川村隆の名言|海外で小規模な会社の社長を早く経験させよ

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将来の経営者候補は、あえて厳しい環境で鍛えようとしています。つまり、海外で小規模な会社の社長を早く経験させよ、ということです。訓練になるような、タフな環境の会社にね。


川村隆 の経歴

川村隆、かわむら・たかし。日本の経営者。「日立製作所」社長・会長、「東京電力ホールディングス」会長。北海道出身。東京大学工学部電気工学科卒業後、日立製作所に入社。電力事業部火力技術本部長、日立工場長、取締役、常務、副社長、子会社の日立ソフトウェアエンジニアリング会長、同子会社日立マクセル会長などを歴任したのち、日立本社の会長兼社長に就任。世界金融危機によって7873億円という巨額な赤字を計上した同社を2年でV字回復させた。そのほか経団連副会長、東京電力ホールディングス会長を務めた。

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心の準備もしていなかったので心底驚いた。しかし託された以上は、社長職をきっちり務めようと思い、その場で腹を括った。
【覚え書き|社内序列32人抜きで社長に指名された時を振り返っての発言】

環境変化が激しいので、いかにお客さまの立場でものを考えられるかが企業の優劣を決する。

一番変だなと感じるのは、変わろうとしないこと。日本の会社、特に大手企業は、昔と同じやり方をしていることが多い。なぜ変わってないと思いますか? 多分、社員が年功序列で偉くなるからですよ。偉くなったときには定年までの時間が短いので、リスクを取ってまで何かを変えたくない。それがずっと繰り返されているんでしょうね。

成功体験を積み重ねると結果として、変化に対しても「これまでやってこられた自分なら、状況が変わっても何とか乗り越えていけるはず」とポジティブな感情を持てるようになるでしょう。変化対応力を支えるのが自己信頼感です。

自衛隊では、「私心をなくせ」とよく教えられるのですが、それはなかなか難しい。私も入隊したてのころは、私心を捨てることができないと真剣に悩んだものです。30代半ばに、私心を捨てるのは無理だと悟りました。そうではなく、自ら私心を認めたうえで、少しでも多くの国家・国民のことを考えようと発想を変えたのです。

変化を起こし、新しいものを創造していくために必要なのは、チャレンジする心。

キッコーマンが米サンフランシスコに販売会社を設立したのが1957年。当時の政府には食品を輸出しようといった考えはなく、我々も政府に何かを頼むこともなかった。社内で「営業の神様」と言われた幹部社員を派遣し、苦労して販売数量を伸ばした結果、いまでは海外に7つのしょうゆ工場を持ち、世界100カ国以上で販売し、営業利益の73%を海外で稼ぐようになった。民間が自ら努力しなければ輸出は伸びない。

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