小林一三の名言・格言|出世の三つの条件

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出世の道は信用を得ることである。

  1. 正直でなければならぬ。あの人には気を許すことができないと言われるようでは、信用は得られぬ。
  2. 礼儀を知っていなければならぬ。粗暴な言辞、荒っぽい動作では、これまた信用は得られない。
  3. ものごとを迅速、正確に処理する能力がなければならぬ。頼まれた仕事を催促されるようでは、やはり信用が得られない。

小林一三 の経歴

小林一三、こばやし・いちぞう、日本の実業家、阪急グループ創業者。宝塚歌劇団の創業者でもある。慶應義塾大学卒業後、三井銀行に入行、箕面有馬電軌の立ち上げに参加し専務となるが社長が不在だったため経営実権を握り阪急電鉄の礎となる。鉄道に駅百貨店やレジャーを組み込み新しいビジネスモデルを作り上げた人物。電車の中吊り広告を考案した人物

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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スコッチはスコッチの道を行け、サントリーはまた我が道をゆくであろう。
【覚書き|上記の発言はスコットランド訪問時にスコッチとは別の進化を遂げたウィスキーを作りたいという思いをつづった言葉。その後サントリーはあっさりとした飲み口の香り高い日本人の舌にあったウィスキーを開発していった】

ゲームソフトについては今後、売れるものと売れないものの差が歴然としてくる。毎年、多数のソフトが出回るが、ヒット作品の種類は減るだろう。ただ、売れ筋の製品の販売本数は落ち込むことはない。一番遊びたいと思うソフトは景気が悪くなっても懐が悪くなっても消費者は購入する。

社員各自がそれぞれ異なる目的を持っていたのでは、企業の発展にとって障害になるだけでなく、末端の社員の規律も乱れます。
【社員数が200名を越えたころから始めた課長クラスとの定期会議について語った言葉。組織が大きくなると意思統一が難しくなるという趣旨の発言】

日本株の国際化に大きな役割を果たしたと思う。欧州市場にも上場して、ソニーを世界的基盤に立つ企業にしたい。
【覚書き:ソニーを日本企業で初めて、ニューヨーク証券取引所に上場させたときの言葉】

会社というものは株主の投資によって資金をいただいておりますので、それに対して適切なリターンをお返ししなければいけない。これは当然のことですが、本当にそれだけで動いていていいのでしょうか?そういうことだけで動いている会社で、失敗している会社がいくつもある。そうじゃなくて昔から有名な会社で立派なお仕事もされて、経営もよくて、世の中に名前もよく知られていて、社会のためにいいことをしている。そういう会社もあるわけです。

利害が絡む問題を解くときほど、自らを公平無私に保っておく必要がある。真実一路であると、自らの心に不安がない。そうなれば健康も維持できるというものである。

人間に必要なのは困ることだ。絶体絶命に追い込まれたときに出る力が本当の力です。伸びる時には必ず抵抗がある。必死のときに発揮される力というものは人間の可能性を予想外に拡大するものである。

短いサイクルで目標管理をし、給与体系も成果主義を導入する企業が増えています。成果主義とはいえ、エンジニアは与えられた課題を愚直にこなすだけではなく、みずから課題を創造していかなければなりません。たとえ、上司が理解してくれない課題であっても、自分自身がプライドを持って取り組める目標を持つべきです。それは、なかなか評価されにくいかもしれない。でも、三年後には、きっと上司は私に感謝するだろう。と心の中で思っていればいい。それがエンジニアのプライドだし意地だと思います。

これからの会社はMOT(技術経営、技術版のMBA)ですよ。技術経営ができなければ駄目です。したがって、研究所を変えたいと思いました。当時、うちの研究所はブラックボックスでした。技術の総帥が「研究のことは俺に任せておけ」というから、みんな任せるけど、一向にいいものが出てこないわけです。だから私は、社長に就任してから十年間、毎月、川崎の研究所にヒアリングに通い続けた。

戦後50年という一つの時代が終わり、時代の潮流がその流れを大きく変えようとしている。まさに時代の大きな変わり目に来ていると思います。過去100余年の歴史を振り返ってみますと、日本はこれまでに2度、時代の激変を経験しています。ひとつは明治維新。つぎに昭和20年の終戦のときです。現在はそれらに匹敵するぐらいの規模で時代が大きく変わろうとしています。

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