山本良介の名言|思考が成長したからこそ、今も第一線で戦える

思考が成長したからこそ、今も第一線で戦える。

山本良介 の経歴

山本良介、やまもと・りょうすけ。日本のトライアスロン選手。京都出身。小学生時代に水泳と長距離走を開始。高校3年時にトライアスロンに出会う。日本ジュニア選手権で優勝。アジア競技大会4位、北京五輪出場、日本トライアスロン選手権優勝、アジア競技大会銀メダルなどを獲得。

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県民も本当に知事の給料を100万円カットするとは思わなかったでしょう。退職金も返上したので約4千万円、県に返したことになります。でもその効果は絶大です。4年で県の借金を1千億円減らしました。これで財政再建の道筋ができた。普通補助金をカットするのは大変なことですが、補助金カットを県民が納得してくれたのは、知事はお金のために仕事しているのではないということを認識してくれたからです。この政治的信頼があったから、いろいろな決断ができたと思うんです。

先輩経営者から聞いた失敗談を自分だったらどう対処していただろうかと「自分ごと」として考える習慣を意識してきました。「変換力」と呼んでいますが、たくさん疑似体験をしてきたことは役に立ちました。

私の鼻のことは周知の事実だ。これなくしてニューヨークの街を歩き回ることはできない。私の大きな鼻はアメリカ実業界の一部だ。
【覚書き|モルガンの鼻は病気のため膨れ上がり、彼のコンプレックスとなっていた。写真を撮られることを嫌い、撮っても鼻部分を修正させた】

ビジネスの書類作成で表やグラフを使うときは、何より求められている「利益」を意識することが重要です。その文章で問題になっている利益は何で、その利益に対して数字はどのような意味を持ち、どのような意思決定につながっていくのか。そこに関わる数字以外は不要です。必要のない部分はバッサリと切り落としたり、小さくする工夫が必要でしょう。

私の青春時代、文明開化したばかりの日本が次第に世界の強国へのし上がっていった力に満ちた時代であった。こんな時代の流れの中で、有力な後援者もなく学歴もない田舎出のエンジンブローカーが、大きな渦や波を乗り越えて生きていくには、ただひたすらに力を尽くして泳ぎぬかねばならなかった。
【覚書き|中古ガスエンジンブローカーとして商売の道に入った当時を振り返っての発言】

成長という自然のプロセスにおいて近道をしようとすればどうするだろうか。たとえば、テニスの初心者であるにも関わらず、人に格好良く見せるために上級者のように振舞ったらどうなるだろうか。答えは明白である。こうした成長のプロセスを無視したり、近道したりすることは絶対に不可能なのだ。近道を探すことは結局、落胆とフラストレーションをもたらすだけである。

人生とは、自分自身が脚本を書き、主役を演じるドラマだ。どのようなドラマを描くかは自分次第であり、心や考え方を高めることによって、運命を変えることができる。一日一日を懸命に生きれば、未来が開かれていく。将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長線上にしかない。

原爆をテーマにした『黒い雨にうたれて』という作品を描きました。ところが、この作品を発表するまでには、長い時間を要しました。当時はまだ、米国がメディアを統制していたからです。大手出版社のどこに持ち込んでも、「強烈過ぎて掲載できない」と言う。1年半ほどたった頃、ホコリを被った原稿を引っ張り出して気づいたんです。誰でもいい、見てくれる人が少しでもいいじゃないか、と。そこで、エロ本を出していた出版社に持っていったのです。アダルト向けの『漫画パンチ』という雑誌の編集長が骨のある人で「やりましょう。ただし、あんたと俺はCIA(アメリカ中央情報局)に捕まるかもしれない。覚悟しろ」と言われました。僕は、「いいですよ。喜んで捕まりますよ」と答えました。

世界標準で見れば、私たちは「日本に生まれた」だけで超ラッキーです。この国に生まれた幸運を存分に満喫しましょう。

人材育成は、基本的にはいろいろな仕事を経験してもらいながら適性を見ていきます。いろいろなことを経験させてみないと適正なんてわかりませんから。だいたい、2年から3年でジョブローテーションをしていっています。

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