小林一三の名言・格言|自分の長所を伸ばせ、常識に囚われない

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自分の長所を磨くことを忘れて、無理からに常識にのみよる行動をとる若い平凡人が多すぎて困る。


小林一三 の経歴

小林一三、こばやし・いちぞう、日本の実業家、阪急グループ創業者。宝塚歌劇団の創業者でもある。慶應義塾大学卒業後、三井銀行に入行、箕面有馬電軌の立ち上げに参加し専務となるが社長が不在だったため経営実権を握り阪急電鉄の礎となる。鉄道に駅百貨店やレジャーを組み込み新しいビジネスモデルを作り上げた人物。電車の中吊り広告を考案した人物

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉


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私が若いころ故郷に阿賀野九十郎という七十いくつになる老人がいた。朝早くから夜遅くまで商売一途に精を出していた。あるとき孫や曾孫たちが集まり、おじいさんもうそんなにして働かなくてもうちには金も田地もたくさんできたじゃないか。伊香保かどっかへ湯治に行ったらどうですかと勧めた。九十郎老人曰く「俺の働くのは俺の道楽で、俺に働くなというのは道楽をやめろというようなものだ。まったくもって親不孝な奴らだ。金なんて俺の道楽の粕(かす)なんだ。そんなものはどうだっていいじゃないか」と。

石の上にも三年という言葉があるように、僕は一つの事業で答えが出るのに最低三年はかかると思います。結局、ほとんどの人は、そこにたどり着く前に挫折しちゃうんですよ。ある程度会社の規模が大きくなれば、問題はってもまだ先は見えるんです。でも、最初の一・二年というのは経済的な裏付けもなく、本当に自分のやっていることが合っているのかどうかもわからない。実を結ぶかどうかも分からないという苦しさなんですよね。そこの一番の苦しいところを乗り切るための強さ=自分に自信をもって諦めないことが大事だと思います。

名を成すのは常に困窮のときであり、事の破るるの多くは得意のときである。
【覚書き:自分の名声が広まるのは困難を乗り越えた時であり、事業や自分のキャリアなどが破たんするのは絶好調で調子に乗りすぎて足元が見えなくなった時だという趣旨の発言】

どんな商売でも、創業者は人並み外れた才覚と努力で成功を勝ち取った人であり、その子供が二代続けて創業者と同等かそれ以上の資質を持っている確率は皆無に等しい。

とくに若いときは、あなたのビジョンは何ですか?と言われてさらさら答えられる方が珍しいと思うので、そういう考え方から離れてみるといいと思うんです。そもそも、自分にはビジョンがないとか、ビジョンが見つけられないとか言っていると洗脳に入ってしまうので、その言葉自体が良くないんです。

いいひとタイプの上司は誰に対しても同じように優しく情のこもった弱々しさで接する。ミスに対しても、結果を考慮せずに、たいしたことはないさと片付けてしまう。オフィスにやってきた人のニーズや望みに応じてコロコロ方針を変えてしまう。早い話、決断力がないのだ。

粘って粘り抜く。そうすればいつかは曙光が見えてくるものと私は確信しています。

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