アントニオ猪木の名言・格言|全力でぶつかり、失敗し、それでも立ち上がってきた

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俺たちは、生まれながらに偉いのではない。全力でぶつかり、失敗し、それでも立ち上がって、また失敗し、やっと何かをつかんだかと思ったら、虚しくも朝の露。しかし、まだまだくたばらない。俺には欲があるんだ、夢があるんだと向かっていく。そうして、ちっぽけながらも、自分だけができる何かをつかんできた。


アントニオ猪木 の経歴

アントニオ猪木。日本のプロレスラー、実業家。参議院議員。新日本プロレスの創業者。横浜市生まれ。13歳で祖父に連れられ母・兄弟とともにブラジルへ渡る。コーヒー豆農場などで肉体労働を経験し、身体と精神の基礎を身につける。ブラジル遠征中の力道山の目に留まりスカウトを受け日本プロレスに入団。その後、アメリカ武者修行や東京プロレス入団、日本プロレス追放などを経て新日本プロレスを設立。日本の異種格闘技興業の基礎を作った

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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世界の大舞台で連勝できた要因は、超負けず嫌いな性格だから。それと「何が何でも金メダルが欲しい」という動機。

勝つことと、金儲けをすることが、わしの心理の上で直結していたわけではない。案外おカネには淡泊やった。プロ入り以来契約更改で揉めた記憶もない。おカネのことでごちゃごちゃするのは好きじゃなかったのだ。そりゃ、人間だからわしも一銭でも多く給料はもらいたい。でもこちらの期待する年俸が提示されなかった年でも、わしはポンポン印鑑を捺してきた。カネがもっと欲しけりゃ、来年もっと頑張ればええ。もっと勝てばええ。要は勝つんや。こう思って生きてきた。

一枚の紙は頼りないが、何百枚も重ねれば立派な本になる。毎日の練習も同じでそのような一枚一枚の積み重ねが大切だ。

これが最後ではないし、続けていればまたチャンスがある。
【覚書き:400号本塁打史上最年少達成にあと1本のとき、外野フライに倒れ記者に語った言葉】

人間は本来保守的である。ある状況に慣れると、とくに強い動機がない限りそこから抜け出そうとしない。それが安楽であればあるほどその状況に固執しようとする傾向がある。

時間がない中で新しい練習方法を考えることは生きがいで、そこに楽しさがある。

スポーツは、まさに人生そのものだ。努力した分だけ自分に返ってくる。

人間の社会の五里霧中をさまようより、この大自然のガスの中の方が、私にとってはずっと身に合っているのだ。いやいや、この濃厚なガスの中でなら、私にも生き延びる道はあるのだ。気が狂いそうな単調さに耐え抜き、弱音を吐きたがる自分に打ち勝つ以外にない。進むこと、ひたすら前へ進むこと。

自分が何をしたいかは自分で決める。自分の思っていることをはっきりと言う。それが自由だと思った。それが欲しかった。
【覚書き:母国ルーマニアがチャウシェスク独裁政権になり、監視され、プロパガンダに利用されることに嫌気がさし、アメリカへ亡命した時の言葉。亡命は命がけだった】

イマジネーションとディシプリン(規律)のバランスをとるのが監督だと思っています。

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