西村邦裕の名言|たくさんの人にインパクトを与えるために会社を興した

狭い世界での研究に手応えを感じることはなかった。たくさんの人にインパクトを与えるために会社を興した。

西村邦裕 の経歴

西村邦裕、にしむら・くにひろ。日本の研究者、経営者。「テンクー」社長。東京大学工学部卒業、東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院情報理工学系研究科助教などを務め、テンクーを設立。

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人は誰しも、頭から否定されるのは嫌なもの。まして親子間のコミュニケーションはつい言葉がきつくなりがちです。「なんでこんなモノ取っておくの?」「全部捨てなよ!」と強い物言いをすると、相手も「私には全部必要なの!」と抵抗し、平行線に陥りがちです。

私は日本の首都、東京のリーダーに選ばれたわけです。その重責を果たす必要がある。高度成長時代からの名残を、その延長戦でやっていくなんていうのは所詮、無理な話です。首都東京が元気であり続けるためには、変えるところはきちんと変えなければいけない。

大和ハウスには「アスフカケツノ(明日不可欠の)」という参入事業のキーワードがあります。これは私が考えた造語です。もともとはフ(福祉)、カ(環境)、ケ(健康)、ツ(通信)でしたが、21世紀を前にしてア(安全・安心)、ス(スピード)を加えました。さらに今世紀に入ってからノ(農業)をつけました。最初はバラバラだったそれぞれの事業が結びつきはじめました。世の中のニーズがあるところを間違わずに事業をしていたら、いつの間にか大きく育とうとしています。

みなさん英語の勉強をなさっていると思いますが、なかなか英語力が上がったことを実感できないでしょう。しかし、集中的に努力しているとあるときスパッとステップがあがります。そういう瞬間を実感しながら努力を重ねていけばできないことなんてないのです。

私が、慶應義塾大学経営大学院の教授を辞め、「イー・アクセス」を創業した理由は、一つには巨大な流れとなるインターネットの魅力に抗することができなかったからですが、もう一つは、そうすることが必ず世の中のためになるという大義があったからです。

アメリカの9・11テロ当時、当行のニューヨーク支店のオフィスは世界貿易センタービルの80階にありました。あの時も、旅客機がビルにぶつかり大きな衝撃を受けた時、片づけなどはしないで、すぐにビルを降り始めたのです。行員は10人ほどいたのですが、全員が助かりました。エレベーターは使えなくなっていましたから、45分かけて歩いて降り、脱出後ほどなくしてビルが崩壊したようです。これは海外でも、国内と同様に緊急時の訓練をしていたからできたことだと思います。

私はじつはメモを取るとき、相手の話やキーワードはもちろんですが、それよりもむしろ自分の発想や思いつきをメモすることが多い。相手の言葉、キーワードを書き込むと同時に、自分の頭の中でそれを膨らませて行く。するといろんな発想や記憶が出てくる。それをメモします。

「仕事の本当の目的を忘れない」ことが重要です。当社では今、解約を減らすことを目的として、その分析用にお客様アンケートを行っていますが、もし担当者が本当の目的を正しく理解していなければ、形式的で表面的な質問をして終わり、ということになりかねません。

私自身は闘争的でいったん競争になるとどうしても勝つまで戦う執念があり、策も弄するが、これは喧嘩のための喧嘩ではなく、究極は平和であり、理不尽・不合理を否定する。いうなれば一殺多生の一殺であるから徹底的に戦う主義である。

今の社会がずっと続くという前提で人生設計をしてはいけない。

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