稲盛和夫の名言|企業は、改革し続けなければ現状すら維持できない。

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企業は、改革し続けなければ現状すら維持できない。


稲盛和夫 の経歴

稲盛和夫、いなもり・かずお。日本の経営者。「京セラ」「第二電電(のちのKDDI)」創業者。鹿児島出身。鹿児島大学工学部卒。技術者でありながら会計に明るく、「アメーバ経営」など独自の経営手法で同社を大きく成長させた。事業だけにとどまらず盛和塾という私塾を主催し後進の経営者育成を行った。京セラの会計についての著書『実学』がベストセラーとなった。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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他人のことは「仕事ができない」と決めつけ、自分は「仕事ができる」と思い込む。これはダメなビジネスマンの典型的な例です。正しく自己認識ができていないのです。

学問に志す者は、学ばなくてはなりません。信じるべきか疑うべきか思い惑っているのではなく、まず学んでみることです。たくさんの書物を読み、たくさんの現実に接して、冷静に事物を見抜いて真実を求めるならば、信と疑の違いがはっきり見えてくるでしょう。昨日信じたものが今日の疑念となり、今日疑ったものが明日は氷解するということもありましょう。学問を志す者は、努力をしなければならないのです。

自分が何に向いていて、何をすれば周囲に認めてもらえるかを一生懸命探していれば、必ず仕事のチャンスはくるし、そういう人のところに運も巡ってくるんじゃないでしょうか。

具体的に目標を設定したら、それが達成されたハッピーエンドのシーンをイメージする。たとえば、契約書を取り交わしている場面などですね。そして、それに向けて最初にやるべきことを書き出し「過去完了形」で脳にインプットする。つまり、やるべきことが、得意先とのアポイントの確認なら、「確認をしっかりとった」と脳に伝えておく。ここがきわめて大事。

私が通っていた高校には、3年生になったら1、2年生からお金を巻き上げるという悪い伝統がありました。この習慣をどうしても変えたくて、3年生で生徒会長になったときに同級生たちと話し合いを続け、なくすことができました。講堂に同級生の男子生徒150人を集めて「もうやめようよ」と提案したのですが、最初は「ふざけんな」という反応でした。1、2年生の間はずっと我慢して、ようやくお金を取る側になったのだから、ある意味で当然の反応です。サッカーをやっていて体は強かったのでいじめられたりはしなかったですが、ずいぶん陰で笑われていたようです。途中から言い方を変えました。最初は「間違ったことはやめよう」だったのですが、それだと反発があってうまくいきませんでした。そこで半年後から「自分たちでいい学校をつくって、歴史を変えよう」と方針転換したところ、共感してくれる人が増えてきて、いろいろな悪い習慣がなくなりました。

BC(ビューティー・コンサルタント、化粧品販売員)には、販売員とカウンセラーの2つの役割がありますが、売上目標を重視すると、販売が主となり、お客様にお出しする情報も、「売る」ための情報になります。それでは「100%お客様志向の会社」は目指せません。お客様に直に接しているのはBCです。ですから、BCの意識から変える必要があるんです。
【覚書き|販売ノルマ全廃について語った言葉言葉】

出張で旅客機に乗った社員が、ビン(座席上の荷物棚)の内側についている平面鏡に気づいた。その鏡は傷だらけで、ビンの奥のほうを見ることもできなかった。当社のFFミラーであれば、特殊プラスチック製なので傷つきにくいし、広角に見ることができる。航空機にうってつけだと考えた。
【覚書き|この後、同社の鏡がボーイングをはじめ多くの航空機メーカーで採用された】

自分も様々な挫折を経験してきたので、マンマチャオブランドに懸けてくれる情熱のある仲間と共に、社会に必要とされるインフラとして成長していきたい。

バカに儲かる仕事は、バカに損する仕事でもある。バカに儲かって、そして決して損をしない事業なんて、常識から考えてもまったくあり得ないことである。しかも、そんなにウマイことがあるのなら、誰しもこっそり独りで始めてしまう。そうそう他人に説き歩くものではない。

1996年に、ニューヨークで講演することになってしまったことがありました。仕事で英語を使うことはあっても、英語での講演はそれまで経験がありません。さすがにまずいと思って、自費で英語の個人レッスンを受けることにしました。朝から晩まで必死にレッスンを続けたら、2日目に脳がパカッと開く感覚があった。その瞬間から、英語で考えて英語で話せるようになりました。いわゆる英語脳ができあがったのです。これは英語力を向上させるうえでとても大きな経験でした。経験のない英語の講演を引き受けたからこそ、勉強のチャンスを得られたわけですね。

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