板東浩二の名言|まだ世の中にない新しい事業を真っ先に投入していく

失敗を恐れることなく、まだ世の中にない新しい事業を真っ先に投入していく。今後もご利用のお客様が満足していただける魅力的なサービスを提供していく。

板東浩二 の経歴

板東浩二、ばんどう・こうじ。日本の経営者。「NTTぷらら」社長。徳島県出身。徳島大学工学部電子工学科卒業後、日本電信電話公社(のちのNTT)に入社。九州支社ISDN推進室長、長距離事業本部通信網システム部担当部長、マルチメディアビジネス開発部担当部長などを経てジーアールホームネット(のちのNTTぷらら)社長に就任。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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経営理念が単なる利害、単なる拡張というだけではいけない。それらのことが、いわば何が正しいかという人生観に立ち、かつ社会観、国家観、世界観さらには自然の摂理というところから芽生えて来なければならない。

他企業のほとんどが、日本人と現地人との間に通訳がいて、それで経営しているんじゃないかな。うちでは、そうじゃない。立ち上げの応援では20人いきますけど、軌道に乗ったら全部引き上げます。日本で採用した中国人幹部候補生を軸に、天津でまた新卒を採用します。この態勢で発展させれば、現地では日本人社員はいりません。最初だけです。

いま自分が何の問題に答えを出すべきなのか、何をしたらいいのかを明確にできるスキルをマッキンゼーで身につけたことは大きな財産です。

サングラスは試行錯誤を経て昨年から、ようやく売れるようになりました。一昨年までは、サングラスが日本人の購買行動になかなか結び付かなかった。日本では「悪い人」というイメージが強かったのかもしれませんね。「日常生活で普通に掛けてもいいもの」ということが、なかなか浸透しませんでした。おそらく、日本人の性格に同質化を求める傾向があるからだと思います。それが、サングラスを掛けている人が増えると、掛けてもいいものとどんどん広がる。その始まりが昨年なのかもしれません。ようやく地道な紫外線啓蒙、ファッションサングラス啓蒙活動か実を結び「普段から掛けていいもの」となった。特に今年は夏前に売り切れてしまい、販売ピーク時に店頭に在庫がないという状況になりました。

先日、10年前にお会いした人から、「あなたから買いたい」という連絡がありました。棚からぼた餅みたいだけど、本当は私が棚に上げておいたんですよね。ぼた餅は、棚に上げなきゃ落ちてこない。「営業とは何かを売りつけることじゃない。知り合いを増やすことだ」。これくらい能天気に構えていれば、営業という仕事が好きになると思います。

あまりにズバズバと上司に質問するのは気まずいという人もいるでしょうね。私が若い頃によく使っていた手は、こまめな報告をすること。仕事の途中で「現在こんな感じに進んでいます」と報告する。すると、もしも仕事のポイントがズレていたら「ちょっと違うよ」「頼んだのはこういうことだよ」と上司から修正が入るはず。結果として、質問したのと同じ効果が得られるわけです。報告をメールですれば記録が残りますから、後で上司に「こんなことを頼んだんじゃない」とひっくり返されるリスクも軽減できます。

「型」には恐らく型として残っただけの理由と歴史があり、先人たちの知恵が含まれています。守るにしても、破るにしても、まずは敬意を表し、わきまえるにこしたことはありません。その上で状況に応じてアレンジする部分に、さりげなくその人らしさ、個性やセンスを発揮していきたいものです。

とにかく世界一になりたい。なぜかというと、僕ってホントにアホな日本人だと思っていて、ただ、自分ができたんだから他の日本人もできるでしょってことを証明したい。

良い企画のために、つまらない企画をたくさん出さなければならないのは、美味しいものを食べたいなら、数多くの店に行ってみるしかないのと同じです。

自分や会社、家族にとって最も重要な問題は何か把握し、立ち向かう。重要な問題にタックルしないと、ブレークスルーは起きない。

仕事はいくつもの問題が複雑に絡み合うもの。大事な何かが1つでも欠けていたら実現は不可能です。ですから、素晴らしい企画とは、前提条件から具体的な手順、起こり得る問題、その解決方法、実現後のアフターケアまで、全体を通して見た時にツッコミどころのない、完成度の高いストーリーになっているものなのです。

大切なのは、お客様が何をしてほしいかを言われる前に察して、それをしてさしあげること。逆にいえば、お客様の気持ちを汲み取っていなければ、いくらお金や手間をかけたサービスでも伝わらない。

揺るぎない信念はいかにして身につけることができるのかといえば、それは逆境のなかで辛酸を嘗めるような苦労を経験をすることでしか身につかないと、私は思います。

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