのうち潰れます。


八城政基

日本企業は従業員経営ではなく、スローガン経営だと思います。従業員のために経営をしていると言いながら、業績を上げて、他社より高い給料を払うことはできない。それから、余剰人員をじっと抱えて、生産に貢献していない人たちの給料まで払わないといけないということは、一生懸命働いている人にとってはマイナスになります。しかし、それはあくまでも現象です。雇用の根本問題は労働の流動性がないことだと思います。


八城政基

秩序と安定を大切にした日本社会が、いかにして変化を再生に生かしていくかが重要になってきます。あくまでも変化を避けて通ってはいけません。むしろ、みずからが変化を起こすくらいの気概を持つべきだと考えています。


小林陽太郎

企業が健全な利益を生むためには、顧客・従業員・社会・そして株主に対する責任を果たしていく必要があり、そのことがひいては、長期的な株主の利益を実現することになる。それが、ステークホルダーズ・マネジメント(利害関係者経営)に徹するということだと思います。


和地孝

人を財産と考え、長期雇用を維持することが経営の合理性だと思うのです。ただし、年功序列は違うと思います。かつては、評価システムも発達していませんでしたし、農耕民族的なマネジメントで会社は成り立っていました。つまり、経験を積んだ年長者のほうが、お天気の読みは上手なんです。しかし、現在のグローバルな経営環境の下では、狩猟民族的な経営が求められるようになりました。狙う獲物はなにかにのって、リーダーを選ぶ時代になったのです。年功ではなく、適材適所でないと生き残れない時代です。


奥田碩

日本の経営者は通勤に使う自動車も会社もちなら、昼飯も会社が払う。ゴルフの会員権まで会社が負担している。日本では経営者まで会社に依存しているわけです。そのもう一つのいい例が、日本では会社を退いた後でも、いろいろな秘書をつけてもらって会社の金で出勤してくる。これでは何のために退職金をもらったのかわかりません。会社にしがみつくなら、退職金はもらうなと言いたい。アメリカの経営者は会社を辞めて退職金をもらったら、もう会社へは来ない。


長谷川武彦

人事にしても、会計にしても、基準のとり方がグローバル・スタンダードの方向へ行っているのは確かです。日本国内だけでなく、世界を相手にビジネスをしている以上、会計基準などを国際基準に合わせることは必要です。ヤマハも売り上げの八割は海外で上げていますから、海外の投資家に理解を求めるために、国際会計基準の導入は不可避です。マネジメントの透明性や情報開示も、当然実行すべき事柄です。


長谷川武彦

私は、和魂洋才が日本企業の生き残る道を見つける際のヒントになると思います。日本人はある種の完璧主義、潔癖主義を持ち、細かいところまで神経が行き届きます。そうした日本人の特性をモノづくりに活かすことです。そうすれば、日本独自の製品が必ず生み出されるはずです。


長谷川武彦

日本は落ち着きを取り戻すべきです。勝ち組競争に翻弄されて、仮に勝ち残っても次の展開が保障されているわけではないという認識を持つべきだと思います。


長谷川武彦

国際会計基準やグローバル・スタンダードの導入は国際競争を勝ち抜くための「必要条件」ではあっても、「十分条件」ではない。必要条件だけを懸命に実行して満足しているようでは、横並びの域を出ないと思います。必要条件は当たり前のこととして迅速に取り入れたうえで、もっと上の本来の目的を追求しなければ次の時代を勝ち抜くことはできません。


西室泰三

東芝という会社が、電球から原子力まで何でも作ることが安定と成長のもとになっていたという時代は過ぎたと考えています。我々は、何でも作るという発想から、得意なものを作る、上手にできるものを我々がやる。足りないところはよそから補うということを果敢にやらなければいけない。我々の力が足りないとか、よその力を合わせればもっと良くなるというのなら、そういう選択もある。アライアンス(共同事業)の話は当然出てきます。


金川千尋

日本企業には古いしがらみが多く、それが本来シンプルなはずのマネジメントを複雑にしている。リストラクチャリングという言葉が、まるでファッションのように流行していますが、はじめから人を採らなければ、人員の整理という敏感な問題は起こらない。当社の米国子会社シンテックには、財務の専門家は一人もいません。一週間に一時間だけ財務を見ている人間が一人いて、私は十分だけ財務に時間を費やします。財務戦略なんて必要ないんです。格式を重んじて、意味のないことをやってもしょうがない。


松井道夫

利益を上げて経営状態が良くなってくると「うちの会社はいま何百人の社員がいる。将来は、何千人にするんだ」といって、買収を繰り返し、組織を拡大していく経営者がいます。つくづく疑問に思います。みんな規模を拡大しようとする。足し算の発想をするのです。しかし僕は、もう徹底的に引き算の発想をしようと思って、有無を言わさず本社を移転しました。余計なものを排除する。つまり、規模を捨てたんです。徹底的な引き算の発想を、社員に示したつもりです。


松井道夫

社員の首切りをしない一番いい方法は何かというと、人を増やさないことです。ある程度の新陳代謝は必要だけれど、もう組織を拡大するのはやめようということ。会社の利益はだれが作るのかというと、社員、すなわち会社の仲間たちです。であるならば、利益は株主と会社の仲間たちに分配するのが当たり前でしょう。だったら、人数は少ない方がいいに決まっている。


林原健

弊社がメセナ(企業が芸術・文化活動にカネ・ヒト・モノを支援提供すること)に力を入れているのも、実は全社規模で異分野の経験をし、異分野の知識を持ちたいと考えているからなんです。たとえば、漆に関わる職人さんを社員として抱え込んでいますが、それは彼らとの交流から社員一人一人が知識的にも、文化的にも豊かになればと思うからです。


林原健

社員が心豊かな人間になればその個人はもとより、会社にとってもプラスになります。メセナといった場合、多くの人がお金を出しておしまいですが、うちはそういうことをしない。いまいったように、かかわった文化事業では、たとえば関係の職人さんごと抱え込んでしまいます。メセナ(企業が芸術・文化活動にカネ・ヒト・モノを支援提供すること)は社員の頭を柔軟にし、組織を柔らかくするためにも必要です。本業だけに関わっていたら、新しいアイデアは生まれません。創造とは、頭をひねって難しいことを考えることではありません。


坂根正弘

この15年間、日米欧の経済規模はお互いを経済圏として膨らむだけ膨らんできました。こういった日米欧中心の経済循環だけでは成長できないところまで来ました。自国の経済規模の拡大にお金が全部行ったものだから、その他の世界にお金が行かなくなったということもあります。


坂根正弘

この15年間、貧富の差も開いてしまったし、日米欧が経済規模を拡大するためには周辺マーケットを入れないとどうにもならないということになって、アメリカは中南米を、ヨーロッパは拡大EUに政治のリーダーシップで取り組んでいますが、日本はアジアとの共栄をもっと政治のリーダーシップで進めていくことが重要だと思います。


藤田弘道

バブルの時代には、本業以外絶対に手を出しませんでした。それでバブルがはじけて本業以外に手を出した企業は相当痛い目にあいました。でも、わが社の進むべき道はデジタル化を迎えて印刷というコア技術をどのように利用して、その市場の変化に対応するか。ほかの事業に手を出さずに、印刷会社は印刷技術をどう利用して、事業を確立するかということが経営の基本だったと思うんです。


出井伸之

二年前から私は、複雑系の経営ということを言っています。グループの企業価値の全体和は、その部分となっている事業ユニットの足し算よりも絶対に大きくなければいけない。この複雑系の経営は、ボーダーレス時代にふさわしいと考え、会社の部門を独立させる社内カンパニー制を強化しました。各事業ユニットであるカンパニーは執行役員に任せ、本社の十人の取締役会がグループ全体の経営の基本方針を決める形にしました。これは事業ユニットを切り離してソニー全体の価値を上げていく持ち株会社的な分散型モデルの第一歩です。


出井伸之

私のビジョンとしては、まずカンパニー制でAV・エレクトロニクスの経営を適切に進めていく。その上で、グローバルなネットワーク環境に備え、各カンパニーがより独立してビジネスが進められるように、適切な本社を備えた分散型の体制を整えておくということです。競争を優位に進めていくための準備を進めています。


古川享

幸せの訴求ポイントがモノ中心ではなくなったこと、一人一人の幸せの価値観が違ってきているというこの二つを考えあわせていかなければならないのですが、ソフトウェアを中心に考えていくと、その答えは出しやすいんです。パソコンでいえば、ソフトウェアが目に見えない一人一人の価値観を実現してくれます。ソフトウェアに盛り込まれているコンテンツそのものが幸せをもたらしてくれるんです。


古川享

テレビを例に挙げれば、誰もが同じチャンネルで同じコンテンツを見るのではなく、ひとりひとりの主義・嗜好に合わせてチャンネルとコンテンツを選択する。それによって一人一人の幸せが実現されるんです。見たい時に見たい番組が見られるということは、時間の束縛から解放されることになります。そこに新しいビジネスチャンスが生まれると言っていい。


古川享

これまでNHKが有料で民放は無料と思ってきましたが、それは間違いで、じつは我々の消費財のコストに民間放送の広告宣伝費が上乗せされているに過ぎないんですね。ただ、これからはコンピュータの発達によって、その放送が売り上げにどれだけ貢献したかということも見えるようになってきますから、お金を払うメカニズムが変わってくるでしょう。メディアのパラダイムが大きく変わった瞬間、新しいビジネスモデルも生まれてくる。


中内功

時代の流れから言って、かつてのような需要過剰、売り手市場の時代は二度と来ないと思います。景気は今、デフレ局面にあると言われていますが、これからは供給過剰、買い手市場が常態になる。そのような中で企業が存続していくには、買い手市場を前提とした新しいシステムを構築して、徹底的に消費者の理論に立って経営を推し進めていく以外にはありません。


中内功

いままでは売り手側、作り手側の理論が工業化社会を支えてきたわけですから、ある意味ではやむをえません。しかし、生活者が自分の価値観で商品を選択するようになったからには、発想を転換しなければ生き残っていけません。時代はレディ・メイド(既製品、大量生産)から、オーダー・メイド(特注、少量生産)を基本とするポスト・インダストリアルの時代に移っています。その認識の立って、買う側の理論、使う側の理論を優先する時代を作っていくことは、企業に課せられた使命ではないでしょうか。


坂根正弘

再建の目途を区切るとすれば、二年だと思います。三年というのは長い。一年では結果が出ません。丸二年で結果が出なければ、会社全体が疲弊してしまいます。本当のところ、三年くらいはほしいのですが、三年は結構長いんです。それだけの時間は、なかなか待てません。再建は二年だと思います。


中野克彦(経営者)

MOT(技術経営、マネジメント・オブ・テクノロジーの略)の一番のポイントは、経営方針と研究方針が一致することです。二番目は市場と研究の融合です。三番目は上下左右の壁をなくすことです。上下は社長と担当です。入社して5・6年の人が私の前で説明する。「それは君、いいテーマだからすぐ投資審議会に回しなさい」というわけです。昔はいいものをつくっても、上司のハンコをもらって、投資審議会にかけて、常務会にかけてから社長の決裁となるから時間がかかった。いまは私が「投資審議会に回しなさい」といえば、社長決裁をもらったようなものです。私は話を聞いたら即断即決します。MOTはスピード経営でなければいけない。


立川敬二

従来のNTTの風土からすると、ドコモは企業風土がガラリと変わったと言われる。まず、きわめて時間が凝縮されていたということがある。NTTの技術開発なんて、それこそ十年もかけてやればよかったのが、いまは一年で開発することが求められる。臨機応変にやらなきゃだめなわけです。電話の進歩は今考えれば、ちんたらやっていたわけですよ。だけど、いまはドッグイヤーと言われるくらい速いわけだから、それに対応せざるを得ない。だから、外から見たら柔軟にやっているように見える。


立川敬二

規制機関は昔はきわめて慎重だったでしょう。独占ということは失敗が許されないわけだから、入れるにあたっては、本当に石橋を叩いて渡らなければいけなかったんです。そういう時代背景もあります。規制機関は、だめでも自分たちの責任にならないからいい。だけど、いまは競争でしょう?出してダメならつぶれるだけ。業者が勝手にやって、利用者からウケなければなくなるだけ。選別要素が利用者側にできてしまった。自由に発想できるようになったと言えます。


山之内秀一郎

科学技術の世界では無茶をしてでもトライする時期と、慎重にふるまう時期を見極める必要がある。日本の宇宙ロケットは短期間に成功が続き、そのまま短期間で高い技術レベルに到達するものだという「イケイケドンドン」的体質になっていた。無理をするのが普通になってしまっていたんです。私は逆に、いまは慎重に舵を切ろうと考えました。だからH2A(国産ロケット)はトラブルが見つかった時点で、ただちに打ち上げ延期を決めました。


山之内秀一郎

宇宙開発事業団の場合、二回連続で失敗する前、じつは29回連続で成功している。これは凄いことであると同時に、不幸なことでもあるんです。失敗体験の蓄積が少ないから、背伸びをしていたところもあったのではないかと思います。日本の宇宙開発技術は、歴史も浅ければ、失敗体験も浅い。これは大きなハンディキャップです。


張富士夫

燃料電池車ではホンダがカナダのバラード社の電池を使っているのに対して、トヨタは内製化しています。その辺はトヨタの「モノづくり屋」としての伝統でしょう。自分たちで作っていきたいという思いが強いんです。うちの技術者たちがよくいうのが、「どれだけ失敗しているかが大切」ということなんです。人が開発したものを持ってくるのでは、失敗のノウハウが自分たちのものにならない。ですから、できるだけ自前主義を貫いていこうという気持ちを持っています。


柳井正

自分のお金で会社を経営して、100%自分でリスクをとってきたので、責任が自分以外の人間にあるとか、他の要因にあると思った瞬間、僕は自分に負けるような気になるんです。言い訳をせずに全部自分に責任があると割り切った方が気持ちがいいんです。だいいち、失敗を直視し、かつ客観的に原因を分析してこなければ、生き延びてこられなかったでしょう。


柳井正

自分に対しても相手に対しても、厳しい目を持って見ることが大切です。それは、商売をするうえで欠かせない視点だと思います。客観的な分析、評価ができるということは、経営者としての大切な資質です。自信過剰になることもないし、不必要に卑下することもない。自分に対して厳しすぎると言われることもありますが、その方が居心地がいい。


和田一夫(経営者)

私の場合、89年の天安門事件の後に中国に進出したので、あれ(ヤオハンの中国進出)は素晴らしい決断だったと思います。だけど海外で世界の和田なんていわれると、こちらもその気になってしまう。しかも、社員がみな国際企業になったような気持ちになってしまった。ほんとうに、いいときというのは一番危険だと思います。


渡辺捷昭

私が昭和39年の入社、奥田(碩)にしても昭和30年入社ですから、労働争議そのものは生で経験していません。でも、若いころに諸先輩方たちから辛酸をなめた時代の話を集中豪雨的に聞いていますから、身にしみついているんです。ただ、いまは豊かな時代に育って入社した世代ばかりです。苦労性と言われるかもしれませんが、語り部として危機感を後進に語り継いでいるつもりなんです。


那須翔

もはや戦後ではないといったあたりから、日本人はこれでいいんだと思い始め、思い込んでしまったのです。戦後何十年間でできつつあった日本型システムのようなものを、これでいいんだと思いすぎた結果、我々は本当の意味での多様性をなくし、どんどん画一的になっていったんです。政治システムのなかでの政党の役割、経済システムにおける企業の役割、官の役割、民の役割、そういったものが次第に固まっていきました。


小倉昌男

戦後50年という一つの時代が終わり、時代の潮流がその流れを大きく変えようとしている。まさに時代の大きな変わり目に来ていると思います。過去100余年の歴史を振り返ってみますと、日本はこれまでに2度、時代の激変を経験しています。ひとつは明治維新。つぎに昭和20年の終戦のときです。現在はそれらに匹敵するぐらいの規模で時代が大きく変わろうとしています。


小倉昌男

幕府という牙城が崩壊したからこそ、近代国家・日本が誕生した。ところが、いまは旧来型の官僚組織を残したまま新しい時代に突入しようとしている。これが今の時代の最大の不幸だと思っています。日本全体に「時代の大きな変化の中にいる」という意識が希薄で、構造改革の重要性がいまひとつ理解されていない。ですから行政は構造改革はするが自分の既得権は守るといった中途半端な政策しか打ち出せないわけです。


小倉昌男

時代の変わり目にあるということが、実感として世の中にあまり伝わっていません。そこに問題があると思うんです。明治維新では幕藩体制が解体するという大事件があって、新しい国を作ろうと若い下級武士や公家たちが立ち上がった。昭和20年には敗戦によってアメリカの占領という大事件を経験した。そして公職追放で20万人以上の人が公職から追放され、かわって30代、40代の若手が行政や経営などの第一線に立ったわけです。「俺たちがやらなければ日本の国はどうなってしまうのだろう」という強い危機感があった。ところが今の時代は人々を立ち上がらせるための起爆剤となるような事件がない。


坂根正弘

事業というのは必ず苦しい時があるわけです。経営者の判断能力を問われるのは「一時耐えることで再び上昇に向かうのか?」の判断です。「3年で雇用を増やせたのだったら、頑張って人数を減らさずにしておけばよかったじゃないか」とおっしゃる人がいると思うんです。でもそれでは危機感が生まれないんです。危機感を持ったから、会社が再スタートして、雇用を増やせるところまで来たんです。危機感がなければ再生はあり得なかったんです。


坂根正弘

日本の建設機械市場はバブルのころと比べると3分の1になってしまいましたが、それでも必死になって多角化を目指したり、雇用を維持してきたわけです。でも、それでは結果が出ず危機感も生まれずジリ貧状態でした。そこで私は早期退職者を募ったのです。


大塚陸毅

常に危機感を持ち続けるとともに、サクセスストーリーを作ることが大切だと思います。サクセスストーリーは次の変革を推進するバネになるからです。いい芽は出始めてきたという実感はあります。この調子で行くと、各グループ会社は外に出ても十分に競争力を持つ存在になっていくと思います。


和地孝

どの業界でも、国内ナンバーワン企業は上がありませんから世界を見るしかないんです。そのため、意外にもナンバーワンの企業こそ危機感がありますし、社員もそれを感じて勤勉に働くわけです。


和地孝

私は54歳の時に、富士銀行取締役からテルモに常務として転身しました。そのときのテルモの第一印象は、名前と業種しか知りませんでしたが、最初に感じたのはあまりにも企業文化が違うことと、財政的にギリギリのところまで来ているにもかかわらず、危機感がまったくなかったことです。


和地孝

どの業界でも、国内ナンバーワンの企業は危機感を持っています。それは、世界を視野に入れているからです。しかし、ナンバーツー以下の企業は自分より一つ上の企業しか見ていない。一つ上の企業に追いつこう、追い越そうということにどうしても意識が向いてしまう。その先のより広範囲を見渡せば、本当はもっとたくさんの敵が存在するのにもかかわらず、目の前しか見えない。あまり危機感がないのです。


和地孝

会社が危機に直面していたとしても、社内に危機感があれば危機に立ち向かって乗り越えることができるのですが、そもそも危機感がまったくないということ自体が一番の危機なんです。意外にも社内の人間には危機感がないものなのです。内向きの思考では、なにもかわらない。鎖国状態で組織の内部だけ見ていては、危機感は生まれません。


西田厚聰

私がアメリカでパソコン事業を担当してた当時の競争相手は、日本やアメリカに追いつこうと必死に攻勢をかける台湾メーカーでした。彼らの猛烈なハングリー精神に対抗するためには、かつて日本人が高度成長時代に持っていた、ガムシャラなハングリー精神に代わるだけの、物事に立ち向かっていく姿勢が必要でした。


西田厚聰

生活のレベルが上がり、ライフスタイルもワークスタイルも大きく変わった現代において、日本人やアメリカ人に、以前のようなハングリー精神を持てと言っても、もはや通用しない。三か月程度の短期間ならばガムシャラにできるかもしれない。でも何年にもわたってやってくれといっても無理なんです。


西田厚聰

毎日の仕事の中で、いかに従業員全員がハングリー精神に対抗できるだけの姿勢をとれるか。私は「危機感」というより「センス・オブ・アージェンシー」、つまり、緊迫感、緊張感、焦燥感といった危機意識を持つことが大事だと言い続けている。つねに全員が言われた通りの仕事だけをやるのではなく、もっと視野を広げて事業ごとの業界の動きを把握しながら、2・3年後の将来に向けたベンチマーキング(定期測定)をするということです。


西田厚聰

よく、組織のベクトルを合わせると言いますが、ベクトルだけを合わせても、各々のベクトルを構成するスカラー(量)そのものが大きくなれば、組織のトータルの力はさほど変わらないんです。各々のベクトルのスカラー、つまり従業員一人一人が成長したうえで、ベクトルを合わせれば、その組織の力というのは格段に大きなものになるでしょう。


町田勝彦

経営とはリストラだとよく言われますが、私の場合、日々リストラをしているようなものです。どこに無駄があるか、あれがおかしいじゃないかと毎日言っている。毎日、リストラしているようなものだから、改めてリストラする必要もない。工場閉鎖や人員カットといったことをまとめてやらなくてすみます。


鈴木正誠

日本社会というのは、非常にあいまいで、過去のしきたりに従って、昨日やったように今日もやるというところがあります。そうやっているうちに、プロセスがどうなっているかがわからなくなってしまう。プロセスというのは、毎日確認する必要はないことから、だんだんとおかしくなっていることに気付かないんですね。


鈴木正誠

インターネットをサービスするのに、これまでの電話の時代と同じプロセス(手順、過程)では駄目なんです。どうやってサービスを作りこんでいくか。いかにお客さんに喜んでもらうか。海外の仲間と仕事をする機会も増えます。そうなったときに、プロセスを明確にして仕組みをシェアしてもらう必要がある。プロセスの明確化、新しいプロセスの創造は、日本がグローバル化するための必須事項だと思います。


鈴木敏文

セブンイレブンは、商品開発、発注、物流、販売のシステム、店舗設備の充実、経営指導、情報処理などをトータルに駆使することによって、売り上げを伸ばしてきました。お客様の立場に立って、変化に対応していくためには欠かせないことです。


出井伸之

私自身はすぐに組織に限界を感じて働きたくなってしまう性分で、これまでも三年に一回は動くという主義でやってきました。三年過ぎたらポジションをかわる、それを三回やったら次は全く違うところへ行くという具合に、どんどん動いてきましたね。


大橋洋治

敵は内にいる。自分自身に勝たなくてはいけない。自分が変わらなくては何も変わらないと言っています。怖いのは、企業風土を風化させる内なる敵なんです。


加藤千麿

新しいことにチャレンジするとき、止める場合もあります。とにかく試みて試みて、軌道に乗らなければ、早いうちに止めていく。いったん手を打つ。でも、最初からノーノーノーでは駄目なんです。言葉は悪いけど、役所の発想はそうでしょう。最初からノーノーノーで、できないという前提で行っちゃうんですから。ノーが一番楽なんですよ本当は。ああ止めとけっていうのが一番楽なんですね。


柳井正

組織は大きくなると安定を求め、保守的になります。それは、日本の企業の多くが直面する課題です。だから、常にぶち壊して一番いい組織に造り替えていかなければなりません。一つ成功すると、達成感のようなものがあって、これでいんじゃないか、このままずっと続けられるのではないかという錯覚に陥る。しかし、世の中は動いていますからそのままではいけない。


柳井正

組織は仕事をするためにあるのであって、組織のために仕事をするのではない。組織が大きくなると、どうしても初めに組織ありきで仕事を作ってしまいがちですが、いい仕事をするためにどういう組織を作るべきかを、常に考えていかなければいけません。


柳井正

チェーンストア理論では、店長は出世のステップにすぎず、店長の次はスーパーバイザー、ブロックリーダー、本部というように出世の階段を上がっていきます。しかし、それじゃあまるで官僚システムでしょう?店長を生涯の職として極めることなどできないし、自己実現につながっていきませんよね。99年2月にスーパースター店長制度を設けたのも店長の見本を示したかったからです。店舗と本部は双方向の関係性にあり、対等です。むしろ商売の場面では、店舗が主役で本部がサポート役にならなければいけないと思います。


奥田碩

人間は生まれながらにして異なる個性と才能、環境を持つわけですから、すべて平等ということはあり得ない。平等は確かに尊重すべき価値観ですが、努力の過程を無視して結果だけを一律にそろえることがいいとは思えません。


奥田碩

努力した人が報われる社会にしなければ、閉塞感は増すばかりです。「平等」に価値が置かれた結果、社会から変わろうとする意欲が失われてしまったんです。それによって、日本はすでに周回遅れのランナーになってしまった。1980年代、アルビン・トフラー氏は「第三の波」で、本格的な情報化社会の到来や、ボーダーレス社会の到来を予言しました。日本の場合、戦後の成功とは言っても短期間な成功にすぎなかった。だから第三の波がやってくるや、知らず知らずのうちに周回遅れになっていた。


横山進一(経営者)

ローマ帝国があれだけ長い間繁栄したのは、環境に応じて根本的なインフラから変革させているからだと思うのです。塩野七生さんにいわせると「平家物語」にある「盛者必衰の理」の理とは、環境の変化のことだというのです。つまり、繁栄したものが必ず衰えるのは、環境は変化していくものなのに、過去に成功したシステムをそのまま使い続けているからなのです。右肩下がりになったとき、本来ブレーキをかけなければいけないにもかかわらず、アクセルを踏み続けていたら転落してしまいます。


横山進一(経営者)

組織の継続は環境が変わった時にシステムを変えられるかどうかにかかっているんです。日本が苦しんできた「失われた十年」は結局、「変えられなかった十年」だと思います。組織を変えるのが難しいのは既存のシステムの中で恩恵を受けている人が多くいるからです。その分だけ抵抗がある。


横山進一(経営者)

現状維持を望む人がいるんです。でも、明らかに日本の環境は変わったんです。保険会社を巡る環境も大きく変わりました。少子高齢化や規制緩和、外資の参入など競争が激化しました。まさに、思い切った変革を行わなければ生き残れない時代になったのです。


細谷英二

企業経営にとって大事なポイントは、新しい変化に対してどれだけ対応できるかです。ある意味では、変化への対応能力そのものが経営の本質だと思います。新しい時代に対応できた企業は生き残る。対応できなかった企業は撤退や倒産をしていく。


細谷英二

進化論で有名なダーウィンは「知恵のあるものが生き残ったわけではない。強いものが生き残ったわけではない。変化に順応したものが生き残った」と言っています。


和地孝

必要不可欠な条件は、社員たちが何を考えるかを感じ取る感性と、彼らの発言を聞いたらできることは必ずやるということです。現場には「経営者が来てくれたのだから、何かが変わるだろいう」という期待感があります。ところが、経営者が現場に来て話をしたものの、実際には何も変わらなければ、社員は意見を言っても無駄だと思います。社長に言って変わらないものを、他の誰が変えられるのかとバカバカしく思うでしょう。


和地孝

社員から話を聞いたなら「違うことは違う」「できないことはできない」とハッキリ伝える必要があるし、「君の話はいいな」と言ったのであれば、必ず実現しなければいけない。それができないのなら、経営者が現場に行っても意味がありません。


和地孝

よく現場主義と言いますが、ただ単に現場に行っただけでは散歩をしているのと同じです。だから、経営者は日ごろから自分で本を読んだり、人の話を聞いたりして、問題意識を高めなければいけない。経営は真剣勝負です。会社は経営者一人ですべて変わりますから、トップに適材の人が来れば組織は変わります。


長谷川武彦

創造という言葉を考えてください。創造の「創」には、「つくる」という意味と「きず」という意味がある。時代劇にあるように、刀で切られた刀創(かたなきず)は焼酎をパッと吹いてサラシを巻き、死んでたまるかと言っているときれいに治ります。死んでたまるかという思いが、生命力になり、肉を噴くのです。


横山進一(経営者)

私が若い人たちに言いたいのは、「ノーから入るのではなく、イエスから入れ」ということです。これはイエスマンになれという意味ではない。物事を変えなければいけない時に、若い人たちは「変えるには、これだけの問題点があります」と言ってきます。問題点を発見するのは上手なんです。でも、問題点を挙げるということは、要するに「私はやらない」ということなんですね。


横山進一(経営者)

問題点を明確にできるのならば、それをできない理由とせずに解決策を一緒に考えるべきだと思います。つまり「どうやったらできるのか」という「イエス」の方向から入るべきだということです。実践するより、批判する方が楽です。それに、問題点は指摘しやすい。問題点は必ずあるものですから。


長谷川武彦

傷がなければ、人は楽で痛みもありません。けれども、傷を負わなければ、そこからは何も発想することはないし、何も創造することはできないんです。うまく機能していた既成の秩序に傷(問題)が入ると、こんなにうまくいっていたのに傷が入ってしまったとみんな落胆します。しかし、傷が入ることはこれまでのやり方を見直すきっかけになってくる。


木村昌平

捨てる戦略を展開するには、まったくビジネスモデルを変えてしまうくらいの決断がなければできない。普通の会社がなかなかその決断ができないのは、過去を捨てられないからです。過去にしがみついてなかなか捨てきれない。だから変えきれない。破壊できない。だから革新できないということです。


木川田一隆

事業に課せられた思い社会の負託に答えるためには、企業としては、常に長期的見通しの上に立って、効率経営に努め、直接的にも間接的にも生活福祉の向上に積極的に参加することである。すなわち企業の社会的責任を果たすことである。


駒井健一郎

メーカーとして最も大切なことは、製品の性能、品質が良く、事故がないことと、新しい技術を開発して次代の要求に答えていくことである。【覚書き:技術開発を尊ぶ日立の理念を語った言葉】


嶋田卓彌(嶋田卓弥)

私は出世なんてことを考える必要がなかった。功が誰に帰しようが、失敗をこちらでかぶろうが、どちらでもかまわない。【覚書き:上記発言は自身の上司論について語った言葉。功は部下に与え、責任は自分が取るという心構えを語った言葉】


佐伯勇

失敗が続くと次第に社員の間でトップを見る目が変わってくる。その孤独に耐えながらリカバリーショットを打つ。それが経営者の生きがいであり、喜びである。


櫻田武(桜田武)

自由競争と自己責任主義こそ今の日本の経済力の源泉だ。ルールと節度を守って自由競争し、勝ち負けの結果には経営者としての責任をとる。ところが、その自己責任と競争原理が忘れられかけている。【覚書き:上記発言は日経連名誉会長のときの発言】


日向方齊

いかなる困難をも乗り切って、目的を成し遂げようとする強靭なる精神力。それを実行するための頑健な肉体。そして部下を統合していく統率力。これらなくして社長の職を務めることはできないと言っていい。


槇田久生

社長になって気負った気持ちはなかった。「長い日本鋼管の歴史のひとコマを私なりに務めていこう」と、社長の椅子に深く身を沈めながら、一人静かに決意した。【覚書き:前任社長が急死し、突如社長に抜擢された時を振り返っての発言】


大山梅雄

経営者は会社の株を握っておけ。給料でなく配当で生活するのが経営者本来の姿。配当は家賃のようなもので、人の家(企業)を借りておきながら、家賃(配当)を払えないのなら、さっさと家から出ていけばよろしい。【覚書き:企業再建家としての経営者観を語った言葉。配当は業績が悪くなれば無配になり、逆に業績が良くなれば配当も増やせる】


北裏喜一郎

およそ世の中のリーダーたるものは、共感を呼ぶ何かを生むべく、常に腐心していなければならない。経営の決定にも、情緒的要素が必要であって、みんなに通じ納得がゆくためには、いかなる数字もこれに及ばない。


佐々木秀一(経営者)

トップの座にあるものは、腹の中で静かに自分を戒めるべきである。現役を退いたときに皆さんにこれまで同様のお付き合いをしていただきたい、そういう人間でありたいと思っている。【覚書き:上記は会長就任年の発言。自分が退任したとき、部下とどんな関係を築いていたいかあらかじめイメージしながら日々接しろという戒めの言葉】


水野健次郎

普通、オーナーはいいなと思われるが、本当はつらい。従業員、株主、お客さんに対して無限責任を負っているから。
【覚書き:上記発言は父から受け継いだ会社をスポーツ用品のトップメーカーに成長させた経験を振り返っての発言。発言時期は会長時。法的にはオーナーが出資額以上の責任(無限責任)を負うことはない。しかし道義上どこまでも責任を負っていると忘れてはいけないという経営者の覚悟を語った言葉】


中山善郎

会社が大きくなるほど、誰かが手抜きをしても分からなくなる。しかし、手抜きはいずれ必ず悪影響が出る。【覚書き:上記発言はコスモ石油発足5年目に語った言葉。コスモ石油は大協石油と丸善石油の合併で誕生した】


横河正三

なんであれ目的をきちんと認識して、目的に合った行動をとる。これが、まさに「はかる」ということ。「目的に合ったように動いているか」と常に自問することが必要だ。【覚書き:計量器メーカーの社長としての独自の経営観を披露した言葉。経営にも、目的と言う基準、ものさしや測りが必要だという趣旨の言葉】


亀井正夫

人事で難しいのは、潜在能力を見抜くことだ。課長で優秀でも部長で優秀とは限らず、部長で優秀でも役員で優秀とは限らない。軍隊でいえば、連隊長は任せられるが、司令官は務まらないということだ。


戸田憲吾

みんなの意見を努めて聞くようにしている。そして「社長についていきさえすれば」という安直なムードが生まれるのも警戒している。【覚書き:日本電装創業時からのメンバーから社長になったため、ぬるま湯組織にしないようにするための自分に対する自戒の言葉】


春名和雄

社員教育には社内に一つ、怖い存在がいなければならない。社員に直言する悪役だ。【覚書き:丸紅の会長就任時の言葉。日々の業務に忙しい社長に代わり、社員に敢えて厳しい意見を投げかける憎まれ役をかって出た時の言葉。】


塚本幸一

どんな業界にあってもトップ企業は、リーダーとしての責任を負うべきだ。【覚書き:(社)日本ボディファッション協会を立ち上げた時の発言】


永野健

今日と同じことを明日やるな。問題がないからと安心するのではなく、その日その日に新しくものを考えながら、積極的に対応してほしい。


小倉昌男

理論だけじゃ利益は出ない。しかし経営に筋道を立てないと利益が出ないことも事実。過当競争で構造不況だという。しかし儲けている企業もある。なら、どうして自社がだめなのか、どうすればいいのか。トップは汗を流すことだけじゃ十分ではない。【覚書き:理屈が多い経営と揶揄されたときの返答。理論と行動の両輪が必要と言う趣旨の発言。】


賀来龍三郎

人のためになることであって、なおかつ自分のためになることをやっていかなければ、企業は成立しない。自らの繁栄を求めながら、真の社会的責任を果たす企業を目指せ。【覚書き:利他と利己のバランスをうまく取りながら、なおかつ社会に貢献する企業活動をせよという趣旨の発言】


内藤明人(内藤進)

貸借対照表が経営者の顔だ。
【覚書き:貸借対照表(バランスシート)は資産状況を表し、調達した資金をどのように運用し、どんな結果になったかを表す。借金を先送りしている企業、キャッシュを蓄え有事に備える企業、不良在庫が多い企業、営業外の株式への資金分配が多い企業、銀行よりも投資家からお金を集めることが好きな企業など経営者の癖や考え方が如実に表れる。そのことを端的に表した言葉】


椎名武雄

何もせずに社長室に座っていると、悪い話は入ってこない。そうなると、経営判断を間違ったり、遅くなったりする。経営者は現場を歩き、積極的に生の情報を集めなければならない。【覚書き:IBM社長室の伝統「オープン・ドア・ポリシー(社長室のドアは常に開けておかなければいけないルール。IBM創業時からの風通しの良い社風のシンボル)」について語った言葉。社長室の扉があいていても、社長が部屋に籠っていてはオープン・ドア・ポリシーも無意味なものになってしまうという趣旨の発言】


福原義春

一般論では司令官は有事の時と、平時のときとでは、違った方が良いと言われる。だが、これからの経営者は有事に対応することを常に求められる。【覚書き:社長就任9周年の年に語った言葉。価格破壊と業界再編成が始まり、化粧品業界で今後も生き残っていく意気込みを語った際の発言】


足立正

謙虚に。思い上がったり、出しゃばったりしないこと。そして人の立場を理解しること。お互いに他人を認め合って物事に処したなら、たいがいのことはうまく運ぶ。【覚書き:処世訓を聞かれた時の返答】


和田恒輔

要は人事を尽くし、そうすることが相互の利益であるということを繰り返し説明していると、そのうちにだんだんとわかってくる。交渉ごとで短気は禁物。真情を吐露して、しかも粘ることが肝要である。【覚書き:ドイツのシーメンス社との提携関係の中で起こった問題についてどう対処してきたかを語った言葉。富士電機とシーメンスは50年以上にわたる長期の提携関係を持っている】


伊藤保次郎

労使間の協調を基本にする以外に道はない。現状を甘く見たら、取り返しのつかない不幸を招くこと必定だ。【覚書き:三菱鉱業社長だったころを振り返っての発言。当時、エネルギー産業革命が起きており、石炭産業が大打撃を受けていた。氏はその石炭産業の立て直しを行っていた】


本田弘敏

数多い人間の中から相集まり、同じ釜の飯を食って、苦楽を共にするのも何かの因縁である。とすれば、みんなが気持ちよく、仲よく働いていける環境。つまり人の和がなによりも大切である。


砂野仁

処遇の厚薄は担当する楽器操作の巧拙と難易によって上下する。理想は楽団的事業経営体である。【覚書き:理想的な労使関係について語った言葉。】


市村清

私は過去の体験から、従業員を使用人でなく事業の協力者だと思っているし、物心両面からできるだけの待遇を実行している。そしていつも彼らが勤めを楽しい面白いこととして愛するようにと導いているつもりだ。働くことに何の心配もつきまとわない、世界のどこにも類例のない独特の市村産業団というものをつくりあげていきたい。


小川栄一

自然の姿は林であり、森なのだ。木が二本で林、三本で森と書く。集団で移せば必ず根付くものだ。これは植物の世界だけでなく、動物の社会でも、人間の社会でも同じことだ。


奥村綱雄

ダイヤモンドは中央の面を囲み、多くの面が多角的に集まって底知れぬ光を放つ。会社経営もまたかくありたい。一人の独裁でもいけないし、多数の悪平等でもいけない。個が集まって全を形成するが、個は全あっての個であり、個あっての全ではない。


井上薫(銀行家)

企業は採算本位だけではうまくいかない。会社合併の成功のカギは、人事に配慮し、社員の気持ちを重んじることだ。【覚書き:第一銀行と勧業銀行の合併を成功させたことを振り返っての発言】


湯浅祐一

上から与えられるのでは駄目だ。若い人たちが自分たちで獲得するものでなくては、エネルギーは出ない。労使関係は信頼関係によって成り立つもので、それは労使交渉を通じて、労使双方が真剣に切磋琢磨することから生まれる。


吉田忠雄

他人の繁栄を図らなければ、自らも栄えない。私はそれを善の循環と呼んでいる。個人や企業の繁栄が、そのまま社会の繁栄へとつながっていく。池に石を投げると、波紋が大きな輪になって広がっていくように。


石本他家男

トッププレイヤーと言うのは、トップレベルのユーザーである。その優れたユーザーが着用して満足する機能性の高いものであれば、一般化しても安心。優れた開発は優れた人間との共同研究から生まれる。


素野福次郎

家庭も学校も当てになりませんので、企業で教育をしなくてはね。企業は道場ですよ。
【覚書き|TDKが急成長していたころに成長の秘訣を問われた時の言葉。当時管理職の40%が他者からのヘッドハンティング組であったため、一致団結を図るため社員教育に力を入れていた】


三好俊夫

取締役会については、より実質的にすることが大事でしょう。議論を活発にするように議長が誘導することが重要です。少数意見を尊重することです。日本の経営はゲマインシャフト的な立場が強くて、ゲゼルシャフトとしての利益共同体の色彩が薄かった。一方、米国はゲゼルシャフト的色彩が濃厚です。つまり、根本的異なっているわけです。【覚書:ゲゼルシャフト(利害関係に基づいて人為的に作られた社会)、ゲマインシャフト(地縁・血縁・友情などで結びついた共同体)。ドイツの社会学者天ニースが提唱した共同体論】


三好俊夫

グローバルスタンダードと言っても、日本の国があって、日本の民族があるというところからスタートしなければならないと思います。日本の文化、風土の上に建てられた経済構造があって、その上に経営制度がある。このことを踏まえて、日本の経営を考えなければいけない。日本人のものの考え方は、欧米のアングロサクソン人とは違います。民族ごとに、体の中に異なった経営の遺伝子のようなものを持っているのです。


三好俊夫

日本の経営体制は、いずれも日本の文化、風土を背負った一人一人の人間によって支えられています。日本型経営の特徴ともいうべき、企業内組合、終身雇用制度、年功序列賃金制度などは、集団主義から自然ににじみ出ていた経済体制なのです。


根本次郎

経済的、社会的問題と並んで、これからはコインの裏側に潜む問題、つまり心の問題が重要になってくるでしょう。一つは人間性の尊重、すなわち人道主義です。もうひとつは、長期的な視野に立った経営です。実際、日本の経営はこの二つの哲学があったからこそ成功してきたと言っても過言ではありません。この経営哲学は普遍的なものであって、簡単に変えてはならない。


根本次郎

欧米企業は業績が悪化すればドラスチックに従業員のレイオフ(一時解雇)を行いますが、日本企業はこれまでそのようなことをしてきませんでした。それは従業員がいちばん大事だからです。その意味で、終身雇用は人道主義的な立場に立った素晴らしい制度であり、日本が世界に誇れる経営システムだと断言できます。


根本次郎

終身雇用や年功序列賃金体系は、人道主義的な立場に立った経営を行う中から生まれてきたものだといえます。その意味でいえば、経営環境や産業構造が変わったと言って、これらのシステムをすべて捨て去っていいのかと言えば、答えはノーです。考えてみてください。企業が労使協調路線を維持できたのは、経営が終身雇用を保障してきたからではありませんか。


根本次郎

日本型経営と言った場合、戦後の高度成長の中で生まれた制度であるかのように思いがちですが、その萌芽は戦前、戦中の国家総動員体制の中にすでにみられました。戦後、経済復興を目指した傾斜生産方式がとられる中で、これを支えるシステムとして終身雇用、年功序列、労使協調などの日本型経営システムが浸透していったわけです。一口に日本型経営の見直しと言っても、このように今日の繁栄が先達の血のにじむような努力によって築かれたものであることをよく認識したうえで、新しい方向を探ることが必要でしょう。


根本次郎

確かに欧米人から見れば終身雇用という日本的な制度はエキセントリックに映るかもしれませんが、それは短期雇用であるのか、中期雇用であるのか、長期雇用であるのかという違いにすぎません。終身雇用は長期雇用のたくさんある中の一つなんです。


町田勝彦

だめだと思ってあきらめてはいけない。人件費が高いというのなら、工程を短くするとか、生産技術を進化させて、人件費がかからないようにすればいい。たとえば十工程を五工程にすれば人件費は半分になる。そうした努力の余地はまだまだある。


町田勝彦

人を辞めさせない、何としても雇用を守ってみせるという強い意志を、経営の歯止めとして明確にしておくことです。安易な人員削減に流れてしまったら、経営に対しても甘くなってしまう。経営は安易に流れたら終わりです。


鈴木洋

社外の人がボード(会議、取締役会)に入って会社運営をすることに違和感はありません。会社はだれのものかという議論をすると、結局のところ株主さんのものであるというところに行きつく。私が株主だったらどういう仕組みが安心できるかを考えると、永続的にガバナンスが効いた運営の仕組みが必要だと思います。


奥田碩

市場がマネーゲームの場である以上、短期的な利益を追求することは、致し方の内面もあります。しかし、株主のとっても長期的な投資という観点からすれば、一時的な配当を求めて人材を削減することにメリットがあるとは思えません。この二つをよりどころとする企業経営、それを私は「人間の顔をした市場経済」と名付けました。


奥田碩

いま流行の「リストラすれば企業の競争力が上がる」という主張には、二つの重要なポイントが欠落していると言えます。その一つは「人間尊重」。すなわち、あらゆる経済活動の中心にあるのは人間だという素朴な信念です。市場経済が合理的で優れたものであることは言うまでもありませんが、株式市場に翻弄されて、人々が生活の基盤を失ったり、家族が離散せねばならなかったり、自殺者が極端に増加するようでは何もならない。人間尊重は近年流行している市場原理主義よりもはるかに普遍的な考え方のはずです。


中山善郎

明るい会社にするために不可欠なのは、公平な人事である。適材適所、一番合った人を登用するのが、理解を得るうえで最善の道なのである。【覚書き:大協石油と丸善石油との合併でコスモ石油を創設した時を振り返っての言葉。両社とも赤字企業で、合併時は企業内の雰囲気が沈み込んでいた。そこで適材適所の人事を行い、組織の立て直しを行った】


岩村英郎

トップたるものに必要なのはバランス感覚だ。それはブレーンを置き、人を生かして使う、度量と言う意味でもある。【覚書き:川崎製鉄会長時の発言。自らの経営哲学について語った言葉】


片岡勝太郎

日本人社員の海外勤務は最低五年以上でなければ意味がない。二・三年では現地の従業員と人間的な関係ができない。管理職やエンジニアも現地の人間になりきらないと経営はできない。【覚書き:アルプス電気はアジアなどへの工場移転を他社に先駆けて行った。海外に拠点をシフトする心得を語った言葉】


黒田暲之助

今日の姿になったのは、企業と社員が共通の目的を持ち続けたからだと思う。現代風に言えば企業理念の共有。私なりの言葉を使うと「共感と共鳴の経営」ということになろうか。【覚書き:それほど先進的商品を取り扱かわず、また大きな宣伝も打っていないのに、文具メーカーとして日本屈指の企業になった秘訣を聞かれての答え】


村田昭

社長に自由にものを言える会社の雰囲気が、経営にとって一番大切なことだ。


伊藤昌寿

モノは作るだけでは売れない。メーカーは、マーケティングが前輪、研究開発が後輪の前輪駆動車たるべし。【覚書き:メーカーが成功するには何が必要かと問われた時の返答。ものづくりは売れるものを作ることが前提という誰もが知っているのに忘れがちになることを戒める言葉】


原礼之助(禮之助)

企業経営でもリズム、メロディ、ハーモニーの三つはポイントだ。リズムとは事業の勢い、メロディは事業の継続・流れ、そしてハーモニーは開発・生産・営業など各部隊の調和のとれた活動のことを意味する。【覚書き:経営理念を趣味の社交ダンスに例えて表現した言葉】


佐藤研一郎

オーケストラでいえば社長は指揮者、聴衆はユーザー。経営者はユーザーが何を求めているか正確に知り、従業員に伝えて需要に合った製品を提供する。工場の作業標準は楽譜だ。誰かが音程を外せば演奏はぶち壊しだ。【覚書き:佐藤氏は若いころプロを目指すほどのピアニストだった。自分の経営観を音楽になぞらえて表現した一言】


黒沢酉臓

健土建民とは、健やかな土地の上に健やかな民が育つということである。土の尊さ、ありがたさ、大切さを十分に教わり、健全な国家と国民はその土にのみ成り立つことを知らなければならない。


高碕達之助

事業の目的は第一に人類の将来を幸福ならしめるものでなければならぬ。第二に事業と言うものは営利を目的とすべきではない。自分が働いて奉仕の精神を発揮するということが、モダン・マーチャント・スピリット(近代商人魂)だ。


竹鶴政孝

ウィスキーの仕事は私にとっては恋人のようなものである。どんな苦労でも苦労とは感じない。むしろ楽しみながら喜んでやるものだ。
【覚書き:京都の山崎に日本初の本格ウィスキー工場を建てた当時を振り返っての発言】


松田恒次

マツダの成長の背景には、我が国の自動車産業が発展期にあったという時の利があった。そればかりか、過去の先輩社員、経営者がまじめに積み重ねてきた努力の結晶が素地にあった。


田嶋一雄

皆は一様に「こんな常識はずれの物は売れませんよ」と、すげない態度。「売ってみなければわからないじゃないか」と言ってくれたのは、たったひとりだった。
【覚書き:ヒット商品ミノルタベスト発売当時を振り返っての発言。ミノルタベスト(Minolta BestもしくはMinolta Vest)は一風変わった形をしており現在でもカメラコレクターの間で高い評価を得ている】


田中文雄

派遣した人材は困難に挑んできて苦労し、腕も人物も一層磨いて帰ってくる。こうして利他が自分の利益となって結実していくのを見るのは楽しいものだ。【覚書き:中越パルプ工業、東洋パルプなどの業界他社再編のために自社の優秀な人材を派遣したことを振り返った発言】


山中宏

私は初心忘れるべからずを座右の銘にしている。私の言う初心とは百年前の創業者の志のことである。創業者の精神をみずみずしく持ち続けてこそ、発展の機会がある。


福川伸次

ソフトパワーが問われるようになって以来、日本人は自信を喪失しています。その自信の喪失が今回の不況からなかなか脱却できない理由でもあるのです。


福川伸次

新しい分野に挑戦して、文化面で精神的充足を図り、国内はもとより国際的にもネットワークを広げて、好ましい関係をつくっていくことが最も重要なソフトパワーなのです。


伊藤雅俊(イトーヨーカドー)

いまの日本経済は明らかに肥満体質になってしまって、動きが取れない。どこを見ても過剰設定になってしまったわけです。そう考えれば、給料が三割減になるか、人数が三割減になるか、銀行や証券会社が三割減になるか、それくらいでバランスが取れるのではないでしょうか。


伊藤雅俊(イトーヨーカドー)

不況だ不況だと言っても、昭和二年の不況からすればまだまだ経済に余力はありますし、終戦のときのことを思えば、いまの生活がどれだけ豊かになったかがわかるでしょう。むしろ豊かになりすぎてしまい、その豊かな生活からモノの価値を考えるようになってしまった点にも問題があるんです。


伊藤雅俊(イトーヨーカドー)

世の中の経済というのは、作りさえすれば売れるものではないのです。あくまでも需要と供給のバランスでモノの価値は決まるのです。好況が永遠に続くはずはないわけで、好況の時から不況の時の用意をしておかなければいけないのではないか。糖尿病になってから改善するよりも、なる前に体質を整えるべきであって、それができないのが人間なんです。


福地茂雄

日本は国家という形は立派にあるけれど、国家としてのアイデンティティがない。日本という国に対する心がぜんぜんない。企業も、世界に冠たる大企業であっても、CSR(企業の社会的責任)をどこかに置き忘れている企業が多い。企業に心が求められていると思うんです。


福地茂雄

日本人は立派な家に住むようになったけれど、家族は崩壊している。家族の絆というものがない。てんでばらばらです。ある外国人が本に書いていましたけれども、台湾や中国の家庭では、おじいちゃんの誕生日には世界中から家族が十人、二十人と集まってくるという。だけど日本では、おじいさんとおばあさんが二人で誕生祝の食事をしている。心の問題というものを、今一度考えるべき時に来ていると思うんです。


鈴木洋

93年くらいから94年くらいに、これからは日本国内での商売の機会が減っていくのだという危機感をかなり持ちました。要するに、日本の商売にこだわっていてはだめだぞと。もうグローバルだと。国内の売り上げナンバーワンに向けて努力をするなら、その労力を海外に向けて、海外から売上ナンバーワンを出さなければいけない。海外にビジネス機会を探さない限りは、会社の成長はないという意識を持ちました。


奥田碩

大混乱も起きるかもしれません。それを乗り越えなくては次の時代というのは来ないと思います。飢え死にする人や凍死者もいた戦後間もなくの日本ならば、確かに格差は認めにくい側面もあったかもしれません。しかし、いまの日本のような豊かな社会では、ある程度の格差は認めていかなくてはいけない。そういう時期に来ていると思います。


松田昌士

高度経済成長以後、日本は自然との調和という大切なことを、ほとんど意識せずに来てしまったと思うんです。日本において開発とは、自然を破壊して道路を作り、近代的な施設を作ることなんです。田舎には田舎の素晴らしさがあるにもかかわらず、都会の理論をそのまま田舎に持ってくるのが開発だと思い込んでいる。


戸田利兵衛(二代目)

建設産業はある面からみれば受注産業の枠から出られない宿命的な産業であり、経営規模もいたずらに大を望むべきではない。【覚書き:建設業界に対する持論を語った言葉。この後に時流が変化した場合、この考え方に固執するのは成長機会を逃すことに繋がるとも語っている】


時国益夫

一工場の生産量に見合うだけ売れるようになった時点で、初めてその地域に工場を建設する。すると、完成すると同時にフル操業が行われるのであって、設備が遊ぶことはない。【覚書き:工場建設に関する持論を語った言葉。一般の企業の場合、商品が売れる前に大きな工場を作って生産を増やし大量に売ろうとするが、それではリスクが大きく、商品が売れなかった場合に大きな損害が出るので避けろという戒めの言葉】


中安閑一

コストダウンは企業の大原則ではあるが、同時に質的大転換も忘れてはならない。質的大転換が、やがては量的大発展を導く。【覚書き:宇部興産が石炭からはじまり、セメント、化学工業へと発展していったことを振り返っての発言】


広瀬経一

私の考える頭取の三つの条件とは、第一に私欲がないこと。第二に内剛外柔の人であること。そして第三に最低十年以上頭取を務められる若い人であることである。【覚書き:頭取辞任にあたって後継者の条件を語った言葉】


西川政一

企業の全責任はあくまでも社長の双肩にあり、社長が思い切って手腕を発揮できるように、会長や相談役は意見を具申しても絶対に命令すべきではない。【覚書き:会長に就任した時の発言。どのような会長を目指すか表明した言葉であり会長観でもある】


川勝傳

私は「不況のときはぬるま湯に入ったつもりでじっとしておれ」と言い続けた。難問にぶつかった場合、焦ったり、気にしすぎたりせず、じっくり問題の本質を見極めることが必要なのである。


井植歳男

一つの仕事を守るための厳しさ、苦しみを味わうくらいなら、むしろ事業をより安定させるための苦しみを求める方が賢明ではないだろうか。【覚書き:ニッケル輸入制限が制定され、主力製品の発電ランプが作れなくなってしまった時の言葉。決まってしまったことはしょうがないので別製品へシフトすべきと主張】


宮崎輝

いかなる大企業といえど、五年間なんら思い切った手を打たず、現状に満足し続けていれば、あっという間に傾いてしまう。【覚書き:25年の社長生活を終了させ会長に退いた時の言葉】


勝田龍夫

長い人類の歴史の中で過去と未来のつなぎ目に自分が生きているという認識を持つことがまず大切だ。そのために歴史を学び、それが自分を知り人間を知ることになる。


池谷太郎

日本の経営者の発想は狭い地域に発生した寄合の延長。自分たちが作った秩序を広い市場を相手に保っていけると考え、厳しい現実を見失っている。【覚書き:東京製鉄会長時の発言。鉄鋼業界のぬるま湯カルテルを批判した言葉。】


盛田昭夫

欧米の批判には的を射ていない部分も多々ある。集中豪雨的輸出と言われるが、実態は集中吸引的輸入なのだ。【覚書き:日米経済摩擦に対するコメント。日本が経済黒字になっているのは、強い需要があるところに商品を供給した結果、大きな利益が生まれただけだという趣旨の発言】


中内功

もはや手本はない。いまこそ主体的に変革を実行していくときである。企業家精神を大いに発揮し、痛みを伴いながらも、創造的で活力のある新時代を切り開いていく。それが日本経済を再生し、透明度の高い経済社会を作ることになる。


鈴木修

十年先のことを考えるなんて、昔でいえば百年先を考えるようなもの。会社のあるべき姿を描くと現実から大きく乖離する。最小限、何を今なすべきかを考えていくことだ。
【覚書き:鈴木氏は売り上げが一兆円を超えてもスズキが中小企業であると定義している。小回りの利く、時流に合った経営を行っていくことが第一と語っている】


島正博

作り手が自分勝手にこんなものでいいだろうと決めて、一方的に大量生産するという手法はもう通用しない。【覚書き:顧客の価値観やニーズが多様化し、画一的な大量生産では対応できなくなってきた現状を語った言葉。】


瀬島龍三

世界二千年の歴史を振り返ると、守りだけでも、攻めだけでも勝利したためしはない。時に守り、時に攻める。ある方面は守り、ある方面は攻めるのである。そのタイミングこそが重要だ。【覚書き:特別顧問時の発言。大本営参謀として過酷な状況で指揮を執ってきたことを踏まえて企業経営について語った言葉。】


菊地庄次郎

いまの時代に老人があまり張り切るのは、よろしくないと私は思う。老害と呼ばれる年寄りたちは、いずれも高度成長期にバリバリ仕事をしてきた連中だ。だから俄然、昔を思い出して、ああしろこうしろと言いたがるのだ。【覚書き:会長時代の発言。若手に仕事を任せよという経営哲学を語った言葉】


八尋俊邦

身動きできない状況の中で、体を少しずつ、しかし絶えずゆすぶり続ける。そこに、事態打開の糸口が見えてくる。
【覚書き:IJPC(イラン・ジャパン石油化学プロジェクト)清算問題での苦悩と葛藤を振り返っての発言。IJPC問題とはイランと日本の石油化学開発プロジェクトで三井物産が主導で行っていた。しかしイランイラク戦争が起き、施設が破壊されるなどしたため撤退。一兆円近い損失が出た】


服部謙太郎

国内の時計業界は、長年積み重ねられた古い体質が残っているが、時計自体が変化しているので、それに対応できるような身軽な体質づくりを要求される。【覚書き:商品の低価格化が進む中で改革の意気込みを語った言葉】


藤田田

小売業で成功するには、小さな改善活動を毎日重ねるしか手はない。いまは逆転ホームランを狙ったら失敗する。【覚書き:中堅以下の外食企業が相次いで倒産していた時期の発言】


久田孝

企業体質を転換するには、経営の方法を変えるだけでは駄目だ。可能性のある新事業に挑戦してこそ、新しい企業の風土が生まれる。


藤本秀朗

我々は円高を追いかけるために働いているのではない。長い年月の間には、十分な利益を出すことができないこともあるし、時にはこれまで積み立ててきた利益を取り崩す必要も出てくるだろう。今はそういう時期だ。【覚書き:日経新聞の円高対策に関するインタビューに答えての言葉。ユニデンは早くから開発は日本、生産は人件費の低い海外でという体制をとっていた】


平塚常次郎

世の中は刻々と変化し、個人の力でどうすることもできない場合もある。だが、どんなに変化する世の中でも、自分から落後してはだめだ。


高杉晋一

私は常に「人生は最後の一線において勝負する」と考えている。どんな人でも、運命を決めるような最後の一線があると思う。その時はまずハラを決めて、断固たる決意で立ち向かうことだ。


牛尾治朗

日本が本当の豊かさを実現するためには、豊かさの意味を問い直すことが求められているように思います。そこに、日本の進むべき方向性が見えてくるのではないでしょうか?


牛尾治朗

大切なのは、質素な生活をしながら、贅沢な心を失わないことだと思います。日本にはそれができる精神風土がありますし、今日の日本には、それを実現していく環境もあります。たとえば、企業競争の激化は、標準品の価格低下をもたらし、標準品と言えども、品質が高く、生活のための必需品としては十分に満足がいくものが身近にあふれている。


牛尾治朗

吊るしの(既製品の安い)スーツを着ているけれども、靴だけ贅沢をしたいとか、スカーフだけはいいものを身に着けたいという気持ちを持つことが大切だと思うんです。日常は髪を振り乱して仕事をしているけれども、月に一回は歌舞伎を観に行くというのが、「素にありて贅を知る」ということではないか。


牛尾治朗

求められるのは、精神的な高さです。人間関係や生活の場面などで、高い精神性が尊ばれるようになる。昔は、備長炭で鍋を炊いてその薫りを楽しんだりしたものですが、そうした心を豊かにするような日々の暮らしを重んじる。あるいは、手作りのぬくもりや自然との調和に価値を見出したりすることではないでしょうか。


奥田碩

戦後の日本は物質的、経済的豊かさばかりを追求して、心の豊かさを求めてこなかったけれども、ここで心の豊かさを取り戻さないと、日本の社会のバランスはおかしくなります。その意味で、生きること、死ぬことの両方を考えて、人生を見つめなおしていくことだと思います。死について考えることが、人生をよりよく生きることになると私は思っています。


奥田碩

これまでの日本はあまりにも価値観やライフスタイルの画一化が目立ちました。その意味で、人が最後をどう迎えるかについても、改めて考えなければいけないと思います。私たちはこれまで死の問題を直視することを避けてきたところがある。膨大な費用のかかる終末期医療に対しても、戦後の物質的価値への偏重の中で技術的な議論が先行しがちです。死そのものへの本質的な議論がなされているとは思えない。楢山節考のおりんさんは、最後、山に死ににいきます。そこには、貧困の中での人間の尊厳があります。人が死ぬということの尊厳について、今一度考えなければいけないのではないか。


奥田碩

物質的価値に偏重しすぎたあまり、カネで命が買えると思うようになってしまった。寝たきりになっても植物状態になっても、医学の進歩によって生き続ける。これが人間の幸せにつながるとは思えません。日本では「リビング・ウィル(尊厳死の宣言書)」は、まだ法制化さえていませんが、自分らしい最期を迎えるためにも考えるべきです。そのためにも、死をタブー視することなく、共通課題として議論することです。


福原義春

現在、実際の経済はどうかというと、計り知れない事態が発生してきています。分離が経済をむしろ自己破壊的な方向へ導いていると言っていいかもしれません。そこで出てくるのが「非分離」です。モノには経済性だけでは計れない多元的な価値があり、経済とは、画一的なものではなく、個々の活動それぞれが、個性を持った具体的な事象なのです。これからは、周囲の自然環境や社会環境を踏まえた「非分離」な経済の構築がされていくでしょう。


福原義春

学者の方々にブレーンをお願いしてディスカッションをしているんですが、そのブレーンの人たちは、すべて物事を「非分離」で考えていかないといけない時代になるのではないかというようなことを言っています。これまで我々の経済はまわりの自然であるとか、社会であるとかそういったものから分離して、その自由を推進力として、物質的展開を遂げてきたわけです。純粋な利益追求が経済発展へのよりよい手段であると多くの人が考えてきました。


福原義春

21世紀になると、人間とその他の物事、たとえば商品とか環境とか、そういうものごととの関係が変わってくる。いままで、全部人間を中心に考えていたわけですけれど、これからはそうではなくて、環境の中に人間がいるのだというふうに考えていかなければいけないと思っています。


中内功

日常の生活の中にギラリと光る断面で、繰り返しのきかない場面にこそ人生がある。人間が生命をかける事業がそうである。自分を進んで危機に追い込んでいき、持てる全力を投入する。これが本当の人生である。


松下幸之助

経営者に最も大切なことは、正しい自己評価と、その経営理念がどこに置かれているかということだ。その理念が、何が正しいかという人生観に立ち、かつ世界観さらには自然の摂理から芽生えてこなくてはならない。


櫻田武(桜田武)

社会にはびこっている「甘えの構造」を叩き直さない限り、21世紀の日本はない。国民が安逸に慣れ、活力を失えば、資源も乏しく、国土も狭い我が国は世界に立ち行かなくなる。【覚書き:日経連名誉会長時の発言】


鈴木治雄

迷ったときは、十年後にその決断がどう評価されるか、十年前ならどう受け入れられたかを考えてみればよい。【覚書き|第二次石油危機後、不採算部門だったアルミの国内精錬から撤退した時を振り返っての言葉。合理化案に社内全体から不満の声が上がったが、先行きを見て廃止を決断する。】


平岩外四

決断の結果に対する毀誉褒貶に惑わされず、「耐える」ことで自らの行動と精神を律していく。これは経営者にとって非常に大切なことだ。 【覚書き|経団連会長を辞任するときに語った言葉。毀誉褒貶(きよほうへん)は褒めることと謗ること】


大塚正士

役員全員が賛成する商品は売れないことが多い。それは判断力の問題である。


樫尾忠雄

私たちは需要があるから開発するというのではなく、新しい技術があれば市場が作り出せると考える。俊夫(忠雄氏の弟、カシオの社長・会長)は「必要は発明の母」ならぬ「発明は必要の母」とよく言っていた。【覚書き|電卓・時計の次に楽器市場に乗り込んだ時の発言。この後、電子楽器が大きく発展することとなる】


佐治敬三

現職の社長がしなきゃならんのは、トップの心得を後継者に説くことじゃなくて、下からのイノベーションの種がどんどん出てくるようにしむけることです。それがサントリーの社是である「やってみなはれ」です。【覚書き|甥の鳥井信一郎氏に社長を譲った時の発言。自身の経営哲学を濃縮して短くまとめたもの】


春名和雄

経営は、上り坂のときには、下の者が上を持ち上げていくボトムズ・アップのやり方がよいが。いったん環境が悪くなってみんなが迷うときには、トップが主導権を発揮するトップ・ダウンのやり方が良いと思う。


三井孝昭

できそうもないことをできるようにするからこそ、製品が当たる。そこに飛躍のチャンスがある。できない理由を考える前に、できるための方法をとことん考え抜くのが経営だ。【覚書き|頭のよい社員が「できません」と言うのを聞いての発言。】


石井久(立花証券社長)

「致命的かどうか」の判断と決断が経営の大きな差となって表れる。相場も同じことである。


永谷嘉男

そのまま下請けで行くか、ブランドメーカーになるかの選択を迫られ、商標登録して後者を目指すことにした。これは難しい決断だったが、経営者とは時々こういう選択肢を意識的に設定し、選んでいくべきだと思う。【覚書き|お茶漬海苔がヒット商品になったころ、一本立ちしていくか、このまま下請けでほかのメーカーの商品を作っていくかの選択を迫られたときを思い返しての発言】


志岐守哉

消費地の近くで生産するというのが基本理念。日本で生産しているものを海外生産に切り替える発想が時代遅れ。海外だけでしか生産していない製品があってもおかしくない。


鈴木哲夫

新しいことをやれば最初は必ず損をする。だが、方向が正しければ、時間がかかるかどうかの違いはあっても、最終的には成功する。しかし筋の悪いものはいくら努力しても駄目だ。

【覚書き|上記の発言はHOYAがメガネレンズに参入した経験を語った言葉。参入後5年は大赤字で30億円の赤字を出してしまう。しかし、その後の5年間の業績を加えると、トータルで70億円の黒字に事業が成長していた経験を語った言葉】


岡田卓也

成功体験を捨てろというのはたやすいが、実行は難しい。「新しく創る」ことよりも、大事なことは「捨てる」ことだ。【覚書き|自身の企業二十年周期説を説きながらの発言】


内藤明人(内藤進)

ゴーサインを出す基準は成功の可能性が七割以上のとき。ただ、残りの三割は「経営者のロマン」と考えている。【覚書き|手堅い経営で知られる内藤氏の経営理念を語った言葉。】


高橋高見

ビジネスはバーゲニング(駆け引き)でもある。単なる対話でうまくいくと思えば大間違いで、これには限界があるのだ。【覚書き|上記は日経産業新聞で読者のベンチャー企業経営者から受けた質問に対しての答えの一節。質問者が提携交渉の進め方で悩んでいることに対してのアドバイス。】


三村起一

生産は社会のためになるものを作るのだ。生産者の生命身体を犠牲にしてはならぬ。災害なき生産こそ真の生産だ。【覚書き|石油資源開発の初代社長として活躍し、日本の石油鉱業の発展に貢献してきた三村氏が一貫して大切にしてきた哲学を語ったもの。事故が起こらないよう安全運動に力を入れた】


飯田亮

経営のトップにある者が最も嫌うべきことは「逡巡」ではあるまいか。決すべきことを決せないで逡巡し、一日延ばしにすれば、そのツケは後輩に回って、結局は経営を危うくしかねない。


稲垣平太郎

敵対国企業とはいえ、契約は守らなければならない。日本人は約束を破るような卑怯なことをしてはならない。【覚書き|第二次大戦中、当時専務を務めていた横浜ゴムが、米グリッドリッチ社と戦前に結んだ技術契約の技術料を、戦中も借り勘定としていたことについて語った言葉。】


早川徳次

社会に対してお返しもしない事業を持って、「事業は趣味ではない」などとは言ってもらいたくない。
【覚書き|シャープ創業からの経営哲学を語った言葉。次代の経営者に儲けを出し、しかも社会に貢献する事業を経営してもらいたいという思いを語ったもの】


エリック・シュミット

究極的に検索は、ウェブだけでなく、文字通りあらゆる情報、メール、関心のあるものをあなたの了解の下に対象とします。これはパーソナルな検索で、あなたのため、あなただけのためのものです。私たちは、あなたが次に何をすべきか、何に関心があるかをお薦めできます。私たちは、あなたがどこにいるか、何が好きかを知っています。


ビル・ゲイツ

ゴールドラッシュは猛烈な投資を引き起こすことが多い。そのうちの一部は成功するが、熱狂が終わって振り返った時、失敗に終わった企業の山を見て、首をかしげることになるだろう。「いったい誰がこんな企業を設立したのだろう」「何を考えていたんだ」「熱狂だけでここまで馬鹿なことをしたのだろうか」と。


馬渕健一

自ら市場に耳を傾ける。市場の教えに従う。本来当たり前のことを抵抗なく、素直に行えること。それには、市場を熟知しなければならない。【覚書き:町工場からスタートし30年で世界シェア60%の小型モーターメーカーをつくり上げた秘訣について語った言葉。】


松田伊三雄

のれんは磨いて初めて値打ちが出る。先人たちは、過去を踏まえながらも、絶えず時代を先取りする先見の明を持っていた。


中山幸市

商売の基本は、まず大衆に喜ばれるもの、時代の要求を反映したものは何かと考えることである。次に商品がかさばらないで、重くないこと。すなわちカタログで商売できることである。


樫山純三

実行力があるというだけでは、競争相手に差をつけることはできないし、第一、大きな潮の変わり目で、自らの馬力を過信していると、流れに残される。実行力に増して先見性やアイデアが重要なのだ。


伊藤次郎左衛門(16代目)

百貨店は大衆のものであるはずだ。小売店はもっと専門化して、大きな資本のものは専門的な小売店になっていかなければならない。


岩谷直治

ヒトマネでない事業を求め続けるのが私の経営の信念。本当に人々の生活に必要なものなら、必ず事業化できる。


江戸英雄

企業経営の基本は、人の心を大切にすることである。肩書や財産などを基準に相手を判断するのではなく、相手の人間そのものを見極めて対応することが重要になる。【覚書き|上記は三越事件直後に事件についてコメントしたもの。三越事件は当時の三越社長岡田茂が行った汚職・背任事件。企業を私物化し、愛人とともに19億円以上の特別背任を行った。】


森泰吉郎

一度取り掛かったら途中でやめない。どんな状況下でもチャンスはある。必ず成功すると信じてやり抜くこと。【都心の再開発やデベロップメントでの成功の秘訣を問われて】


弘世現

悪いと思われるものの中でも、時代の価値観の変化によって、新しい生命を持つ良いものがあるかもしれない。経営でもそうした物差しを持たなければ、良いものを発見することはできない。【覚書き|日本生命社長30年目に自身の経営哲学を語った際の発言】


川崎大次郎

これはと思う人に少しずつ仕事を与え、力を探ると同時に、あれは出世頭だなと納得するように地ならしをしてから役員に登用する。【覚書き|役員人事のあり方について問われた時の発言。まず仕事を与え鍛えることの重要性を語った言葉】


田口連三

私は社長時代、次期社長から、十年後、二十年後の経営者候補リストを常に持ち、絶えず修正を加えていた。【覚書き|石川島播磨重工業会長時代の発言。後継者選びは長期スパンで行い、早いうちから適性のある者にトレーニングを積ませるという主義をとっていた】


中山素平

私利私欲の人、自己顕示の人は全然評価しない。大きなスケールでものを考える人は、右であれ、左であれ、共感を覚える。
【覚書き|交友関係が広く、主義や立場を超えた人付き合いを行っていたため、ゲテモノ食いというあだ名がつけられていた。そのことについてどう思っているかと問われての発言】


三島海雲

事業は金がなければできないが、正しい確固たる信念で裏付けられた事業には、必ず金は自然に集まってくる。


五島慶太

人間は知と行だけではダメである。そこには必ず誰にも負けないという信念が必要だ。それには信仰で人間の意志というものを絶えず鍛錬していく必要がある。事業で成功するにしても、利殖するにしても、不可欠なものは信念である。【覚書き|東京市長選に伴う疑獄事件で6か月間獄中生活を送った経験から得た哲学についての発言。大審院(大日本帝国憲法時の最高裁)で無罪が確定した。】


早川徳次

昭和24、5年の苦しさは私の骨身に徹した。こんなことは2度と繰り返したくない。普段からあらゆる場合に対処できるよう、石橋を叩いて渡る経営に踏み切ろうと固く誓った。【覚書き|戦後まもなくの頃、営業不振で銀行取引停止寸前まで経験した時を振り返った時の言葉。なんとか乗り切るも経営危機はつらい経験だったため、以後シャープは健全経営ひとすじで会社を切り盛りする体制が形作られた】


中安閑一

世の中には、ほんとうに使いようがないというカスはほとんどない。カスをいかに有用に生かすかが経営成功の秘訣だ。【覚書き:工場廃液、煤塵などの公害対策を研究した過程で得た教訓。廃液などには、まだ使える金属や資源が含まれていることが多い】


鈴木剛(経営者)

たとえてみれば木綿着のようなホテルにしてほしい。木綿でも、織とか染め柄によって、高価な絹織物よりも、遥かにいい効果が出せるのだから。


大山梅雄

入るを量って出(い)づるを制す。無駄を省き出費を抑えてカネを作り、それを有効に活用する。そのために当然、勉強やアイデアが必要となる。この必要という肥やしがあれば、カネという名の種はぐんぐん育つ。【覚書き|企業再建の最初歩を尋ねられたときのコメント。再建した企業の多くが前オーナーの放漫経営が原因だったためコスト増になっていた】


金森政雄

弱点を認識したうえで舵取りを誤らないのが現実の経営だ。絶対に世界一の効率で物を作るぞ、という執念を持ちそれを追求し続けるのが日本企業の神髄だと思う。【覚書き|上記は相談役になってからの発言。造船不況時に社長に就任したため、企業経営において基礎体質を健全に保つことの重要性を思い知った教訓を伝える言葉】


末永聡一郎

経済環境の変化の中で常に生き残っていくのが企業というもの。世界を股にかけてのさばり歩く人がどんどん出てきてほしい。


樫尾忠雄

メーカーは、業界トップになること。そうしないと、技術競争をリードできる立場になれないのである。


佐治敬三

スコッチはスコッチの道を行け、サントリーはまた我が道をゆくであろう。
【覚書き|上記の発言はスコットランド訪問時にスコッチとは別の進化を遂げたウィスキーを作りたいという思いをつづった言葉。その後サントリーはあっさりとした飲み口の香り高い日本人の舌にあったウィスキーを開発していった】


石橋信夫

私は経営を耳で学んだ。これこそ生きた経営学である。私は学問はないが「聞学(もんがく)」は習得した。これが何よりの武器なのである。
【覚書き|上記発言はたたき上げの創業社長の経験からの経営哲学を語ったもの】


服部禮次郎(礼次郎)

企業の顔は内部からの絶えざる自己革新の中から生まれてくるものでしょう。【覚書き|自社のブランド構築について語った時の言葉】


江頭匡一

忘れてはならないのは企業らしさだ。個性という一本の筋が通っていなければならない。創業者というのは頑固で、判断を間違えてお客さんが離散してしまうあぶなさもある。それでも、「らしさ」を維持する頑固さが必要だ。


重光武雄(辛格浩)

基本を忘れるな。非常に簡単な言葉だがこの一言に経営のカギが集約されていると思う。(奇をてらった企画商品が少しくらい売れたとしても)本業に対する興味と愛着を忘れないことが大切だ。
【覚書き|ビックリマンチョコの爆発的なヒットに対して言った言葉。ひとつの企画が当たっても気を緩めず本業に邁進しろという趣旨の発言】


大西実(大西實)

しっかりした志を持って事に当たり、柔軟な思考と創意工夫を凝らして懸命の努力をすれば、必ず事は成就する。【覚書き|平成不況の中、事業拡大を敢えて行うことを年頭のあいさつで社員各位に伝えた言葉】


伊藤雅俊(イトーヨーカドー)

最初から出来上がったものを持つのではなくて、いつも改善し直していきながら、ひとつのものをつくり上げていく。そういう気持ちを捨てなかった。【覚書き|イトーヨーカ堂創業時を振り返っての言葉】


樋口廣太郎

経営者は体力と気力で心の中の発電機を回し続け、エネルギーを持って事に当たることが大切だ。エネルギーを伝えることで、まわりに活力が生まれ、その活力が強い運勢を招く。そして強い運勢が自然に良い結果を生むと思う。


賀来龍三郎

歴史や業種が違う優等生企業のシステムを、劣等生が真似しても効果は期待できない。よそのアイデアを借り、そこに自社の独創を加えて新しいシステムを作り上げねばならない。 【覚書き|経理担当常務の時、上場以来初の赤字決算に転落。当時の前田社長とともに再建を目指すべく、社員に改革の志を伝えた言葉。】


河島喜好

商売としてみればレースは決して安くない。勝ってもそんなに車が売れるわけではないし、負ければ確実に売れ行きは落ちる。しかし、技術革新や技術者の育成のためにはなる。


中山隼雄

創造こそ生命。頭をさぼらせてはいけない。創造は模倣から生まれるともいうが、それ以上に常に無理をしてでも頭を働かせることが大切だ。


久田孝

お客様第一という商人の心を大切にするのが商魂。それを心にとどめながらも、流行に振り回されず、経営の基本となる企業の精神、経営哲学を確立しておかなければならない。それが士才。【覚書き:上記は同じく同社の会長だった父から贈られた言葉。孝氏自身の経営哲学となった】


伊奈輝三

我々が目指すのは生活文化の創造。自分たちが作り出す文化に共感してもらうのだという意識が大切だ。【企業理念を刷新し、INAXのCI(企業イメージの統一)を行った際の決意表明】


久保徳雄

なぜミドル(中堅・中年社員)が大切か。職場の若い人たちにとっては、どういう人のもとで仕事をするかが非常に重要になる。若いときにいい上司につけば能力を伸ばすことができるし、そうでなければなかなか伸ばせないところがある。若い人にとっては、ミドルが社長なのです。【覚書き|ミドルのマネジメント教育の重要性を訴えた言葉】


原安三郎

会社も古くなると、よほど思い切った手術をしなければならない。【覚書き|上記発言は金港堂という出版社の経営再建を引き受けた時の言葉。金港堂は当時有数の教科書に重点を置いた出版社で、原氏が経営再建にあたって7つの不採算雑誌を即座に廃刊にした】


島正博

「不可能ですよ」と言われると、「やる気がないだけでしょう?」と言い返す。【覚書き|上記発言は島氏の「研究開発型企業にとって不可能という考え方は自殺行為に等しい」という経営理念を具体的な例でわかりやすく表現したもの】


河合良成

何事も最初に道を開くのは難しいが、私が保険の合併を実行した結果、その後の保険界の合併は円滑に発展し、大いに貢献したと思っている。 【覚書き|太平洋戦争前、日華生命(第百生命の前身)勤務時代に、保険会社の合併を手掛けたことを振り返っての発言。発言時期はコマツ社長時代。】


古川爲三郎(為三郎)

金というものは一見無駄と思えるところにかけると、まわりまわって大きな果実になって戻ってくるものなんですよ。 【覚書き|当時米国経済誌フォーチュンにも紹介された資産家だった古川氏が名古屋市に一千万円寄付した時の言葉(1984年)。この5年後に同名古屋市に3億円の寄付を行っている】


佐々部晩穂

放送事業は海のものとも山のものともわからない新事業であったから、私もこれを引き受けて100%成功できるという自信はなかった。しかし、中部地方の産業文化の発展のためにとにかくやり抜こうと決心して、引き受けることにした。【覚書き|上記発言はCBC(中部日本放送)の社長を引き受けたときの言葉。CBCはこの後、日本の民間会社初のラジオ放送を行う】


福田千里

石橋をたたいて渡るような細心の注意は必要であるが、いったん安全だと見極めたら、思い切って渡るべきである。 【覚書き|上記発言は社長就任スピーチでの言葉。先輩で元大和証券社長の平賀敏氏に教えを受けた「細心大胆」を社訓とすると宣言し、その後につづけた言葉。】


司忠

ワンマン独裁を宣言したのは他意があってのことではない。すべてをまかせてもらって、思い切りやれるという体制でなければ復興はできぬと判断したからである。


諸井貫一

過去における経験から考えて、競争が激しく市価の安いときほど進歩がある。技術でも経営でもそういうときにはいろいろ工夫や改良をして対抗するし、また行きがかりや習慣を捨てて何でも実行しやすいのである。それゆえ私は常に不景気にいかに処するかが経営の値打ちの分かれるところで、不況を乗り切るものは必ず成功すると考えている。不況に際しては、不況をありのままに受け取って、みんなでこれを合理的に克服することである。


大野勇

事業を拡大するときには、どこの社も同じことを考えているものだ。即断即決が必要なゆえんである。 【覚書き|上記発言は四国高松のアイスクリームメーカーを買収した時を振り返っての発言。同業大手の雪印も、そのメーカーの買収を狙っていた。競り合い末、森永が買収に成功する】


西川政一

企業の合併には綿密な現状分析と周到な準備、そして確固たる将来の見通しに立脚した経営責任を負う者の勇断が不可欠だ。【覚書き|日商と岩井の合併について振り返った時の発言。商社間の合併は企業文化や制度が違うため難航した】


駒井健一郎

企業の最高の意思決定は社長に一元化しないと、ゴタゴタが起こったり、決定が不明確になる。また、社長が先輩に遠慮して経営をやるようでは、はっきりした経営体制はとれない。【覚書き|日常業務は後任の社長にすべて任せ、自由にやらせるという日立製作所の会長就任時からの哲学。船頭多くして船陸に上がるを防ぐための考え方】


佐伯勇

十人の役員のうち、九人までが反対したとしても、あくまでそれは決断するための「ひとつの判断材料」に過ぎない。


樋口廣太郎

いまの世の中ではクオリティが問われています。クオリティとは何か。企業でいうと、いい製品を作ることであり、他にないようなサービスをしていくことであり、そう難しく考えることではありません。従来は規模が大きい、収益が大きいということで企業を評価しましたが、そうではなく、いいものをつくれる、いいサービスを提供できる会社が評価される時代になってきました。


樋口廣太郎

会社にとって本当に良い情報とは何かということなんですが、私の経験では課長よりも次長、次長よりも部長、部長よりも取締役、そして常務、専務とだんだん良い情報が多くなるんです。自分の立場あるいは会社にとって良い情報が多い。しかし、それだけでは何にもならないと私は思うのです。良い情報はありがたく頂戴するけれども、悪い情報にこそ経営の資源です。ここに宝があると思うからなのです。


樋口廣太郎

SLのようにトップが引っ張るのはもう無理ではないでしょうか。みんなに気持ち良く楽しく仕事をしてもらうためには、引っ張るのは良くないということです。ひところの企業の経営は、社長が引っ張らなければならない、あるいはトップのマネジメントが必要という過酷な時代でした。これからの経営は全車両、つまりあらゆるセクション、あらゆる部、あらゆる工場、あらゆる配送センターなどに、発言権のある徹底的な権限を与え、それぞれがその地域、環境に応じて最善と思われるものをやるようでなければ成り立たないと思います。


樋口廣太郎

プロダクトアウトからマーケットインへ。そういった考えを現実のものにしていくためには、常にお客様の声に耳をそばだて、それを謙虚に聞き入れるという企業風土が必要になるでしょう。それにはまず、社員のみんなが礼儀正しく、常に低い姿勢を保つ必要があると私は考えています。そこで私は社員のみんなに、日々の仕事の中で「私も含めて皆さんが礼儀正しい社員になろう。そして常にお客様の声を聴かせていただいて、それを商品づくりに生かしていこう」と訴え続けてきました。


樋口廣太郎

私の持論の一つに「メーカー大根役者論」というのがあります。メーカーというのは役者でなくてはならない、役者でも、二枚目でわがままが通るような役者ではなく、大根役者でなくてはならない、というわけです。監督はお客様です。演出は流通のみなさん、小売店さんです。こういう味、こういう商品があればいいということを言ってもらい、いただいた役柄を忠実にやるのがメーカーです。そういう感覚でお客様の求めておられるものを敏感にキャッチし、それを演じる、こういった姿勢にならなければいけないということです。


樋口廣太郎

なぜ、アサヒビールがまずかったかというと、ズバリ古かったからです。アサヒビールは売れないものだから、ついつい長く置かれて古くなってしまう。おいしく飲んでいただけるのはせいぜい製造後三カ月までのものです。ビールは日光に当たるところに半日おいたら、たちまち飲めなくなってしまいます。お客さんたちは古いビールを飲んでマズイと言う。これじゃますます売れなくなる。完全な悪循環だったわけです。だから、三カ月以上たっている古いビールを全部回収することにしたんです。


樋口廣太郎

私はビール業界素人だから人に聞くのが一番だということで、厚かましくもまずライバル会社のキリンビールの小西秀次会長や山本英世社長のところに行って、「ビールには何が一番大事なんですか」と聞いてみました。すると、小西さんは即座に「品質第一」と答えてくださった。そこで、「品質第一の根本は何ですか」と聞いてみたら、「それは原材料に金を惜しまないこと」とおっしゃる。そして今度は、サッポロビールにも出かけてみた。


樋口廣太郎

早く対応する、礼儀正しい、謙虚であるということは、一般の社会通念や金融機関などにおいては美徳とされるわけですが、メーカーの場合は、肝心の商品の品質、評判が良くないと、みんな逆にとられるのです。つまり、ビールメーカーにとって大事なのは一にも二にも商品の質であり、それが原点でもあるのです。簡単に言えば「うまい」と言って飲んでいただけるビールでなければならないということなんです。


樋口廣太郎

最初はずいぶん惨めな思いをしましたね。現在ではどこのお店でもアサヒビールを置いていただけていますが、そのころは首都圏でアサヒビールを扱っていただける小売店さんは二軒に一軒しかなかったんです。私はジャンパーをはおって、小売店回りをしたんですが「アサヒの樋口ですが」といっても、一介の営業マンのように扱われました。そんなことはありましたが、とてもエキサイティングなことが多かったし、実にビール業界は面白いところだと思いました。義理人情があって、毎日が感激感動で本当に楽しかった。


樋口廣太郎

社長に就任した当初、業績的には最悪の時でしたが、ところが社内を見まわしてみると、驚いたことに、社員たちはとにかく猛烈に明るかった。これは大きな発見でした。それは結局、前社長の村井さんが社内ムードを変える準備を全部しておられたんですね。村井さんも苦心されてマツダの再建を成し遂げた後、昭和57年からアサヒビールの社長をされていました。


樋口廣太郎

私が就任した当時のアサヒビールは「夕日ビール」とまで酷評されるありさまで、シェアもかつては36%強あったものが、「ナイアガラの滝のように」9.6%まで落ちていました。私が来る前の15年間、赤字になってはいなかったのですが、この間ずっと資産の売り食いで何とか食いつないでいたんですが、その額は毎年30から40億円にもなっていました。


樋口廣太郎

「樋口さんがアサヒビールを立ち直らせたポイントは何ですか?」とよく聞かれます。でも秘密などないのです。ただ私は、アサヒビールをせめて世間並みの会社、世間で存在価値を認められるような会社にしたいと願っていただけでした。世間から、「あの会社はいい商品もできない、活気もない、活力もない」といわれたから勢いが落ちてきたわけですから、それを世間並みに持っていけばいいということだったのです。


樋口廣太郎

私が社長に就任した当時は、ギョッとするような報告もいろいろありました。当時はお客様に自信を持って売れる商品がなく、その悪循環から販売店では在庫がたまって仕方がなかった。だから「お宅のビールは古すぎる」とよく怒られたものです。でもその声に謙虚に耳を傾け、正直に対応することが大切なのです。【覚書き|この苦情で賞味期限内でもビールの味が落ちることを自覚することができ、ビール業界初の3ヶ月間売れなかったものは即回収という損切り経営の原点となった】


樋口廣太郎

いい数字はありがたく聞くけど、それは要するにそれだけのことです。異常値をどう発見するか、異常値がどうやって吸い上がってくるかということが一つのポイントになるのです。企業は常に健康でなければなりません。健康診断が必要です。それを診断するには、バッド・インフォメーション(自社にとって悪い情報)を途中で消音することなく集音する装置を持っていなければいけない。


小川善美

M&Aをするにあたっては、まず自分たちの事業ドメイン(領域)に合う会社であることが前提です。もちろん、財務内容やその会社が属する産業の中でのポジショニングなどを考慮しますが、選択の最大のポイントは、その会社の経営者の方ですね。その会社の産業内容について私たちは詳しく知りません。ですから、その人が自分の会社の仕事に関する知識があって、なおかつ経営者としてリーダーシップを張れる人なのかどうかというところで判断します。


小川善美

通販専業者はすでに紙メディアやテレビショッピングといったロジスティック(物流システム)のノウハウを持っています。それに対抗するには、インターネットや携帯になんとなくお店を開いて商品を並べれば売れるというわけにはいきません。