スティーブ・ジョブズの名言・格言|他業種の才能をヘッドハンティングする

残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか?(覚書き|米ペプシコーラ社のマーケティングプロモーションのトップであったジョン・スカリーをアップル社のCEOにヘッドハンティングしたときの言葉。スカリー氏はコーラの銘柄を伏せて試飲させるという広告業界で有名なコマーシャルによって、ペプシがコカコーラ社を追い抜くきっかけを作った人物)

スティーブ・ジョブズ の経歴

スティーブ・ジョブズ。米国の経営者。アップルの創業者の一人。カリフォルニア州出身。高校時代にヒューレット・パッカードでインターンシップとして働く。そのときに、のちのアップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアックと出会う。リード大学に約1年半在籍したのち中退。ゲーム会社「アタリ」のエンジニアを経てアップルコンピューターを設立。同社を成長させたが、自由奔放な言動により役員から解任される。退社後、パソコンメーカー「NeXT」を設立。その後、業績不振に陥っていたアップルに呼び戻され、iMac、iPod、iPad、iPhoneなど革新的な製品を開発し同社を再興した。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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こんな名言はいかがですか? 新着 名言

勤倹貯蓄といえば、ただ倹約して貯金をすることと解釈する者がいるけれども、決してそうではない。勤倹とは勤勉にして節約することであり、換言すれば「業務を勤勉し、冗費を節する」ことである。すなわち「勤」は積極的な語で進取を意味し、「倹」は消極的な語で保守を意味する。ゆえに両者が揃って、初めてその教えは効果があるということを皆に教えたい。

一つの物事を成し遂げるには、全力を注げということです。四方八方に目配り気配りをし、常になぜそうなるのかを考える。経営者としての原点は、そこにあると思う。私は部下からの報告を聞くとき、なぜそうなるのかと問い返すことが多い。意識しているわけではないのですが、あらゆるケースを想定して、それに答えられるだけの報告でない場合は、なぜという問いかけをしているようです。

私たちはコーヒーやペイストリー(小さなケーキ)、現金、損失などを綿密に記帳し、何が良く売れているか把握するために個々の商品について追跡調査した。そのおかげで、常に資金繰りを明確にすることができたのだ。こうした情報の蓄積によって、新製品を売り出す際に明確な目標を設定することも可能になった。

計画とは将来への意思である。将来への意思は、現在から飛躍し、無理があり、現実不可能に見えるものでなくてはならない。現在の延長上にあり、合理的であり、現実可能な計画はむしろ「予定」と呼ぶべきだろう。将来への意思としての計画は、困難を受け入れ、困難に挑み、困難に打ち勝つモチーフを自らのうちに持たなければならない。

マジョリティ(多数派)が現在を作り、マイノリティ(少数派)が未来を創る。全員反対したものだけが一考に値する。経営者はこうしたマイノリティの理論を駆使しなければならない。

顧客に対する執着も重要です。それは、競争相手ではなく、顧客を中心に戦略を考えると言うことです。競争相手の戦略を真似るのはアマゾン流ではありません。むしろ顧客にとって何が一番良いのかを考えて行動します。

一つのテーマが決まると、それを横展開していきます。たとえば、中華料理の冷やし中華のメニューを100種類考えろって言われたら、僕はすぐに考えられるんですよ。味では、辛い、味噌、シンプル、ヘルシー、ゴージャス。素材はゴージャスだったら、フカヒレ、アワビ、和牛のたたき、マグロのカルパッチョ・・・というふうに。お店も同じで、地味にいくのか派手にいくのかといったような形で考えていくと、いろいろなものが出てきます。

いまの日本のモノづくりを見ていると、大丈夫かなと思うところはたくさんあるけれど、トヨタは凄いと思う。あの会社はものの考え方が違うからね。うちには難しい仕事ばかり持ってくる。それで失敗してもいいからっていって、本当に失敗してもちゃんと対価を払ってくれる。ただし、失敗の過程を全部レポートにしてくれと言うんだ。

親から子に対して孝を励めよと強ゆるのは、かえって子を不孝の子たらしむるものである。

チャンスに出会わない人間は一人もいない。それをチャンスにできなかっただけである

事業には起伏が免れないが、少なくとも一つの事業が育つには20年や30年はかかる。たとえば日本電気(現:NEC)で行っている半導体事業、これが外国との技術開発競争において、世界のトップクラスになるまで30年かかっている。

かつて我々は占領下の集中排除法に挑んで二年間戦ったが、いまにして思えば、あれは貴重な試練であったとむしろ感謝したい気持ちですらある。
【覚書き:太平洋戦争後、各種企業の規制や分割が行われ苦しんだが、競合各社も力が弱まり、北海道から本州へ販路を広げることができるようになったことについての回想】

一部のエリートだけで企業が成長する時代はもう終わった。さまざまな個性とやる気を持った人間が横に広がったフラット型の組織を作ることが必要となっている。

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