水野和敏の名言|仕事はお客さんに尽くすことだけを考えればいい

仕事はお客さんに尽くすことだけを考えればいい。

水野和敏 の経歴

水野和敏、みずの・かずとし。日本の自動車エンジニア。長野県出身。工業高等専門学校を卒業したのち、日産自動車に入社。部品の設計、名古屋の販売会社への出向を経て自動車の設計・デザイナーとなる。プリメーラ、スカイラインの車両のパッケージング設計を担当したのち、NISMOへ出向。グループCカーの耐久レースチーム監督兼エンジニアとして活躍し、デイトナ24時間レースで優勝。その後、日産自動車車両設計課長、車両開発主管(チーフ・ビークル・エンジニア、CVE)、チーフ・プロダクト・スペシャリスト(CPS、商品企画立案責任者)、プログラム・ダイレクター(PD、収益・販売目標達成責任者)などを務め、GT-Rのフルモデルチェンジなどを主導した。

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モチベーションを維持する方法のひとつは、「常に積極的なもう一人の自分」が隣にいると思うこと。悩んだとき、自分の横にものすごく元気なもう一人の泉谷直木がいて、「何を悩んでんねん!」と言ってくれる。そういう存在と対話すれば、こちらの自分が落ち込んでいても、もう一人の自分がモチベーションを引き上げてくれる。

大学卒業後、住友商事に入社し、鉄鋼部門に配属されました。その関係でパキスタンのカラチに赴任、4年半駐在したことが最初の転機でした。厳しい環境下で、現地の人、日本から来たお客さんなど多くの人と接することで、視野が広がり、仕事や社会に対するいろいろな見方、考え方ができるようになりました。

歴史家の仕事にはジレンマがあり、つらい時もあります。満州事変を主導した石原莞爾の評伝を書いた時のこと。遺族に話を聞きに行くと、私が石原を高く評価していることが伝わったのでしょう、秘蔵文書を提供してくださいました。しかし私は著書の中で「日本を破滅の道へ追いやった責任者」と石原を厳しく結論づけた。つらいことではありますが、好きな人物であってもこの点はゆるがせにできません。遺族の方は不満だったと聞いています。「借り」ができるから、当事者のヒアリングはしないと割り切っている人もいるくらいです。

私はジャック・ウェルチと20年来の付き合いだが、彼は私に会うといつも「Ken, What’s new?」と聞いてくる。つまり、「前に会ってから、その後お前に起こった新しいことは何か?その差分だけ教えろ」ということである。前と同じことを言おうものなら、きっと「お前は進歩してないな」とたしなめることだろうし、新しいトピックを話すと、それについて矢継ぎ早に質問してくるのだ。

22歳でフィットネス業界に入ったとき、池袋方面にある庶民派クラブと、六本木方面にある富裕層クラブを掛け持ちでアルバイトしていました。そこでは個人指導から集団指導まで幅広くやっていました。見ているとどうも、2つのクラブの会員さんには、それぞれトレーニングの取り組み方や、成果の出方が違うことに気がつきました。例えば庶民派の方々は、新しいトレーニングを一緒にやりましょうとか、このレッスンに出てみませんか、という新規提案に対し、「自分には向いてないから」「時間がないから」などと断る言葉が初めに出てくることが多かったです。逆に富裕層の方々は、新規提案に対し、「とりあえずやってみるか」「じゃあ時間作るよ」などの前向きな発言をする人が多いようでした。

自分の会社が危なくなっていることにすら気づかず、このままやり過ごそうとしているサラリーマンがたくさんいますよね。もっと危機感を持ったほうがいい。

今はあらゆる分野で、ビジネスの仕組みごとがらっと変わる時代。これは商社にとってチャンスでもあるし、ある意味で大きなリスクでもある。そうした時代における我々の生き残る道について、今後は真剣に考える必要がある。

アイボの駆け込み寺として注目されるようになった弊社ですが、最初に依頼を受けた時は、修理に4か月以上かかりました。アイボにはソニー独自の技術や部品が多く、まったくのお手上げ状態。OBのエンジニアに話を聞いたり、オークションで部品を調達したりして、なんとかやり遂げることができました。当初は、対応できるエンジニアは1人でしたが、「お客さんが喜んでくれるのならやろう」と、進んで修理技術をマスターした結果、多くの依頼に対応できるようになったのです。

仕事をサボっているのに巧妙に仕事をしているふうを装えるのは、一種の才能で、潜在的なポテンシャルが高い場合もあります。かつて私が所属していた職場に、一日中ネットサーフィンばかりしていて、本来の仕事をほとんどしていない社員がいました。ところが、時々海外サイトから見つけた情報を部内にメールで発信していました。それは誰も知らない貴重な情報ばかりで、当初は上司も注意していましたが、最後は根負けして彼に「インターネット担当」の肩書を与えました。途端、彼は水を得た魚のようにものすごく成果を出しはじめました。

事業部であっても売上が数千億円規模に拡大すれば、内部は細分化されています。その中で成長性のある領域、そして将来が危うい領域を見極めて、今後どの領域に手を打っていくべきかを、事業部内で健全に議論することが望ましい姿です。

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