晝馬輝夫の名言 格言|日本企業は暗黙知の部分を活用せよ

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日本の企業には暗黙知(言語化できない身体を基盤とする知識)が詰まっている。その宝の山を利用することが大切です。


晝馬輝夫 の経歴

晝馬輝夫、ひるま・てるお。日本の経営者。静岡県出身。光技術を核とした研究開発を行う電子メーカー浜松ホトニクス会長。浜松工業専門学校(のちの静岡大学工学部)機械科卒業後、浜松テレビ(のちの浜松ホトニクス)に入社。専務などを経て社長に就任。そのほか光科学技術研究振興財団理事などを務めた。同社は小柴昌俊氏にノーベル賞を受賞させたカミオカンデの光電子増倍管を作った企業として有名。

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会社の社是に「独自の製品を供給して文化の発展に貢献」とあります。独自の製品を提供しようというのは、創業者以来の会社の理念であって、なぜ創業者がそれを言い出したかというと、祖父の時代には、村田製陶というのが陶器屋さんの下請けをやっていて、こういう蓋を作っていたわけですね。それで、家人の手伝いをしていた私の父は、もっと販路を広げたいと考えました。それを祖父に進言したところ、販路を広げるということは、自分の同業であるお客さんのところへ商品を持ち込んで価格競争をすることである。そうしたら相手に迷惑がかかるし、自分のところも安く売らねばならない。そんな人に迷惑がかかるようなことはしてはいけないと言われたというんです。それで困って思いついたのが違うものだったら競争にはならないのではないかということなんです。

発明や発見には立派な設備や資金はいらない。新しいものを創造する力がなければ企業は存続できません。自分の周囲にいつも好奇の目を向けろ。消費者のニーズや時代を読むヒントは日常生活のいたるところに転がっている。明日になれば今日の非常識は常識になっている。子供のようにいつも「なぜ?」と疑問を発しなさい。

私が他のエンジニアと違うところは、失敗を実験過程の一部として受け入れる心構えだ。他のエンジニアたちが3度で断念する試行を、私は上手くいくまで100回でも繰り返す。

オンリーワンの商品を開発するために大切なのは、二つの考え方である。ひとつは、他社にないオンリーワンのキーデバイス(テレビにとっての液晶パネルなどのような製品の中核となる部品)を開発し、それを自社の商品に組み込むことで、他社にないオンリーワン商品をつくるやり方。もう一つはカメラ付き携帯電話のような通信、映像、液晶、情報、半導体など、それぞれ異分野で開発された技術を一つに融合させ、新たな付加価値を創出するやり方だ。

産業に興味を持つ者にとって、役所における技術者の仕事にはおのずから限界があると感じた。
【覚書き|逓信省電気局から住友財閥に移籍した当時を振り返っての発言】

ペンシルロケットを開発した糸川英夫先生に「創造性を高める方法は、関心のある分野の知識や経験をできるだけ持つことだ」と教えられたことがあります。異分野の組み合わせから新しい発想が生まれるという考え方です。違った分野の組み合わせがA・Bの二種類だけではいけない。A・B・Cと三つ持っていれば、もっとたくさんの組み合わせができるわけです。五つ持てばほとんど無限大になります。【覚書き:ペンシルロケットとは東京大学生産技術研究所が開発した小型ロケット。大型ロケットが作れないなら小型ロケットで基礎実験をすればいいと逆転の発想で糸川博士が発案。様々な実験が行われ、収集されたデータは以後の日本宇宙技術に活用された】

部品あたりのコストが最小になるような複雑さは、毎年およそ2倍の割合で増大してきた。短期的には、この増加率が上昇しないまでも、現状を維持することは確実である。より長期的には、増加率はやや不確実であるとはいえ、少なくとも今後10年間ほぼ一定の率を保てないと信ずべき理由は無い。すなわち、1975年までには、最小コストで得られる集積回路の部品数は65,000に達するであろう。私は、それほどにも大規模な回路が1個のウェハー上に構築できるようになると信じている。

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