柳井正の名言|困難な時代だからこそニーズが産まれる。

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困難な時代だからこそニーズが産まれる。


柳井正 の経歴

柳井正、やない・ただし。日本の経営者。カジュアル衣料のユニクロを展開する「ファーストリテイリング」社長・会長。早稲田大学政経学部経済学科卒業後、父が経営する小郡商事(のちのファーストリテイリング)に入社。父から経営を引き継ぎ、同社を大きく成長させた。

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ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。あらゆるケースに適用する人生の秘訣などはない。

私たちビジネスパーソンは、1日の半分近い時間、働いています。家を出てから帰宅するまで、常に誰かの視線にさらされている。だから、見られていることを意識して格好いい自分を演出する。そうやって気分を上げた方が、いい仕事ができる。

なぜ誤解が生じたのかと相手の立場になって考え、さらには相手から自分たちの姿がどう見えているかを想像する。そのうえで解決策をパートナーとともに考えていく。そうやって課題を乗り越えることは、新たな信頼関係を築くことにもなるでしょう。

「変化に対応できない=生き残れない」時代になった。そこで当社は新事業に挑戦しています。

いい加減なヤツが100人いても、200人いても世の中は変わらない。だが、政策を知っていて、選挙も強い確信犯的な議員が30人もいたら世の中は変わるんだ。

私が入社した1963年、米イーストマン・コダックは仰ぎ見る存在だった。売上高は17倍、カラーフィルムや印刷製版フィルムもコダックの方が性能は上。感光材料の主原料となるゼラチンや銀を取るために、牧場や銀鉱山を持っていたほどで、こんな会社に勝てるのかと正直思った。だが、富士フィルムは諦めずに技術を磨き続けた。最終的にコダックを追い抜いたと思ったのは、76年に「ISO感度400」という高感度カラーネガフィルムを発売した時である。コダックを上回る技術力を手にできたのは、生き延びるための激烈な競争の結果だ。

私自身、20代のとき両親が経営するビジネスホテルの責任者を任されました。社長に就任したのは29歳のときです。最初は、「こんなに若くて社長なんて、ありえない」と思いましたが、結果的にはやれたのです。「年齢や経歴なんて関係ない。意欲と向上心さえあれば、どんなことでも為し遂げられる」という私の人間観は、このとき培われたものです。

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