星野佳路の名言|星野リゾートらしさとは何かというと、それはこのフラットな組織に尽きる

星野リゾートの各施設・各チームでは、しょっちゅう「事件」が起こっていて、この「事件が起こる」ということ自体が、私にとっては非常に大きな意味を持っているのです。ここでいう「事件」とは、組織内のコンフリクト(対立や葛藤)を意味します。では、それがなぜ、しょっちゅう起こるのか理由は、我々が完全にフラットな組織を志向しているからにほかなりません。星野リゾートらしさとは何かというと、それはこのフラットな組織に尽きるといってもいいでしょう。

星野佳路 の経歴

星野佳路、ほしの・よしはる。日本の経営者。星野リゾート社長。長野県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発、シティバンクを経て、星野リゾート社長。リゾナーレ、アルツ磐梯リゾート、アルファリゾート・トマムなどを傘下に収め、ホテルや旅館の再生事業を行っている。

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当社のビジョン「源流」の中に「次世代リーダーの心得十二箇条」という項目があるのですが、そこに「自分の権限を自ら剥奪し、部下に与える」という一文があります。権限を委譲されて育ったのに、今度は自分がその権限を守ってしまうことを戒めたものですが、まさにこれは、CEOである私自身が実行せざるを得ないことです。私はこれ以上出世しようがないので、権限委譲するとしたら勇退しかないんです。

休息とは文字どおり「息をするために休む」こと、すなわち「一呼吸入れる」ことです。オーケストラでは、一拍の間が大きな効果を持ちます。これを人間の行動様式に置き換えると「一呼吸置かない生活」とは「リズムのない生活」ということになります。それは、同じテンポとボリュームで、休みなく鳴り続ける音楽のようなもの。休みなく、常に一本調子の疾走状態……。こうした生活を送ることの弊害は、単に健康が損なわれるだけではありません。緩急のない音楽がつまらないように、あなたの仕事や人生そのものが魅力を欠いていくこと、これこそが甚大な損失なのです。

その話はもう結構。忙しくてそんなことに付き合っている暇はありません。さようなら。
【覚書き|JPモルガンが取引先を救った時、救ってあげた経営者が涙を流して感謝したときの発言。モルガンのビジネスライクを徹底する性格を物語るエピソード】

全力投球で仕事をするのは素晴らしいことです。しかし、どんな仕事に対してもフルパワーで臨むのは、かえってリスクを伴います。仕事が重なって忙しいとき、タイムプレッシャー(締め切り時間)があるとき、人はミスを犯しやすい。一切の手抜きをしないで自分を追い込むようなワークスタイルであれば、そのストレスの蓄積でいつかバーンアウトしたり、大きなミスを犯してしまったりするかもしれません。

ありもしない理想の話し方を身につけようとか、これまでの自分とは違った話し方になろうというのは間違い。人それぞれ自分の心地よい話し方があるはずで、それにこだわったほうがいい。おしゃべりだろうと口下手だろうと、だから仕事ができないということはないわけですから。

いまから思えば、若いときに大阪時代、福島時代を通じて日銀以外の各界の人と接触したことが、世間を知るというか、自分の将来に大変役立った。
【覚書き|日銀大阪支店、福島支店で営業をしていたころを振り返っての発言】

ニューヨーク支店に5年ほど勤務していたのですが、日本との時差は13時間。ニューヨークで夜に入ると東京の本社が始業となり、深夜まで仕事をするという毎日でした。当時は体力もあり、夜中2時に仕事が終わると一杯飲みに行くという生活を平気でこなしていましたが、かなり無茶な時間管理だったかもしれません。自分を磨くという意味ではよい経験だったのかなと思います。

スケジューリングに関してですが、たとえば2時間の講演会の直後に、頭を使う別の仕事を入れても、疲れていてなかなか考えがまとまりません。そんなときには「リカバリー」の時間を入れることも重要です。そして、実はこうした空いた時間ほど、いいアイデアが浮かんできたりもするのです。

前期比で増えたことで満足している社員に対しては、「ちいとは周りを見るよ」と言っています。この10年間、クボタの売上高は年1兆円強で、大きく変わっていません。それに対して、10年前に1兆円強だったコマツの売上高はいまやおよそ2兆円。10年前に6000億円程度だったダイキン工業は、当社と同じ規模になっている。日本の企業でも当たり前のように売上高が倍になっているんです。社員は利益が増えているとか、いいところだけを見ようとする。

会社をリタイヤした後の人生を、「第2の人生(セカンドライフ)」や「余生」と言うのをやめよう。今や平均余命は約20年間もあるのだ。単なる余生ではもったいない。私は、「アナザー・ファーストライフ(もうひとつのファーストライフ)」こと呼ぶことにしている。

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