諸井貫一の名言・格言|企業がピンチの時こそ大胆な改革のチャンス

過去における経験から考えて、競争が激しく市価の安いときほど進歩がある。技術でも経営でもそういうときにはいろいろ工夫や改良をして対抗するし、また行きがかりや習慣を捨てて何でも実行しやすいのである。それゆえ私は常に不景気にいかに処するかが経営の値打ちの分かれるところで、不況を乗り切るものは必ず成功すると考えている。不況に際しては、不況をありのままに受け取って、みんなでこれを合理的に克服することである。

諸井貫一 の経歴

諸井貫一、もろい・かんいち。日本の経営者。秩父セメント社長、秩父鉄道・埼玉銀行・日本煉瓦製造会長。東京出身。東京帝国大学大学院経済学研究科修了後、同大学で工業経済論の講師を務める。その後、父(恒平)の創設した秩父セメントに入社。支配人、常務などを経て社長に就任。そのほか経団連、日経連、経済同友会の設立などに尽力した。日経連初代会長、経済同友会初代代表幹事を務め、産業振興に努めた。東大での講師生活は実業をやりながら20年も続いた。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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会社の成長の証は、売上高や利益という目に留まる形で表れる時期もありますが、会社の内実の充実という実力の蓄積を遂げている成長時期もあります。技術の醸成とか新しい商品の仕込みとか人材の充実とか、取引先との関係強化とか、無駄を省く仕組みの構成とか、組織が一体となって業務を積み重ねる力の育成とか、決して今期の決算書には表れないが、会社の成長としては評価されるものであって、来期、再来期には目に見える売り上げや利益となって表れるものです。

生産技術は現場で長年培った経験やコツ、ノウハウがものをいう世界。生産技術はいわば老舗うなぎ屋の秘伝のタレみたいなものだ。自前でコツコツ積み上げていくものである。しかし、モノをつくらなければ生産技術は進化しない。せっかくつくりあげた秘伝のタレは本来、門外不出だからこそ商売になるはずだ。安易な海外移転は秘伝のタレをやすやすと分け与えているようなものである。

東京銀行を辞めて経営者の道に入った私だが、この世の中はつくづく人と人とのつながり、あるいは助け合いでできているものだなと感じさせられた。

年功序列のエスカレーターの電源は切ってある。汗を流し知恵を出して階段を駆けのぼれ!

大きな店でないと十分な品揃えができないと思い、父に進言したら「本屋と屏風は広げたら倒れるで。広げることはわしは賛成でけん」と言われました。「25坪のところを50坪くらいの木造建てにするんならええけども、あんたがいうような300坪の店舗はいかん」と父は尻込みしたんですね。だけど私はそのくらいしとかんといかんと思った。

社員から話を聞いたなら「違うことは違う」「できないことはできない」とハッキリ伝える必要があるし、「君の話はいいな」と言ったのであれば、必ず実現しなければいけない。それができないのなら、経営者が現場に行っても意味がありません。

大事なのはアイディアの間違いを認めすぐに修正すること。

あなたの顧客の中で、一番不満を持っている客こそ、あなたにとって一番の学習源なのだ。

金は天下の回りものって言葉があるけど、回ってきたお金をよそさまに回すから、また自分のところに回ってくるんだよ。欲出して抱え込んじまったら、それっきり回ってこなくなるもんなんだ。周囲を儲けさせれば、皆が岡野に仕事を取らせようぜということになる。

経営スピードとは「機」を捉えること。機会が来た時に、それをぱっと捉えるスピードが大切なんですね。それまではじーっと待っていて、機会が来たらぱっと捉える。カメレオンがハエを捕えるときのように。

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