心屋仁之助の名言|母親の顔色をうかがって生きてきた子供は、大人になっても周囲の顔色をうかがい続ける

母親の顔色をうかがって生きてきた子供は、行動や価値観の中心軸を自分に置かず、他者に置く習慣ができています。ですから大人になっても、周囲の顔色をうかがい続けます。

心屋仁之助 の経歴

心屋仁之助、こころや・じんのすけ。日本の心理カウンセラー。兵庫県出身。桃山学院大学卒業後、大手物流企業に入社。現場営業や営業企画部門管理職として19年間勤務。その後、心理療法と出会い心理カウンセラーとして独立。性格リフォームを専門としたカウンセリングを行う。NLPマスタープラクティショナー。著書に『光と影の法則『性格は捨てられる』『人間関係が「しんどい!」と思ったら読む本』『「自分がイヤだ!」と思ったら読む本』『「めんどくさい女」から卒業する方法』『すりへらない心をつくるシンプルな習慣』など。

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80年代のバブルは5億円の物件を買えば、3カ月後に10億円で売れた時代です。だから銀行がいくらでも貸してくれた。「その波に乗らないほうがバカだ」と多くの人が言っていました。でも私は「それこそ危ない。失敗する」と思っていました。土地の値段が上昇している間はいいですが、下落した瞬間に、一斉にみんなが売却し、時価が暴落して破産します。その流れを確信していました。

日本製は優秀なのだから黙っていても売れるということではなく、相手国のニーズにきめ細かく貪欲に対処していく気持ちが必要。

今、日常でも誰かに何かしてもらった時には「ありがとう」というのが癖になっています。相手が誰でも何かお世話になったら、そのことへの感謝の気持ちがあるのです。

創業者というのはある時期までは会社のことを一番よく知っている人間です。でも、何でも分かっている社長が事細かに指示をして、社員がそれに従って働いているだけでは、人材はいつまで経っても育ちません。

今やるべきことに一生懸命に取り組む人の生き方は、実に魅力的です。人間的な魅力に磨きをかければ、たくさんの人が応援してくれます。多くの応援は、生きていくうえで様々な助けとなり、成果にも結びつきやすくなる。

当社は現在94歳ですが、歴史を見るとピンチのたびに脱皮をしてきました。たとえば、主力製品だった絶縁ワニスやゴムが厳しい状況になると、新たに工業素材を手がけて切り抜けました。ピンチをチャンスに変えるDNA、工業材料やエレクトロニクスへ、海外へというように、変化や成長するところに出て行こうというDNAが長い間で培われてきたと思います。

ほとんどの社員教育関連の本は99%「褒めよ」と書いてありますが、本当に社員の能力を伸ばすには叱らないとダメですね。人を叱る場合、感情的に叱ってはならない、という意見がありますが、これはおかしい。叱る時、感情的になるのは当たり前。私は机をバンバン叩いて叱ります。社長と社員のベクトルが合ってこそ、会社は伸びるのです。ベクトルが合うまでは叱りますよ。社員をはれものに触るように扱ってはダメです。ただし、いきなり叱ってもうまく行かない。若い人も時間をかけて話せばわかるのであって、その人に合った叱り方が必要です。

仕事でなかなか自信が持てない人にお勧めしたいのが、何かひとつでも、小さなことでもかまわないので、他の人に負けない得意領域をつくること。得意なことで上司や先輩の役に立てば、名前を覚えてもらえ、目をかけてもらえるようになる。それが自分の自信にもつながる。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とは、野村克也・東北楽天イーグルス元監督がよく口にした名言だ。とくに勝因もなくたまたま勝ってしまうこともあるが、何の理由もなく負けることはなく、負けには必ず要因かある。敗因にいち早く対処するためにも、決断力とスピードが重要なのだ。

人は同じ場所にいると変われなくなる。成功体験や業界の慣習に縛られ「本来の当たり前」ができなくなる。

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