佐治信忠の名言|チャレンジ精神が、今の当社のバックボーンとして続いている

父(佐治敬三)が、静養していた祖父(鳥井信治郎)の枕元で「ビール事業に進出したい」と決意を打ち明けた時、祖父は「やってみなはれ」とつぶやいたそうです。そのチャレンジ精神が、今の当社のバックボーンとして続いています。

佐治信忠 の経歴

佐治信忠、さじ・のぶただ。日本の経営者。「サントリー」4代目社長。慶應義塾大学経済学部卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営大学院修了。ソニー商事を経てサントリーに入社。副社長などを経て社長に就任。そのほか、日本洋酒酒造組合理事長、日本ワイナリー協会会長、総合デザイナー協会理事長、ビール酒造組合会長代表理事などを務めた。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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約束を継続することは大変ですが、続けることは、自身の成長につながるチャンスにできます。

フジゲンを世界一のギター会社に導いた横内祐一郎会長が「一流の人は皆、素直」と語っていたが、素直だから一流になれたと言い換えてもいいでしょう。

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本への興味を高めるために、自ら情報断ちをして情報への飢餓感を煽ってもいいと思います。とくにテレビは情報のファストフードで、何も考えずに見ていると、すぐ「情報メタボ」になってしまいます。テレビを見ないと決めるだけでも、本に手が伸びる機会が自然に増えるでしょう。

幸せなことに、仕事が楽しくなかったことはあんまりないんだ。劇団に飛び込んでからはキツイことはあったけど、そんなときこそ無理やりにでも楽しくするしかない。どうせそのうちキツイことは終わる、やまない雨はないって思えば、なんとか乗り越えられる。そんな感じでなんとかやってきちゃったんだ。

研修は、店長や責任者といった一定クラスの社員が受けます。特に、農村に出向いて行う「村研修」は、チームづくりに主眼を置いています。「村研修」では、農作業、食事づくり、掃除、地域の人たちとのコミュニケーション――この4つをとおしてチームづくりをしていきます。料理は必ず自分たちによる手づくりとし、しかも収穫した食材以外を用いてはならず、予算も決まっていて、いろいろな制約やノルマがあるのですが、それをクリアするために、チームで仮説を立て、検証しながら作業を進めます。結論から言えば、「これがベスト」という手法はどこにもないし、正解もありません。そんなことより、課題の達成をめざしてみんなで話し合い、一生懸命に取り組むのがいいのです。忙しい毎日の中でチームづくりを疑似体験するのはむずかしい。だから「村研修」で経験するんです。

上司が嫌なら店を替われ、そこでも嫌ならまた替われ。何度でも替わってみろ。テンポスはフリーエージェント制だから。だがそのうち気づくだろう。理想的な上司や職場などないということを。自分で切り開いたところにしか「やりがい」はないということを。店長は、気に入らない使いにくい部下は他の店に放り出せ。テンポスはドラフト制だから自分の納得のいくまで何回でも人を入れ替えろ。だがそのうち気づくだろう理想の部下などいないということを。

会社設立の当初には、「日本ナンバーワンを目指す!」という大それた目標を掲げてあえなく挫折し、「まずは埼玉西部ナンバーワンから……」と大幅縮小した経験もあります。そう考えると、どんな状況でも目標を設定することが大事ですね。力がみなぎっているときは大きな目標、それに現実性を感じられないときは小さな目標を立てる。そうすれば、逆境にあっても前を向き続けることができます。

本人に言い訳の自覚がないのは、彼らにとってそれこそが事実だからです。「言い訳」を聞く側は、そこで本当は何か起こっていたのかを丁寧に見極める必要があります。

起業後の自分を客観的に見て、甘さがあったらつぶしていく。その作業を繰り返さないで、独立するのは非常に危険。

会社は修行の場。会社員の醍醐味って、つまるところ理不尽な人事なんじゃないでしょうか。文字どおり生死をかけた戦いですよね。その中をなんとか頑張って心静かに切り抜けて、マイナスのことをどうプラスに転じていくのか。尊厳をなんとかズタズタにされずに生き残っていくには大変な精神力がいる。お寺の修行も目じゃないくらいの精神修行。そういう場を与えてくれる会社ってやっぱりすごい。

火は早いうちに消さなくてはいけない。

商品を「売る」のではなく、サービスとして「利用してもらう」ことで収益を上げるサブスクリプションモデルヘの移行は時代の必然。

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