松下幸之助の名言|経営というものはだいたいは、社長の責任において、どうにでもなっていくもの。

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経営というものはだいたいは、社長の責任において、どうにでもなっていくもの。


松下幸之助 の経歴

松下幸之助、まつした・こうのすけ。日本の経営者。「松下電器産業(のちのパナソニック)」創業者。9歳の時に父が米相場で破産したため尋常小学校を4年で中退し丁稚奉公に出る。16歳で大阪電燈(現:関西電力)に入社し7年間勤務。在職中に電球ソケットを考案した。その後同社を退社し独立。水道哲学、ダム式経営など独特な経営哲学で同社を日本屈指のグループ企業へと育て上げた。松下政経塾、PHP研究所の設立者でもある。

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政権がスタートした時は、野球で言えばノーアウト満塁でマウンドに立ったようなものでした。こういう時は奇をてらってはダメ。自分を信じて思い切り腕を振ってど真ん中に投げるしかない。その思いで「大胆な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略」からなる「三本の矢」の政策を放っていきました。

競争激化は喫茶店業界だけの戦いにとどまらない。ファストフードの大手ハンバーガーチェーンでも、コーヒーに力を入れる店が増えた。ネット社会の進展により、通信販売でコーヒー豆を売り、成果を上げている店も多い。それでも競争激化は、業界の健全な発展のためには歓迎すべき面があるのだ。

教育係を任されたら、「教えた経験を多くもつほど、将来さまざまなタイプの部下に応じて指導ができる。それを見越して、どう育てるべきか、何を喜ぶのかなど、多種多様な価値観に対応するトレーニングだ」と考えましょう。

1996年に、ニューヨークで講演することになってしまったことがありました。仕事で英語を使うことはあっても、英語での講演はそれまで経験がありません。さすがにまずいと思って、自費で英語の個人レッスンを受けることにしました。朝から晩まで必死にレッスンを続けたら、2日目に脳がパカッと開く感覚があった。その瞬間から、英語で考えて英語で話せるようになりました。いわゆる英語脳ができあがったのです。これは英語力を向上させるうえでとても大きな経験でした。経験のない英語の講演を引き受けたからこそ、勉強のチャンスを得られたわけですね。

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何をもって「仕事が速い」とするかは、長期的な視野に立つか、短期的な視野に立つかで、まったく違ってくると思います。輩たちが敷いたレールの上を進めば、それなりに速く走れるし、短期的にみれば、仕事も出世も速いかもしれません。でも、自分にしかできないオリジナリティーのある仕事を成し遂げたいなら、一見すると非効率に思えるような試行錯誤の時間が絶対に必要になる。前例のないところから、まったく新しいものを生み出すわけですから、時間も手間もかかります。

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