永野重雄の名言・格言|夜逃げしたくなっても踏みとどまる

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ついに夜逃げするよりなくなった。話には聞いていたが、こんなにたまらないものかと、身に染みて知らされた。
【覚書き:富士製鋼再建に奮闘している最中、昭和大不況が発生し窮地に陥った時を振り返っての発言】


永野重雄 の経歴

永野重雄、ながの・しげお。新日本製鉄会長。東京帝国大学法学部政治科卒業後、貿易会社浅野物産に入社したが10カ月で退社。学生時代の友人のコネで富士製鋼の支配人兼工場長となり同社の経営再建を任される。再建は成功し、仕事の面白みを知った永野氏はこのあと製鉄業に邁進する。日本鉄鋼連盟会長、日本商工会議所会頭、東京商工会議所会頭、経済同友会代表幹事、経団連・日経連各顧問、日本生産性本部副会長などを歴任し財界の顔として活躍

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉


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皆さんは世界で一番にならなければならないのです。それぞれの第一人者になってください。私は皆さんに、自分の能力を完全に発揮するまでは、夜も眠れないという人間になっていただきたい。

これは金儲けのビジネスではなく、大損をするもの。私は(FOMの)理事会から叱責を受けるだろう。(覚書き|トルコGPが行われるサーキット場イスタンブールパークを買収した時の言葉)

組む(提携する)以上はナンバーワンのところと最初からがっちり組む。これが僕の主義です。そのために全ての精力をつぎ込む。ナンバーワンのところと組むことに成功すれば、あとは黙ってもすべてがうまくいく。そういうものです。

私は社長時代、次期社長から、十年後、二十年後の経営者候補リストを常に持ち、絶えず修正を加えていた。【覚書き|石川島播磨重工業会長時代の発言。後継者選びは長期スパンで行い、早いうちから適性のある者にトレーニングを積ませるという主義をとっていた】

創立期に藤沢武夫って経営の名人に巡り合えて、二十数年も一緒に仕事をしてきた。世間の人たちは、俺と藤沢のことを水と油だとか、太陽と月だとかに例えて言っているようだけど、若いころに腹をぶち割って話し合い、互いの長所を心底認め合ったんだ。ちょっとやそっとじゃ壊れる仲じゃない。男同士の友情なんて派手な言葉は好きじゃないが、他人に友情を求めるなら相手の秘密を絶対に守ること。人間親しくなれば当然相手の不可侵領域まで立ち入るようになる。それを軽々しく他人に喋るようじゃ、友情だの信頼だのが成り立つわけがないよね。

歴史や業種が違う優等生企業のシステムを、劣等生が真似しても効果は期待できない。よそのアイデアを借り、そこに自社の独創を加えて新しいシステムを作り上げねばならない。 【覚書き|経理担当常務の時、上場以来初の赤字決算に転落。当時の前田社長とともに再建を目指すべく、社員に改革の志を伝えた言葉。】

変化するほう、新しく行くほうにしましょう。どっちでもいいんだったらね、残る方を選んだらつまらないじゃないですか。まあ、かなり適当な性格なんで(笑)。性格が適当なので,「成せば成る」と「成るようにしか成らない」のどちらか都合の良いほうをその時々で座右の銘にしてしまっている感じです。我々の目標なんですけれども、『郵便局に代わる国民的金融機関』を作りたい。

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