松下幸之助の名言|経営者は社内を沈滞させないように

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経営を預かる者は、仕事がたとえなくても、社内を沈滞させないように考えなくてはいかん。それができるかどうかが、経営者としての分かれ道。


松下幸之助 の経歴

松下幸之助、まつした・こうのすけ。日本の経営者。「松下電器産業(のちのパナソニック)」創業者。9歳の時に父が米相場で破産したため尋常小学校を4年で中退し丁稚奉公に出る。16歳で大阪電燈(現:関西電力)に入社し7年間勤務。在職中に電球ソケットを考案した。その後同社を退社し独立。水道哲学、ダム式経営など独特な経営哲学で同社を日本屈指のグループ企業へと育て上げた。松下政経塾、PHP研究所の設立者でもある。

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私がベル・システムを選んだ理由の一つは、幹部育成プログラムが整備されていることだった。若手の幹部候補は、あらゆる部署を次々に体験できる。いわゆるアップ・オア・アウト(昇進か、転職か)で、能力を認められれば上へ行けるが、ダメだと判定されれば転職を促される。いいじゃないのと私は思った。いろいろな経験をして成長できる。何が好きなのかわかっていないのだから、たくさんの部門で働けるのは面白い。クビになる可能性は大いにありそうだけれど、貴重な経験だと思えば、それもよし。
【覚書き|ビジネススクール卒業後、ベルシステムに入社を決めた経緯を振り返っての発言】

2006年から展開を始めた「焼鳥日高」。すべての商品を低価格でそろえた居酒屋として営業していますが、同時にこれは従業員への「福利厚生」でもあるのです。日高屋での仕事が年齢的にむずかしくなってきたシニア社員も、焼鳥であればラーメンほど体力を使わずにお店に立つことができます。高齢世代がもう一度活躍できる職場をつくりたいという思いから、「焼鳥日高」は生まれたのです。

これからは再び、専業メーカーが脚光を浴びる時代になると確信しています。モノが溢れるいまの時代、特徴のない商品では消費者の心をとらえられません。

32歳のとき、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の同僚であった遠藤功さんの誘いでアクセンチュアに転職しました。この転職に当時の上司らは猛反対しました。私は基本的には職人気質で、人や組織のどろどろした部分は苦手だし、好きでもないことをわかっていたからです。でも、「BCGにいたら苦手で嫌いなことをやらなくてすむ。だからこそ出よう」と考えて、転職を決めました。

新技術開発などの企業努力で、原材料のコスト上昇分を吸収することはメーカーの責務です。しかし、価格変動が大幅で急激だと企業努力にも限界があるため、消費者にもご負担いただかねばなりません。ただ、値上げする場合でも、同時に商品価値を上げることができれば、消費者の納得を得られやすくなります。

自分一人が暮らすのなら、そこそこあればいいではないですか。それを、もっと増やそう、もっと増やそうと利益を増やして、死んでしまったらあの世にどうやって持っていくのでしょうか。

目指すのはインフラ企業。世の中になくてはならないという価値を提供していきたい。

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