松田昌士の名言・格言|これからは自然と調和した経済成長を

高度経済成長以後、日本は自然との調和という大切なことを、ほとんど意識せずに来てしまったと思うんです。日本において開発とは、自然を破壊して道路を作り、近代的な施設を作ることなんです。田舎には田舎の素晴らしさがあるにもかかわらず、都会の理論をそのまま田舎に持ってくるのが開発だと思い込んでいる。

松田昌士 の経歴

松田昌士、まつだ・まさたけ。日本の経営者。JR東日本社長・会長。北海道出身。国鉄分割民営化に尽力し、国鉄改革3人組の一人と称えられた人物。北海道大学大学院法学研究科修了後、国鉄に入社。北海道総局総合企画部長、国鉄再建実施推進本部事務局長、JR東日本常務、副社長を経て社長・会長。そのほか、全日本アマチュア野球連盟会長なども務めた。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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こんな名言はいかがですか? 新着 名言

捨てる戦略を展開するには、まったくビジネスモデルを変えてしまうくらいの決断がなければできない。普通の会社がなかなかその決断ができないのは、過去を捨てられないからです。過去にしがみついてなかなか捨てきれない。だから変えきれない。破壊できない。だから革新できないということです。

成功体験を捨てろというのはたやすいが、実行は難しい。「新しく創る」ことよりも、大事なことは「捨てる」ことだ。【覚書き|自身の企業二十年周期説を説きながらの発言】

まずは視点を変え、挑戦する価値があるかどうかを考える。そして、自分の中で6から7割、実現できる可能性が出てきたら挑戦する。

これはと思う人に少しずつ仕事を与え、力を探ると同時に、あれは出世頭だなと納得するように地ならしをしてから役員に登用する。【覚書き|役員人事のあり方について問われた時の発言。まず仕事を与え鍛えることの重要性を語った言葉】

どんな商売でも、創業者は人並み外れた才覚と努力で成功を勝ち取った人であり、その子供が二代続けて創業者と同等かそれ以上の資質を持っている確率は皆無に等しい。

未来とシナリオなき事業はすべて清算しなさい。企業は夢がなくてはならない。夢が現実のものになるとき、飛躍的に成長する。企業という言葉は創造と同義である。新しいものを世の中に提供していく力がなければ企業である必要はない。

兜町に入って50年以上になる。過去を振り返ってみると、朝から晩まで剣の刃渡りをしているようなものだった。
【覚書き:関東大震災、昭和恐慌、太平洋戦争後の不況などを証券業界で経験してきたことに対する回想】

レースではシリーズチャンピオンや年間チャンピオンなどの大きな成功のみならず、予選の勝利など小さな成功をいくらでも体験できます。ですから若いエンジニアは、レース活動に参加することでそのような成功をいくつも味わい、感動を得ることによって、普段の数倍の力を発揮するようになるのです。

娯楽という分野は、つねに従来と異質のものを開発しなければならないのです。つまり改良の程度ではダメです。このビジネスの世界は一日かかって説明しても、なかなか理解してもらえないのではないかと思うほど難しい。

これからの社会では、経済学者のガルブレイス氏が提案される「GNE」(グロス・ナショナル・エンジョイメント=国内幸福度)のように、GNP(GDP)だけでは測れない価値を新しく創造していくことが大切だ。日本の生活文化・ライフスタイルの魅力をアジアひいては世界に向けて、自信を持って発信・紹介していくことだ。【覚書き|ガルブレイス=ジョン・ケネス・ガルブレイス。経済学の巨人と称されるハーバード大学経済学教授】

かわいい社員のクビを切ってまで、自分は会社を存続させられない。社長を辞し、会社は解散する。社員を憂き目にあわせてまで、自分はもう、ものを言えない。残った人間で会社を続けてよいが、自分はタッチしない。
【覚書き:1950年代初頭、米国の財政金融引き締め政策ドッジ・ラインが引き金になって起こった世界不況時の発言。不況の煽りを受けシャープも経営危機に陥ったが、この発言を機に労組が自ら自主退社を募り始めるなど、経営再建の機運が社員全体から高まり、シャープは危機から脱した。以降、シャープでは首切りはしないという経営風土が作られた】

(日本とドイツは)戦争に負けても経済戦争では勝利を収めている。理由は簡単だ。ロビイストの活動とわが国の愚かな通商政策がこのような結果を生み出したのだ。自由の女神が立っているニューヨーク港から日本へ向かうアメリカの二大輸出品目は屑鉄と古紙で、これがエレクトロニクス部品を搭載した自動車となって戻ってくる。これでは割に合わない。

現代のリーダーには静かな時間が不足している。選択肢をじっくり吟味し、個人的なかかわりを通じて合意を取りまとめ、大衆の理解を形作るのに必要な余裕のことだ。

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