中山均の名言・格言|大人物はものを大切にする

私は翁にくっついて、よく一緒に旅行した。車中で食事の時間が来ると駅弁を買って食べるのだが、弁当箱を開けると、外へこぼれない程度に静かにお茶をかけて、一粒の飯もおろそかにしないで食べ、残ったおかずも、きちんと包んで家に持って帰られた。
【覚書き:天竜川周辺の治山治水事業、北海道の開拓・植林事業に全財産を投じ、近代日本の発展に大きく寄与した金原明善氏の付き人をしていた時を振り返っての言葉。翁とは金原氏のこと】

中山均 の経歴

中山均、なかやま・ひとし。静岡銀行頭取。早稲田大学卒業後、天龍川治水などに尽力した金原明善氏の付き人をしたのち、第百銀行を経て浜松銀行入社。二川支店長、新居支店長などを経験したのち、西遠銀行をはじめとして大小の銀行120行を合併し静岡銀行設立に尽力。その後、同行の副頭取を経て頭取。浜松新聞創業者、地方銀行協会会長、日銀政策委員会委員なども務めた。

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上司と部下の間で、お互いの期待値と方向性を確認するという習慣を持つようにすれば、日常的な仕事の無駄も切り捨てることができるでしょう。

私は、人間というものは、たとえていえば、ダイヤモンドの原石のような性質をもっていると思うのです。すなわち、ダイヤモンドの原石は、もともと美しく輝く本質をもっているのですが、磨かなければ光り輝くことはありません。

100m走の選手はより速く走ることが目的だから、9.89秒になれば、さらに0.01秒縮めるためにまた限界に挑みます。ビジネスも基本は同じです。売上が何億円になったとか、部長に昇進したという個別のゴールはあっても、それ自体が目的ではありません。より良くするために挑戦し続ける生き方を僕は目指しています。

インテリの多くは、3・11(東日本大震災)のあと何をやっているかというと、ブログやツイッターで闘っているふりをしているだけです。あるいは、「まずは地元の復興が大切」といった、誰が聞いても正しいことを言うばかり。誰も、若者に夢を見せていない。3・11と比べられるのは敗戦ですが、あのときの若者は高度経済成長に夢を見たわけです。その夢は、自然に発生したのではなく、日本の未来はこうなるんだと、誰かが描いて提示したものです。そういうビジョンを描ける人がいないと、人は萎縮していくばかりになってしまう。

慎重な性格の人は、変化に強いタイプの人とチームを組めば、アクセル役とブレーキ役がそろうので、相互に補完して大きな成果を生むこともできます。アクセル役の発案で成功したら、今度はブレーキ役がきちんとリスク管理をして成功を維持する。ひとたび状況が変われば、成功体験にしがみつかず、アクセル役に頑張ってもらうといった関係が期待できます。

リストラ候補になる前の私は、上司の指示をこなしさえすれば定年まで会社にしがみついていけると思っていました。でも、リストラ勧告を受けて目が覚めたのです。これからのサラリーマンはプロフェッショナルでなければ生き残ることはできないと思います。

僕には信念はない。あるのは好奇心だけ。

私は日本人として生まれ、日本人として育てられ、そして日本人として経営をしている。

仕事は一人で完結するものではなく周囲の人を巻き込んで進めていくものですから、チームの協力を得るために、相手のことを知らなくてはなりません。

僕は自分を偉いと錯覚したことはありません。剣道でも勉強でも自分よりできる人間がいたし、流通業界には伊藤雅俊さん、岡田卓也さん、中内功さんらがいるんだから。

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